1.元、砥ぎ師 御子と良平はこてつ会長と向き合っていた。表向きは来週に迫った結婚式の招待と報告。と言う事になっていたが、今、二人は会長にごく個人的な頼みをしているところだった。これが受け入れられなければ、二人は式をあきらめるつもりでいた。 「最初に狙われたのが十日前か・・・」 「そのようです。これでもう五度目です。うちの組員だけで守りきれるかどうか・・・。この方が出席して下さらなければ、私達は式を挙げる意味がありません。何とかして今の状況を解決したいんです。お願いです。ご協力いただけませんでしょうか?」 良平の訴えに続いて、御子も頭を下げる。こてつ会長はうなずいた。 「たしかに今となっては我々も、彼に頼る機会は少なくなった。しかし彼はこの世界での功労者とも言ってよい人物だ。解った、協力しよう。何故、今更彼が狙われるのかは解らないが、さっそく調べた方がよさそうだ。この件は華風組の方が詳しいだろうから、土間に調べてもらうが、護衛は・・・難しいのであろうな」 「ええ、土間は刀に近付きたがりませんから」御子が答えた。 「ではそっちは礼似にやってもらうか。周辺にも組員達を置いておこう」 「お気遣い、ありがとうございます」良平がまた、頭を下げる。 「いや、この件はこてつ組からの彼へのお礼だよ。今のような時代になる前は本当にお世話になったもんだ。ここで義理を欠く訳にはいかない。真柴は今、式の準備で忙しいだろう?お前達の身の安全の事もある。こういう時、この世界では油断できないものだ。二人とも落ち着いて準備を進めた方がいい。土間と礼似には私から伝えよう。この件は安心して任せなさい」 会長の言葉に二人はホッとして礼を述べた。幾度も頭を下げながら部屋を出る。さらに建物から出ると、御子が口を開いた。 「私達が自分で調べられればいいのに・・・」 「それはやめた方がいい。下手をすればかえって迷惑がかかるかもしれない。会長も言っていただろう?この世界では冠婚葬祭の時が一番危ないんだ。華風組はそれで何度も痛い目に会っているし、会長さえも奥様をそういう席に連れてこない。もちろん隠しているからだろうが、可能な限りこっちの世界との接触を絶っているじゃないか」 「でも、うちみたいな小さな組なら・・・」 「小さくてもうちもこてつ組の傘下だ。こういう組織では小さくて弱そうな所から切り崩すのが兵法の初歩だよ。俺達の事で会長に迷惑がかかったら、申し開きの仕様がない。ここは会長に甘えた方が得策なんだ」 「小さいけれど弱くはないわよ」御子が不平をもらす。 「解ってるさ。だけどそれはよそからどう見えるかの問題だ。もう、お前だって正式に真柴組の養女になったんだ. 自分の身の安全には責任を持たないと」 「私は大丈夫よ。五体満足の上、千里眼まで付いてるんだから。良平の方こそ心配だわ。義足を預けてしまってるんだから」 確かに今、良平は義足を付けていない。御子の肩を借りて歩いていた。 「だから会長にお願いしたのさ。俺は自分の花嫁を守るのに手いっぱいになりそうなんでね」良平が少しおどけて笑う。 御子の方も照れ笑いをしながら 「そう?じゃ、しっかり守っていただきましょうか」そう言って良平を助けながら、待たせていた車に乗り込んだ。 話は前日まで遡る。御子と良平はビルに囲まれた小さな建物にある、とある職人の工房を訪れていた。 「倉田さん、こんにちは」慣れた感じで良平は職人に声をかけた。 「ああ、良平じゃないか。おめでとう。招待状をありがとうな」倉田は機嫌よく答えた。 「倉田さんには是非来てもらわないと。今の俺があるのは倉田さんのおかげですから」 「いや、これだけこの義足を使いこなしているのは、お前さんだからこそだよ。俺はそのほんの手伝いをしているだけだ。どれ、さっそく義足の調子を見てみようか」 良平は義足を外し、倉田に渡した。 「問題はないようだな。・・・良平、出来れば義足を二、三日俺に預けてはもらえないか?」 「どうかしましたか?」 「実は、この義足の予備を作っておこうかと思ってな。寸法を計りたいんだ」 「別に今のところ、予備が必要な事はありませんが」 「そうだろうが・・・正直に話そう。俺は式に出ない方がいいかもしれない」 御子と良平が顔を見合わせた。 「なぜです?俺たち倉田さんに来てもらえるのを本当に楽しみにしているんですよ」 良平の言葉に御子もうなずいた。 「その気持ちは嬉しいんだが・・・。どうも俺は誰かに狙われているようなんだ」 あまりの話の飛びように御子と良平は目を丸くした。 「どういうことです?」 「先日、交差点を渡ろうとした時に赤信号を無視して突っ込んできた車がいたんだ。とっさによけたがその車はそのまま走り去っていった。その時はただの暴走車だと思ったんだ」倉田はそこから話し始めた。 「その後、今度は通り道の看板がすぐ真横に落ちて来た。ついて無い事が続いたと思ったよ」 倉田は一息ついて窓辺へと歩いて行った。そして窓を開けると 「おとといの晩に俺がふと目を覚ますと、ここが燃えていた。火の気のない場所だ。すぐに消したがもし目が覚めなければおおごとだったろう」 窓の周りには、黒く焼け焦げた跡があった。 「さすがにこれはおかしいと思い始めていたが、今度はナイフで襲われた。俺だって昔はそれなりに腕があったんだ。そのくらいならよけられる。ただ、相手は逃がしちまったが」倉田は歯がみする。 「そして・・・。今朝はこれだ」倉田が指を刺した先には、弾丸の跡が残る窓ガラスがあった。 「俺も腕にはそこそこの自信があるが、さすがに飛んで来る弾はよけられねえ。これじゃあ、人様のお祝いなんかいかれやしねえよ。それよりも俺が無事でいるうちに、お前の義足の予備でも作っておこうかと思ったのさ」 「だって倉田さんは今は刀研ぎの仕事はしていませんよね?こっちの仕事だけじゃなく、美術品とかも」御子が勢い込んで聞く。 「もちろんだ。そもそも俺は美術品は扱わないよ。人斬り道具専門だった。だからやめて義足作りの道を選んだんだ。いわゆる罪滅ぼしって奴さ」 「じゃあ、なんで今更倉田さんが狙われるんだ?」良平も首をひねる。 「解らんね。ただ、今はともかく、昔はそういう稼業をしていた俺だ。どこで恨みを買っていてもおかしくはないさ。こんな過去を持っている割には、長生き出来ていると感謝しているぐらいだよ」 「そんな気の弱い事、言わないでください。誰が狙っているのか必ず付きとめて、倉田さんに手出しさせませんから。是非、俺達の式に出て下さい」良平は説得した。 さて、倉田にはそう言ったものの、良平にあてがある訳ではなく、真柴組と倉田の付き合いは倉田が義足を作り始めてからの事なので、その前のいきさつなどはほとんどわからない。倉田は以前、名うての刀研ぎ師で、やくざ者の人斬り道具専門と言うことで知られていた、らしい。その頃はこてつ組や華風組などが、質の良い名刀などを倉田に任せ、かなりの信頼を得ていた、らしい。そして倉田自身も砥ぎだけでなく、かなり刃物を扱えていた、らしい。 当時からの古い恨みが絡むのか、倉田個人へのもっと単純な恨みなのかさえ分からないまま、式直前の自分達がかかわるのは難しい。まして相手は銃まで使っている。ただ守るだけでは無理がある。明らかに原因を探る必要があるのだ。 そこで二人はやむなく、こてつ会長に泣きついた。と、言う訳なのである。 「・・・と、言う訳だ。お前達にとっても御子がらみの一件なら気にかかるだろう。土間は組の古い幹部達にでも聞いて、倉田さんが狙われる原因になりそうな事を調べてほしい。正直、倉田さんの事はこてつ組より、華風の方が詳しいだろう。礼似は倉田さんの事を守ってやって欲しい。彼は今のように、銃だ、ナイフだと振り回す時代になる前の我々すべての恩人だ。しっかり守ってくれ」 こてつ会長に呼び出され、これまでの説明を、土間と礼似は聞かされていた。 「この件に、今、真柴を巻き込みたくない。この世界で身うちが集まる時は注意するに越したことがないんだ。土間、お前は良く解っているだろう」 「・・・ええ、そうですね」 「礼似もなるべく倉田さんについてやってくれ。こんなに短い期間に何度も襲われると言うのは、彼が今度の式に出る事に関係があるのかもしれない。もちろん周りも固めるが、一人若い奴も付けるから、面倒見がてらしっかり守ってくれ」そういいながら会長はわずかに顔をゆがめた。しかしすぐ、真顔に戻って 「二人ともしっかり頼んだぞ」と言った。
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