7.ハルオ、ピンチ 「よかった。君、この間犬を連れていた子だね。本当にすまない、こんな事に巻き込んでしまって」 「おじさん、なんで追いかけられていたの?あいつらに何かしたの?」美羽が質問する。 「何かしてやろうと思ったんだけどね。あいつらの一人は俺の娘を引き殺した犯人なんだよ。悔しくて飛び出したら逆に追いかけられて、このざまだ。たまたま居合わせた君まで巻き込むし。・・・何やってんだろうな、俺は」沖が吐き捨てるように言う。 「それなら何とかここを抜けだして、あいつをやっつけちゃおうよ。今は一人しかいないみたいだし」 「…君はとんでもない事を言う子だね。怖くはないのかい?」 「別に。それに捕まったままじゃ、どっち道ろくな目に合わないよ?」 「そうかもしれないが、君に無茶な真似をさせて怪我でもしたら、君の両親に申し訳が立たないよ」 「両親?」美羽は自虐的な笑顔を見せて、縛られた手で器用にシャツをめくり、わき腹を見せた。青黒いあざがいくつも残っている。沖は思わず息をのんだ。 「うちの親はこういう事をする人たちなの。あたしが何処でのたれ死のうが気にしないと思うけど?」美羽のやや挑戦的な言葉に一時言葉を失った沖だが、すぐにこう言った。 「そうかもしれないが、君にだって他にまだ会いたい人はいるだろう?あの犬や女の人に会いたくはないのかい?それに君にはまだたくさんの出会いがあるよ。俺の半分も生きちゃいないんだから。・・・本当は死んだ娘にこう言ってあげたかったんだけどね」沖は小さくため息をつく。 美羽はそれを黙って見ている。 「いいかい?俺は今、せめて君を守ろうと思う。お願いだ、無茶はしないで静かにしていよう。ここは俺の職場だから、誰かが気付いてくれるかもしれないし」 その可能性はけして高いとは思えなかったが、沖は自分と少女を落ち着かせるように言った。 「これでも俺はここのガードマンなんだ。君の事は必ず守ってあげるから。君の名前は?」 「美羽」 「美羽ちゃんか。どんな字を書くんだい?」 「美しいに羽」 「いい名前だね。世の中に羽ばたいて行ける名前だ」 「うちの親がそんなこと考える訳ないよ」 「じゃ、俺が今考えた。だから君は絶対に大丈夫。必ず助かるから無茶なことは考えないでくれ。とにかく縛られた足を何とかしてみよう。足をこっちによこせるかい?」 沖は縛られたままの手で、美羽のロープをほどこうと必死に指を動かした。 その時ハルオはこてつが立ち止まった部屋の前にいた。今時のホテルのつくりではドアに耳を寄せたぐらいでは中の音は聞こえない。客室ではないとはいえそれなりの防音は効いているようだ。 ところがそのドアが不意に開く気配がした。ハルオとこてつが急いで柱の陰に隠れる。 さっきの男の一人が部屋から出て行った。と、いうことは中にはもう一人の男と美羽達がいるはずである。 ハルオはそろりとドア近づいた。ドアノブが簡単に回る。鍵がかかっている訳ではないらしい。 「こてつ、お前はここで待っててくれ」 こてつにそう言い残して、ハルオは部屋の中にそっと身を滑らせて行った。 部屋の中は物置同然で、畳まれた衝立や、一人掛けのソファーやテーブルなどがあちこちに積み重ねられている。奥には大小のロッカーなども見える。二人はどこかに閉じ込められているのだろうか? 部屋の中では男がパイプいすに座り、何か雑誌を読んでいる。もう一人が戻るのを待っているのだろう。 ハルオは身をひそめながら、荷物に隠れて部屋の奥へと進んでいった。 男の様子に注意を払いながら、ハルオは二人を探し始める。ソファーの裏や、衝立の陰に二人の気配はない。 やはりあの大きなロッカーが怪しい。そっとロッカーに近付くと中からかすかに話し声が聞こえる。どうやら二人は無事らしい。 少しホッとしてハルオはロッカーを開けようとするが、鍵がかかっている。こじ開けられないものかと色々やって見たが無理なようだ。何とか鍵を手に入れようと振り返ると後ろに男が立っていた。物音に気付かれてしまったらしい。 「探し物はこいつかい?」 男が鍵をかざし、その鍵でロッカーの扉をあけると、中から沖と美羽の姿が現れた。 「全く、次から次へと余計なやつが顔を出すな。もうまとめて始末をするしかなさそうだ」男の手にはいつの間にかナイフが握られている。 ハルオはあせった。自分ひとりなら逃げられるが、二人を置いて行く訳にもいかない。ここは何とかしないと・・・ くっそう。御子、何やってるんだ。早く来てくれ。 その時、沖が美羽にささやいた。「足のロープは緩んでいるか?」 美羽は小さくうなずく。 「なら、隙を見て走って逃げるんだ。ここは俺達で何とかする。助けを呼んで来てくれ」 「でも・・・」 「ためらっている暇はないんだ。もう一人が戻ってきたらおしまいだ。解ったね」 それはハルオの耳にも届いていた。とにかく美羽を無事に逃がさなければならない。 一瞬、沖とハルオの目があった。 直後に二人は低い姿勢から猛然と男に突進していった。
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