5.さらわれた美羽 美羽と由美がこてつの散歩をする時、実は御子も、こっそり後を付けようと思っていた。 見守ろう、と頭では考えるもののあれこれ心配してしまうよりは自分の目で確かめたくなったのだ。 ところが今は、礼似はこてつ組の仕事で仲居の仕事が留守がちになっていたし、土間も組長の仕事が忙しくなっているらしい。 自分が美羽を心配しているのはごく個人的なこと。仲居の仕事をあまりいい加減にも出来ないしなあ。 こんな時、いつも便利に使われてしまうのが・・・ハルオである。 本来ならハルオにもたこ焼き屋の仕事があるのだから断ることもできるのだが、そこは人のいいハルオの事。 「お、俺もあの子の事は、し、心配してるし。す、少しくらいならかまわないよ」と言ってあっさり引き受けた。 そんな訳で、その日もハルオは美羽達の後を付けていた。 実はハルオは尾行が一番得意なのだ。すばしっこさと気配を消して行動するのが上手いので、これでもっと度胸が付けば腕っ節も上がるだろうと組長達もあれこれ試したが、気の良い、お人好しな性格はついに変わることなく、おまけに自分に自信を持つのが大の苦手のようだった。 良平の様になりたいという憧れは持っていても、木刀はおろか、竹刀の一つも振る気になれない。ましてや刃物、ドスなどもってのほかである。 そんなハルオでも組長は気にせず育ててくれたし、組員達も理解してくれている。それが解っているだけにハルオはこういった細かな雑用をむしろ喜んで引き受けているのである。 いつもなら自然豊かな公園などに足を向ける二人だが、今日は街の中心部へと来ていた。買い物でもするのだろうか? やはり、由美は美羽やこてつと別れて大きなショッピングセンターの中へと入って行く。シティホテルの前にある巨大施設だ。どうやらこてつを連れては入れない店に立ち寄っているらしい。 美羽とこてつはショッピングセンターの前にあるベンチに座って由美を待っているようだ。 美羽だけではなくこてつまでもがベンチに座ってしまい、なでてほしいと催促しているのを通り過ぎる人々が笑って見ている。平和な光景だ。 ところが突然、こてつがホテルのわき道に向かって走り出してしまった。美羽が慌てて後を追って行く。ハルオもそのあとを追った。 みるとホテルの裏口らしき所から、男が駆けて来る。こてつと美羽に気付いた男が「来ちゃだめだ!逃げろ!」と叫んでいる。すぐ後ろから別の男達が追って来た。 こてつが火が付いたように吠える中、追われていた男はとらえられ、後から来た男に美羽も捕まってしまう。 「犬が吠えてやがる。早く中へ!」そういいながら、男達は二人をホテルの裏口へと連れ去って行く。 なんだ、なんだ?一体何がどうなっているんだ? ハルオは訳が解らぬまま、二人を追ってホテルの中へと入ると慌てて御子に連絡を取る。 「たたた、大変だ。み、美羽がさらわれた」 「美羽が?どうして?誰に?」御子も唖然とした声を出す。 「お、俺だって、わ、解らないよ!な、何が、ど、どうなってんだか?と、とにかく、あ、後を追ってるんだ。ほ、他の男と、い、一緒にさらわれて、シ、シティホテルの裏口に入って行った」 「解ったわ、すぐにいくから、そのまま美羽の後を追って」 そう言われて追ってはみるものの、会話をしている隙に美羽達の姿を見失ってしまったようだ。 しまった。どこかの部屋に入られたのなら、探し出すのは厄介だぞ。 そう考えていた時、いつの間にか足元にこてつが寄り添っているのに気が付いた。 「おまえ、美羽の匂いが解るか?」 こてつはハルオを見つめた後、臭いを嗅ぎながら二人が連れ去られた方へと進んでいく。ハルオもそのあとについて行った。 一方、真柴組にいた御子は組長達に頼みこんでいた。「・・・だから奥様に連絡をして美羽とこてつはここに来ている事にしてほしいの。巻き込まれると大変だから。とにかく私はすぐにいかなくちゃ。ああ、まだ出かける前で良かった。ここからならホテルまで十分も走れば着くわ」 バタバタと飛び出そうとする御子に組員の一人が 「でも、奥様になんて説明を・・・」と聞いてくる。 「急にこてつを見せに来たとでも言っておいてよ。信じなかったらこてつの鳴き真似でもしておいて」 と、無茶な事を言いながら走りだす。 その背中に誰かが真剣に犬の鳴き真似をする声が聞こえていた。 礼似はその頃、室内清掃のための準備に追われていた。チェックアウトからチェックインまでの数時間の間に広く、部屋数も多いホテルの掃除を済ませるためには事前の準備が不可欠である。 そんな忙しいさなかに礼似の携帯が鳴った。 「もしもし?・・・ああ、御子か。今忙しいから後に・・・え?」 「だから美羽がさらわれてそこのホテルにいるの!大至急探して頂戴!」携帯から御子の大声が響く。周りにまで筒抜けるほどだ。 「ちょっと落ち着いてよ、鼓膜が破れるじゃないの。それになんで美羽がさらわれるの?」 「私だって知らないわよ!とにかくハルオが後を追ってる。そのホテルの裏口に入ったのは確かなんだから早く探し出さないと」御子は気が気ではない様子。 「探すって言ったって、ここ、いったい何部屋あると思っているのよ。客室にいるとは限らないんだし」 「知らないわよそんなこと!カンでもなんでもいいから見当つけて探してよ!頼んだわよ!」御子は一方的に通話を切った。 無理な事を言っている。私はあんたみたいな千里眼じゃないんだからね。 心の中で文句を言いながら、礼似は階段を駆け下りて行った。 確か裏口って言ってたわね・・・。
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