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作品名:こてつ物語 作者:yuki

第7回   7
「礼似は副組長たちの件を知っていたな。華風組の一件だ」組長が礼似に聞く。
「はい、しかも今日は会長の奥様を狙う者がいました。私も知っている顔もいました。副組長の差し金でしょうか?」
「おそらくそうだろう。実は昨日うちの組員が二人姿を消した。元は真柴の組員だった者たちだ」
「組員が?」
 礼似はオウム返しに聞いた。なんだか嫌な感じがする。
「副組長達が使っていた者達は真柴から引き抜いたものが多い。口先一つで便利に使っていたのだろう。しかも、中国人マフィアに接触させその下で使わせ始めたらしい。華風の長男を消しそこなったらしいな、その二人は」そこまで話して組長は苦痛に顔をゆがめた。
「大丈夫か?」会長が気遣う。
「ありがとうございます。礼似、白状しておこう。私はもう二カ月もたん。末期のがんだそうだ。今日は会長にすべてを託すために来ていただいた。しかしまだ組員には知らせられない。特に副組長にはな・・・礼似は真柴の千里眼とは長い付き合いだったな」
「はい」
「ならばお前から伝えてやってくれ、おそらくその二人はもうこの世にはいないだろう。これ以上の犠牲を出さないためにも私の力が健在であることを示さなくてはならない。一週間後には正式に組を会長に譲渡する。準備を頼む」組長はそこまで話すと、ベッドに崩れるように横たわった。
「一週間後、私は必ず儀式に出る。滞りなく支度してくれ」そこまで言うと、ほっとしたように眼を閉じた。

 会長は礼似を促して病室を出た。会長が口を開いた。
「今度の譲渡は抵抗が激しいだろう。お前は組の様子に気を配れ」

「由美は別の誰かに守らせよう」
 それを礼似はさえぎった。
「いえ、出来ればこのまま私に続けさせていただけませんか?」
「何かあるのか?」
「奥様を襲った男の中に、日本人ではない男が混じっていました。おそらく中国人マフィアでしょう。奥様の身を守ることが何より先決な気がするんです」


 礼似に妻の警護を許した翌日、こてつ会長は華風組、真柴組の両組長と対面していた。
「お久しぶりです」華風の組長が頭を下げる。
「ご無沙汰しておりました」真柴の組長も続いて頭を下げる。
「最後にあったのは華風さんの襲名の時だったか」会長が感慨深げに華風組長に視線を向けた。

 こてつ組はもともと戦前の好景気にこの街に大量の人々が流入した時から歴史を刻んできた組だ。当時はこの街も富国強兵に湧き、国も警察も庶民の暮らしやトラブルなど全く意に介していなかった。人の命が国の持ち駒にされる直前の時代である。
 弱い者たちは自らの身を守るため荒くれな流れ者達を雇い、いつしか自警団としての役割が与えられていったが、そんな男達を統率したのがこの土地で昔から力のあった武士、三代前のこてつ組長だった。
 もともとは明治維新の後に地元の政治的な役割を果たしていたが、この頃には街の発展を支える役目に変わり、後回しにされがちな地方自治を、こてつ組に頼り切ってしまっていた為、この街でのこてつ組の影響力は莫大なものになっていた。

 それは形を変えつつも現代まで続くが戦後になると復興のどさくさに紛れて組内の統率が乱れ始め街の人々が望む自治も多様化していた。
 その時商人達に支持され枝分かれしたのが真柴組の先代組長。
 街の建築を陰で掌り市民達に支持されて分かれたのが華風の先代であった。

 しかし街の景気が良くなると警察はもちろんこてつ組でさえも掌握できない事が起こり始める。

 暴走族、詐欺集団等従来とは違った問題が街を悩ませ始めた。そう言った問題をを封じ込めようと各組から人員を集めて作られた集団。それが麗愛会だ。
 しかし麗愛会は後に暴走を始めた。ミイラ取りがミイラ。華風や真柴を取り込み巨大化することでこてつ組にとって代わろうとした。
 それはわずか一人の男の一本の足と引き換えに阻止され麗愛会の勢力はこてつ組によって大きくそがれた。
 その後四つの組は微妙なバランスによって保たれた。

 だが、事態は急変する。
 各組に国外マフィアたちが接触し始めた。各組長達は彼らとの距離を置きたがっていたが一部の組員達は経済力のある中国などの接触を受け入れたがっていた。
 街の治安維持と組の内部崩壊を恐れた各組長は団結を決意する。これが各組のこてつ組傘下入りの真の事情であった。

 そんな折華風組長が病に倒れ急逝する。華風組は組内の跡目争いの発覚と拡大を恐れ先代の組長の妻を新たな組長として迎え四つの組の団結は固まったかに見えていたのだが・・・

「あの頃から麗愛会の組長さんは身体を病んでいらしたようですね。水と油の仲とは言え古い付き合い。うちの組の事情に配慮して下さったのかも」華風組長が小さくため息をつく。
「いや、配慮がどうあれあの方は麗愛会の要として全うされる事を望む人だ。元から病院のベッドで最期を迎える気など無いはず。我々と同じですよ。・・・しかしあなたが母親としての最後を望んだのは意外でした」
 真柴組長が華風組長を見つめた。華風組長は困ったように小さく笑う
「私も所詮女だったんですね。無事にこてつ組さんに受け入れられて安心してしまったのかもしれません」

 少しの間をおいて会長が「華風さんの跡目の襲名は少し待った方がいいかもしれない」と言った。
「息子さんは安全な所にいるんですかい?」真柴組長が聞いた。
「ええ、正直私も思いつきませんでした。あそこなら安全かもしれません。会長に周りを固めていただいたし。本当にありがとうございます」華風組長が会長に頭を下げる。
「あそことは?差支えなければ聞いてもよろしいですか?」真柴組長が思わず聞く
「実は・・・」


 その店は街の繁華街のやや奥まった所にあった。中規模なビルの二階。パッと目につく看板には「クラブ・ドマンナ」の文字が浮かび上がる。
 そこには華やかな着物姿に身を包んだ土間がいた。
「そのお花はもう少し下の方に行けて頂戴。その方がここからのライトに映えるから。その感じ」
花の位置に納得がいくと、土間は店の奥へと入っていく。
「どう?少しは慣れた?」
「あ・・・うん」
 土間の問いかけに答えたのは髪を染め、薄く化粧を施された辰雄である。
「うんは無いでしょう。一応ここでは私がオーナーなんだから」
 そういいながらも土間は笑いをこらえた。

外看板にも明かりが付く。「ニューハーフショーの店・クラブ・ドマンナ」店内に静かなピアノの旋律が流れる。
 店の奥ではショーに出演する踊り子達が、戦場さながらに着替えや化粧に勤しんでいる。辰雄はその只中で必死に働いていた。
 着替えを手伝い、次の衣装の準備をし音響をチェックする。まさしく目の回るような忙しさで辰雄はやや息を切らせていた。
 土間も辰雄から目を離し予約客のチェックをする。オーナーとはいえ土間は今までこの店に顔を出せるのは月に二、三回であったが辰雄の身を預かる事になってからはほぼ毎日顔を出すようになっていた。もちろん辰雄のためだ。
 身を隠す辰雄を店に出すようなことは初めから考えていない。しかしここで辰雄は意外な才能を見せた。
初めは踊り子達にこき使われることに戸惑っていたようだが、彼(彼女?)らが辰雄を特別に意識することも見下すこともなく時に注意し、時に励ますと辰雄は生き生きと働いた。

 そのうち辰雄は舞台裏の仕事に興味を持ち始めたらしい。
 音響の活かし方、照明のタイミングや角度、花弁を散らす時の送風の加減や、演出方法を工夫し始めた。
 虹の中で妖精の衣装を着た踊り子が躍る場面では
「虹も妖精もニセなら本物が混じると面白い」と、シャボン玉を噴出させた。
「結婚式場じゃあるまいし」と踊り子たちは笑ったが辰雄が照明を凝らした中では踊り子の動きがグッと生きる演出になった。
(事が解決すれば、辰雄の生きる道筋がつくかもしれない)
 土間は辰雄の行く末に明るい兆しが見えた事を喜び舞台演出の片腕となるよう仕事をたたき込んでいった。

 そんな中、土間の携帯に礼似からの連絡が入った。

「麗愛会の組長が極秘入院したわ。末期癌だそうよ。死期を覚悟した組長は麗愛会を誰にも継がせずに解散することに決めたの。きっと大きな動きが起こる。辰雄さんの身にも何が起こるか分からないから、用心して」
 土間は気を引き締めた。


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