こてつ会長は、一時退院をする麗愛会の組長を迎えに病室を訪れていた。 「もう、支度なさったんですか?身体を休ませた方が・・・」気遣う会長に組長が答えた。 「こちらこそ会長自ら迎えに来ていただいて、申しわけ御座いません。心配いりません。痛みは薬でコントロールされています。2,3日の外出が出来るぐらいの体力はまだあります。」 そう言って窓に視線を移すと「おそらくこれが最後の外出になるでしょうし」と続けた。会長も少し視線をそらす。 「・・・私は会長の様になりたかった・・・」組長がひっそりと言う。 「各組の寄せ集めだった麗愛会を一つにまとめ上げ、勢力を伸ばし、金に物を言わせる者たちを向こう回しに出来るだけの力が欲しかった。集団スリや強盗団、詐欺師たちに付け入るすきのない大きな組織にして、より大きなものと戦いたかった。・・・しかし私は柱になるには細すぎたようです。 会長のような太い柱になって皆をまとめ上げるにはあまりにも力が足りなかった。今となっては愚痴ですがね」 「そんなことはないでしょう」こてつ会長が否定する。 「今更お世辞を言わないでください。せっかく皆さんからお預かりした組員をこんな形でお返しするのは断腸の思いですが、これも私の器。消えていく者のささやかな願いと思って、組員達をもう一度育てなおしてやってください」そう言って組長が頭を下げる。会長はしばらく黙りこんでいたが 「昔の礼似を覚えておいでですか?」と聞いた。 「礼似?ああ、あれは大変でしたね。ひどい人間不信で独りよがりが強くて。腕っ節は良かったが無茶ばかりしては回りを危険にさらして・・・有能だが人を近づけなくて組でもことさら浮いていましたよ。一時は無断で美人局のような事までやったようです。他の二人と組んだことで今はどうにか落ち着いたようですが」 「あれは今私の家で妻の警護をしていますよ」 「礼似がですか?」組長が目を丸くする。 「しかもうちの家政婦親子を何とか助けたいと思っているらしい。以前の礼似なら家の門をくぐる事さえできなかったでしょう。人間変わるものだ。あれを育てたのはあなたですよ」 「まさか」 「本当です。礼似はあなたに感謝している。おそらくそう思っている組員はほかにも大勢いる。・・・明日の式典をご覧になれば解ると思います」 そう言って会長は意味ありげにほほ笑んだ。 真柴組では御子が巫女の衣装に着替え、塩で身を清めていた。こんな時にこんな服装は罰あたりかもしれないが自分が力を出し切るには一番いいような気がした。 さらに塩水で口をゆすごうとした時、良平に声を掛けられた。 「渡しておきたいものがあるんです」そう言って小さなお守り袋を手渡してきた。 「この中には、私の足を打ち抜いた弾丸が入っています。あの時私はどうにも真柴組を守りたかった。その瞬間真柴の組員達の思いが全てこの弾にこもっていたような気がした。それならこの足と引き換えに組を守ろうと覚悟を決めたんです。これには組員全部の思いがこもっていると思い、今までお守り代わりにこれを身につけてきました。今日はこれを持っていてくれませんか?組員一同の願いだと思って」 御子はお守り袋を手に取ると、 「ありがとう。受け取るわ。譲渡式は必ず成功させるわ」と請け負った。
副組長は車が出てくるのを待っていた。 病院の裏口が良く見通せる通りの向こう側に車を止め、そのわきの路地にはさらに四台の車を止めている。 正面玄関には見張りを置き、こてつ組会長が入って行くのを確認しているのでそう時間はかからないはずだ。 副組長は最初から組長達が正面から病院を出るとは思っていない。それでも見張りを置き、関係者の人の流れを把握しておく程度の慎重さはあった。これで抜かりはないはずだ。 ついに漆黒の車が裏口を出た。 副組長達の車がそのあとをつけ、ほかの車もさらに追いかける。車六台による集団の様相だ。 すると先頭車を守るかのようにオートバイの集団が何処からともなく表れた。 「厄介だな。だが・・・」副組長の言葉にまるで反応したかのように各車、黒いセダンをバイクごと取り囲み始める。 前を確保しようとするバイクに車は容赦なく迫り、集団を街はずれへと誘導していく。住宅地を抜け、土手を越えて広い河川敷へと黒いセダンは追い込まれてしまった。 黒い車とバイクの集団がついにその場に止まると、副組長と手下達が車を降りて来た。待ち受けていたであろう者達もその後ろにつく。皆、手に武器を携えているが、副組長達は銃を手にしていた。 礼似がヘルメットを外しながらバイクを降りる。着慣れた特攻服が川風に翻る。巫女装束の御子はセダンの助手席から降りて来た。他のバイクの乗り手たちも、鉄パイプを手にバイクを降りたが、それを見て副組長は不敵に笑った。 「とうとう追い込みましたよ。さっさと車を降りていただきましょうか。あんた方がいなければ麗愛会は解散も譲渡もできない。この際私に全て譲っていただきます」 礼似が言い返す。「会長達はあんたなんかにお顔を見せる必要、ないんだよ」 「礼似、相変わらず威勢がいいな。だがいい加減に言葉の使い方を覚えた方がいいぞ。まあ、あの世で敬語が必要かは知らないが」 そう言うと副組長と拳銃を持った男達が礼似達に銃を向けた。・・・が、その瞬間、副組長達の真後ろにいた男らが彼らの銃を奪い取った。そのまま御子に銃を渡す。 「裏切ったな!」副組長が睨みつける。 「あら、あんたをそんなに信頼している奴がいるとでも思ったの?おめでたいわね。彼らはもともと真柴組の組員なのに」御子がせせら笑った。 「ほざくな!」そう叫ぶと副組長は手にナイフを握りセダンに駆け寄ってドアを開いた。 「ハズレ、残念でした」そこには悠々と土間が座っていた。 「組長は何処だ!」副組長が怒鳴る。 「あんたに教えると思ってんの?随分お人好しねえ」土間は副組長のナイフをはらい落とし、車から木刀を手に出てくる。 「この土間の木刀の餌食になりたい奴は掛かっといで!相手になってやるよ!」土間が叫ぶ。 「礼似姐さんにアバラ折られたい奴は、前に出な!容赦しないよ!」礼似も負けずに叫ぶ。 「あんたらのトロイ動きは、この千里眼にはお見通しよ!この巫女装束を汚す罰当りは手を合わせて拝みやがれ!」御子も続けて啖呵を切った。 それを合図にしたかのように、大乱闘が始まった。
群衆の乱闘ひしめく中、土間はいつもの怪力は使わなかった。 乱闘が始まるとまず、かまえた木刀を滑らせるように相手のわき腹に叩きつけ、返す手で次の相手の武器を払いのけた。そのまま木刀を振りおろし、また次の相手をかわしながら木刀を叩きつける。 その一連の動きは無駄が無く、まるで手慣れた剣士を思わせた。あまりの木刀さばきに周りの者がじりじりと攻めあぐねるほどである。 礼似は逆に力任せに木刀を叩きつけ続けていた。 木刀は大きく振り回され、まさに片っ端から容赦なく相手に殴りかかる。時には足を引っ掛け、時には武器をけり上げる。その先から力いっぱいに木刀が打ちつけられていった。 その時、礼似は自分に振り下ろされてくるドスをとっさに木刀で受け止めた。そのまま払いのけると木刀があっけなく折れてしまう。 すると仲間の一人が鉄パイプを礼似に投げてよこした。 「やっぱりこっちの方が性に合うわ」そう言いながらパイプを振り回してみせると、ドスで襲って来た相手を一撃にしてしまう。数人がかりで襲った者さえ、鮮やかに身をひるがえし次々とパイプを打ちつけていく礼似にはかなわなかった。 しかし三人の中で最も強かったのは御子かもしれない。 彼女が切った啖呵は伊達ではなかった。御子は襲い来る相手の動きを全て先読みしていた。巫女衣装を翻しながら相手をかわし、木刀は確実に急所を襲う。相手は装束に触れる事さえできない。その姿はさながら神楽でも舞うようであった。 だが、しばらくすると御子は消耗してきた。彼女だけは体力だけでなく精神力も極端に使っているのだから当然である。自分でもそれは気が付いていたが、今は手を緩めるわけにはいかない。今はまだ。 それは一瞬の隙に起こった。 御子のひと突きが相手のみぞおちに決まり、相手はナイフを握ったまま意識を失いかけていた。前方に倒れかける相手に御子は半身を翻し、相手の後ろ側へよけた・・・つもりだった。 しかしその足元にある石に、二人とも気づいていなかった。 相手はバランスを崩し、本人も意図しないままに後ろへ倒れて行った。ナイフの刃先が御子に向かってくる。 (しまった!) 万事休す。思わず御子は目をつむったが・・・。 ガキッ。 鈍い金属音と共に風の駆け抜けるような気配。目を開けた御子の目に飛び込んできたのは、転がって行ったナイフと気を失って倒れた男。ドスをかまえた良平の姿だった。 「良平!」 「大丈夫ですか?」思わず声をかけた御子に良平が聞き返した。 「ありがとう、大丈夫。たすかったわ」御子は安どして答えた。 「お守りの効果はあったみたいですね」と笑う良平に御子も微笑み返した。 そのあとをハルオが追って来た。 「みっ御子!安心しろ。くっ組長さんはこっこてつ会長の屋敷にぶっ無事に入られた!もうだっ大丈夫だ!」 ハルオの言葉に皆の動きが止まる。 「それに明日の会場をちょろちょろしていた奴らも取り押さえてある。もう心配いらないだろう」良平も言葉を続けた。 「なんだと?」この言葉に反応したのは副組長だった。「畜生。おい!全員事務所へ・・・」 「無駄よ」土間が副組長の言葉をさえぎった。 「今日、麗愛会の事務所に警察の家宅捜索が入ったわ。あんた達がこんな事をしてる間にね。あんた達は密入国のあっせんや、ビザの偽造をしてたでしょう。全て証拠として押さえられたでしょうね。ヤミ金の関係先もすべて押さえられているわ。あんた達に帰る所はないのよ」 戦意喪失。そう言った体で皆その場に立ち尽くしている中、「くそっ」と言って副組長はいずこかへ逃げていく。 「追わなくていいの?」礼似が聞くが 「彼に逃げ場はもうないわ」と土間は答えた。 「孤独な・・・かわいそうな人ね」御子は少しばかりの同情を副組長へ向けた。
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