「利絵子の夏」
- side episode -
「祭」
焼きそばやフランクフルトの屋台から流れ出る、ほのかな煙のにおい。 友達同士の学生、寄り添っているカップル、子供連れでゆっくりと歩いている家族。 町には、いつも通学の時に感じる空気よりも、ゆったりとした空気が流れていた。 お兄ちゃんと私は、浴衣姿で神社へ続く道を歩いていた。 『……なんだか、ワクワクするよな。こういうお祭りの雰囲気って』 お兄ちゃんは目を輝かせながら言った。 「……うん」 私は静かに返事した。 神社へ続く道の両脇に在る、色とりどりの屋台。 おもちゃ、金魚、お菓子、お面……。 そのどれもが、私の心をときめかせた。 『りえこ、これやってみようぜ!』 お兄ちゃんは射的の屋台を指さした。 「うん」 私が返事して間もなく、お兄ちゃんは射的用の鉄砲とコルクを持ってきた。 『これ、りえこの分な』 「ありがとう」 私は、おまけつきのお菓子に狙いを定めた。 けれど、私が打ったコルクはどれも見当違いの所に飛んでいってしまった。 と、突然横からコルクが飛んできて、コツンッ、と音が響いて、私の狙っていたお菓子はあっというまに倒れてしまった。 私がびっくりして横を見ると、お兄ちゃんが得意そうな顔つきをしていた。 そして、賞品のお菓子を私にくれた。
私は人ごみの中を歩いている途中で、そのお菓子の箱に触れていることが、とてもうれしかった。 その後は、金魚すくいを眺めたり、1等でゲーム機が当たるというくじびきをやってみたり(私は6等のガム、兄は3等のプラモデルだった)、焼きそばやチョコバナナを買ったりした。 そして、神社の中に空いている空間があり、そこに二人並んで座った。 間もなく、花火が打ち上げられた。 ドーン、パリパリパリ……という音と共に、赤や黄や青の光が空に舞い散っていく。 ……綺麗だなあ……。 私は素朴に思った。 『……綺麗だな』 兄が、私が思っていたことと同じことを口に出した。 私は、心持ち顔が赤くなった気がした。 ずっと、このままでいられたらいいな……。 私は、お兄ちゃんの横に座って、思った。
兄はそれから程なく、逝ってしまった。 兄の遺体には、鈍器で暴行された跡が残っていた。 その日を境に町の人に対して厳格だった父は穏健になり、私は訳も分からず一週間泣き続けていた。 ……私は今でも、お祭りが好きなことに変わりはない。ただ、色とりどりの屋台を見ると、今の楽しい気持ちや、過去の楽しかった思い出や、それに付随する様々な感情が入り交じって、複雑な心模様になるのが、幼かった頃と変わった部分かもしれない。
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