利絵子の夏
第五話 後編
真っ暗な道。 私は、歩いていた。 あてどもなく、ただ、空虚なこころを抱いて。 そんな時、遠くのほうに微かに光が見えた。 私は、その光に向かって走ろうとした。 けれど、今の私にはまるで重い足枷のようなものが足につけられているようで、上手く足を動かすことが出来ない。 私は、その重い足を引きずるようにして歩き続ける。
――遠くにある、淡い、今にも消えてしまいそうな光を求めて。
「あ……」 私は目が覚めた。 私の目に涙が浮かんでいるのが、顔の肌の感覚で分かった。 私は涙を手でぬぐうと、空が、あかつき色に染まっているのが見えた。 そして私は、はっとした。 私は自宅の居間で倒れて、それで――。 周りを見渡すと、ここは元の居間だった。 ただし、テーブルが片づけられて、私は布団に横たわっていた。 少しすると、廊下から、ぎし、ぎし……という足音。 居間に父がやってきた。 「もう、起きていたのか……」 父は、真剣な眼差しを私に向けたまま言った。 父は歩み寄って私の枕元に座ると、 「……出来る限りのことを、話そう。私のこと、この町のことを……」 私は、父の言葉に耳を傾けた。 「私たちが今暮らしているこの町は、はるか昔に――ある意図をもって造られた町なんだ……。そして今では、この町は日本には『概念的に』存在しないことになっている」 「……どういうこと?」 「詳しくは言うことが出来ないのだが……経済的に貧しい人々や、その他色々な事情がある人々に、この『造られた町』に移住してもらっているんだ。そして、その人々を援助する見返りとして、様々な試験に参加をしてもらうことになっている。そんな町だからこそ、『地図に名前が載らない町』になっているんだ」 私の心の中の何かがズキン、と痛んだ。 「……この世の中では、何を行うにしても、人間に関するデータが必要なんだ。しかし、日常の範囲内でそれを大量に採取しようとするのは難しい。だから、こういった町を人工的に造って、効率的にそれを得ようとする……」 父は、落ち着いた声で言った。 「……お父さんの仕事は、その調査に関する仕事、なんだね」 私は言ってから、自分の声がかすかにかすれているのに気づいた。 父は黙っていた。 やがてしばらくして、 「お前も、響花と変わらないんだな……」 お父さんは、私が小さいころに他界した母の名前を口にした。 母はおっとりとした風貌だったが、内面に芯の通った強い意志を秘めている、そんな雰囲気がうっすらと記憶に残っていた。 リリーン、リーン……。 風が少し流れてきて、どこからか風鈴の音が聞こえた。 「……元の町に、戻りたいか?」 父は、静かに言った。 「……ううん」 私は言った。 「私は、元居た町も好き。クラスメイトが居て、一緒に遊べて、ゆったりとした時間を過ごせて……。でも、私は、この町に居たほうが……心に何か、強く残る気がするの。にんげんの、奥底に秘められた何かが……」 私が言うと、父は「そう、か……」とだけ呟いた。 止まっていた時が、静かに動きだそうとしている。 私はそんな気配を、布団に横たわりながら感じていた。
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