「利絵子の夏」
第四話 前編
中学校のそばの道を通ると、わぁぁ……という学生の声がした。何か、運動でもしているらしい。 私は同じ中学生でありながら、それが何となく、他人事のように聞こえた。 ……私は、「チュウガクセイ」というコミュニティの中に戻ることが出来るのだろうか? お父さんは、数ヶ月で元居た街に戻ると言った。 けれど、実際にこの町で過ごしてみると、なんだかこの静かな時間、空間が永遠に続くような気がしてしまうのだ。 ……なぜ、だろう……。 少し蒸し暑い夏の空気と青空の中、私はそんなことを考えながら、石段を昇っていた。 そんな時、足下に何かが落ちていることに気がついた。 それは、ぼろぼろに古ぼけた小さな布だった。くすんだ茶色も、年代を感じさせる。 それは一見何気なく捨てられたゴミのように見えるけれど、よく見てみると、そうではない気がした。……言葉には表すことが難しいのだけれど。 私はそれを手にとった。 と、その時。 「そんなところに、あったのか」 石段の上の方で、男の人の声がした。 私が上を向くと、石段の上の方に、私の父くらいの年齢の男性が立っていた。 体はがっしりしているが、雰囲気は物静かな気がした。 「……これ、探し物なんですか?」 私が聞くと、 「ああ。大切な……ものなんだ」 その男性はそういうと石段を降りてきて、私の前に立った。 私がそのぼろぼろの布を男性に手渡すと、その男性は「ありがとう」と優しく微笑んだ。 それからその男性は少し考えこむようにして、 「……よかったら、私が館長をしている博物館があるんだが、見にきてくれないか? そこで、この落とし物を拾ってくれたお礼にお茶でもごちそうしたいんだ」 私は一瞬迷ったけれど、その男性の目と、雰囲気を判断してから、とりあえずついていってみることにした。
その博物館は、町の中心の駅から歩いて20分くらいの場所にあった。 周囲には雑貨屋などのお店があり、人もあまり多くは無いが居る。 私はそれを見て、警戒心を和らげた。 「ここだよ」 さきほどの男性(中村重雄さん)は、目の前の建物を指さした。 静かな趣の建物で、それは、時代を感じさせるものだった。 建物の玄関には、「高塚市歴史民族博物館」と記されている。 受付のおばあちゃんに、中村さんは「この子は今日は無料で。落とし物を見つけてくれたんだ」と言った。 おばあちゃんは「それはそれは」と言って柔和な表情を見せてから、博物館のパンフレットとチケットを私に手渡してくれた。 私は、思いがけない幸運に素直に喜んだ。
(後編に続く)
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