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作品名:ノンキャリア 作者:中瀬ケイ

第2回   2
 恭子と奈々美は、安西を連れて、殺人の起きた現場にやってきた。
「奈々美は、マンション住人の聞き込みに回ってくれる。私と安西は、殺された部屋を、もう一度調べるてみるわ」
 恭子は白い手袋をはめながら、奈々美に指示をした。そして翔子を連れて部屋に入ると、忙しく動き回った。
「昨日、鑑識が調べたんですよね。もう何も出てきませんよ」
 翔子は壁にもたれながら、忙しく動き回る恭子に冷ややかな視線を送った。
「鑑識だって見落としはあるわ」
「そんな事、ある訳ないじゃないですか」
「人間は完璧じゃないから」
「そんなもんですか」
「そんなもんよ。それよりあなたも、そんなとこに突っ立ってないで、何かないか調べなさい」
 翔子は軽いため息をつくと、めんどくさそうに動き始めた。そして、被害者が殺され、覆いかぶさっていたパソコンの電源を入れ、いじり始めた。
「でも変よねぇ」
「何がですか?」
「被害者はパソコンの前に座っていて、背後から襲われた」
「そうですけど」
「被害者の体内からは、自殺でもないのに、睡眠薬の成分と多量のアルコールが検出されている。睡眠薬や多量のアルコールを飲んだ人がパソコンをやるかしら?普通はベットに入って、さっさと寝るでしょう」
「それはそうですけど・・・・」
「本当に変よねぇ」
 恭子は片手で、ショートカットの髪をかきむしった。
「こっちも変です」
 翔子は、いじくっていたパソコンの手をとめ、恭子の方を振り返った。
「どうしたの?」
 恭子は慌てて、パソコンを覗きこんだ。
「被害者は、連載を多数抱える売れっ子作家ですよね。なのにこのパソコンの中は、それらしき物がまったくありません。パソコンがあるのに、原稿用紙で執筆するなんて考えられません」
「犯人が意図的に消去したとも考えられるわね」
「それは否定できませんが、被害者はパソコンに覆いかぶさるように、殺されていましたよね。わざわざ殺害して、パソコンの前に座らせるでしょうか。それに鑑識からの報告によると、このパソコンからは、被害者以外の指紋は検出されてません」
「うんん・・・」
 恭子は腕組みした。
「とにかく、このパソコンからは、何も出てこなかった。何も出てこなかったから、証拠品として押収されなかった。でも一つの疑問が見つかった。やっぱり来て良かったね」
「・・・・・・」
 恭子は翔子の肩をたたき、にっこり笑った。
 そこに、聞き込みに回っていた奈々美が、帰ってきた。
「何かいい話あった?」
 奈々美は赤い手帳をめくりながら、聞き込みの状況を、恭子に報告した。
「いえ、目撃情報はありませんでしたが、ただ・・・」
「ただ・・・?」
 恭子は怪訝そうな表情をし、奈々美に問いかけた。
「ただこのマンションの2階の住人で、被害者の小説の古くからのフアンがいるですが、最近の被害者の作風が、変わってきたと言うんですよ」
「作風が変わった?」
「はい。昔は結構、ハードボイルド的な作品が多かったらしんですけど、最近の作品は若者向けとゆうか、なんかこう、柔らかくなったと言うんです」
「柔らかく?」
 話を聞いていた翔子が、小首をかしげた。
「まぁ、そのおかげで、若い子に人気が出て、再び人気作家になったんだけどね」
「・・・そう」
 恭子の表情は、何か閃いたようにみえた。
「とにかく、一旦署に帰ろう。あっ、そうだ。途中であそこに寄って帰ろう」


「被害者の錦織さんは独身で、一人暮らしです。これといって、他人に恨まれている様子もありませんでした。・・・こりゃあまた、すごいですなぁ〜」
 聞き込みから帰った来た柴田が、恭子の荷物を見て、目を白黒させている。
 恭子のデスクは、多数の本の山になっていた。恭子が「あそこに寄って帰ろう」と言ったのは、ちょっと多きめの書店だった。
「・・・ちょっとね」
 恭子は柴田の報告を聞くと、読みかけていた本を、また黙々と読み始めていた。恭子が読みふけっているのは、被害者の錦織淳之介の書いた小説だった。
「うんん・・・、やっぱり変わってきてるわね」
 恭子は、4冊目の本を読みを終わると、軽く伸びし、こう続けた。
「確かに古い作品は、専門用語がいっぱい出てきて難しかったけど、昨年発表した作品は題材も若者向けだし、確かに読みやすかった。でも犯人もすぐ判っちゃたけどね」
「そりゃあ、班長は敏腕刑事ですから」
 話を聞いていた奈々美がクスクス笑った。
「私が敏腕かどうか判らないけど、なんかまったくの別人が、書いた気がするの」
「まったくの別人が書いたって、まさか盗作とか」
「いや、この本はベストセラーになっている。しかも文英社の賞も受賞している。もし盗作だったら、今頃大問題になっているわ」
「それはそうですよね」
 奈々美は腕組みをして、首を立てに振った。
「こうゆう事は考えられない?。被害者の錦織さんが、他の誰かに原稿を書かせ、いかにも自分が書いたように発表した。そして幾らかの金銭を渡していた」
「・・・ゴースト作家ですか」
 二人の会話を聞いていた翔子が、パソコンを打つ手を止め、そう口を開いた。
「ゴースト作家?」
 奈々美が腕組みをしたまま、視線だけを、翔子の方に送った。
「よく有名芸能人が本を出版しますよね。あれは本当にその本人が書いてるんじゃないんです。だって有名芸能人ですから、忙しくて、原稿を書く暇なんかありません。そこでその有名芸能人から、プロの作家がいろいろ聞き出して、原稿にし、さも本人が書いたように発表する。まあ自分で原稿を書く人もいますから、みんなとゆうわけじやないですけど」
 翔子は一通り話すと、またパソコンを打ち出した。
「なるほど・・・」
 恭子と奈々美は、思わず唸ってしまった。
 そこに、聞き込みに回っていた田代が部屋に入ってきた。
「班長。被害者は殺される2時間位前まで、赤坂のクラブにいたことが判明しました」
「赤坂のクラブ?」
「はい、赤坂の‘HANA’という店ですが、被害者はそこの常連だそうで、殺された夜も、かなり派手に遊んでいたようです」
「派手に遊んでいた?」
「はい、店のホステス達には、‘スケベ親父’とあんまり評判が良くないんです」
「スケベ親父?」
「はい、すぐお尻とか体を触ってきたりとかするんだそうです。まぁチップとか、かなりの金額を貰えるんで、みんな我慢してたらしんですけど」
「お〜いやだ、いやだ。そんな親父!」
 話を聞いていた奈々美は、気持ち悪そうに肩をすくめ、身を震わした。
「おいおい、わしの聞き込みでは、礼儀正しく、近所の人の評判は良かったぞ!」
 今度は柴田が、不満そうな顔をした。
「はい、ジュンさんのおっしゃるとおり、近所や出版社の人の評判は良いんですが・・・、ただ酒が入ると人間が変わるとゆうか、酒癖があまり良くないんです。この日の夜も、文英社の担当の椎名という男性と、付き人の陣内さんを連れて、夜の7時頃に店にやって来たそうです。そして酔いだすといつもの様に、金に物を言わせてやりたい放題。挙句の果ては文英社の担当や、陣内さんを‘この役立たずの貧乏人どもが・・・’とか、ものすごく罵ったらしんです」
「ますます嫌だ。そんなオヤジ!!」 
 奈々美の顔には嫌悪感が表れていた。
「その店を出たのは、何時頃?」
 恭子は、落ち着いた口調で、田代に聞いた。
「店を出たのは10時過ぎ頃だったと、店のバーテンが証言してます。錦織さんから、帰るからタクシーを呼んでくれと頼まれて、9時40分頃、タクシー会社に電話したんだそうです」
「三人で帰ったのかしら」
「いえ、タクシーに乗ったのは、錦織さんと付き人の陣内さんだけです。担当の椎名さんはタクシーには乗らず、そのまま直接、自宅に帰ったそうです」
「そう・・・」
 恭子は、しばらく黙ったまま目を閉じ、何か考えている様だった。
「マサとジュンさんは、そのタクシーの運転手から、事情を訊いてもらいますか。それから奈々美は、錦織さんの銀行口座を調べてくれる」
「銀行口座を・・・ですか?」
「きっと何かが見つかるはずよ。私と安西は、その椎名という男性に会って、話を聞きに行ってくるわ」


「お待たせしました。私が椎名です」
 文英社の応接室で待っていた恭子と翔子の前に、一人の男が現れ、名刺を渡された。男の名前は椎名雅也、年齢は30歳位で、かなり大柄の男だ。 
「錦織さんの件は、非常に残念です。まだまだこれからとゆうのに・・・」
 男はそう言うと、スーツのポケットからハンカチを取り出し、目頭をおさえた。
「貴方は錦織さんが殺されたあの夜、一緒に赤坂のクラブに居たそうですね。そこで錦織さんに、なんか変わった様子はなかったですか」
「いいえ。いつもと同じだったとおもいますが」
「・・・そうですか」
 恭子は、そう言うと、貰った名刺をバック中に収めた。そして改めて、椎名に聞いた。
「錦織さんは、お酒を飲むと、いつもあんな感じだったんですか」
「あんなとは・・・」
「いえ、クラブのおねぇさん方達の評判があまり良くないみたいなので」
「あぁ、確かに酒癖はあまり良くないですね」
「あの夜も、貴方は錦織さんに、かなり罵られていたようですが」
「いやぁ、私なんかまだ良いほうですよ。いつも一緒にいる陣内君なんて、可哀想なもんですよ」
「陣内さんて、あの付き人の方ですか」
「はい。毎日のように罵声を浴びせられていましたからね。よく我慢しているなあと感心してたんですよ」
 椎名は、さっきまで涙を拭いてたハンカチで、今度は額の汗を拭った。
「あの夜、錦織さんは10時過ぎに、陣内さんと一緒に、タクシーで家に帰ったんですよね」
「はい、そうです」
「貴方はそのまま、直接自宅に帰られたそうですね」
「はい、自宅が逆方向なもので」
「そうですか。わかりました。どうもお忙しいところ、ご協力有り難うございました」
「いいえ、こちらこそ、なにもお力になれなくて、すいませんでした」
「そんなことはないですよ」、
 恭子は、椎名と軽く会釈を交わすと、翔子を連れて応接室を出た。
「なにもこれといった、有力な情報はありませんでしたね」
 翔子がいつものように無表情で、恭子に声をかけた。
「そうかしら」
「えっ」
 珍しく、翔子の表情が変わった。
「錦織さんを殺した犯人は、左利きよね」
「それがどうしたんですか」
「椎名さんは右利きね」
「どうしてそんな事がわかるんですか」
「涙や汗を拭いていた時に、ハンカチを右手に持っていたし、名刺を渡す時も右手だった。それに、彼は気が弱いわね」
「どうしてですか」
「私が質問している間、手が小刻みに震えていたわ。それに一度も、私の目を見なかった」
「・・・・・・」
「プロファイリングよ」
「はぁ?」
「あなたの好きな、FBIの真似をしただけよ」
 恭子は翔子の方を振り向き、ニッコリ笑った。
 その時、恭子の携帯電話が鳴った。
「もしもし、・・・・・・そう。すぐ戻るわ」
「どうしたんですか」
「やっぱり見つかったわ。新たな疑問がね」


「錦織さんの銀行口座を調べたんですが、陣内さんの口座に、毎月50万の振り込みがされています」
「50万か・・・」
 恭子は奈々美の報告を聞きながら、そう呟いた。
「お給料じゃないんですか?」
 翔子は、奈々美の方をり向きもせず、口を開いた。
「付き人の給料にしては、高すぎるなぁ」
 話を聞いていた柴田が立ち上がり、翔子に視線を送った。
「はい。私もそう思うんです。しかも3ヶ月前からは、振込み金額が、30万に減ってます」
「金額を減らされたのを恨んでの犯行とも考えられますよね」
 翔子は腕組みをし、恭子を見つめた。
「けっこう罵られていたみたいだしね」
 奈々美も、そう口を開くと、翔子と同じように腕組みをした。
「うんん・・・」
 恭子はいつもの様に、ショートカットの髪を、片手でかきむしった。
「とにかく任意で、陣内さんから話を聞いてみましょう」


「先生は誰に殺されたんですか」
「それはまだ捜査中なので、判りません」
 恭子と奈々美、そして翔子は、陣内の部屋にいた。
 陣内は、白いポロシャツとジィーンズ。20代前半で髪は短く、中肉中背の真面目そうな青年だった。殺害された錦織のマンションから、そう遠くない六畳一間が陣内の部屋で、洗濯機の上に洗濯物がそのまま置かれ、部屋の中は、あっちこっちに、雑誌や新聞紙が散乱しており、お世辞にも綺麗とは言えない部屋だった。
「事件があったあの夜、あなたと錦織さんは、あのマンションまで一緒にタクシーで帰ったんですよね」
「はい。そうです」
「その時、錦織さんに何か変ったことはありませんでしたか」
 陣内から話を聞いているのは奈々美で、恭子はその横で、うつむいている陣内の顔を見つめていた。
「別に何も・・・ただいつもより酔っていて、タクシーから降ろして部屋まで連れて行くのが大変でした。すぐに寝室へ連れて行こうとしたんですが、パソコンの前の椅子に座られ、そのまま眠られてしまったので、しかたなく、そのままにして、帰宅しました」
「錦織さんは普段から、睡眠薬を飲まれていたのですか」
「いいえ。先生は睡眠薬など飲んでません」
「そうですか」
「・・・あなたが殺したんじゃなんですか」
 二人の会話を聞いていた翔子が、突然、口を開いた。
「何を言うんですか!僕が先生を殺す訳ないじゃないですか!」
 今までうつむいてた陣内の顔が、見る見る赤くなり、翔子を睨みつけた。
「あなたは、殺された錦織さんから、毎月50万の金額を受け取っていた。しかし3ヶ月前から30万に減っている。それを恨んでの犯行じゃないんですか」
「そ、そんな・・・」
「それに、錦織さんによく罵られてたそうですね」
「確かに先生は、酒癖は良くありません。だからといって、僕が先生を殺す訳ないでしょう」
 陣内の体は、怒りで小刻みにゆれていた。
「でも、あなたは・・・」
「安西、いい加減にしなさい!」
 質問を続けようとした翔子を、恭子は強い口調で遮った。
「ごめんなさいね。この子まだ新人なもんで、口の訊き方を知らないんですよ。ところで、なんで振込み金額が、50万から30万に減ったのか、教えてくれない」
「入院費です」
「入院費?」
「はい。母が入院してるんです。僕は若いから金使いが荒いらしく、それを見かねた先生が、毎月支払ってくださってるんです」
「やさしい方ね」
「はい。先生は、お酒を飲まなきゃいい人なんです」
「でも毎月50万なんて、付き人のお給料じゃないと思うけど」
「・・・・・・」
「当てようか」
「えっ」
「錦織さんの代わりに、小説を書いていたのは、あなたでしょ」
 陣内の顔がギクッとなった。
「あなたが錦織さんの代わりに原稿を書き、その報酬で50万の金額を受け取っていた」
「・・・その通りです。でもどうして判ったんです?」
「錦織さんの部屋にあったパソコンには、売れっ子作家なのに、それらしき物がなかった。本棚にもむかし書いた本はあったけど、最近のはひとつもなかった。でもそこにあるあなたの本棚には、錦織さんの書いた本がある。むかし書いた本もね」
「さすが、刑事さんですね」
「あなたと錦織さんとは、どんな関係?ただの師弟関係じゃないでしょう」
「・・・・・・父です」
「えっ」
 陣内の意外な言葉に、翔子と奈々美は唖然とした。


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