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作品名:ノンキャリア 作者:中瀬ケイ

第1回   プライド高き研修生 1
                                                       
 ピピピ、ピピピ、・・・
 カーテンの隙間から、やわらかい春の光が差し込む白い壁を基調とした部屋に、目覚まし時計の電子音が響き渡る。
  ピピピピピピ・・・・・・
 なかなか起きない子供を起こす母親みたいに、目覚まし時計のボリュームがヒートアップする。そのヒートアップした目覚まし時計を、白いシーツの中から伸びたすらりとした翔子の手が、電子音のストップスイッチを押した。
 春の光が差し込む部屋に静寂が戻る。 
 ゴソ、ゴソゴソ、しばらくおとなしかった白いシーツが動き出した。ベットのそばには、ブラジャーとパンティが無造作に脱ぎ捨てられている。
 翔子は頭をかきむしりながら、包まっていたシーツを跳ね除け、ようやくベッドから起き上がった。 そしてフラフラと歩き出し、素っ裸のまんま、隙間から光が差し込むカーテンを、両手で勢いよく開けた。長身のスラリとした翔子のヌードが、都会の街に映える。
 翔子は大きく伸びをすると、ふっとため息をついた。そして 
「いよいよか・・・」
 自分に言い聞かせるように、つぶやいた。翔子は振り返り、さっきまでヒートアップしていた目覚まし時計で時刻を確認し、あわててバスルームに向かった。      
                                                                                    

「えっ、うちにキャリアの研修?」
 神原恭子は一瞬戸惑った表情で、警視庁新宿中央署々長の一ノ瀬の顔を見た。
「そうだ。そしてその教育係を君にやってもらいたい」
 一ノ瀬は短髪の白髪頭をかきながら、恭子に視線を向けた。一ノ瀬は50代後半で、体格も大柄、いかにも警察官タイプだ。
「でも私は・・・」
 恭子は言葉をとめ、視線を落とした。
「だからだよ。だから君にお願いするんだ」  
 一ノ瀬は恭子の肩を軽く2回叩きながら、にっこり微笑んだ。 
 恭子はしばらく間をおいて「わかりました」と答え、一ノ瀬に軽く会釈をしその場を立ち去った。
「私にできるかしら・・・」
 恭子は大きな不安と過去で胸を締め付けられそうになっていた。 


「うちの班に、キャリアの研修ですか?」  
 新城奈々美が、不思議そうに恭子の顔を覗きこんだ。
 奈々美は新宿中央署刑事課特別凶行犯係の刑事で、恭子のもっとも信頼する部下だ。年齢は28歳で、美人ではないが、愛くるしい顔をしている。武道に長けていて、大の格闘技好きだ。
「仕方がないわ。業務命令だから」
 恭子は署の屋上の緑色の手すりに寄りかかり、不安そうな表情で答えた。
「私もお手伝いします」
 奈々美は、その愛くるしい笑顔を恭子に見せて、大きくうなずいた。そんな奈々美を、恭子は頼もしく感じた。
「でもどんな子が来るんですかねぇ」
 奈々美も恭子と同じように手すりに寄りかかった。
「アメリカ生まれよ」
「あ・め・り・か?」
 奈々美は眼を丸くした。その愛くるしい顔が、よけいに愛くるしく見えた。
「しかもハーバード大学卒業」
「ハーバード大学!」
 奈々美は寄りかかっていた手すりからずれ落ちそうになった。
「しかも相当わがまま娘で、プライドが高いらしい」
「でもそんな超エリートが、何故うちの班で研修なんですか。そんなエリートなら本庁で研修のはずですが」
 奈々美はずれ落ちそうになった体勢を元に戻した。
「そうね・・・」
 恭子はそうつぶやくと、空を見上げた。もう4月だとゆうのに今日は肌寒い。花曇りの空が、恭子には、これから先を案じているように思えた。


 恭子は署長の一ノ瀬に呼ばれ、署長室に入った。
 一ノ瀬の隣には、見知らぬ女性が立っていた。長身をベージュのパンツスーツに包み、凛とした顔立ちが印象的だった。
 恭子は一目見て、それがキャリアの研修生だと気がついた。
「この人が、貴方の教育係を担当する特別凶行犯係の神原警部捕だ」
「神原恭子です。よろしく」
 署長に紹介され、恭子は軽く会釈した。
「今日付けで、こちらに配属された、安西翔子です。よろしくお願いします」
 翔子は無表情なまま、恭子に向かって、ふか深く頭を下げた。恭子は一ノ瀬にそっと耳打ちした。
「どこが生意気なんですか?礼儀正しいじゃないですか」
「そのうち判るさ」
 一ノ瀬は恭子に軽くウインクした。
 翔子は恭子の連れられ、刑事課に向かった。翔子は恭子の後姿を見つめながら、ふとつぶやいた。
「神原・・・神原恭子か・・・」


 翔子は配属された、特別凶行犯係神原班のメンバーに紹介されていた。
 神原班のメンバーは奈々美以外に、 いかにもおっちょこちょい見える、田代政治、通称マサ、35歳。
 古株で、出世にはまったく縁のなさそうな、柴田順三、通称ジュンさん、52歳。
 刑事になりたてで、若くて、頼りなさそうな、上条トオル、通称トオル。奈々美にはボクちゃんと呼ばれている。年齢は、翔子と同じ24歳だ。刑事ドラマに出てきそうな、個性派ぞろいだ。
 翔子はメンバーを紹介される度、恭子の時と同じように、無表情のまま形式的な会釈をした。そして心の中で思っていた。
「なんで私がこんな人たちと・・・」
「あなたの席はそこよ」
 恭子は翔子に向かって、奈々美の隣の机を指差した。
 翔子はそれを目で確認すると、無言で席に着き、持ってきたバックの中からノートパソコンを取り出し、銀縁の眼鏡をかけ、黙々とキーボードを打ち始めた。
「何してんの?」
 隣の席の奈々美が、いつもの人なっこいい笑顔で、翔子のパソコンを覗きこんできた。
「FBIによる、アメリカで起きたここ10年間の凶悪犯罪Iのデーターベースを、分析しているんです」
「へぇ〜そんなことやってんだぁ〜 すごいなぁ〜」
「データー収集は近代捜査では基本中の基本です」
「へえ〜、何々、これは何なの?」
 奈々美は興味津々で、パソコンのモニターを見ながら、翔子に色々質問していた。翔子も最初のうちは、無愛想ながらも、奈々美の質問に答えていたが、あまりの奈々美の質問攻撃に、
「ちょっと静かにして貰えませんかね。集中できないんで」
 相変わらず無愛想なままで、奈々美を眼鏡越しに上目使いで睨んだ。
「・・・・・・」
 奈々美は翔子の、思いがけない言葉で、閉口した。二人の間に気まずい空気が流れた。
 その時、恭子のデスクの電話が、けたたましく鳴った。
「はい神原です。・・・わかりました!」
 恭子は電話を切ると、全員を見渡し、こう叫んだ。
「みんな、殺人事件よ!」
 神原班のメンバーに緊張感が走る。そして恭子から詳細な場所等を聞くと、慌しく出発の準備をした。しかし翔子だけは、相変わらず無表情な表情で、キーボードを打ち続けていた。
「あなたも一緒に来るのよ!」
 恭子は黙々とキーボードを打ち続ける翔子に向かって、大きな声を出した。
「私も・・・ですか」
「そう。あなたもよ」
 恭子はさっきとは違い静かな声で、しかし鋭い口調で、翔子に言い放った。翔子は渋々、パソコンをシャットアウトし、神原班のメンバーの後をついていった。


 現場に着くと鑑識が忙しく動き回っていた。神原班のメンバーも現場に着くなり、恭子の指示通り動き始めた。恭子と奈々美も、翔子を連れて、遺体確認に向かった。
「あなた、死体見たことある?」
 恭子は現場マンションの一室に向かいながら、翔子に聞いた。
「いいえ。初めてです」
「大丈夫?」
 恭子の後を歩いていた奈々美が、心配そうに翔子の方を振り返った。
「はい・・・」
 翔子は相変わらず無表情だ。
 現場のマンションの一室でも、鑑識が忙しく動き回っていた。遺体は窓際にあるパソコンデスクに座っていて、パソコンに覆いかぶさるように死んでいた。背中に複数の刺し傷が見られる。
「派手にやられてますね」
 眉間にしわを寄らせながら、奈々美はそう言った。恭子も部屋の中を見渡している。
 バタン!急に翔子がひざまついた。
「どうしたの!大丈夫?初めて死体を見て、気分でも悪くなった?わかるわかる、私も最初に死体を見た時、気分悪くなって、それから一ヶ月くらいお肉食べれなかったもん」
 ひざまついて、遺体をじっと見つめている翔子の背中をさすりながら、奈々美は自分の体験談を話し始めた。
「いいの、いいのよ、無理して見なくても」
 翔子は背中をさすっている奈々美の手を払いのけ、ゆっくりと立ち上がった。そして遺体から目を離さず、こう喋り始めた。
「凶器は刃渡り20センチの鋭利な刃物。この傷口からみて多分登山ナイフです。刺し傷が左側に集中してるので、犯人は左利き。死後10時間位経過してます。死亡推定時刻は・・・昨夜の11時から夜中の1時の間」
 翔子はブレスレッド風の腕時計に、ちらっと目をやった。そこに右手に黒い手帳を持った、田代が入ってきた。
「班長、鑑識から情報を聞き込んできました。被害者はこの部屋の住人で、身元は今確認中です。凶器は刃渡り20センチの鋭利な刃物。傷口からみて登山ナイフとみられます。左側に刺し傷が集中してますので、多分犯人は左利き。死後10時間位経過しているもようで、死亡推定時刻は昨夜の11時から夜中の1時の間・・・あれっどうしたんですか?」
田代の情報を聞いた恭子と奈々美は唖然とした。田代はきょとんとした表情で、二人の顔を見比べた。
 翔子は、無表情なまま恭子に向かって
「私・・・、もう帰っていいですか?勉強したいんで・・・」
 そういい残し、呆気にとられる3人を尻目に、現場を去っていった。
「せ・・・先生!」
 そこに一人の男が咳を切らして、飛び込んできた。
「ちょっとあなた!関係者以外、立ち入り禁止ですよ!」
 奈々美は遺体にすがりつこうとしたその男を、慌てて制止しようとした。恭子は奈々美の手を押さえ、泣きじゃくっているその男に声をかけた。
「あなたは?」
「先生の付き人の、陣内です」 


「被害者は錦織淳之介、52歳。職業は推理小説作家。死因は多数の刺し傷の出血によるショック死です。凶器は、刃渡り20センチの登山ナイフ。殺害の仕方からいって、犯人は左利きの可能性が高いと思われます」
 恭子を中心に、神原班のメンバーが集って、捜査会議が行われていた。
「推理小説家・・・?」
 恭子は、状況を説明している上條の言葉をさえぎるように、そう口を開いた。
「はい。昔は売れっ子作家でしたが、ここ10年位は鳴かず飛ばずだったようです。ところが昨年発表された作品が文英社の文学賞を受賞し、その後数々の作品がベストセラーになって、雑誌の連載を週5本かかえてます。最近は経済的には豊かです。やっぱりそれを狙った物取りの犯行ですかね」
 トオルはボールペンで頭をかきながら渋い顔をした。
「でも室内は荒らされた様子はないんだろう?」
 話を聞いていた柴田が、かけていた眼鏡をハンカチで拭きながら、口を開いた。
「やっぱり、恨みによる殺人ですかね?」
 今度は、椅子の背もたれにもたれて話を聞いていた奈々美が口を開いた。
「いや、それは違います」
 突然、パソコンのキーボードを打ち続けていた翔子が声をあげた。
「何でよ!」
 奈々美はちょっとふくれっ面をし、翔子を睨んだ。
「怨恨による殺人なら後ろからだけじゃなく、相手を引き倒してでも、前からも刺すはずです。 でも被害者は背中しか刺し傷がありません。現場で争った形跡もない。これを怨恨による殺人と断定するのは無理があります」
 翔子はキーボードを打ち続けながら淡々と答えた。 みんな妙に納得した顔をしている。
 そこに、鑑識から聞き込んでいた田代が部屋に入ってきた。
「班長、司法解剖の結果、被害者の体内から、塩酸ジフェンヒドラミンの成分が検出されました」
「塩酸ジフェンヒドラミン・・・睡眠薬ね」
「それから、多量のアルコールも、検出されてますね。殺害される前に睡眠薬と多量のアルコールを飲んだみたいです」
「睡眠薬と多量のアルコールなんて・・・自殺じゃないんだから」
 田代の報告を聞いていた奈々美が、首をかしげた。
「うんん・・・・・・」
 恭子が腕組みしながら唸った。
「トオルは凶器の登山ナイフの入手ルートを、ジュンさんとマサは被害者の交流関係をあたってください。奈々美と私は、安西を連れて、もう一度現場に行って、周辺の聞き込みに回るわ」
 神原班のメンバーは、恭子の指示を聞くと、各々、出かけていった。しかし翔子だけは、『我れ関せず』 という感じで黙々キーボードを打ち続けている。
「ちょっと、なにやってんのよ」
 奈々美が、持っていたボールペンで、翔子のわき腹をつつく。しかし翔子はそれを無視した。
「安西!!」
 恭子の怒鳴り声が、部屋中に響いた。


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