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作品名:トロイメライ 作者:zanpang

第22回   学園祭
 「なぁなぁ先生、先生の大学の学園祭っていつあるん?」
 「は?」
 八尾家の二階のつばさの部屋で、数学の過去の入試問題集を開くなり、彼女は興味津々で彗太に尋ねた。
 「時間つぶしならなしだぞ。さあ、この問題解いた」
 「ちゃうって!十一月はじめの連休って、学園祭シーズンやろ?先生のとこもやるんちゃうん?うち、オーブン・キャンバスも兼ねて見に行くつもりやねん」
 「キャンバスって・・・しかも焼いてどうする。たしかにうちも、土日祝日でやる予定だけど」
 「先生は何かするのん?」
 「ああ、薬学部は生物科と合同で弁当屋」
 「えぇ・・・何入ってるん、それ」
 「だから、普通の弁当だっつーの!薬品も変な生物も入ってない!」
 露骨に嫌そうな顔をしたつばさに、彗太は答えた。薬学部主任の桃谷と生物科の主任の仲がいいので、両講座の二年生は、学園祭では毎年恒例で弁当屋を開くことになっている。今年は彗太と土居、それから二年生ではないが、ジョナも参加する予定だった。弁当は毎年好評を得ているらしいのだが、なぜか千もつばさと同じ反応をした。
 「まあ、ええわ。じゃあ友達連れて遊びに行くな」
 「え、まじで来んのかよ」
 「ええやん!お弁当の売り上げに『加担』するねんから。感謝しいや」
 「それを言うなら『貢献』するだっつーの。ったくお前は・・・あ、こんにちは」
 気がつくと、部屋の入り口のところに、つばさの母がトレーを持って立っていた。
 「ママ!ノックぐらいしてえや」
 彼女は娘の非難には耳を傾けず、にこりと笑って部屋の中に入った。
 「どうですか、先生。つばさちゃんのお勉強、はかどってはります?」
 「は、はい。ああそんな、おかまいなく」
 テーブルの上にオレンジジュースの入ったグラスを二つ置いたあと、彼女は彗太をじっと見つめて言った。
 「第一志望の高校のほうはどうでしょう?もう二学期ですけれど・・・」
 「はあ・・・とりあえず、このあいだの模試の結果が出てみないと」
 「そうですか・・・」
 「ママ、もう勉強はじめるから、な」
 「そう、じゃあママはそろそろおいとまするな。つばさちゃん、がんばって。先生、よろしくお願いしますね」
 彼女は彗太に深々と頭を下げると、ようやく部屋から出て行った。ドアが完全に閉まると、つばさは大きくため息をついた。
 「いややわ、もう、ママってば・・・」つばさはシャープペンシルをぎゅっと握った。「先生も、はっきり言ってくれたらええのに。この子にそんな偏差値の高い学校は無理です、って」
 「ばか、何言ってんだよ」
 彗太はそう言ったが、図星を突かれた気がして内心ひやっとした。つばさは勉強はできないが、決して馬鹿ではない。たかがアルバイトの家庭教師がこんなことを考えるのはおこがましいかもしれないが、つばさには受験勉強で無理をさせるよりも、もっと好きなことをやらせてやるほうがいいのではないか、と彗太はそう思っていた。だが、次に口から出た言葉は「大丈夫、がんばろうな」だった。
 「うん・・・うち、がんばるわ。そうや、がんばらな」
 彗太は、自分が無責任なことを言ってしまったようで気が引けたが、とりあえずそのまま授業をはじめた。

 学園祭当日はいわゆる小春日和の陽気で、大学も朝から内外の訪問客で賑わっていた。
 「ほんまええお天気で、よろしおすね」
 「ラブリー・ディってやつか?」
 ジョナと一緒に店番をしながら、彗太は言った。薬学部・生物科合同の弁当屋は校舎内のロビーで営業しているので、残念ながら直接に好天の恩恵は得られないが、きっと外で広げて食べてもらえるだろう。大学の中庭は、黄葉と落ち葉のじゅうたんで美しく彩られていた。
 「摂津くん、ジョナ。A弁当あといくつ残ってる?」
 空き教室を利用したパントリーから、エプロン姿の土居が顔を出した。
 「えーと、一、二・・・あと五つ」
 「わかった。じゃあそろそろ新しいの持っていくよ」
 そう言うと、土居はまたパントリーの中に戻った。料理のうまい彼は、桃谷の推薦もあって厨房組のリーダーを任されていた。最初彼は、自分がその役目を務めることに躊躇していたが、今彗太が見た感じでは結構のりのりである。
 「裏のほうも楽しそうで、ええなぁ」と、ジョナがしみじみ言った。彗太もジョナも、当初は厨房組に行きたかったのだが、結局ふたりとも売り子に回されてしまった。そのことについて寮で文句を言ったら、祥司に、「厨房は向いてへん」と言われた。
 「俺ら、料理好きなのになぁ」
 「せやんなぁ、です」
 制服代わりの白衣を着てふたりがぼやいていると、廊下の向こうからぞろぞろと団体客がやって来た。その中に千の姿があった。
 「いらっしゃ・・・あ、ゆき、じゃない鶴子」
 「こんにちはです、鶴見さん」
 売り子をしているふたりの姿を認めると、千は歩みを速めた。
 「こんにちは。お弁当買いにきたよ」
 「わぁ、それはおおきにです」
 「すいませーん、A弁当三つとB弁当二つ」
 「お兄さーん、こっちはA弁当四つちょうだい」
 「あ、はい。もうすぐできます」
 彗太は裏のパントリーに目をやった。土居はまだだろうか。
 「俺、ちょっと厨房みてくるわ。ジョナ、ちょっとこの場頼むな」
 「はいです」
 売り場のすぐ裏にある教室の中に入ると、ちょうど土居らが出来上がったばかりの弁当を抱えて、ロビーに出てこようとしているところだった。
 「ああ、ちょうどいいところに。もう足りなくなりそうだったんだ。Bのほうも追加でよろしく」
 「了解。あ、千鶴ちゃん」
 教室の入り口にいた土居と目が合うと、千はにこっと笑って彼に手を振った。土居はぽっと頬を染めた。きっと、例のダイフクといううさぎのことを思い出しているのだろう。客入りがある程度落ち着くと、彗太は千のほうを向いた。
 「盛況だね」
 「今年は食材選びに気合入ってるからな。野菜と果物は奈良の農家から直接卸してもらってるし、おにぎりは富山米使用だし」
 「へぇ。すぃ…摂津くんは、どっちのお弁当がおすすめ?」
 「ん?俺は…そうだなぁ、Bかな。こっちのが量多いし」
 「じゃあそっちにする」
 「まいどー」
 わざわざ買いに来てくれたのかと思うと、彗太は嬉しかった。他の客やジョナがいるので、動きが少々ぎこちないのが、なんだか面白い。
 「彗太さん、あの・・・」
 「あ、悪いジョナ、ひとりでやらせて」
 「ちゃいます、ちゃいます。せっかく鶴見さんが来てくれはったんですし、ちょっと学園祭見て回ってきたらどないですか?」
 「え、でも」
 「だいじょうぶです。ボク、ちゃんと他の方に言うときますから」
 「あ・・・そうか?ジョナがそう言うなら・・・」
 「あーっ、先生おったー!」
 彗太がジョナの言葉に甘えて白衣を脱ごうとしていると、むこうのほうから、数人の女友達を連れたつばさが廊下を走ってきた。
 「げっ、ペラ子」
 「げっ、とは何よー。約束どおり来てあげたで」
 彼女は軽快にそう言うと、友人らに彗太を紹介しはじめた。童貞、童顔という声が聞こえたが、あえてそこは無視するようにした。
 「で、AとBの二種類あるけど、どっちにするんだ?鶴子、ちょっと待ってろよ」
 「う、うん」
 女子中学生たちのパワーに押しやられて、肩身が狭そうにしていた彼が答えた。その時、つばさがぱっと『彼女』の顔を見た。
 「あ、どうも・・・」
 「・・・」
 つばさは何も答えずに、すぐに『彼女』から目を背けた。

 彼女たちが行ってしまってから、彗太はジョナにその場を任せて、千と連れ立って中庭に向かった。
 「なんか、ジョナさんに気を遣わせて悪かったかな」
 「あとで何か買っていってやるか」
 「そうだね」
 中庭は人であふれ返っていた。沿道には出店が立ち並び、池の前のステージでは何かの催しがおこなわれている。賑やかな雰囲気の中を歩きながら、千はなぜか悲しそうな顔をしていた。
 「何だよ、楽しくないのか?」
 「ん、ちょっと・・・ペラ子ちゃん、つばさちゃんだっけ?彼女のこと考えてた」
 「あいつがどうかしたのか」
 「俺、あの子に嫌われたかなー、と」
 千はそう言うと、なんでだろう、と首をひねった。彗太もさっきのつばさの様子を見ていたので、確かにおかしいとは思った。彼女は人見知りするようなタイプではないと思うのだが。
 「まあいいか。あ、たこ焼売ってる。買ってきていい?」
 「またかよ!さっきチョコバナナ食ったばっかじゃねーか。千だからってあんまり食べ過ぎるなよ。あとでその弁当も食うんだろ。割り勘で半分こしようぜ」
 厳しいなあ、と口をすぼめつつ、千は笑った。周囲の景色はもうすっかり秋で、ともに歩くふたりの間を、少し肌寒い風が吹きぬけた。


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