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作品名:招かれざる者 作者:和泉叢雲

最終回   1
 「命が惜しけりゃ金を出せ!」
 「わっ」
 突如として銃を振りかざしたこの覆面の男、まぎれもなく強盗である。不幸にもその場に居合わせた男女数名はパニックに陥った。
 「ひゃっ、銃を持ってるわ」
 「モ、モデルガンか」
 「本物だったらどうする」
 「ひぃぃ死にたくない」
 「あわっあわわっ」
 「あろぱぱぱぱお」
 あまりの出来事にどよめき早くも腰を抜かすもの、避難訓練さながらに机の下にもぐろうとするものもいた。
 「黙れ黙れ、静かにしやがれ!妙なマネをしたらぶっ殺すぞ!」
 騒ぎを鎮めるべく強盗が言った。逃げようとした一人は、自分に向けられた黒い銃口に気づいた途端その場に凍りついた。泣きわめいていたものも強盗の鋭い視線に恐れをなし、息をも止めんばかりの勢いで押し黙った。周囲は急速に静まり返った。空調の音だけが鳴り響く。
 「よく聞け。この銀行は俺が乗っ取った。ふざけたマネをした奴は容赦なく、これだ」

 《ジャッコッ》

 強盗が銃を操作すると、重い金属音とともに赤い筒がその側面から飛び出した。猟銃の薬莢だった。
 「そうだ誰も死にたくはない。俺もこれ以上騒ぎを大きくしたくはない。手短に済ませようぜ。よし、分かればいい。それじゃさっさと金を――」
 「あのぅ……」
 と、スーツの男が弱弱しく言った。中肉中背、白髪交じりのバーコード。額には冷や汗を浮かべ、腰は引けている。
 「あん? なんだお前がここの責任者か。ホラさっさとこの袋に金を――」
 「申し上げにくいのですが……」
 「さっさとしろと言ってるだろ」
 ゆっくりと銃口が向けられた。
 「実はですね……」
 「死にたいのか」
 「銀行は……」
 「ここが銀行だ」
 「いや、そうではなくてですね……」
 「おい、いい加減にしろ」
 「銀行は、裏の建物でございます」
 「ちっとも面白くねぇな」
 スーツ氏の汗ばんだ額に銃口が押しつけられた。
 「なに寝ぼけたこと言ってんだ! どっからどう見ても銀行だろ! カウンターもATMも監視カメラもある。てめぇだって店員だろう。命乞いならもっとマシな事を言うんだな」
 強盗がどなった。今にも引き金が絞られそうだ。
 「まままっ、待ってください!」
 「金がなきゃ待てねぇな」
 「誤解です誤解です」
 「お前がな」
 「ただいま上演中で!」
 「そうかい。それならアンタは悲劇のスターだな」
 「ほ、ほんとです!」
 「金」
 「ほら、ひだりひだり!」
 「このやろう左目を撃ってやろうか」
 「ひだりひだりひだり!ほらほら!」
 「その手にはのらねぇぞ!」
 「ひーだーり! レフト! レフティーレフティー!」
 「死にたいようだな」
 「私の目を見て!」
 「あばよ」
 「あっち向いてホイ!」
 「ホイ!」


 強盗が勢いよく振り向いた先に見たのは、客席だった。
 ――どっ!
 満員のホールは笑いに包まれた。強盗の方を見るのは、数十組の黒い目玉と大きく開いた赤黒い口。間抜けな表情で振り向いている2人の男はスポットライトで照らしだされていた。
 「あっ、どうも。」
 脊椎反射的に客席へ挨拶してしまう強盗。
 ――どっ!
 ホールは再び大爆笑。
 「ど、どういうことだ……」
 「うーん。おそらく、勘違いですね。ほら、ビルの裏手も路地裏も、どこも似たような形ですし、たがいにピッタリ接しているビルとビルのどっちが銀行かなんて、裏口からは分からないもんですよ」
 さっきとは打って変わり、軽い口調のスーツ氏。舞台を動き回るその身のこなしは役者のそれだった。
 「俺は確認したはずだぞ……」
 「あなたも人間ってことですよ」
 「この俺に限ってそんなはずは……」
 「さぞ緊張していたのでしょう」
 「まぁ銀行に押し入るのは初めてだからな」
 「でしょうね」
 「チクショウ」
 「あるいは並行宇宙、時空の歪みかもしれませんね」
 「SFじゃあるまいし。バカしやがって」
がっくりと膝をつく強盗。先ほどまでの鬼気迫る狂気は、もはや感じられない。
 「それでは、あのぅ……」
 「なんだ」
 「お分かりいただけたなら、そろそろお引き取り願いたいのですが……。まだ続きが残っておりますので。実を言うと、今日は私たち劇団の10周年記念公演でして、この劇場を1年も前から借りて準備してきた、私たちの活動の集大成なのです。」
 「(うんうん)」
 舞台のそでの方で、客に扮した団員たちが目を輝かせ、首を揃えてうなずいた。あぁ先ほどのパニックも実は大げさな演技だったのだろうかと、強盗は思った。
 「ふん、ずいぶんと熱心なんだな」
 「はい。それはもう血のにじむような稽古の日々でした。でもその甲斐あってこの通り、満員御礼で本日の最終日を迎えることができました」
 ――パチパチパチパチ
 会場から割れんばかりの拍手が浴びせられる。会釈で答えるスーツ氏。ふてくされる強盗。
 「1年か……。俺はこの一年何をしてきたろう。何をやっても失敗、借金を作ってばっかりだ。もしかして俺に足りなかったのは、お前らみたいな熱い心だったんだろうか。ああぁ、情けねぇ。うらやましいぜ……」
 ――がんばれーっ がんばれーっ
 客席の誰かがエールを送っているようだ。
 「というわけで、大変申し訳ないのですが、そろそろお引き取り願いたいのです」
 「水をくれ」
 「は?」
 「水だ、水をくれ。暑くてたまらん。」
 「そんな厚着したら暑いに決まっているでしょう」
 「俺は強盗だぞ。顔が割れたら一巻の終わりだろう」
 「なるほど」
 「そういうわけで水をくれ」
 「あげられません」
 とスーツ氏はキッパリ拒絶した。
 「なんだと……」
 ――ざわっ
 強盗がスーツ氏に銃を向けた。客席も息をのんで見守っている。
 「飲んだら帰ってやってもいいんだぞ」
 「いけません」
 「なぜだ」
 「当劇場では上演中の飲食は厳禁となっておりますので、我慢なさってください」
 ――どっ!
 「なにっ。ええい、妙に筋の通った言うじゃねぇか。ちくしょうめ。あぁ、それなら電話を貸せ! 今すぐにだ!」
 「電話なんて何に使うつもりですか」
 「偽装電話だ。アリバイ作りだ」
 「いけません」
 「なぜだ!」
 「当劇場劇場では上演中の通話は厳禁となっておりますので」
 ――どっ!
 「なんだと!」
 「当たり前です。というか、電話したら通話履歴で逆にバレますよ」
 「くそぅ! ルールなら仕方がない!」
 「そのとおり。ルールは守りましょうね。もう強盗なんてしてはいけませんよ。さぁさぁ早くお引き取りを」
 「うるさい! 何もしないまま帰れるものか!」
 「そんなに強盗したければ、よそでどうぞお好きなようにやって下さい。この舞台の裏から繋がってる楽屋への道を進むとすぐ搬入口ですから、そこを出て突き当たりを右に曲がるとすぐに本物の銀行です。まぁ捕まっても知りませんよ。」
 「捕まるものか! なぜなら、ここを、今から俺が乗っ取るんだからな」
 「何言ってるんですか。もうこれ以上世話を焼かせないでください」
 「うるさい動くな! 外に出て捕まるくらいなら、ここに立てこもってしまえばいいんだ!」
 「そんな、正気ですか」
 ――ざわざわっ
 「うるさいうるさい! これから本当の『劇場型犯罪』ってやつを始めてやろうって言ってるんだよ」
 「ちっともうまくありませんよ、そのダジャレ」
 ――ブーブー! 帰れーっ!帰れーっ!
 会場からも大ブーイングの嵐。
 「うるさいうるさいうるさいうるさい! お前ら全員人質だ! 黙らないと撃つぞ! この銃は本物だぞ! あっ、こらっイタタタっ! 投げるな! いたたたたた」
 ――帰れ! 帰れ! 帰れ!
 怒りに火がついた客席から舞台中央の強盗へと次々と物が投げ込まれる。強盗を照らし出すスポットライトは、まるでアクション映画のワンシーンのようだった。事態を見かねたスーツ氏が強盗の左腕を掴んで言う。
 「ほら、あたたっ! お客さんも怒ってます。いててっ! もうあなたの出番は終わりです。あたっ! そもそもシナリオにない不可抗力のアクシデントなんですから、さっさと立ち去って下さい。いててっ! この舞台上でのあなたの存在は、全会一致で否決されたのです。あだっ! さぁ早く出口の方へ」
 スキをついて別の団員が強盗から猟銃を没収した。
 「こらっ! おのれ離せ離せ離せいたたたたたたた! 誰だペットボトルを投げたやつは! まだ未開封じゃないか俺に飲ませろ、いたたっ! 離せ離せっ! 俺はまだ帰らんぞ! 何も盗らなかった強盗などとして終われるものか! 」
 ――帰れ! 帰れ! 帰れ! そうだ! やっちまえ!
 とうとう舞台に上がり込んで強盗を追い立てる客まで現れた。それを見た他の客たちも次々に舞台へと転がり込んだ。散乱した物で舞台はあふれ、銀行を模したセットは傷だらけになった。さらにそこへ群衆が加わったことで、ついにセットは倒壊した。なおも抵抗を続ける強盗は、とうとう舞台の端まで追いつめられた。
 「さぁ帰ってもらいますよ!」
と、スーツ氏が叫んだ。
 「いやまだだ!まだ帰らん! 帰らんぞ! 俺は強盗だ! 盗まずには帰らんぞ!」
 「冗談じゃない! あなたはとっくに盗んだじゃないですか! この最終公演の主役の座を、この私から! 私から!」
 「なんだと」
 「あそこで、私は物語の決め台詞を言うはずだった!すごい名言をだ! 今日が引退公演だった! 最後の日だった! 記念すべき日だった! それを、それを、それを、よくも、よくもよくもよくもよくもよくもよくも!」
 「そうかそうか! ぎゃは! ざまぁみろ! ぎゃっ! ぎゃはははははははははははははははははは」
 「よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも!」
 「ぎゃららははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
 次第に遠のく笑い声に合わせるように、ごった返しの舞台にゆっくりと幕が下りてゆく。もはや拍手をするものは誰もおらず、混沌とした残響だけがホールを満たしていた。


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