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作品名:星空であいましょう 作者:木内薫

第1回   1
ペンを口元に当てる癖と同じく,茶色がかった大きな瞳でじっと見つめて小首をかしげる仕草はある種の男性を魅了する.僕もたぶんこのとき心を奪われつつあったのかもしれない.
「世界中を飛び回っていたのは旦那さんのお仕事の関係ですか?」
「ええ,でも別れちゃったんです.昨年正式に離婚しました.」
「あ,そうだったんですか.」

「心ときめく人ができたので離婚しました.」
「え?あなたに?」
「いえ,元夫にです.」
前夫の浮気が原因で離婚したと彼女は何事もないように言った.
「その後わたしも心を奪われた相手に再会しました.結婚する前から好きだった人なんです.一度はフラれちゃったんですけどね.」
屈託なく話す反面,その言葉からは指の隙間からこぼれ落ちる止めようのない水のような彼女の想いが不思議と感じられた.
「でも,その人とは結婚できないんです」
「どうして?」
尋ねる必要のない質問が2人の沈黙の間を居心地悪くさまよった.
「いろいろあるんですよ.ふるさとには私たち二人を知る人が多いから.」
それ以上は聞かなかった.彼女から感じた不思議な感じ,愛する人のそばにいることができないという簡単な悲しみを超える押しつぶされそうな大きな不安が見え隠れしていた.言葉で語れない問題を抱えているが,言葉で語らなくてもわかり合える関係を彼女はすでにその恋人に見いだしていた.
「たぶん,恋人も私と同じ想いでいると思います.」
元の彼女の瞳に戻った瞬間だった.そして彼女はその男性のことを「恋人」と好んで呼んでいた.そしてこのときその後何を話したか僕の記憶からはすでに消えていた.

しばらくウェブメールを確認していると,貴子がオンラインになることがあった.チャットに誘うことにした.おそるおそるタイプし彼女を呼んでみた.幸いなことに彼女もチャットは経験あったようで,話は弾んだ.
「気が合いそうな気がしたんですよ」
「だからお茶に誘ったんですよ」
「あら,うれしいです」
実際そうだった.数回言葉を交わすと,不思議なことに僕は気の合う女性,つまり好みの女性かどうか判断することが自然とできるようになっていた.つかみ所のない淡い予感を頼りに最初にお茶に誘ったのは,しかし貴子が断らないという確信があった.しばらくお互いの考え方,生き方について話した.言葉の掛け合いがおもしろく,時間を忘れるほど夢中になった.
「明日恋人にあう約束をしてるんです.直前にキャンセルされるかもしれないんですが.」
貴子と男性のバランスはこの言葉に集約されていた.それでも彼女がその男性を愛していることに違いはない.僕はその隙間に入ることを望んでいるわけでないことも明白だった.彼女から感じる不思議な感覚,僕は彼女に好かれたいと思った.この感情もまた,彼女から見れば不思議で,困惑の原因になった.
「あす,約束がキャンセルされたら,僕と会いますか?」
思い切って尋ねてみた.
「まあ,不吉なことを・・・,でもいいですよ.逢えても2時間くらいなので,その後で.少し遅くなるかもしれませんがいいですか?」
「全然大丈夫ですよ.待ってますね.」
久しぶりに意中の恋人に逢った後,僕と会う?ゆりかごに揺られた後の彼女の繊細で華奢な心が僕に何か引っかかる物を残すのだろうか?
「あら,もうこんな時間ですね」
その後何度もネットワーク上で出会ったがいつも最後はこの言葉で終わりにしていた.

翌日彼女は日が暮れてまもなく僕のオフィスの現れた.白のカットソーを着た彼女はいつもよりスレンダーに体の線を見せていた.
「暑かったですね,今日は.大丈夫ですか?」
「ええ,少し歩いてきたので,暑いですね」
初めてあった日から昼間は晴天が続き,蒸し暑い梅雨を予感させた.しかし日が落ちると春独特の冷気がどこからとも無くやってきて,少し肌寒く感じることもあり,時には人を不安にさせる奇妙な訪問者となる. その気温の差を敏感に感じたのだろうか.彼女は少し頬を赤らめていた.きっと,彼と会って,少し感情の高ぶりを感じたのかもしれない.
グレーゾーンで浮遊する関係と貴子は言った.いや,僕には明快だった.彼女とは言葉のやりとりを楽しむ余裕が無くなった時点で終わりであると確信していた.そして彼女に好かれたいと心から思った瞬間でもあった.
「お互い大切なものが大きすぎるよね」
彼女は僕に同意した.失うことのできない男性を彼女は抱えている.そして彼からの愛を誠実に受け止めようと努力している.僕は彼女の心を正直に受け取った.

                             貴子 −おわり−


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