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作品名:他人の匂い 作者:齊藤狐兎

第2回   デブで首がない田所とチビでモミアゲ部分が黒く変色している木村
数日後、山田のおじいさんは死んだ。健二はそのことを母親から朝食時に聞いた。ショックで口に入れようとしていたハムエッグを味噌汁の中に落とした。
「なんでおじいさんは死んだの」
出来るだけ平静を装い、漬物を頬張りながら訊いた。
「急性心不全みたいだよ。年も年だからしょうがないよね」
急性心不全!自分が突き飛ばしたことは関係ないんだ。
安堵のため息がもれ、拍子に口の中に入っていた漬物がみそ汁の中に落下した。
「もう、さっきからなにやってるのよ」
母親がフキンでこぼれたみそ汁を拭く。健二は喜びのあまり皺が目立ってきたその額にキスしようと思ったが、やっぱり気持ち悪くなって止めた。
数日間の陰鬱な気分ともこれでお別れ。悩みから開放された反動でテンションがマックスまで上がった。白米みそ汁をかっこみ鞄をつかんで外へ飛び出す。
 道をすれ違う人々にハグして回りたい気分。スキップしながら、時折、ケンケンパを交えて進む。早起き老人やコンビニ店員の冷たい視線など、ハイな健二の前には無力である。
 気付けば学校に着いていた。テンションは家を出た時より更に上がっている。
興奮の渦に巻かれた健二は、教室に入るやいなや
「おはヨーグルト!!」と大声で言い放った。
 シーーーーーーーン。笑い声が飛び交う教室が一瞬で静まり返った。
「えっと、おは洋梨、みなさん。えっ、僕が用無しだって」
 シーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。
 さすがの健二も自分の過ちに気がつかずにはいられない。
とんでもないミスを犯してしまった。自分がクラスメートに迫害されていることをすっかり忘れていた。
ここでお調子者がいれば、うわーでたー、なんて言って場を和ませるものだが、まだ時間が早かったため、教室には真面目な男子と一言も話したことがない女子しかいなかった。
 クラスメートの白い目線が健二を突き刺す。ズブズブズブズブ。
 うわあああああああああああ。
 健二は教室を飛び出し、トイレ{大}に閉じこもった。
 やってしまった。やってしまった。今まで自分はただの真面目なつまらない奴だったけど、これで頭のおかしいつまらない奴に格下げされてしまった。
はあああああ。健二が苦悩の叫びを上げる中、トイレに誰かが入ってきた。健二は両手で口を塞ぎ声を抑える。
「あいつまじなんなんだろ。頭おかしいのかな」
「うん。おかしいんだろ。ひょっとしたらアフリカ旅行じゃなくて、病院に入院してたんじゃねえの」
「ああ、ありうる。ぶひーーー」
「間違いないっしょ。うひょひょひょひょひょ」
 デブで首がない田所と、チビでモミアゲ部分が黒く変色している木村の声だ。せめて二年の番長である小熊や野球部エースでイケメンの秋本、女子に一番人気の門馬とかに言われるならまだしも、自分と大して変わらない身分のこいつらに馬鹿にされるなんて。
屈辱で身体が震えた。
「あいつどこいったんだろ」
「家に帰ったんじゃねえの」
「ひょっとしてこのトイレにいたりして。ぶひひひひ」
「ありうるな。うっひょっひょっひょっひょ」
 屈辱が怒りに、怒りが恐怖に変わった。
 あいつらが自分に気づいたらどうなるんだろうか。すぐさまクラス中に知れ渡るのは間違いない。便所に隠れていた新井。新井だけにお手洗いが好きなんだろと馬鹿にされるのだ。クソくそ糞。
 ひょひょっひょっひょ、ぶひっひっひ。二人がトイレから出て行った。一呼吸おいてトイレ{大}から出る。二人が戻ってくる気配はない。
 助かったあ。緊張が一気にほどける。背筋を伸ばして思い切り深呼吸……、
 くせえええええええええ。
 それは糞尿の臭いなどではなく、山田のおじいさんから嗅いだ腐敗臭だった。しかも、山田のおじいさんのときよりずっと臭い。
 耐え切れずにトイレから飛びだして、思い切り息を吸った。いつもの雑多な学校の匂いが心地好い。
 一体いまのはなんだったんだ。自分の鼻がおかしくなったのか。激しい頭痛がした。もう今日は帰ろう。
健二はよろよろと教室へ戻り、鞄を持ってへなへなと家路についた。


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