始まりの日 その星では、人々は、平和に暮らしていた。 朝になると男達は空を見る。そしてその日の予定を立てる。 今日は、狩りをしようか、家畜の世話をしようか、それとも唄や踊りあかそうか、いや、なにもせずに静かに過ごそうかと。 女や子供達は、だいたい決まっていた。海や山や畑に行き、家事をして、午後は、好きな手芸や道楽に時の許すかぎり興じていた。 この星の先祖は、こんな時代がやって来るとは誰も信じられない時代を経験していた。 今の時代前には、科学は行き着く所まで進み、神をも恐れぬ文明が花を開いた。しかし、それは、人類の浅知恵とおごりであると気付かなかった。やがては暴走した機関車のように、自滅崩壊した。その後、わずかに残った人々はこの世界を築いた。 先祖がどのように最後の審判の時を受けたかは、誰も知らない。あまりにその破壊が大きく、廃墟以外は跡形も残らなかったからだ。 太陽を創り出し、海をも飲み干し、宇宙の果てまで手中に治めた文明だった。多くの罪を犯した。多くの屍の山が出来た。そして、この星の人々は自らの手で一歩ずつ歩みだしたのだった。 毎日が平凡だけれど、幸せな日々であった。もう何千年も変わらない生活を続けていた。 この星は、広い宇宙の中で特別に住み良い星では無かった。だけれど、人々は、ここでの暮らしに満足していた。なぜなら、ここには母なる大地があり、十分な恵みをもたらし、なによりも人の心が温かく、争い事もなく、平和な暮らしだからだ。 この星の名は、ぺテ。旧文明で使われていた古代言語で「贈り物」と言う意味をもつ。しかし、ぺテには、もう一つの意味もあった。 ペテに一筋の流れ星が夜空を切り裂いた。その先には小さな村があった。 地響きと轟音は、村を飲み込んだ。今までに経験したことのない恐怖の体験であった。何事かと村中大騒ぎとなった。たまたま起きていて目撃した少年がいた。少年は、トイレに用足しに起きて来た時だった。 トイレの窓からは、外がよく見えたのだ。少年の目の前に流れ星は、落ちた。 「お父さん、裏山のもっともっと向こう側に星が落ちた。本当だよ。ぼく、見たんだ。この目で見たんだ。星が落ちるのを・・」 少年は、爆音で飛び起きた父親の元に走りより告げた。 直ぐに集会所に男たちが集まり、会議が開かれた。 少年の父親は、少年の言葉を村人に告げた。村人達は、その言葉を信じ、村中の男達はその場所へと向かった。好奇心からではない。真実を知らねばならなかったからだ。災いをもたらすものであれば、その対処をせねばならない。 村を守るのが男達の役目である。 少年も特別に参加を許された。道案内ではないが、一番方角を正確に知っている唯一の者だからである。 出発してから、もう朝日は昇り、陽も高くなった時、そこにやっと到着した。 数キロ前から草木は燃え灰となり、動物の死骸が転がっていた。中心に向かうに従って猛烈な暑さと悪臭に苦しめられた。しかし男達は、誰一人として引き返そうと言う者はいなかった。もしものことがあれば、自分らの息子達が代わって村を守ってくれると確信していたからだ。死ぬのも覚悟でやって来ていたのだ。 星が落ちたと思われるその場所の中央は、大きなすり鉢状の穴が穿たれていた。クレーターである。 次々と他の村からも男たちが集まって来た。遠くの村からも人々が押し寄せた。 この惨状を見て直ぐに引き返す者もいた。しかしある部族は、何日もかけて捜索を行った。村に伝わるおとぎ話がその原動力であった。その物語では、空からやって来たお姫様が年老いた老夫婦をたいそう裕福にしたそうだ。つまり、空からの訪問者が幸せを運んで来ると信じられていたのだ。 少年の部族長は、一番乗りを果したものの、これ以上の悪影響は無いと判断し早々に自分の村へと帰路へ付いた。長い旅をする準備もしてこなかったし、不眠の強行軍である。体力にも限界があった。 クレーター周辺では、その日から何年も遠くの村々から噂を聞いた人々が遠征隊を組織してやって来るようになった。 瓦礫の中から収穫らしきものも発見された。 それを見た者の反応は、様々であった。偶然発見したものの、悪魔の玉子と呼び、逃げ去る者。大切に自分の村に持ち帰る者もいた。 喜びいさんで持ち帰る部族は、おとぎ話が現実のものとなったと信じたからだ。 その細長い楕円の球体は、お神輿のように長い棒2本に縛りつけ、8人から10人の男達にかつがれて持ち去られた。 その数は、合計3つであった。3つの部族がそれぞれ持ち帰った。その破片らしきものは多く出土したが、持ち帰られることはなかった。あくまで、完品が珍重された。 本格的な宝探しは、3年の長きに渡ってこの続けられた。その後は、物見半分の観光客が訪れる程度となっていった。 いずれも何ヶ月もかけて捜索隊を組織してやってきた遠くの部族達が持ち帰った。なぜなら、この一帯には、そのおとぎ話が伝えられていなかったからだ。近隣の村人は、まったく興味を示さず近寄りもしなかった。 多くの部族が参加したこの事業で、運よく発見した捜索隊は、直ぐに伝令を送った。発見の報を本土に伝え、応援隊を呼び寄せる為である。捜索隊は、直ぐにそれを隠しそこから離れずに、じっと応援隊がやって来るのを待った。他の捜索隊やハンター達に奪われない為である。近づく者がいれば、容赦なく追い払われた。そこで紛争が起きなかったことだけが救いである。発見者に全ての権利がある。それは、どの部族間でも掟として存在していたからだ。この時代はまだ、統治や領土という概念が徹底されていなかった。部族間の交流が盛んな平和な時代である。 そして、来た時の何十倍もの時間と労力を掛けても持ち帰った。おとぎ話を信じている彼らには、それだけの価値と意味があったのだ。 それは、このあたり周辺の部族には、発見すらされない代物であった。見た目は黒コゲの3メートル以上ある大きな物体が地中に埋もれていたのだ。探す気がなければ見つかるものではなかった。 このようにして、秘密裏にこの世界に3つの種が蒔かれた。共通してそれは、コポラと呼ばれた。おとぎ話でも登場する空飛ぶ馬車のことである。 悪魔の玉子か?幸福をさずける魔法の種か?それとも・・・ あの事件があった日、少年の村ではもう一つの事件が起きていた。 女達が畑仕事をしていたら、遠くで泣き声が聞こえた。みんなでその声のするあたりを探したら一人の赤ん坊が発見された。女達は、その赤ん坊を大切に連れて帰った。 そして数週間が経過して、ある夫婦がその子の育ての親に名乗りを上げた。 誰もそれを止める者はいなかった。男達も、部族長である大巫女もそれを許した。 決して裕福で余裕のある夫婦ではなかった。その夫婦は、子供に恵まれず子供が欲しかったことも手伝った。それにもまして、その赤ん坊の美しさにメロメロになってしまったのだ。赤ん坊は女の子であった。夫婦によってメイサと名づけられた。大地からの贈り物という意味がある。 その子の成長は、いちじるしく遅かった。しかし着実に成長していった。夫婦は、その子が特別な子供であるとは思わなかった。成長が他の子と比べて遅いのは、まったくこの夫婦にとって苦にならなかった。なぜなら、体が小さいというだけで、他の子供と比べても驚くほど頭が良く、何でも良く理解し親を助ける元気な明るい子供だったからだ。メイサは、同世代の子供達が大人に成長しても少女の姿をとどめていた。その愛らしささえ逆に夫婦を喜ばせた。 夫婦はこれ以上を何も望まなかった。ただメイサが居てくれさえすればよかった。夫婦にとってこの子は幸せを運んでくれる宝物そのものだった。 流れ星を見た少年はすっかり青年になった。あの頃の面影はなかった。 名をグルと言う。 グルの目の前を少女が走り去った。その後から5人の少年達が棒を持って追いかけていた。 グルは、少年達の前に立ち塞がった。 「君達、止まりなさい」 少年達は、急には止まれずグルに激突した。シリモチをついたが鼻息は荒い。 「なんだよオジサン邪魔するなよ!」 「オジサン?俺はまだ成人したばかりだ!きさまら、今何をしていた?君らの教育係りに報告するからそのつもりでいろ。君達のやっていることは、許されないことなんだぞ。」 「フン!」 「・・・・・」 この後、少年達は、引きずられるようにしてグルに連れられ大巫女の前に連れて行かれた。数時間後、その子達の親も呼び寄せられた。 泣きじゃくる子供達の前で親達は土下座をして謝罪したが大巫女がそれを許すことはなかった。 「子供の罪は、親の罪です。掟によりこの村より出て行ってもらいます」 諦めきれず、親達がお許しをこうていると、そこに一人の少女が現われた。そして片膝を地面に付け話し出した。 「大巫女、無礼ながら申し上げます。一度の罪でこのようなお裁きは、惨いとおもわれます」 恐れを知らぬにも程があった。 「この娘は?」 グルが答えた。 「申し上げます。追いかけられていた少女本人でございます」 大巫女の目が丸く見開かれた。 「名をなんと言う?」 少女は、まっすぐ大巫女を見据えて答えた。 「メイサにございます」 大巫女が目を細めたのをグルは見逃さなかった。 「あなたがメイサ、そう、あなたが・・」 そう言うと表情を一変させ向き直った。 「メイサの助言を聞き入れ今回のことは、こと無しとする。しかし誤るな!二度目はないぞ。良く子供らに言い聞かせよ!他者に平然と暴力をふるう者がこの村では許されないことを」 助言?グルは、その言葉に驚愕した。大巫女は、基本的に神以外からの言葉は聞かないからだ。大巫女は、単なる村のオサにとどまらない。133の部族を治める統治者の顔も持つのだ。グルにとっては、それ以前に、お目通り出来たこと事態驚きではあったが。 大巫女がきびすを返し立ち去った後、親達の頭が上がることはなかった。子供達は泣きじゃくるのみであった。 グルは、メイサを見つめて敬意を込めて一礼をした。グルが顔を上げた時にはメイサの姿はもうそこには無かった。 風のように消え去っていた。 グルには、ほほを撫でる清々しい一陣の風が巻き起こったのをその時感じた。 「感謝します」と言う、かすかな声がグルの耳には、届いていた。 たかが、子供同士のいざこざに大人が口出しするのはみっともない? しかし、やがてその子達が大人になるのだ。そして社会がやがては、その子達に託される。 その時、出来たすさんだ社会は誰の責任だ。 グルには、思いがあった。あの日、世界が終ったと感じたのだった。それほどのショックだった。あの日の惨状は、この世とはとうてい思われなかった。そして戻って来て生まれ変わったように錯覚した。 事実、あそこに行った者達は、ことごとく死んでいった。長く留まった者ほど短命だった。直ぐに戻ったグルの村人でさえ犠牲者となった。謎の病で苦しんだ末に命がつきた。グルがこの年まで生き残っているのは奇跡と言えた。グル以外の生き残りはただの一人もいないからだ。命がけの探索は、文字通り命がけとなったのだった。おとぎ話の宝探しのつもりで出かけた勘違いした者達も大勢居たが。 そしてグルは、心に決めた。 世界の終わりを見たのだから恐いものなどない。せっかく命をまた授かったのだから、自分の信じるものに正直に生きようと。この命が断たれるその日まで。 それがどんなに困難な道のりかは、子供心に知っていた。グルも少年時代には、よくいじめっ子達から狙われたものだった。大人の仲間入りをした今も釈然としないことばかりである。グルの心を締め付けることも多くなった。 最近になって、遠くの国々では争い事が絶えない、との噂が届いているからだ。大巫女のいるこの一帯は平和に保たれているが、それが未来永劫保証されたものでないことは良く知っていた。 神や自由の名のもとに誰もが独り占めしようと企んでいる限り、弱い者を食い物にしようと考えている限り、グルのモヤモヤが晴れることはなかった。 グルは、正義を振りかざしたりはしない。大儀を持つこともない。ただ、目をつぶれないだけだった。見えぬ振りが出来ないだけだった。 ギザ帝国 時を同じくして、コポラを持ち帰った国の一つにギザ帝国があった。ギザ帝国では、その玉座に新たなる皇帝を迎えようとしていた。 グルの最も懸念したことが現実となったのだった。 物語は、ギザ帝国にコポラが持ち帰られた時点までさかのぼることにする。 ギザ帝国の首都ミレミネアでは、凱旋帰国なみのパレードでギザのコポラは、入城してきた。10キロにおよぶメインストリートの両サイドには、500万人の市民で埋め尽くされた。このことから分かるように、ギザ帝国は、ぺテ有数の大国であった。 そのパレードに合わせ急きょ造られた大神輿は、高さ11メートルあり、その頂上にギザのコポラは、鎮座していた。よって一番高い頂点は、13メートルを超えた。担ぎ手は、何と三百人を必用とした。 皇帝にとっては余興に過ぎないが、民衆に皇帝の権威を見せ付けるには、充分な効果を発揮した。 沿道に連なる高層建物のバルコニーにも人があふれ、目の前をギザのコポラが通り過ぎると、悲鳴にも似た歓声が津波のように沸き起こった。 当然のように、多くの死者を出して持ち帰ったことなど、一切市民には知らされるはずもなかった。もし、それが知れわたれば、このようなバカ騒ぎになるはずがないからだ。 神官、祈祷師や、占い師達は揃って、神から皇帝への献上品であると言い、大そう盛大な前夜祭を開いてこの日を迎えていた。おかしな話である。なぜ、皇帝ごとき俗物に神が献上品を送らねばならないのだ?宮使いが思い付きそうなことである。 メインストリートは、高さ50メートルの城壁の前で終わりを告げたが、ここからがセレモニー(本番)のスタートだった。 凱旋門が左右に開くと両サイドには、音楽隊が5層に列を組み、その音のトンネルをギザのコポラはくぐりぬけた。 そこは、青の広場である。その遥か向こうに玉座に座った皇帝が鎮座していた。どうやら、ここを式典の場にしたようだ。ここには市民は入って来られない。ここは、軍隊や官僚、そして招待客つまり諸国の領主達一行に向かって皇帝が権威を誇示する場所だからだ。十三万人を収容しているとの報道だが、どう見ても二十万人以上は呑み込んでいた。それにも関わらず窮屈さがまったく感じられないのは、この広場の巨大さゆえだった。 大巫女の村にも招待状は届いていた。大巫女本人は、病気を理由に辞退し変わりに133部族を代表して側近を送り込んでいた。もちろん仮病である。このことからもギザ帝国と大巫女は、距離を置いていることがうかがい知れる。大巫女は、133の部族をまとめる首長だが、大巫女自身は小さな村の一代表者に過ぎない。その協和体制の連合をぺテロニーアと呼んだ。首都もなく、城もない。必要ないからだ。 人々にとって大巫女こそが、城であり、母なるふるさとであった。 彼女は、尊敬と畏怖を込めてこう呼ばれた。ぺテネと。 その意味は、ペテのおかあさん。土着言語の方言だ。 この式典の下りは、へキヘキとするほど形式ばった退屈なものであった。大げさと権威主義と皇帝の一人舞台である。皇帝の権威を高める為の舞台装置であり、お祭りなのだから当然のことだ。しかし、ここから全ては動き出したのだった。 コポラは、城の大広間を改築して展示された。毎日大勢の見物客が訪れた。磨き上げられ、金銀宝石を散りばめ贅を尽くして飾られた。磨き上げると、金属にも似た光沢ある地肌が現われ神々しく光を放った。しかし、これも皇帝の権威を示すのに役立つものでしかない。 大広間には、連日連夜人々が押し寄せた。5年も経過したころ新たな飾り着けの為、職人達がコポラを採寸したり、手入れしたりしていた。 その時のことである。複数の職人がある部分に同時に触れた時である。無数の穴から緋色のガスが噴出し、楕円状のハッチが跳ね上がった。驚いた職人達は、腰を抜かした。偶然とはいえパンドラの箱は開かれたのだった。 恐る恐る職人達がのぞき込むと、中には一人の男が眠っていた。 この事態は、直ちに皇帝に報告された。最初に皇帝が行った事は、このことを知っている職人達を抹殺することだった。礼を取らすと言って全員を呼び寄せ、そこで殺した。口封じである。賢い皇帝は、自分の地位を揺るがす大変なものを引き当てたのではないかと狼狽した。 そして皇帝は、知恵者を呼び助言を求めた。知恵者と言っても皇帝に媚びへつらうだけに長けた高級官僚達である。 まず彼らは、職人達を処分した皇帝の賢明さを褒め称えた。その後の回答はマチマチであったが、誰も断言して自分の案を示すものは居なかった。もし、断言すれば、結果によっては責任を取らされ、今度は自分が処刑の対象になるのは、火を見るより明らかだからだ。 そして、議論は、硬直した。 そして、事件は、おきた。 「あのーー、個人的な意見なのですが、恐れ多くも申し上げます。男が目覚め、男の体力が回復した後、事情聴取して対応を考えても遅くはないと思いますが」 若い一人の軍部の士官の発言であった。この場には軍部の意見は求められてはいなかった。内政の議事だからだ。彼の任務はあくまで皇帝の警護の指揮役である。有事のさい、回りの兵隊を指揮するのが彼の役回りだ。しかし、末席のしかも立ち見ながら同席を許されている以上は、発言して絶対に悪いということではない。軍部の高級士官はここには呼ばれてさえいなかった。狡猾な将軍連中ならダンマリを決め込むことだろう。 もし、この士官に常識と言うものがほんのわずかでも備わっていれば、発言することはなかったであろう。 「そうだな、まだ、危険分子であると決まったわけじゃない。もしかすると使えるかもしれんしな。使えぬとわかったら直ぐに処分すれば良いだけのことだ。コポラは、なにも無かったように修復し展示しろ。みなのものご苦労であった。散会じゃ」 皇帝は、立ち上がり足早に退席していった。 思わぬハプニングでここに居る全員が救われることとなった。 士官の側に座っていた同じぐらいの年齢の若い高級官僚が士官に詰め寄り小声で耳打ちした。 「ハカッタナ、売国奴め!」 士官はニヤリとした。 「何のことだ?俺には貴殿の言う意味が分からぬが」 若い高級官僚もニヤリとした。この若い高級官僚の本当の意見は、直ちにコポラの男を葬り去ること以外に答えはない。と言う結論であった。しかし彼は、一言も意見することはなかった。理由は簡単だ、あのコポラから推測して、文明のギャップがありすぎる。比べものにならない程、高度な文明からやって来ていることは明白である。それに安易に近づくのは、あまりに危険である。若い高級官僚が意見しなかったのは、先輩官僚を差し置いて意見するなど100年早いからだ。 「まあいい。あれが何であるのか、やがて白日のもとにさらされるだろう。それを決定的なものにしたのが貴公だと言いたかっただけだ」 二人は肩を並べて歩き始めていた。故意であろうか、人気のない場所を選んでいるように思えた。見かけは、なにやら楽しそうな様子で。 「わたしの役目は、只一つ、皇帝陛下をお守りすることです。最善をつくすのみです。ハッ、ハッ、ハッ・・・」 高級官僚は、こころの中で『古たぬきめ!』と毒付いた。 「これで時代の時計が動くな、早く動き過ぎて壊れなければよいが。期待してますよ、ええーーーと」 「ロイ・マクロイ少尉です。お見知りおきを、フィルモエ男爵。おうわさはよーく、うかがっております。最年少記録を塗り替えた出世だそうですね」 「フン、ロイ・マクロイ少尉。わたしは、男爵などではない。没落貴族の出であることに違いはないがね。ただの皇帝の飼い犬の一匹に過ぎんさ」 フィルモエは、ロイ・マクロイ少尉の自分に対する態度が皮肉であるとは受け止めなかったが、相手が一枚上だと思った。この場は分が悪いと考え、わかれの言葉を切り出した。 「では、これで。ロイ・マクロイ少尉。楽しい時間をありがとう。近じかまた、お会い出来そうですね」 意味深なフィルモエの発言に同ずることなく応えた。 「さしつかえなければロイとお呼びください。いずれまた、近いうちにお会いしましょう」 フィルモエからその応えは返ってこなかった。いやでも合うことになるとフィルモエは、知っていたからだ。なぜなら、先輩の高官達は、一番若い自分にこの件を間違いなく振ってくるであろうから。そのために、ここに抜擢して同席させたのだから。これはフィルモエにとっては陰謀に近かった。 コポラの男の回復はめざましかった。直ぐに言語も習得していった。いくつものパターンの言語を既に話せるので、一番類似したものに置き換えていくだけだった。 そして事情伺いと言う、名目の尋問の日となった。別に罪を犯した訳ではないので聴取とか尋問とか言う言葉は使えないのだ。お役所の面倒さは何処の国でも同じである。 ある部屋に男は通された。そこは丸い部屋で周囲を回廊や小部屋で囲まれた劇場のような造りであった。覗き窓があちらこちらに切られていて、中の様子を見聞きすることが出来る。しかし、丸い部屋の中からは回廊や小部屋は、見えない仕組みになっている。 尋問官があらかじめ決められた質問を読み上げた。 最初は、事情伺いの趣旨説明であった。長々とこの会の正当性を主張する文面が読み上げられた。 「よう、ロイ君。君も来ていたのかい。それにしてもよく入れたなー。チェックを厳しくするよう指示を出したはずなのになー」 私服のロイは、まったく雰囲気が異なっていた。そこらに居る若者と何ら変わらない。軍服ではここへはとても入れやしない。地味に服選びをした結果である。施設の雑用係りぐらいには見えるだろう。ニセモノと直ぐに分かる首から下げられた認識プレートには、施設部管理課御用係り補佐見習い、とあった。 しらじらしくフィルモエの方から話しかけて行った。どうせ探し出し、話しかけられるだろうから先手を打ったのだった。 「これはこれは、フィルモエ司事局長。おいでとは、奇遇ですなー。俺は、色々と顔が広いもので。おかげさまで少々高くつきましたけどね。それより、聞きましたよ、これまた昇進したそうで、おめでとうございまっす」 軽いやつだ。フィルモエは、確かに昇進した。つまり今回の最高責任者に大抜擢されていた。全責任は、お前が負えと言いたげに。 「君も大そうな出世じゃないか。『施設部管理課御用係り補佐見習い』かー、羨ましいかぎりだよ。軍服よりかは似合っているよ。代わってもらいたいもんだ。でっ、いったいそこは、何をする部署なんだね?」 「まー、てっとり早く言ってしまうと、この腐った世の中を住み易くするお手伝いをするところかな?まだ入所して3分なもんで、よく分からないんだけど・・・」 「なるほど、3分じゃ無理だろうな。しかし、君にピッタリな部署がよくもあったものだね。」 ロイは、ここまで絡まれるとは予想していなかった。『案外根に持つタイプなんだな』と思った。 ロイは、認識プレートを裏返した。これ以上この話題は御免被りたかった。 「何をしてんだ!やめろ!そんなことしたらニセモノだって直ぐにバレルだろ!本物は、裏に特殊加工をしてあるんだ!」 ロイは、慌てて認識プレートを表に戻した。ロイのプレートの裏はマッサラだった。『クッソー、値切ったのが悪かったのかなー?手を抜きやがった』 「ハーー。君と一緒に居ると心臓に悪いな。言ってくれればパスぐらい用意したのに。監獄の中までスルー出来るやつを。一度入ってみたいだろ。今回の昇進は、みんな君のおかげと言っても過言ではないからな。なにか徳別な贈り物でもしようか?何がいい?へびの頭を10ダースほどがいいかね?もちろん毒入りで。それともサソリの活け造りの盛り合わせなんかはどうだ?活きのいい内に食べてくれよ。ちょっと痺れるかもしれんが、まー気にすることはない。直ぐに楽になれる。口に入れば何でも珍味の部類だ」 ロイは、この男がこれほど話し好きとは知らなかった。しかし、半分は本気ではないか、と感じた。人生をめちゃくちゃにされたのだ。無理からぬことである。 「いやーー、せっかくのご好意ですが、お気持ちだけで充分です。好き嫌いが激しいもので」 額の汗を拭きながら、うまく返せた自身はないが時間に救われた。別の尋問官にバトンタッチされた。 「ええーー、では、質問にお答えいただきたいのですが、よろしいでしょうか?その前に、もし、趣旨説明において何か疑問な点があれば、分かる範囲内でお答えいたしますが・・・・・」 いよいよ尋問は、本題に入っていったのだ。 「俺専用の特別室が用意してある。一緒に行くか?豪華だぞ、なんせ俺は司事局長様だからな、御用係り補佐見習いの君には負けるがね・・」 「謹んでお供します。フィルモエ司事局長様」 フィルモエの後を軍服を脱いだ、さえないロイが追った。軍服の方が仰々しいだけだ。とロイは弁解するだろうが。 二人が入るのがやっとの狭い小部屋に置かれたデスクの椅子についたと同時に尋問は始まった。特別室なんて真っ赤な嘘だった。一番小さな部屋とも言い難い場所である。 「まず、あなたの名前を教えてください」 「セント・デュース・エロイカとでも言っておきましょう」 「何処から来ましたか?」 「惑星を旅している。何処と特定は出来ない」 『旧文明人の末裔か?審判の日に絶滅したと伝わっているが・・・』ここでどよめきが沸き起こった。二人を除いた全員から。 「何をしにここへ来たのですか?目的はなんですか?」 「何も。ここへは寄るつもりはなかった。船が故障して自動で最寄の惑星に不時着したまでのこと。どこに着くやら、あのカプセルに入って運を天に任すしかなかったって訳さ。今となっては、どれだけの時間が経過したのかさえ不明だ」 少し安堵のささやきが聞こえてきた。 「では、聞き方を変えましょう。あなたの仕事は何ですか?」 「ただの運搬船の船員さ。しかし、積荷は全て燃えたようだ。これで今は、晴れて失業中さ」 笑いが巻き起こった。危害を加える気はないと考え安堵した証拠である。 しかし、笑っていない者が二人いた。 その他にもいくつもの質問が決められた通り行われた。休憩を3度はさみ6時間以上におよんだ。 そして終了した。 「ご苦労様でした。お疲れでしょう、これで質問は全て終了です。部屋に戻ってゆっくりとくつろいでください」 尋問官は、既に5人目だが、答える方は一人である。疲れるものなのだ。 「ああ、そうさせてもらうとする。この言葉を使うのにまだ慣れていない、けっこう疲れるんだよ。慣れないことをするのはね」 そして誰も居なくなったが、ロイとフィルモエが小部屋には、残った。二人にとっては、これからが本題であった。 「どう思う、ロイ君?あの男・・」 重い沈黙を破ったのは、フィルモエだった。 「フィルモエ司事局長。彼は嘘を付いている。一見矛盾が無さそうだが全体をフカンしてみると不自然さがぬぐいきれない。賢い男なのでしょうね」 核心を付いた一言だった。 「二人の時は、フィルモエでいい。同感だ。何一つとして本当のことは言っていない。シッポを掴んだところで、それを立証するすべが無い。奴はそれを計算ずくで言っている」 フィルモエが苦悶した。フィルモエの肩にロイの右手がポンと置かれた。 「ロイでいいと言ったはずだ。安心しろ。奴の思い通りにはさせない。奴のたくらみぐらいは察しが付く。だまされた振りをして利用すればいい。皇帝も操ればいいさ、人参をぶら下げてやればすぐに食いつく単純な奴らだ。しかし忘れるな、あれは諸刃の剣。いつでも切り捨てる覚悟がなければならない。出来るかい、危険な舵取りだぞ。だがお前にしかできっこない芸当だ」 とんでもない会話がなされていた。皇帝を手玉にとろうと密談しているのだ。もし誰かに聞かれ密告されれば即刻死刑である。しかし、フィルモエは臆することなくその目に怪しい光が宿った。それをロイは見逃さなかった。 このエリアにはもう誰も居なかった。特殊な用途でしか利用されない部屋だからだ。それを知っているから密談には最適な場所であった。 「俺もずいぶんと買いかぶられたものだな。それにしても君の提案は、この安月給でやれるたぐいのものじゃない、しくじった時の失うものが大き過ぎる。実にハイリスク・ローリターンだ」 ロイのふてぶてしい横顔がそこにはあった。 「フィルモエ、よく聞け。コポラは、この世に3つあると言う情報を軍情報部は得ている。こう見えても俺はそこの中枢だ。上層部は、ひたかくしにしているがな。余計な仕事は御免こうむるって訳さ。将軍連中の考えそうなことだ。自分の老後のことしか奴らのあたまの中にはない。平和ボケさ。いいか?実は、それこそが問題なんだよ。ギザ帝国だけじゃないんだ、この問題を抱えているのは。他の優秀なる諸国は、コポラを隠密に持ち帰り隠した。うちだけさ、バカなまつりごとに利用したのは。コポラ、いやパンドラの箱の存在は容認するしかないんだ。他の諸国が開けないという保証は何処にもなかろう。今後どういう展開が待ち受けているかなんて想像すら出来ない。しかし、わかることが一つだけある。やがて覇権争いが起きるだろう、全世界を巻き込んでな。その時にあれがものを言う。パンドラの箱のモンスターがね。それが危険だろうと何だろうと誰よりも上手に使いこなすしかないんだ。どんな犠牲を払ってでもな」 フィルモエは、そこまでロイが考えて行動していたことに驚きを隠せなかった。 ロイは、トドメを刺しにいった。 「君はこのまま年老いて、年金暮らしが保証されているなんて本気で思っているんじゃないだろうね。それは夢幻、机上の空論さ。運がなかったな、フィルモエ。もっと平和な時代に生まれてくればそれも出来ただろうよ。だが、時代は動き出しちまった。もう、止めることは誰にも出来ない。だれかがあれを制御し、クサビをうちこまなきゃならない。でなきゃ破滅だ。旧文明の2の舞いさ。旧文明では、最後の審判の日とか言うらしい」 ロイの言うことは充分過ぎるほど理解していた。しかしフィルモエは、必死の抵抗を試みた。 「なぜ、覇権争いが起きると思う?起きないかもしれないじゃないか。誰もパンドラの箱の中身を見ないかもしれない。迷信とか信じて・・事実・ぺテロニーアでは見向きもされていない」 ロイは舌打ちをした。『何をたわごとを!あけちまったパンドラの箱の中を権力者達が見ないなんて理屈が成り立つわけがない。現実逃避もはなはだしい』 「ぺテロニーアは、ぺテネの治める国だ。ペテネが全世界を治めている訳じゃない。そんなことぐらいわかるだろ!ぺテネがどれほど偉大な神の使いでもこのギザまではその威光は届かないんだ」 フィルモエの体が震えた。恐いのだ。 ロイは視線だけ落としナイフのように次の言葉を突き刺した。 「競争本能、弱肉強食こそが人類という生き物の本質だからさ。DNAに組み込まれ、旧文明から引き継いだ唯一の遺産さ。これはだなーー、俺が言った言葉じゃないぞ。ええーっと、俺が師とあおぐある人のお言葉だ」もし自分が言ったとなれば、たちまちその信憑性が地に落ちるのは目に見えていた。 「プッ・・・その人物はさぞや高名な人物なのだろうな」 フィルモエは、自分がこんなに意地が悪いとは知らなかった。 「そりゃ、その道じゃプロだ!ミルコビッチュ・ヒャ#$&・・ルフト・・ドフトルシュタイン画伯ってんだ」なんのこっちゃ?何処の道端だ?しかも画家かよ。もう2度とは同じに言えないであろう。 フィルモエは、笑うのを堪えるのに必死だった。その言葉を誰が言ったかは問題じゃなかった。その言葉に疑う余地が見出せなかった。ギザ帝国の存在そのものが途方もない歴史の末、生存競争と覇権争いの産物以外の何ものでもないからだ。 ロイだって同じように恐いのだろう。様々なものと戦っているのだ。今だって、自分以上に危ない橋を渡って会いに来てくれている。地位も名誉も金さえもこの男は欲してはいない。自分がいかに、この男の前では小さく、みすぼらしいかを思い知らされた。真の強さをこの男は要求しているのだ。 フィルモエの体の震えは止まっていた。 「わかった。やってやろうじゃないか道化師をな。本当の俺は今ここで死んだんだ。こんな痩せ犬の俺を殺して、それでお前は満足か?」 フィルモエの言ったことは本音だった。死と引き換えも、いとわない覚悟がなければ出来ない過酷な任務である。 「いやーー、簡単に死なれちゃ困る。おまえさんだけが頼りだ。他にこんな無茶を頼める奴が見つかると思うか?いるわけなかっぺーー」 冗談なのか本気なのか不思議な男であった。あきれ顔でフィルモエは、重い腰を上げた。 「そろそろ行こうか。報告書の草案を検討しなきゃならない。細部の分析もしなきゃな」 ロイは、書類をフィルモエの前にそっと差し出した。極秘の文字が目に飛び込んだ。 「アウトライン、つまり戦略は俺なりにまとめてみた。状況の変化ですぐにかわっちまうけどな。読んだら直ぐに燃やしてくれ。燃やすの忘れるなよ。俺の収拾した情報もここに書かれている。参考になるといいのだが」 ロイは、その先を既に見ていた。今日のことは、想定済みの確認事項に過ぎなかったのだ。フィルモエは、その書類を他の書類の間に隠した。 ロイは、フィルモエと向き合い両手を肩に置いた。 「俺も全力で戦う。この戦いは孤独な戦いになるだろう。だが・・希望はお前だけなんだ、フィルモエ」 ロイが見せた悲痛なる叫びだった。 「なぜ、そこまでこの俺を信じる。いつ裏切るかも知れないじゃないか。いつ逃げ出すかも知れない。どっかの国で高給で雇ってくれるなんて話しもないではないのだぞ・・」 ロレツが回っていない。相当無理をしている証拠だ。ロイは、クスッと笑った。 さすがにロイに笑われたのはショックだった。 「お前は金じゃ動かんよ。金儲けをしたいならこの場所には居やしない。何の徳にもならないだけじゃない、これは重罪もんだ。クレージーだとおもわないかい?それに俺の人を見る目は一種の才能なんだよ。説明など出来ないがな。ただ、俺の目が狂ったことはない。フィルモエと言う男は俺が認めた数少ない男だ。裏切りたければ裏切るがいい。仮にそうなったとしてもそれはそれで本望さ。お前さんの方針を支持するよ。だが、最後は救ってくれよっ。ってことで、よ・ろ・し・くっ」頭を掻きながらロイは、右手をさし出した。 冗談交じりだが、この男も既に自分を捨てていることをフィルモエはハッキリと知った。この戦いに大儀などはない。しかしその原動力となっているものは共通のある思いだった。 この世界は間違っている。そして更なる罪を犯そうとしてる。何としてもそれを阻止せなばならないのだと。そしてその仕事を他人に託すことが出来ないのだと。 フィルモエは、ロイの右手に軽くタッチした。タッグが成立した瞬間であった。 「やるからには、地獄まで付き合ってもらうが、それでいいか・・・」 フィルモエは背を向け、既に小部屋のとびらを開いていた。 「すまない・・・・・」 後に続くロイの言葉は、答えになっていなかった。 このとびらは何処へとつながっているのだろうか。 始動 セント・デュース・エロイカは、ギザ帝国市民として晴れて認められた。皇帝直属の組織である国家安全局諜報部に配属になった。軍部の情報部とは別組織である。つまり彼の存在そのものが国家の極秘事項という訳だ。ここまで辿り着くには、2年という月日を要した。慎重をきしたのではない、交渉にそれだけの時間を取られてしまったのだ。セント・デュース・エロイカの協力を最大限引き出す為でもあった。偽りの信頼関係を双方築く必要性があったのだ。 フィルモエの立案したプランが皇帝府閣議を通るまでに半年、そしてそれをエロイカの受け入れられるものにするまでに修正をするのに1年半の歳月を要したのだ。これでもギザ帝国の役所仕事ぶりから考えれば、スムースに事が運んだとフィルモエは思っている。未だに首がつながっているのは、ロイ・マクロイ少尉の極秘プランのお陰だとフィルモエは思っている。 フィルモエのプランには、3つのプランが存在した。1つ目は、2年を費やしギザ帝国へ提出したエロイカ契約と呼ばれる公文書だ。皇帝コンチュニウスの刻印が押されたものだ。これは必ず守られることになるであろう。2つ目は、エロイカにエロイカ契約を受け入れさせる為に用意した、フィルモエとエロイカ間に結ばれた密約である。この密約には、文書も存在しないし、何の保証もない。もしこれが明るみに出れば、エロイカ一人が自滅する。何故なら、契約したのは、エロイカにとってフィルモエではなく謎の組織だからだ。誰一人組織の人間を見たこともないし、その声さえ聞いたことはない。フィルモエ案が提示されると同時にセットになり、その案は、エロイカへと届けられた。エロイカ契約の裏の意味の解説付きと言う念の入れようであった。その密約書の受け取り場所は決まっていた。エロイカは、午後3時過ぎに必ず喫煙室へと向かった。その部屋の外に監視が居るが、中には誰も入れさせなかった。唯一安らげる場所と言ってもいい。そして唯一中に入れる者がいた。テーセットと葉巻と火を持参してくるウエイトレスである。ウエイトレスと言っても公安部の女子職員だ。何も知らずに命じられたまま運んで来ているだけだ。それが証拠に運んで来る者は決まった者ではなかった。女子職員の手が塞がっている時は男性職員が運んで来る時もある。 エロイカが要求した葉巻は3本。葉巻を吸うのが目的ではない、その中の1本に謎の組織からの裏文書(密約書)が隠されていた。それを読むのが真の目的である。その文書は読み終わると葉巻共々煙へと消えた。その行動も書かれた指示に忠実に従ってたまでである。フィルモエという司事局長が絡んでいるのではないかとエロイカは、疑っているがフィルモエにあったこともないし、証拠は何処にもない。対応するのはいつも下っ端の役人だからだ。司事局長が直々に対応するなんてありえない。そいつらの誰かに聞いて答えられるわけがない。やぶ蛇になれば命取りになる。しかし、それにもまして、謎の組織の提案は実に魅力的だった。実際に実行可能な現実的な構想が記されており。受け入れ易い仕組みも用意されていた。試してみる価値があったのだ。こっちからこの関係を壊す理由はどこにもなかった。うまくすれば、ブレインに引きずり込めるかも知れないとエロイカは、考えたのだ。 この部屋に連れて来られた経緯から想定すると、かなりの上層部の差し金のようにも思うが足が付くようなまねをするはずがない。 最初は、気晴らしに自由な一人になれる時間をやろうと持ちかけられた。そして用意されたのがこの部屋と葉巻だった。エロイカは、すぐに葉巻の隠し文書に気が付いた。そしてそれを読み血肉が沸き踊るのを感じた。久しぶりの興奮である。そしてエロイカは、その案に心酔していったのだ。 そして3つ目の案。これこそがフィルモエ案の真髄である。ロイ・マクロイ少尉とつくり上げた渾身の策である。こちらの方針は一貫していた。その根幹は、当初から変更されることはなかった。 エロイカは、何ら混乱することなくスケジュール通りのことを進めていった。 国家安全局諜報部での仕事は、ほとんど何もなく飼い殺し状態であった。裏文書に書かれていた通りであった。 国家安全局諜報部で1年ほど勤務態度などの様子を見て、席を置いたまま次に技術開発部門へと配置変えとなった。エロイカは、宇宙船乗りであって技術者ではなかったが、エロイカの助言でギザ帝国の技術力は飛躍的に発展を遂げた。エロイカはその功績が認められ、信用を得たと同時に行動の自由も大幅に拡大していった。エロイカは国家安全局諜報部の職も兼ねていたので、何かと理由を付けて遠出をするようになった。ギザ帝国の上層部は、エロイカは宮使いの身だ、飼い犬は逃げやしないだろうと、たかをくくったのだ。 これも裏文書に書かれていた通りのことが現実となっていたのだった。 エロイカは、自由の身になってからも、時々謎の組織からの助言を受け続けていた。情報や指示の受け方は様々であった。仕事場でいつのまにかポケットに書類が入れられていたり、クリーニングから戻って来た衣服に挟んでいたこともあった。方法は毎回違うのでエロイカは、常にその情報を見逃さずキャッチ出来るよう気をつけていた。それほどヒネッタ方法が用いられることはなかった、確実さを重視していたからだ。 エロイカには、ある目的があった。それは、フィルモエ達とくしくも同じ目的である。フィルモエ達は、残りの2つのコポラを探し出し、交渉の結果によってはこの世から消し去ることであった。先に消されるか、こちらが先に消すかの競争である。エロイカの目的は正確には計り知れないが、かならず仲間を探しに行くと踏んだのだ。 ロイ・マクロイ少尉がエロイカを生かしておいた理由こそがそこにある。コポラの種をこの世から完全に根絶やしにする。それがロイ・マクロイ少尉の一つの到達点である。 フィルモエ達は、コポラの情報をエロイカに流し、自由に泳がせ、つきとめさせることにしたのだった。鮎のとも釣りの方法の応用である。エロイカなら誰よりも確実に探し当てられるからだ。エロイカが動く時は、監視の手が緩むことはなかった。 エロイカには、三人の補佐役の捜査官が常に同行していた。これは表向きの配慮に過ぎない。エロイカには、既にかなりの範囲で自由行動が許されていた。この場合の監視とは本人に気づかれないように行うのが監視である。尾行と言うと品を損なうので、彼らはあえて監視と言っている。その監視役は、フィルモエが放った優秀な暗部構成員が行った。ロイ・マクロイ少尉の紹介ではあるが、今ではフィルモエの手足となって全ての工作活動にたずさわっていた。これらの任務もまたフィルモエ達と同様にして、命がけであるにも関わらず、その報いは、わずかなものでしかなかった。 「アン、起きろ!寝てる場合いじゃない。エロのやつ一人で動いたぞ!」 「エロはあんたでしょ。まったくもーー、さっさとしまいなさい。行くわよジョン」 「ゲッゲッ。マジかよ・・・このーー親不孝者、コラッ、ムスコ。勝手な行動をするな!」 「ジョンさん?その指がさしてるのは、ジ・ブ・ンのモンだろーー!」 股間のモノを慌ててしまい、チャックに挟んだらしい。悲鳴がこだました。出したまま何をしていたものか? これがその恥部?いや暗部のジョンとアンである。エロイカの監視中、建物の屋上での一幕である。さすがにロイ・マクロイ少尉の紹介である。同類と言うことか?全員がそうではないだろうが、この二人、超―ノリが軽い。 だが次の瞬間には疾風のごとく消えていた。屋上から飛んだのだった。腕だけは確かなようだ。 第2のコポラ(セカンドサイド) この日のジョンとアンは、上空1000メートルを滑空していた。コウモリに似た巨大な猿に乗ってだ。大きな翼は翼竜のものに似ているが、頭や胴体が原始サルのようであった。全体を見るとコウモリの印象である。しかし、丸いお目目で人の良さそうな顔立ちだ。実際にやさしい性格で人懐っこい。アンは、背中にちょこんと乗り、あぐらをかいて肩肘を立てている。ジョンときたら完全に寝そべっている。寝返りはうつし、じっとしていない。二人共鞍も付けずに乗っていた。磁石で引っ付いているように落ちることはなかった。リラックスして空の散歩中ではない。これでも立派に職務中なのである。 「今日の動きは?ジョン」 アンは、 意識してエロと言う言葉をさけている。思い出すと吐き気を催すからである。 「そうだなー。昨日盗み聞きしたところによると、そのうち別行動になるはずさ。部下達には、他のターゲットの調査を依頼していたからな。奴のターゲット、つまり目的地だが、それはつかめなかった。そのうち分かるだろう」 盗み聞きは、いくらなんでも品がないだろう。盗聴任務を遂行する為、聞き耳を立てたとか、壁から情報収集したとか、どれも同じことか。隠密の仕事とは、泥臭いものである。 エロイカ達は、移動手段としてダチョウにも似た4本足で歩行する動物を利用していた。かなりの速度で長距離を移動が可能である。 暫くするとジョンの言った通り2手に分かれた。知りたいのは、エロイカの行き先である。 「今回の公けのミッションは、エトール・ポア共和国の国勢技術調査だったよねー。部下達に工場なんかの視察をさせて自分は、気晴らしにプノール観光でもするつもり?あそこにはこれといった工業施設はないわよね」アンがその先にある主要な建物から推測したのだった。 ジョンも急いで検索してみたが、アンの言う通り目ぼしい産業は探し出せなかった。典型的な観光都市である。手工業ぐらいはあるが、彼らのターゲットではない。 「観光?それは無いだろ。アッ、読めた。プノールには、国立の博物館と図書館美術館を兼ねた巨大なプラネがある。あそこだ。そうだよ、コポラを隠すとしたらもってこいだよ」 プラネとは、この国の言葉でカゴと言う意味だ。建物の形状が鳥かごにそっくりだからそう呼ばれていた。 「エトール・ドゥ・プラネ。考えたわねー。こんなど田舎の観光地に隠すなんて。間違いないわ。とうとう探し当てたのよ。あの建物の図面をだして!ジョン」 「今やっているってー。エトール・ドゥ・プラネ、エトール・ドゥ・・・・・」 ジョンが何かを広げている様子はない。ジョンは、自分の頭の中の記憶からエトール・ドゥ・プラムの図面を検索して読み込んでいた。ジョンの記憶は無限の容量があり国立図書館1000件分のデータが現在所蔵されていて増え続けている。 「開いたぞー」ジョンは、相変わらず寝そべったままだ。 「いい、まずは、ストックヤードはどこ?トイレじゃないわよ、まちがわないでよ!保管庫のことだかんねーー」 「そんなもん、トイレとまちがえるかー。地下と七階八階だな」 「地下は、書庫の可能性は低いわね。どうしてもこのあたり一帯は水位が高くて湿度が高めになるのよ。あれだけ大きなものを隠すとなれば、七階八階に上げるのも大変そうだし。やはり地下の可能性が一番高いわ」 「地下だな。えーーーと地下1階、地下2階、地下3階、地下4階、地下5階まであるがいったいどこだ?」 「・・・・・・・バッカモン。それを先に言えーー・・アンねえさんを、なめとんのかーー」 アンが切れた。 「・・・・そんなこといったって・・・おこんなくったって、いいじゃないか・・」 いじけるジョンだった。記憶の容量は大きいがオツムが良いとは言いがたい。アンに言わせると、無駄なとことか、役に立たないこととか、しょうもない情報は、完璧に憶えているが、肝心なところだけ見事に抜け落ちているらしい。そんな言われ方は、いくらなんでもジョンが可哀想過ぎるが、言い得てなくもない。 アンは、隠し場所の特定を断念して先回りして待ち伏せすることにした。 やはり、ジョンの記憶は役に立たない無駄な知識なのか? エロイカは、アン達の読み通りエトール・ドゥ・プラネの虹色に輝く巨大なエントランスアーチを潜った。地下3階にアン、地下5階にジョンが侵入し待機していた。地下1階と地下2階には重要な品物が置かれていなかったからだ。 警備は厳重だったが入るだけなら2人にとっては容易いことだった。コポラを持ち出せと言われれば、苦労するだろうがそれは任務ではない。 エロイカも無事侵入に成功したようだ。アンとジョンが合流したことからもわかる。アンは、エロイカを追って地下5階までやって来たのだった。 「第8ブロックに向かったわ。先回りできる?今なら警備も手薄のはず」 「ああ、奴よりデータはこっちが上だ。ついて来い」 やっとジョンらしさが発揮されることが出来た。いいぞジョン。その調子だ。 アンとジョンは、絶好のポジションを確保した。次の瞬間にエロイカが第8ブロックの入り口に現われた。 エロイカは、迷うことなく進んだ。巨大なオブジェも数多く置かれていたが他のものには目もくれることはなかった。そしてあるものの前で立ち止まった。 それは布で覆われていたが、大きさからするとコポラに匹敵した。一気に布を引くと巨大な玉子が出現した。コポラであった。 しばらくは周辺を点検した後に一つ一つ確認するようにロックを解除していった。そして最後のロックが外れるとフタが跳ね上がった。 ジョンとアンはその中身を見た。しかし、肉眼では距離が遠すぎるし、そこからの角度では、死角となっていた。彼らは肉眼で見たのではない。心眼でもない。どの方法よりも確実な方法で見たのだ。それは、第3の目で。 エロイカは、黙したまま先ほどと逆の操作でフタを締めロックをかけた。コポラは、元あった通りにもどった。 そして何事も無かったかのようにエロイカは、エトール・ドゥ・プラネの虹を潜り、出て行った。ジョンとアンの姿も少し時間を置いた後、そこから消えた。 エロイカは、エトール・ポア共和国の国勢技術調査を完了するとギザ帝国への帰路へ付いた。これ以上ここに留まる理由がないからか。それとも一度戻り、また出直すつもりなのかは分からなかった。 ジョンとアンも今回の任務終了報告の為、ギザに戻ることにした。 帰国すると組織集会の召集が掛かった。指示された場所は、何と帝國国防大本部、通称ブラック・クロスの会議室であった。まだ、何処かの基地とか演習場なら大手を振って入れるが、入退出を厳重に管理された要塞である。予算が無かったのか?近場で済まそうとしたのか?何処も予約がいっぱいで仏滅しかあいていなかったのか?結婚式か!ブラック・クロスより、そこらへんの居酒屋の方がまだ人目を気にしないですむだろうに。どういう神経をしているのか、ロイ・マクロイ少尉の気まぐれだろうが、大胆にも程がある。 ギザ帝国のブラック・クロスは、24時間眠ることは無かった。しかし、会議室は、昼時の時間帯なら、ロイ・マクロイ少尉しか利用していなかった。ロイ・マクロイ少尉は、そこを昼寝の場所に決めていたからだ。それだけの理由だった。 フィルモエ司事局長は、無理やり用事を作り出向いていった。大変迷惑な話である。国防本部は、警察司法のトップのフィルモエにとって商売カタキだ。しかし、すんなりと入れてもらえた。彼らブラック・クロスもフィルモエに悪い印象をもっていないようだ。 用事は、5分で終わり。本丸へと向かった。 フィルモエが道を尋ねながら辿り着くと想像以上に大きな会議室だった。3000人は収容出来るであろう。軍部にこんな大きな器で会議をする機会があるのだろうか?式典や、皇帝を招いての会議、出陣式などの特別な時に使用されるのだろう。すり鉢状になった中央に大きな円卓が鎮座していた。そこにロイ・マクロイ少尉は、寝ていた。 呆れて言葉さえ出て来ないフィルモエだった。 「起きろ、ロイ。みんなはどうした?」 肩をゆすられ、やっと目覚めるロイだった。 「ふんぎゃ。ああ、ああああ、フィルモエか、遅かったな。ああ、奴らならその辺に居るだろう。君が来るのを待っていたんだ」遅かったな。とは、寝ていた者の言う言葉とは思えない。熟睡していたとは、いったい何時からねていたんだ? するとどうだろう。いつのまにか13人の制服を着た戦士が周囲に立っていた。 彼らの衣装は、軍服とは言い難かった。デザインも色もコンセプト自体がここに居る関係者とは違うユニフォームだった。統一性はあるのだが、誰一人として同じ着こなしをしていない。必要があってそうしているだけで、ファッションなどではない。 「いつのまに?」 フィルモエは、愚問だった。と思い口をつぐんだ。 ロイは、テーブルの上にお行儀悪く座り込んで頭をボリボリ掻くとあくびを一つした。将軍の円卓と呼ばれている権威の象徴である。しかしこの男にとっては、出来の悪いベッドだ。 「まっ、くつろげとは言わんが気にするな。こんな所に今時やってくる閑人はここには、いやしないよ。」 まちがいなく一人はここにいる。 「お前さんも座れよ。」 ロイは、早々に椅子に座ってテーブルにブーツを投げ出した。自分でも、お行儀が良いとは思っていないが、これがロイという男なのだから仕方無い。 円卓の周辺だけ天窓からの自然光が差し込んで照らされていた。お互いの顔が良く見えた。 フィルモエが恐る恐る席につくと、全員がめでたく将軍の円卓に収まり会議は始まった。 そして、チーム単位で報告がなされていった。この組織が行っている工作活動は多岐に及んでいた。皇帝周辺の動きを探っているチームや、敵対している国の内政調査や裏工作を行っているチームなど、国内外の様々な情報を集めて回ったり情報操作したりしていた。彼らの報告に真剣に耳を傾け頷いているのはフィルモエただ一人であった。命がけで集めてきた情報である。聞き漏らしは許されない。 最後にアンとジョンのチームの番が来た。時間は限られている、てみじかに要領よく報告せねばならなかった。 「ホワイトブラッド報告します。エロイカによるエトール・ポア共和国の最先端技術力国勢調査の件、その真の目的は、やはりコポラの捜索にありました。エロイカは、3ヶ月をかけ捜索し、ついにエトール・ドゥ・プラネの地下5階にてコポラを発見しました。しかし、コポラを開封したものの、内部確認後直ぐに閉じ、何事も無かったかのように、その場から立ち去りました。残念ながらコポラ内部を目視確認することは出来ませんでした。以上が第2のコポラに関する報告です」 ホワイトブラッドとは、ジョンとアンのチーム名である。必用最低限の確実な情報ソースのみが報告され、自分の主観や未確認の情報や脚色が含まれてはならなかった。 沈黙の後、ロイがたずねた。 「まずは、ご苦労でした。ここに居る誰一人としてコポラの中身がどうなっているかなんて知らない。想像だがエロイカは、中身を確認しに来ただけなのではないのか。問題は、中に誰が居たのか、誰も居なかったのかだ。そこが問題なんだなー」 ロイが当たり前のことを当たり前に言った。笑いをとろう思ったわけではない。失笑は誘ったが。 フィルモエが仮説を立てた。 「仮に誰かが入っていたとします。それが誰なのかを知って、また閉じることにしたとします。それは、自分にとって脅威ではないからでしょう。なぜなら、殺してからしめることだって出来たからです。でもそうはしなかった。現実問題として覚醒直後の人間を一緒に連れて帰ることが不可能である以上、助けに来たのではありません。ロイの言う通り確認することが目的なのか?これらのことから推測すると、これで、エロイカの脅威は確実に一つが減ったことになります。しかし、問題はこれからなのです。仮に誰も入っていなかったとすると、これは大問題なのです。どこかで生きている確立は高いと思われます。手が組める相手なら良いのですが、そうでないなら対立するでしょう。向こうから殺しに来るかも知れません。第2のエロイカが存在する。それは我々にとっても脅威です。しかしものは考えよう、エロイカを制御する為の駒が増えたとも考えられないでしょうか?」ダレもそうとは、かんがえられなかった。 ロイは、フィルモエの仮説がかえって混乱させていることを知った。 「どうかな?今の推理で腑に落ちない点はあるかい?意見はないか」 あえて聞いてみたロイだったが、フィルモエの考えていることなど知るはずもないので全員で黙した。 コポラ内部を目視することは出来なかった、ことを承知でロイがジョンとアンに意見を求めた。 「ところで、ジョン、アン。中には何があった?そこが問題なんだって。どう思う?」ロイがテーブルから足を下ろし、身を乗り出した。 『顔が近い』アンがいやな顔をした。ロイの隣がたまたまアンだったのだ。 ジョンが最初に答えた。 「ありゃ、カラだろうよ。推測で言っているんじゃないんだ。中身を確認したわけじゃないがね、俺たちは、死体でも生きた人間や他の動物でも同じだが、そこにあれば感じることが出来る。あの時は、どんなにさがしても、生物の感触は察知出来なかった」 ジョンは、感覚が非常に鋭い、これも一種の特殊能力である。それを疑う者はここには居ない。 次にアンが答えた。 「ジョンと同じ意見だわ。あたしは、ジョンほどの高性能センサーではないけど、あたしでも、開けた瞬間に分かった。カラだってね。見に行くまでもないわ。モヌケノのカラよ」 ロイがポンと手を叩いた。 「貴重な意見をありがとう、休んでいないだろ、ホワイトブラッド。次のミッションまで休んでくれ。バイトして稼いでくれても構わんがね。ただし、夜のオツトメは禁止だ、うちの校則で決まってるしな、それにーー、深酒と寝不足はお肌の大敵だからな」ロイの表情に霧がたちこめていた。ロイが想定しうる最悪の結果だったことを意味していた。 『あたしは、中等生か?オニッ』アンのこころの声がロイには届いていた。 「と言うことで、オニは退散することにしよう。他の諸君もありがとう。今日のとことはこれでお開きだ。ゼクトリアンに栄光あれ。ジョークだがね」 ロイの合図で全員が起立した。そして胸に手刀を作り斜めに当てた。 「べス ゼクトリアン!」見事に全員の声が揃った。 ゼクトリアンとは、この組織の名称である。過激派、テロリスト、反乱分子、反逆者、反政府軍、賊軍、海賊、大量虐殺者、暗殺部隊そんなような仕事である。実際のところ、どれも当てはまる。 現われた時と同様に、二人を残し13人の戦士は消えた。 「よくも、こんな精鋭が揃えられたものだ。どうやって募集したんだい?」 フィルモエは、感嘆しきりである。 「どうやって?道を歩いていたら、サークル募集の張り紙を見たんだ。ヒマだったし、おもしろそうだったから行ってみたら、部室にあいつらが雁首揃えていたってわけさ。さすがに最初はビビったけどね」 「フッ、フッ、フッ、フッ、それは笑える。殺伐とした光景が目に浮かぶよ」 フィルモエは、なんのサークルかは聞けなかった。恐い答えが返ってきそうだったからだ。 「そうか、自分から入って行ったのか、それは随分と度胸があるな。ゼクトリアンだと知っていたんだろ?」 ロイは、目をつぶった。 「フィル、お前さんは、どうしてゼクトリアンなんぞになった?この親不孝者め。俺に教えてくれないか?それが答えだろ。なりたくてなった奴は一人もいないのさ」 ロイのやるせない表情を初めて見た。 「安心してくれ、俺に親はいない。そんなことぐらい知っているだろ」 ロイが爆発した。 「ばっかやろーーー。生きてる親だけが親じゃない。血のつながった親だけが親じゃねー。親と呼ばれる親が親とは限らない・・・だがなー、あいつらは、ああやってしか生きて行けなかった。俺はなー」 その先は言葉にならなかった。言ってはいけない言葉なのだろう。 「たしかに・・・」選択の余地などここに集った戦士達には許されていなかった。 何が確かなのか、フィルモエにはそう言うしかなかった。 ロイとフィルモエは、肩を揃えて臆することも無く大会議室から出て行った。 ロイは、椅子を蹴り上げた。将軍の玉座である。フィルモエは、その椅子を元あった位置に丁寧に戻した。他の者達は、ご想像通りである。 こうして将軍の円卓から、誰もいなくなった。 皇帝の道、兵士の道 将軍の円卓には、その周辺だけ天窓からの自然光が差し込んで照らされていた。まるでステージのように。そこには、一人の少年が立っていた。何も語らずただ立ち尽くし。 彼は、フィルモエ。7歳の時である。当時の皇帝は、アリエス23世。平和な良き時代を生きた皇帝である。 アリエス23世には、実際には、多くの子供がいたが帝位継承権を有する息子は、三人いた。しかし、息子達が皇帝の器とは限らない。それを一番よく知っていたのは皇帝自身であった。 アリエス23世は、高齢になっており、健康にも問題を抱えていた。急務ではないが、決断を迫られていた。帝位継承問題と諸国間との領土問題、そして民族間の紛争が同じ帝國内で頻繁に起きていたのだ。平和に133部族もの民俗を束ねるぺテロニーアの大巫女ぺテネとはえらい違いである。所詮は武力で他を侵略し特権市民以外を弾圧するのが帝國の本質。やくざや野獣の縄張り争いと大差はない。自分の権力維持と子孫を残そうとする、原始的欲求の虜でしかない。 その中で皇帝がもっとも心を砕いていたのは、帝位継承問題であった。ギザ帝国における帝位継承は、その始祖より血生臭いモザイク模様で彩られていた。古代エジプトほどは血にこだわってはいないが、王族の血はそれなりの利用価値があり、時の権力者達の道具とされてきた。皇帝といえども覇権争いの道具でしかないのだ。 ギザ帝国は、エトール・ポア共和国、プラッシェン民主公国、に挟まれている。国境は、その時代時代によって書き換えられてきた。 アリエス23世の治世下のギザ帝国は、エトール・ポア共和国とはおおむね良好な関係を維持してきた。プラッシェン民主公国とは、戦火を交えることさえ無かったが、その歴史は、一進一退の戦争の歴史であった。いつなんどき噴火してもおかしくない活火山である。 アリエス23世は、民族間の紛争を鎮める策としてエトール・ポア共和国との戦争をもくろんでいた。しかし高齢の為、戦争という大事業に肉体が耐えられないことを知っていた。そこで帝位継承問題が避けては通れない壁となって立ちはだかったのであった。将兵達が現場の指揮は取るだろうが、それを統括するのが皇帝の皇帝たる役目である。昼夜を問わず戦況は入ってくる。それら全てに対応と責任を迫られるのだ。 そこで、帝位継承権の三人の息子の誰に継がせるかだが、それは、国民の目もあり一番成果を上げた者に譲ると決めていた。 アリエス23世には、腹違いの唯一の兄弟であるルドルフがいる。ルドルフは、アリエス23世誕生と同時に帝位継承権を放棄し、まつりごとから一切身を引き隠居生活をしていた。 ルドルフに関しては、問題なかった。問題はルドルフの子、しかもその末弟フェルポルスであった。2男3女のルドルフの子の中でフェルポルスは、まれにみる天分に恵まれていた。フェルポルスの兄は歌や踊り、女性にしか興味がなく貴族生活にどっぷりと浸かっていた。政治や権力とは、もっとも遠い存在だった。父親を手本にしたと言えば聞こえはいいが、放蕩三昧のツケがやがては回ってくるであろう、その末路は見えていた。 フェルポルスは、家柄の良さも後押ししただろうが、民衆からも珍しく人気のある将軍職へと登りつめていた。 フェルポルスは、出世することが目的ではなかった。したがって少将となってからは、中将に昇進するのを5度も辞退している。自分は若すぎる。その技量が備わった時にはお受けします。毎回の決まった言い訳である。 実情は、アリエス23世の三人の息子達より先に出世など出来ないとの政治的配慮であった。フェルポルスは、戦略家として優秀であり、政治家としても逸材であった。軍部の職務だけではなく、産業界や農業分野などの発展にも多大な功績を残した人物であった。 そんなフェルポルスが帝国民衆に人気がない訳がない。もし、国民投票が行われれば、ダントツどころか一人勝ち状態で3兄弟を蹴散らすことだろう。 そんな、実力人気そして容姿にいたるまで、比べられてきたのは、アリエス23世も同じことである。自分の息子ほどの年下のフェルポルスが目障りで仕方がなかった。 そして事件が起きた。 フェルポルスは、その日も忙しく、夜遅く館へと帰って来ていた。館の前には、皇帝直属の兵士達が囲んでいた。彼らは皇帝の命令しか受けることはない。フェルポルスがいかに帝国軍の要職にあろうと関係はないのだ。 「諸君、お役目ごくろう。もう夜も遅い帰りたまえ」 フェルポルスは、この隊の指揮官とおぼしき人物に馬上から降りると言った。 「閣下、あなた様に陛下の勅命で参りました。奥様やお子様達もお部屋で待機しておられます」 フェルポルスは、この言葉だけで全てのさっしがついた。 「そうか、では、中でうかがおうか」 指揮官と思われる男は、フェルポスから馬を預かり部下にそれを運ばせた。 フェルポルスの後に続き玄関へと向かった。 フェルポルスは、男を客間に通すと席に付く間も惜しんで切り出した。 「妻や子供達は無事なのか?」 男は大きく頷いた。 「奥様は別室にて、お子様達は、お休みになられております。召使い達は、奥様が今日は離れの別館で休むようにと指示されました。」 フェルポルスは、胸をなでおろした。そして、妻の機転に感謝した。 「そッ、そうか。子供達は無事か」 男は、あらためて本題に入ろうとした。それをフェルポスは、さえぎった。 「言わないでくれ、もし、それを聞けば子供達の命がなくなる。妻を、フェイシィアをここに呼んでくれないか?アッ、それと紙とペンを持ってくるようにと伝えてくれ」 男は、フェルポルスの指示通りフェイシィアを呼びに部下に行かせた。 お嬢様育ちで、政治や血生臭い権力闘争に関わったことなどないはずなのにフェイシィアは、毅然として現われた。 「おかえりなさいませ。おつとめごくろうさまでした。あなた・・・」 フェイシィアは、少女のように愛らしく、しかも優雅に夫に迎えの挨拶をした。今日が特別な日ではない。毎日の習慣である。今日に限って違うことをする理由はフェイシィアにはなかった。実際には、あなたの後には30分は他愛無い会話が続くのだが、今日は招かぬ客人がいた。 紙とペンを夫に手渡しソファーに腰を降ろした。 「フェイシィア聞いてくれ。今からここに書かれていることを、これから実行しようと思う」 フェルポルスは、筆を滑らせ書き始めた。書き終わるとフェイシィアに手渡した。フェイシィアは一読して一筋の涙をふき取り言った。 「あなたが決めたことですから、わたくしに異存などあろうはずがありません」 フェルポルスは、フェイシィアからそれを受け取ると男に渡した。男もそれを読んだ。それは遺書だった。家族を思いやる言葉で溢れていた。しかしまぎれもなく遺書である。何処にも恨み辛みが記されてはいないが遺書なのだ。 「これは?」 男はあえて聞いた。 「遺書です。わたし一人が死ねば陛下の目的は達成されることでしょう。この手紙があれば誰も傷付くことはありません。誰が手を汚すこともないのです。それと引き換えに妻と子供達の命だけは救って頂きたい。頼む、この通りだ」 誇り高き男が額をテーブルに付けてまで、名も知らぬ男に頭を下げていた。 「ナッ、何をなさるのです。頭をお上げ下さい。そのカシラは、わたしなどに下げる為のカシラではありません」 男の動揺に逆にフェルポルスの方が驚かされた。 「陛下のご意向は、曲げられません」男は、きっぱりと言ってのけた。 フェルポルスは、肩がうなだれた。全ての希望がついえたのだ。 「しかし」 フェルポルスは、男の方(目)を見た。 「しかし?」 「しかしながら、この手紙は、わたしにとっては岩をも動かす力がございます。わたくしの命に変えても奥様とお子様達のお命を守ります」 男の目に涙はない。しかし充血したその目はなみなみならない決意を表していた。 「ありがとう、ありがとう。どれほど感謝していいか・・・」 フェルポルスが男泣きに嗚咽した。 「閣下、お約束は出来かねます。しかし、お約束をたがえた時は、共に参る覚悟です」 フィルポスは、涙をぬぐうこともなく男の肩を掴んだ。 「いかん。この件でわたし以外の血は一滴も流してはならない。わかってくれ。もしあなたの血が流れれば、その何倍もの涙が流される。それを知らねばならない。あなたの命はあなた一人の命ではないのです。わたしにこれ以上罪を重ねさせないでくれ」 男は震えていた。死ぬのが恐いのではない。自分の死ぬ間際においても、これほどまでに他人を親身におもいやれる人間に震えたのだった。 「それが閣下のお望みであれば、生き恥でも何でもさらしましょう」 男の仕事は単純かつ容易なものであった。『一家を皆殺しにしろ』だった。しかし、この男の人生を変えてしまうものとなった。 男は、薬物の入った小瓶をテーブルの上に置いた。家族5人分ではない。その100倍は殺せる量である。このさい量は問題ではないのだ。それを飲めば確実に死ねるということが大事なのだ。 「これをお使いください。そう苦しまずに眠るように死ねると聞いております」 フェルポルスは、立ち去ろうとする男を引きとめた。 「ならん。それは、いかん。」 男は何事かと振り返った。 「死を確認する必要があろう。今飲むので見届けたまえ」 「ハッ?」男は何故?と言う顔をした。 「わからんのか?このような場合、わたしが逃亡したり、死なずに有志を集め反乱軍を指揮する可能性が高いのだぞ、そうなれば、君の命など、たちどころに吹き飛ぶであろう」 男は微笑んだ。 「それは最初に考えました。こう見えて、わたしもバカではありません。閣下なら充分にその力がある。やろうと思いさえすれば出来るでしょう。しかし、けっしてそのようなマネはしない。そんな自分をお許しにならない。そうでしよう。そうすることが、家族や国家の為にならないと考えておいでだからです。それをする気があるなら、10年も前からお出来になられたはずです。仮にそうなっていたならば、わたしは死んで閣下にお会い出来ていなかったでしょう。わたしのこの命は既に閣下に拾われていたことを知る者です。では、失礼します」 男が再び振り向くことはもうなかった。 「引け。帰るぞ。任務は終了した」 フィルポルスは、大声で叫んだ。 「ひとつ」 「一つ、最後に一つだけ、教えてくれ。あの世に行って、閻魔大王に謁見した時、恩人の名前も言えないような無様はない」 「ハッ、閣下・メッセン・シュヒターと申します。これにてゴメン」 フィルポルスは、メッセン・シュヒターが涙をぬぐったのを後ろ姿から見た。 メッセン・シュヒターは、兵士達の先頭に立って館から出て行った。見事な引き際であった。よく統率された兵であった。 「良い隊だな。良い上官を持った兵は幸せだなどとは、戦場で聞いたことはないが、俺は思わぬ所で良い部下を持つことが出来た。戦場でもないのに。そして、これは間違いなく本当の話だ」 メッセン・シュヒターは、フィルポスのこの言葉を聞くことはなかった。 フェルポルスは、朝日を見ながら死んで行ったと言われている。メッセン・シュヒターのプレゼントと夫婦はメッセン・シュヒターの朝日と呼んだ。その時の朝日の名だ。フェイシィアは、朝までねむることなく話し続けた。いつもと変わらぬ取り留めのない会話だ。その会話は、永遠に続くのではないかとおもわれた。 しかし、メッセン・シュヒターの朝日は、同時に死も運んで来たのだった。 第一発見者は子供達であった。床にひれ伏し泣きじゃくる者。動かぬ母親の名前を叫び揺り動かす者。そして、ただただ、立ち尽くす者。 フェルポスの鼓動が止まるのを確認するとフェイシィアは、後を追ったのだった。理由はただ一つである。子供達が生き残れるパーセントを1パーセントでも上げる為である。子供達だけが生き残ったとなれば、世間の同情を大いに引ける。世論の同情を引いた後なら、皇帝といえども、その子まで殺しては、沽券に関わるはずと計算したのだった。
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