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作品名:夜宵 作者:銀色メガネ

第1回   1
何か爽快な物音が聞こえる。
瞼越から薄明かりが感じ取れる。
「誰だ、こんな朝早くから…」
体を起こそうとすると、背中から不快な感覚が湧く、昨日のファミレスでのアルバイトがどうやら体にきているらしい、筋肉がミシミシと緊張し体に倦怠感を感じさせる痛みが走る。
パカーン…パカーン…
カーテンが揺らぐ窓からその音がもれていた。
その音が何なのか気になりはしたが、体の痛みを堪えてまで、窓際まで行き正体を暴こうとは気が進まない。今日は金曜日、この日さえ学校に行けば明日はベッドから朝早く起きずに一日中寝ていられる。
悲鳴を上げる体に鞭を打ち、被っていた布団から体を起こし、日が漏れる窓辺へと向かう。別にあの音が気になったわけではない。
カーテンを思いっきり開け、まぶしい光を体の隅々まで行渡らせる。それこそ頭の先からつま先まで、今日の一日のエネルギーを充電しているのだ。
パカーン…パカーン…
「………」
鉛のような足をドアへと運ばせる、その途中机の上にポツンと置かれていた組み立て式カレンダーに目がとまる。
「三日後はバレンタインデーか、」
銀色のステンレス製ドアノブに手をかけると。冷たい感触が手に伝わる。あぁ寒い季節が続く、何もしたくない、動きたくない、どうして学校に行かなきゃいけないだろう。毎日同じことの繰り返し、つまらない先生の授業、無理やり笑顔を作り他愛もない話をしなきゃいけない休み時間、頼まれたメニューを持っていき、相手の不快のないように接客をするアルバイト。退屈な一日がこの先も永遠と続いていくような気がして、生きていく意味が全くないように思った。
そんなこと思っても仕方がない、死ぬ勇気がない、いや、これだとまるで自殺することが名誉なことになってしまう。自殺は単なるあきらめだ。そうなると俺はまだこの世に希望を抱いているのかもしれない、こんなにも単調で退屈な日々だというのに。
ドアを出ると廊下を隔てて向こう側にらせん階段が見えた。
この時間帯だと親父はもう寝ているのだろうか、小説を執筆する姿が連想された。
夜あたりが暗くなり、月が昇り始め、太陽がまた出てくるまで親父は原稿に向かっている。
そんな姿を俺は幼いころから見てきた。キャッチボールしようにも昼間はベッドに倒れこみ、ヘンゼルとグレーテルを読み聞かせてほしいと懇願しても、仕事中だと言われ軽くあしらわれてきた。
そんな幼少期を過ごした俺はいつの間にか親父は俺のことを邪険に感じていると思い近寄らなくなった。
今でも思っている、親父は俺のことが嫌いなのだろう。
朝から鬱なことを考えながら、タイル張りの廊下に出る。
パカーン…パカーン…
この音から察するにどうやら近所の塀で壁打ちをしているらしい。こんな寒い朝から自主練習ですか、それは御苦労様です。だが、もう少し考えてもらいたかった。今は朝だ。光がまだ薄いこんな朝はまだほとんどの人が寝ているのだろう。はっきり言ってその音は安眠妨害だ。
階段を下りてキッチンに向かう。
母親がこの家を出て行ってからは毎朝、俺が食事を作っている。
こんな生活が始まってもう五年が経つ、きっと母は親父との生活に疲れたのだろう。何を言っても「あぁ」か「ちがう」の一言だけそんな冷めた生活だけでなく。お酒を飲めばおとなしい性格は豹変し、溜まりに溜まっていたらしい不満は爆発して、母の長い髪の毛を引っ張りまわしては、腹を蹴り、冷蔵庫に保存されていたものを母に投げつけていた。
父が完全に泥酔し深い眠りに誘われてソファーで寝るとリビングの端でうずくまっていた母は押し入れ匿った俺を向かいにきてくれた。
そして抱きつきそのまま泣き崩れていた。
俺は父が暴れだすたびに匿われては襖からその一部始終を見ていた。

ある日、親父が酒を飲みまたいつものように暴れだすと逆らわないはずの母がその細い腕を振り上げ親父の顔面に平手打ちをクリーンヒットさせた。
母の意外な行動に拍子抜けしていた親父だったが次第に怒りがこみ上げてきたらしく、拳を固めて母の白く柔らかい肌を破壊した。
その先はもう思い出したくない、母も所詮は女、男の人に勝てるはずがなく一方的にやられていた。見ていた僕は母が踏みつけられ、頭をテーブルの角で打ちつけられているのを見るたびに母を助けたいと思ったが、足が竦んで動けなかった。
自分が情けなく感じた。
自分の無力さを噛みしめた。
涙が頬を伝い、噛み締めた唇から滲む血と混ざり合っていた。
一通り暴れ終わった父はテーブルに着きグラスを口に運びぐったりと臥した。その横で母が倒れている。打たれた頭部からは血が滲み緑のワンピースが所々、赤黒く染まっていた。
母が死んだとおもった。途端に涙がこみ上げ胸のほうからは不快な空気がこみ上げ、嗚咽がとまらなかった。
声を上げ泣いていると、涙で滲んだ瞳を通り越して急に明りが強くなる。
母がいた。
僕の手を強く握り胸へ抱き寄せられた。何もできなかった自分への怒りと弱さにもうどうしようもなく絶望し自分の腕を噛んだ。痛かった、でもほんの少しだけ気持ちは晴れた。
母は頭を横に向け父が起きてこないか確認して木製のドアを、音をたてないようにゆっくりと開き「…おいで」とひっそりとした声で招き寄せる。
僕も父を起こさないようにそっと足を忍ばせる。でも押し入れの中はとても暑かったせいか足の裏まで汗が伝い粘着質になった足裏と畳の摩擦音が今にも父を起こしてしまいそうだった。
無事にドアまでたどり着き、そのまま玄関へと向かいそして出た。
母は柔らかいその手で僕の手を引き、家を囲むブロック塀に身体を預け「陽ちゃん」と手招きしてそばに座らせる。
「疲れたね」
家事を終えてひと段落しているようなものいいだった。
こんなにも血でまみれているのに何でそんな笑顔をするの。何で楽しそうなの、お母さん。傷つけられることは嫌ではないの?見ているぼくはたまらなく悲しいよ、お母さん。
「陽ちゃんはお父さんのことが嫌い」
「うん、だってお母さんいつもひどい目に逢っているんだよ。」
「お母さんはねぇ……お父さんのこと嫌いじゃないよ」
「え?」
「確かに陽ちゃんの言うとおりお父さんはお母さんを傷つけるよ、血が出るとね、痛いんだよ。」
そんな笑いながらいうことじゃないよ
「じゃ、どうして」
「お父さんもねぇきっと辛いのだよ、ほらお父さんのお仕事は人と多く触れることがないでしょ?だから寂しいのだよ、きっと、それで何か大きな問題にぶつかるとね、ひとりで解決しなきゃいけないからイライラすることも多くなると思うの。」
だからって、お母さんは傷つけられてもいいの?八つ当たりされてもいいの?
「だから、自分やお母さんのことばかりでなくてお父さんのことも考えてあげて。」
翌日。
昨晩、あの後部屋に連れて行かれ母が付きっきりで寝かしつけてくれた。目を覚まし僕は視界に母が映っていないこと気づく。
父の罵声やモノの壊れる音のしない静かな朝。ゆっくりと自室のドアを開け覗き込むようにあたりを見る。
廊下に父の姿は確認できない、気持ちが据えて深い息をゆっくりとはく。
らせん階段を下りて母の姿を無意識のうちに探していた。リビングのドアの前に着く。そのドアは小さい枠を所々作るように長方形型に抜き取られていてステンドガラスがはめ込こまれている。
誰もいないガラスを透けて見ると人の姿が確認できない。
ほぼ顔の目の前にある細長いうねったドアノブをゆっくりと下げて中を覗き込む。
やはり誰もいない。
お母さん…お母さんはどこにいるの?
焦る気持ちが湧く、早く瞳にお母さんを確認したい、安心したい。でも父には見つかりたくない、何をされるかわからないから。
焦りと恐怖が頭の中を占領しパニックになっていた。
トイレのドアを開ける、いない。お風呂場のドアを開ける、いない。
寝室のドアを開ける、…いない。
寝室のドアを、音を立てずにゆっくりと閉めて、そして愕然とする。
すると、らせん階段のすぐ近くの玄関からコツコツと靴の音がかすかにひびいたのが感じ取れた。
躍動の気持ちが僕の足を早ませる。もうこの際父にバレたっていい。木のタイルの鈍い音が家中にひびき。らせん階段を二段飛ばしで駆け下りた。
当然のことだが、母はもう昨日のワンピース姿ではなく赤のブラウスに黒いパンツを穿き、屈んでスニーカーの靴を結んでいた。
靴を結ぶにしては背中が前に傾きすぎている、母はそんなに目が悪かったのだろうか?
そんなことより母がなかなかこちらを向いてくれない。
大きい音をたてておりてきたのに、本当は気づいているはずなのにこちらを見てくれない。
静かな車のエンジン音がどんどんこちらに近づいてくるのを感じる、そしてその音は家の玄関あたりで止まり、アイドリングしているらしい。
「お母さんどこに行くの?」
母は黙っていた。
お母さんはしゃっくりをしているのだろうか、肩がわなわなと上下している、しゃっくりにしては小刻みに震えている。
「買い物に行くの?」
屈んでいた母は徐に立ち上がり、玄関のドアノブに手をかける。
何で何も言わないのだろうか?
「母さん?買い物に行くの?」
少し、強く問いかけてみた。
しばらく沈黙が続き。
「…うん、おとなしく待っていてね。」
閉まっていくドアの向こう側で母が振り返った気がした、何だろうあのほほに見えた太陽に照らされて光っていたものは?
母のいない家は寂しかった。心のよりどころをなくした僕は、自室のベッドに向かい、そして意識を失くすかのように眠り始めた。

その後のことは覚えていない、たぶん母が帰ってこないことを本当に理解し泣き明け暮れ、絶望の領域に達したのだろう。
まぁ、今となってはどうでもいいことだ。記憶にないなら、なかったも同然だからな。


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