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作品名:純情回顧第4章 夢路を辿りて 作者:天野久遠

第4回   第4話 あの頃のように笑って
 あれから数週間が経った頃になると、光彦にやっと再会の戸惑いが消えようとしていた。
それは一度ならずも、二度の不思議な再会であった。となれば、二度あることは三度あるというわけで、光彦は雅代に遇った後、もしかするとと思いながら毎日を過ごしていたが、それは単なる思い過ごしのようで、光彦の変わらぬ毎日は、日、一日と過ぎて行ったのだった。

 それから数日が経ったときの夕方だった。
 その日は正午を過ぎた頃から、道行く人たちの中に喪服姿を多く見かけていた光彦は、近所の誰かが亡くなったのかと思い、そうなると自分も顔を出さなくてはいけないと、急いで隣の店へと出掛けて事情を聞いてみると、どうやら近所のどこかのお宅、ということではなかったようで、たまたまこの通りを、ああして通り過ぎて行っただけのようだったが、その店に来ていたお客が言うには、この商店街を抜けて山手に沿って行ったところに、数年前から開いた絵画教室があって、何でもその教室をやっていた先生が、昨日亡くなったらしいとのことだった。

 その話しを聞いて、そう言えば以前から自分の店にも、絵画教室に通っているというビジネスマンや、子ども連れの主婦がやって来ていたが、なるほど、そこの絵画教室へ通っていたのかと光彦は納得していた。
 しかしそこの先生が亡くなったとなると、そうした常連さんも、これからは減るのだろうと思いつつ光彦は、そのお客にもう少し絵画教室のことを聞いてみると、その絵画教室は“高島アートスクール”といい、何でも昔は、自宅で絵画を教えていた絵の先生が、そのマンションに引っ越してからは、マンションのテナントを借りて教室を始めたらしく、なかなか盛況だったらしい。

 光彦はその話しを聞いて、これまでそんな絵画教室があったことも知らず、ただ毎日を店番のように画材店で過ごしていた自分を、やはり商売には向いていないと思って苦笑していたのだが、すぐ光彦のその苦笑した表情は、困惑した表情へと変わると「高島?」と呟きながら考え込み、暫くすると「あっ!あの先生か!」と大声を上げたのだった。
 その声に驚いた店主とお客は、いったい何ごとかと尋ねると、その絵画教室の先生というのは、光彦が若い頃に住んでいた時に、近所にいた絵の先生ではないのかということだった。

 もしそうなら、本当に二度あることは三度ありそうな予感がして、そのとき光彦は、なんとも言えない気分になっていた。
 それもそのはずで、もう30年も40年も出会うこともなかった女性たちと、1ヶ月もしないうちに既に二人と再会して、更に三人目との再会ともなれば、それはもう光彦にとっては、ただの偶然とは思えないような、何か運命がかった出来事だといえるのだ。
 光彦は思っていた。もしかすると、これは神が自分に最後に見せてくれる、夢の続きなのかも知れないと。

 しかしその日は、結局、店を終うまでに客らしい客すら誰ひとり来ることはなく、光彦は家に帰ると、妻に昔近所に住んでいた絵の先生が、店の近くのマンションで教室を開いていたのだが、今日亡くなったらしいということを告げると、妻は、明日は休みだし当時お世話になったからと、遅い時間にもかかわらず、急いでお通夜への支度をすると、挨拶だけでもと言って、ハッキリした場所も判らないまま、出掛けて行ってしまったのだ。
 それから3時間くらいすると妻が帰宅して、亡くなったのは絵画教室の先生ではなく、ご主人の方でだったことを知らされた。

 そんなことのあった翌日、今日休みだったはずの妻が、仕事で緊急の事態が起きたからと、もう10時前とはいえ眠い顔をしたままで、すぐに出掛けるからと言い、光彦は妻を会社へと送ると、そのまま店の方へと出るはめになったが、そのとき彼女は、光彦と会社の前で別れるとき、今日は「珍しいことがあるかもよ」と、なにやら判らない含み笑いをしていた。

 光彦はそのことを考えながらの運転だったからだろう。車を走らせていたはずが、気がつくと彼は、もう駐車場の前まで来ていた。
エンジンを切って、徐に車のドアを開けたその時、彼は傍と思い出したのだった。それは遠い昔、ある時期に妻がよく見せた表情に似ていると、そう光彦が思った瞬間、路地から一人の女性が飛び出して来た。
 「あっ!とうさんだ!」
 光彦はそう叫んだ女性の声に懐かしさを感じつつも、普通であれば、さすがにこのような奇遇は続くわけがなく、これは全て夢ではないのかと思い始めていた。そう、この1ヶ月のことは全てが夢で、今もまだ、自分は眠りの中にいるのだろうと。
 「ねえ、どうしたの?そんな顔して…ビックリして声も出ないのかな?」
 「あ、ああ。絵美ちゃん?」
 「そうだよ。ホントご無沙汰しちゃって、かあさんにも怒られちゃったよ。」
 「どうして…」
 光彦はそこまで言うと、先ほどの妻の話したことと、その時の表情が頭を過るとともに、夢の続きか神の悪戯か、頭の中で問答を繰り返していた。
 すると絵美ちゃんと呼ばれた彼女、岡倉絵美子は「へへへ」と笑って、光彦の妻が一緒でないことを尋ねり、今回のことや家庭のことなど、昔と変わらない様子で話し始めたが、ここでは何だからと、光彦が彼女を連れて店へと入ると、見計らったように電話が鳴ると、それは妻からの電話だった。
 「どう?ビックリしたでしょ、本当に久し振りで…でも変わらないわ彼女。」
 「ああ。だがお前、知ってたのならちゃんと話しておけよ。私が直接ここに来なかったら、今頃どうなっていたことやら。」
 「そうね。でもそうならそうで、それも運命よ。ふふふ。」

 「ふふふって何だよ。とにかく少しこっちに来れないのか?」
 「これから忙しくなるのよ。それに私は、昨日彼女とはゆっくり話したからいいのよ、今日はあなたで。」
 「あなた、彼女のこととても気に入ってたしね。ふふふ。」
 「だから何だよ、ふふふって。」
 「今日だけ、あなたへのプレゼントよ。」

 「電話…かあさん?」
 「うん、そうだけど。何だか言ってることが…」
 「ちょっと代わって。」

 「うん、うん、うん。わかったよ。それじゃ頑張ってね。」
 「おい、おい…」
 絵美子は何かの返事をすると、そのまま電話を切ってしまい、光彦は何が何やら解らないままでいたのだが、どうやら妻の言ったプレゼントとは、懐かしい彼女との時間のことであって、それは今日が、光彦の誕生日だったためだと、絵美子から言われて気付いたのだった。

 そのことは先日、彼の妻と絵美子がお通夜で遇った際に話したことで、本来であれば、昔のように3人で食事しながら、想い出話しでもして過ごそうとしたらしいのだが、急遽、彼の妻に抜けられない仕事が入ったため、絵美子に一任という電話の内容だったのである。
 「とうさん、頭が真っ白になってシワも増えちゃったね。」
 「ああ、もういい歳だからね。自分の誕生日にも気付かない耄碌ぶりだよ。」
 「ホントだよ。うちの旦那と2つしか変わらないのに。」

 「そうそう。はいコレ、プレゼントだよ。お誕生日おめでとう。」
 「あっ、わざわざ済まないね、ありがとう。」

 「ううん。かあさんにね、何がいいかって聞いたらコーヒーかタバコがいいだろうって。」
 「でもどっちも変わってるから、今朝、かあさんに教えてもらったお店を探して買ったんだ。へへへ。」
 「こっちが私で、こっちがかあさん。」

 「ねぇ、あの曲。まだあるのかなぁ?あるなら掛けてよ、あの頃みたいに…」
 「ええ、ありますよ。」
 そう言うと光彦はソファから立ち上がって、棚から1枚のレコードを取り出すと、古いMarantzのスイッチを入れて、DIATONEのターンテーブルの上に乗せて針を落とし、スピーカーをBOZEに切り替えた。

 コーヒーメーカーから香るコーヒーの匂いが、店の奥で充満してくると、光彦はカップにコーヒーを注いで、妻が用意してくれていたサンドイッチと一緒にテーブルへと運びながら、何故妻が眠い目を擦りながらも、朝からサンドイッチなどを作っていたのかを理解していた。
 こうして何度か同じレコードを聴きながら、絵美子が当時のように「へへへ」と笑っては、懐かしく会話をしていると、店の外で小さくクラクションが鳴る音が聞こえたのだった。
 「あっ、迎えに来てくれたみたい。」
 「そですか?じゃ、今日はありがとう。」

 「とうさん、あの絵。私が貰ったのとは違うね。」
 「ええ、あれは…」
 「あれ、とても悲しそう。ココに置いとくの良くないよ、きっと。」
 「だから私に頂戴、あれも大切にするから…ダメ?」
 「いいですよ。今日は素敵なプレゼントを貰ったからね。」
 「ありがとう。」
 絵美子がそう言って、店の外の車に何かを告げに行っている間に、光彦は店の奥のその絵を梱包すると、車の中からは、絵美子の若い頃にそっくりな娘が出て来て、店の中へ入ると光彦に言った。
 「母が無理を言ったみたいで、どうもすいません。」
 「ああ、構いませんよ。」
 「それじゃこれ。」
 「ありがとうございます。母はお別れを言いたくないそうなので、これでけを伝えて欲しいと。」

 「私は今も頑張って幸せに暮らしていますから、奥さんを大切にして、いつまでもお元気でと。」
 「お気遣いありがとう、いつまでもお幸せに。そう伝えてください。」
 「はい。では失礼します。」
 光彦は絵美子の娘とそのような会話を交わし、店の外へは足を運ばず車を見送った。光彦がそうしたのは、車の中に在った彼女の姿を思い、それを見せないようにしたいという、彼女の気持ちを汲んでのことであった。
 こうして店の奥にあった4枚の絵は、とうとう1枚だけになってしまったのだった。


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