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作品名:月天使かぐや 作者:天野久遠

最終回   月天使かぐや
なぜ私は月を見て泣くのでしょう。
時に切なくなり、時に暖かくなり、私に向かって悲喜こもごもな姿を見せる、あの月にどうして…私は惹かれてしまうのでしょう。

満る月の姿見は、私にはとても切なくて、そして、儚いものに思えてしまう。
朔たるは、何故か私に安堵と安らぎをもたらしてくれる。
弓張りの月を見て、心がざわめいて落ち着きを無くしてしまう私は…、誰?

女は今宵も月を見ながら、そう言っては涙を流すのでした。
それまで黙って傍にいた男は、ゆっくりと口を開きました。

 「かぐや、私はお前に話しておかなくては…ならないことがあります。」

男はそっと、かぐやと呼ばれた女の長く美しい黒髪を撫でながら、ポツリとそう呟きました。
その声にはどこか元気がなく、物悲しさ帯びているようでした。

 「此方様。お話し…それはいったいどのようなことでしょう?」
 「そのお話しと言うのは、私が先ほどまで想っていたことに関係があるのですか?」

美しいだけではなく、賢くて察しのいいかぐやと呼ばれた女は、男の語り口だけでそう感じ取ったのです。

 「薄々は…お前も気付いていることでしょう。」
 「そしてそのときがもう直、やって来るということも…」

男はそこまでいうと言葉に詰まりました。
かぐやと呼ばれた女は、そのとき見せた男の顔を生涯忘れないでしょう。
女はいままで、これほどまでに切なく、寂しく、そして絶望に満ちた表情を、見たことがありませんでしたから。

 「此の君より産まれ出でたとのこと…」

また男がポツリと呟きました。

 「ええ?」

その声はとても小さく、はっきりと聞き取ることが難しかったため、かぐやと呼ばれた女は聞き直したのです。
しかし男はそのまま話を続けるのでした。

 「嘘か誠かは、私にもはっきりとはわかりません。」
 「いや、きっとそのようなこと…」
 「これまでは嘘に決まっていると思っていました。」
 「しかし、最近のお前の様子を見ていると、もしや真なのかと…私はそう思い始めたのです。」

かぐやと呼ばれた女には、最初に言った男の言葉がよく聞き取れなかったため、男の話していることがよく掴めません。
それよりも、傍でそう話してくれる男の気持ちの辛さだけが、自分の胸さえも締め付けるほど、とても苦しいものだと感じるのでした。

 「かぐや、どこにも行かないでおくれ。」

そう言って男は、しっかりと女の肩を抱き寄せるのでした。
今度はかぐやと呼ばれた女にも、はっきりと聞き取れました。
それはこれ以上にはないというほどの、切望と懇願が込められた男の言葉でした。

 「いったい…今宵の此方様はどうしてしまわれたの?」
 「私は決してどこへも行きはしません。」
 「いつまでもずっとこうして、此方様の傍におります。」

そう言ってかぐやと呼ばれた女は、自分の肩に当てている男の手を、しっかりと握りしめました。
それは仲秋の名月が訪れる、少し前の宵のことでした。


空には下弦の月が見えています。

 「はぁ…」

今宵も男はひとり、夜空を仰ぎ見ては力なく溜息をついていました。

 「やはりこんな私では、お前を繋ぎ止めることなど出来なかったのですね。」

男は月に向かって寂しそうにそう呟きました。

 「此方様ごめんなさいね。私は最初から何もかも分かっていたのです。」
 「だから、いよいよという時が近付くと、私はああして、毎夜、月を眺めては…」
 「そして今夜、とうとう十五夜がやって来ました。」
 「あのお話をして後、それでも私は此方様と伴の床を頂くことが叶わず…」

女はそう言うと、ひと粒、頬に涙を流したのでした。

 「あなたといつまでも、一緒に暮らしたかった。」

そう言われて男は、女をしっかりと抱き締めました。
それは、かぐやと呼ばれた女を決して放さないという、強い意思の込められたものでした。

 「かぐや、どこにも行かないでおくれ。」
 「私をまた独りぼっちにはしないでおくれ。」

それを聞くと、かぐやと呼ばれた女は、更に続く涙を堪えるかのように、天を仰いで言いました。

 「既に…お使者がやって来ております。」
 「もう、どうにもならないことなのです。」
 「分かってください…私の愛おしい此方様。」
 「女としての悦びが叶わなかった今、こうして月に戻るしかないのです。」
 「そして再び…舞い降りた処が、此方様のもとであれば…」

かぐやと呼ばれた女はそう言い残して、男のもとから消え去ったのでした。

それから数日後、
男は、かぐやと呼んだ女の後を追うようにして、その寂しさから命を断ちました。

  「月天子。……かぐや。」

それが、最後に男の残した言葉だったということです。


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