ケイタの手には大きな石があった。 ケイタが何も言わなくてもボクにはみんな分かった。
「可哀想だからな。」 ケイタは泣きながらそう言った。
「でも、できないんだよ・・・オレ。」 「こいつ、こんなにも苦しんでるのに・・・できないんだ。」 震えた声と一緒に、ケイタの石を持つ手も震えていた。
子犬は目を閉じて涙を流し、弱々しく泣きながら、片方の前足だけを異様に伸ばしては痙攣した。 子犬のそんな姿は、まるで何かに救いを求めるように思えた。 鳴き声は徐々に小さくなっているようで、口元に泡を吹きながら痙攣が続いていた。
間もなくして、子犬は少し瞼を開いて、目をきょろきょろとさせはじめた。 まるで何かを探すように・・・。
「ボクがここまで面倒を見たんだんだから…。」 そう言ってケイタの手から、持っていた大きな石をボクは取り上げた。
先ほどまでの子犬が痙攣する姿が瞼に残る。 だれか・・・た・す・け・て。
ボクも言った。 「可哀想だもんな…」
ケイタは黙ってうなずいた。
そしてボクは、大きな石を持った右手を振り上げた。 子犬と目が合った。 そのとき・・・なぜかボクには、子犬がありがとうと言ってるように見えた。
振り上げた腕を下ろすと、溢れ出る涙が止まらなかった。
その夜ふたりは泣きじゃくりながら、一生懸命に基地のそばに穴を掘った。 そこへ子犬を埋めてやった。 その上には石を積んだ。 最後に、ボクが手にしていた大きな石を乗せた。
ふたりはそこにしゃがみ込んで、泣きながら手と手を合わせ目を閉じた。 ボクは始めて子犬を見た時の可愛い顔を思い出し、最後に目にした子犬の顔を思い出していた。
「そういえば・・・。」 涙をぬぐいながらボクはポツンと呟いた。
「こいつの名前、無いままだと可哀想だよ。」 「そうだよな。」 ケイタは泣きながら答えた。
「チロにしてやろう。」 「茶色だったからな、チロと言うんだ。」 「チロ、明日お墓に名前を書いてやるからな。」 そう言って、ボクとケイタは子犬が埋まっている場所に話しかけた。
基地の中に戻ったふたりは、震えながらチロをつつんでいた毛布にくるまった。 その毛布にはまだ、チロの温もりが残っていた。
ボクにはそれがまるで、 天国からこの冬の寒さに震えるふたりを、子犬が守ってくれているように思えた。 きっとケイタも同じように感じていたに違いない。
だからか急に、ケイタは自分に言い聞かすかのように話しを始めたんだ。 「これでいいんだ、あんなに苦しんでいたんだから。」 「あんなに弱って、苦しんでいたんだから…」と。
それを聞いてボクはケイタに訊ねた。
「チロ、天国に行けたかな?」 「絶対に行ってるさ。」 「そうだよな、最後に嬉しそうな顔してたもんな。」 「俺達が天国でまた飼ってやればいいんだ。」
そしてそうイケタが言ったあとに、ボクは言葉を付け加えた。 「もしボクがチロと同じになったら、今度はお前がちゃんとやってくれよ。」と。
「当たり前だろ、苦しまないようにするさ。」 ケイタはボクの手を取ってそう言った。
遠い遠い昔のお話。 ケイタは今でも覚えてるだろうか? そんな小学1年生ふたりが、心を痛め涙で眠った冬のことを。
そう、あの時からふたり、この世には神様なんてものはいないということを知ったんだ。
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