それから数日経ってケイタが突然やって来た。 その日は朝から、ボクは子犬の傍にいた・・・子犬がかなり弱っていたから。
もう・・・そのまま子犬は元気にはなりそうもない。 だから傍にいてやらないと。 ボクは学校にも行かないで、そうやって朝からずっと子犬の傍にいた。
それがボクの・・・小学校を休んだ最初で最後の日だった。
容態の悪い子犬を見てケイタは泣いていた。 ボクも泣いた。 一緒になって…子犬も泣いた。
「ク〜ン、ク〜ン」と力なく、悲しく、訴えるように何度も泣いた。
ケイタは思わず基地を飛び出して行った。 もしかするとケイタは、自分が顔を見せないうちに子犬が元気になって、基地の周りを走り回っていると思ったのかも知れない。
それがこれほどまでに弱ってしまい、彼が最後に子犬を見たとき以上に弱って・・・。 そう思うと、ボクには彼を追い掛けることが出来なかった。
ケイタに母はいない。 彼がもっともっと小さな時に、交通事故で死んでしまったのだ。
手術後の経過が良くなくて、苦しんで、段々と弱っていって、彼が見ている前でもう二度とは目を開けなくなったのだ。
以来、ケイタは父親に厳しく育てられ、優しくされた思い出もなくなってしまっていた。 だから彼は、優しくされたいという気持ちが人一倍強いのだと思う。 そんな彼だから、優しさも人一倍なのだろう。
今回のことだって、子犬の怪我のために毎日毎日、夜遅くまでお金になるものを探していた。
ボクはそんなケイタの気持ちに責任を感じて、後を追うことができなかったんだ。 そして何よりも、このまま子犬をひとりにはできなかった。
しばらくするとケイタは戻って来た。 「ごめんな、オレ…。」
「いいよ、きっとボクが悪いんだ。」 「もっとちゃんと、看病してやらなくっちゃいけなかったんだ。」 「お前はこいつのために、夜遅くまでお金を見つけていたんだし・・・ボクが悪いんだ。」 ボクがそう答えるとケイタは言った。
「このままだと可哀想すぎるよな。」 「こいつ、探してくれる飼い主も居なきゃ、親も居ない。」 「せっかく生まれて来たのに、優しくもしてもらえない…。」 「なのにこんな怪我までさせられて、こいつとても痛くて痛くて…。」 「これじゃ余りに…可哀想すぎるよな。」 そう言ってケイタは、悲しそうな顔をしてもう一度・・・基地から出て行った。
きっとケイタの目の奥には、彼の母が逝った日の光景が映っていたのかも知れない。
そして夜が深けた。 ボクは迷っていた“家に帰ろうか帰るまいか”と。 そうしているとケイタが温めたミルクを持ってやって来た。
「どうだ?やっぱり良くなりそうにないか?」 「ああ、とても弱ってるからなぁ、もう…ダメかもしれない。」 「そうか…。オレ、今夜友達のところに泊まると言って出て来たんだ。」 「今日はおとうさん夜勤だから。オレ、見てるからお前は帰ってもいいぞ。」
「でも…。」 「それじゃ、ボクも後でまた来るから頼むな。」 ボクがそう言うと、ケイタは子犬の傍に来てミルクを置いて悲しそうに見つめていた。
「ああ…。」 そう答えるケイタを残して、ボクは家へと駆け出した。
家に帰ったボクは、母の作り置いてくれていた食事をさっさと済ました。 そしてお膳の上に置き手紙をした。
「今夜は友達のうちに泊まりにいきます。」 それだけ書いて、懐中電灯を手にして家を出た。
基地の近くまで来ると、とても苦しそうに子犬が泣く声が聞こえて来た。 ボクは全速力で走った。
「どうした?」 そういって基地の中へと飛び込むと、そこには泣きながら立っているケイタがいた。
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