京子> それで道雪さん・・・・いえ、お父様はどのように?
その人は、書き換えることも出来ないほどに、動揺していることが私には解りました。
道雪> 父はいつも言ってました。最後を向かえる時には、ちゃんと自分で納得したいと。 道雪> だから苦しんでまでは死ねないって。 道雪> そんな父のことですから、苦しんでういるうちは、何度も何度も叫んでいました。 道雪> あなたの名前を叫んでは、自分で息を吹き返していたようです。
道雪> そして容態が落ち着くと言うのです。 道雪> 苦しい目をして死んでしまったら、とっても損した気分になる。 道雪> いったい何のために苦しむのか、同じ終わりが来るなら、苦しまないようにしてもらわないと損だからなって。 道雪> 死んでしまったら損も得もないだろうに、私はそう言うのですが、イヤ、やっぱり損だといって譲りませんでした(笑)
道雪> そんなことが入院して半月余りも続いたでしょうか。 道雪> そして、その日はとても体調がいいようで、病院まで続く小さな細道があるのですが、自分でベッドからカラダを起こしては、その道行く人たちを、いつまでもいつまでも眺めていました。 道雪> 誰かが来るのを待っているか、或いは見送っているかのように…いつまでも。
道雪> そうして夕方。 道雪> そう、その日は夕日で空がとても赤く染まっていました。 道雪> 父はその空を見て微笑んでいました。 道雪> 何か…昔のことを思いだしてるように遠い目をして。 道雪> それから・・・・
道雪> ごめんなさい。 道雪> とても気持ちがいい、今夜はぐっすりと眠れそうだ。と独り言のようにそう呟いて、またベッドを倒して横になりました。 道雪> そういって目を瞑ると、まるで子供のような顔をして眠ったようです。 道雪> どれくらい時間がたったでしょう。 道雪> 私もうつらうつらとしていて、気がつくと、私のヒザの上に父は顔を乗せて座り込み、身を寄せるようにしていました。
道雪> 風邪をひいてしまいますよ。 道雪> 私がそう言って、ベッドへ戻そうとすると、力無しに父が言うのです。 道雪> いつか話した映画のように、このまま…、と。 道雪> 私には何のことを言ってるのかよく解りませんでしたが、いつも独りきりでいた父のことだから、今とても人恋しいのかと。 道雪> そう思って私は、父のからだはそのままにして、とりあえず毛布を掛けたのです。
道雪> 暫くして私の膝元に、なんだか温かいものを感じました。 道雪> それは眠っている父の涙でした。 道雪> 私が父の頬を伝うその涙を拭こうと手をやった時、父は私の手を握って小さな声で囁きました。 道雪> あ、と、り、え・・にっ・・・き・・・。 道雪> そうしっかりと手を握って話したかと思うと、ご・・め・・ん・・よ、って。 道雪> これが父の最後の言葉になってしまいました。
道雪> それから徐々に、父の握る手の力が弱くなっていき、すぐに先生を呼んだのですが… 道雪> 涙して微笑みながら、もう息は止まっていました。 道雪> 最後の最後まで、本当に苦しまなくなるまで・・・意地を張って。 道雪> ほんとうに…ほんとうに、わがままな人でした。 道雪> きっと、最後に膝枕。 道雪> あなただと思って・・父も苦しまないで逝けたのでしょう。
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