七月七日、雨に天空も曇ります。
一年にただ一度の逢瀬。 それを楽しみにして東西に、別れて、別れの、こころ二つ、想い二つ。 そんな二人を遮るように悪戯な雨。
大河の岸で落胆する二人を見兼ねたのでしょう。 どこからともなくやって来て、二人にやさしく手を伸ばす、カササギの群れ。 牛飼いの牽牛と機織り娘の織姫の物語り。
生あるときの想いをそのままに、 “七夕”と呼ばれる、逢瀬の宵の来たるる天空を待ち焦がれ、 星の大河、天の川を挟んで煌めくふたつの宿星。
それは仲睦まじく暮らしていた夫婦のお話しでした。 牽牛は喜びのあまり自分のすべき仕事もそのままに、かわいい織女を、来る日も来る日も見ては暮らしました。 そしていつしか、牛飼いの仕事もしなくなっていました。
共に暮らし毎夜に愛おしみ、それだけでいいと思っていた牽牛。 そんな暮らしは、いつしか織女の身体を蝕みました。
病にかかっても働き続ける織女。 それでも織女は、牽牛が喜ぶ顔だけ見られればよかった。 いつでも自分を誉めてくれて、いつでも優しく愛おしんでくれる。 ただそれだけを糧として、病になりながらも働き続けたのでした。
そんな織女は、やがて病に倒れてしまいます。
始めて牽牛は後悔しました。 日々の糧を、すべて織女に負わせていたことを。
牽牛は昼も夜もひたすら織女を看病したのです。 しかしそれも長くは続きませんでした。 織女が天へと召される時が来たのです。 病の床にあっても笑顔を絶やさなかった織女。 それはいつのときでも、牽牛が望んだものだから…最後の時までと。
牽牛にもそのことは十分に伝わっていました。 牽牛は手を握り頭を撫でながら言いました。 「お前一人を逝かせはしない。」 すると織女はにっこりと笑ってこう答えました。 「お前さまは私のために、これからもたくさん生きてください。」 「私は天の神様にお願いして星となりましょう。」 「お前さまが宵にひとり寂しくないように、いつでも私の姿が見えるように。」 「私はお前さまがいつも喜んでくれたように、星となって笑顔を輝きに変えます。」 織女はそう答えると、そっと息を引き取ったのでした。
それを聞いて織女を迎えに来ていた天の子たちも泣きました。 そして天の子たちは牽牛にこう伝えたのです。 「織女とはこれほど清らかで美しい魂です。」 「天へ昇ればきっと天帝さまが養女に迎えることでしょう。」 「そして織女は織姫と名を変えて、いつでもお前に分かるように、天の川の東岸で、ひときわ輝く星となるでしょう。」 「だからその織女の身体は、舟に乗せて大河に流しなさい。」 「そうしてお前はこからひとり、私たちが迎えに来る時を待ちなさい。」 牽牛は言われた通り、織女の身体を舟に乗せて大河へと流しました。
しかし牽牛は思い惹かれるままに、流れる舟を追い掛けたのです。 やがて対岸では追い付かなくなってしまい、牽牛はとうとう河へと飛び込みました。
そうやって牽牛は、織女の身体を乗せた舟を泳いで追いました。 それはどこまでもどこまでも、牽牛の力がつきてしまうまで。 やがて力つきた牽牛は、そのまま川の底へと沈んでしまいました。
遠のく意識の中で織女が最後にいった言葉が蘇ります。 「お前さまは私のために、これからもたくさん生きてください。」 牽牛はその言葉に答えるように言いました。 「お前のいない日々を、どうして私が過ごしていくことなどできようか。」 「いつまでもお前を見続けて、お前と一緒に在るだけでよかったのに…」 それが牽牛の最後の言葉となりました。
それは遠い遠い昔の7月7日の出来事。
天の子たちはこの日の宵に話します。 牽牛の魂は気がつくと、西の海岸へと辿り着いていたのだと。 牽牛はそのまま天へと召され、織女を追って今でも天の川を探しているのだと。 そんな不憫な牽牛の魂を哀れんで、天帝様は、そっと織姫の対岸の星にしてあげたのだと。 そして年に一度だけ想いが叶うように、そっとふたつの星を、出逢わせてあげているのだと。
その日もし、天の川が豪雨に見舞われば、天の子たちはこっそりとカササギを連れて行きます。 それは七夕の宵にだけ話す、天の子たちの内緒のお話なのでした。
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