ロンベルトは、刀に手を掛けていた。
国と国との間には、厳しい法律があった。 仮にノイエの者が、ザクトの国内で殺されたとしてもザクトの法によって裁かれる。
無論、それが貴族以上の位の高いものならば、内容によっては、ノイエに殺したものを送りその上での処分も決められる。 また、国境にはいかなるものも無許可で足を踏み入れる事は適わなかった。 例え小指ほども境界を越えただけでも重罪とし、とても重い罪が化せられる。
旅立つ前に幾度と暗殺を画策したが、理由も判らないままどれも全て失敗に終わっていた。 国境を越える前に、あの男だけでも殺さなければと考えていたのに、その一歩が踏み出せずにいた。 踏み出せない足に憤りを感じている内に、アルスが国境を越えてしまった。
ロンベルトは、内心なんとも憤慨したがそれを顔に表さず笑顔で国境越えを見送った。
アルスが国境を越えるや否や、先ほどまで立っていた兵士や、騎乗した兵士がなんの躊躇も無く膝まずき、礼を拝した。 その統率された光景に、ロンベルトは固唾を飲み見とれていた。 アルスは、一般兵が被っているのと同じ兜を無造作に脱ぐと、一行の代表であったジールに向けて、 「おい。」 と、不躾な合図をしたかと思うと、無造作に兜を放り投げた。 ジールは、それを落とさぬように受け取る姿が見て取れた。
アルスは、襟首を緩め、両手を真上に挙げ背伸びをしていると、 近くにいた兵士は、すぐに飛び出し、抱えていた荷物をアルスから受け取った。 その後も、甲冑や具足をその場で丁寧に剥ぎ取って行き、 最後には、一軍の将とも思える男が、アルスの背後から少し厚手の上着をかけた。
門を挟んで、ロンベルトと向き合った。 「ザクトとの渉外。大変実のあるモノだった。とても、感謝する。 皆の替わりに改めて礼を言う。
一つだけ、ロンベルト殿に進言申す。 暗殺は、俊敏に相手に気取られぬようやるモノ。 無神経に監視の兵を増やしたり、警戒心を持たせるような行動は慎んだほうが良い。
少し感の良いものならばその事態にすぐに気づく。 貴公の幾つかの策、非常に楽しく味あわせてもらった。 しかし、詰めが甘いようだ。そんなことでは、私は殺せん。」
傍にいた、兵長が、アルスに近づき、 「アルス陛下、お疲れでございましょう。輿をご用意いたしております。帰路の間、そちらにてお休みください。」
ロンベルトは雷が頭上に落ちた気分であった。 先ほどまで親しいまでに話していた一介の付き人が、兵長の言葉で、ノイエの王である事実を知り、 自分の判断は間違っていない事を痛感したと共に、恐怖と戸惑いを感じた。
「王が国境を越え、ザクトを見に来ただと。何故、殺せなかった。私は。」 片手は刀を強く握り締め、片方は拳を強く握り締めた。
「今日は甘えさせてもらうか。帰路に着く。支度をしろ。」 アルスの言葉と共に、兵士達が立ち上がり、支度を始めた。そして、重い扉がゆっくりと閉ざされていった。 全ての扉が閉じた後もロンベルトは、扉の前に立ち尽くしていた。 そのときには既に、心中穏やかではなかった。今までの事が頭を駆け巡っていた。
「私は、重大な過ちを犯したのか。ザクトの欠点を自ら晒したというのか。 ノイエの王が自らザクトに入り、全貌を見たというのか。ノイエはザクトを滅ぼすつもりだ。」 ロンベルトは、大きな不安を抱えながら呆然と立ち尽くしていた。 それは、周りの兵士が呼び止めるまで続いていた。
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