刃霧は、入鹿と共に連れ立ち何日か経った。 それまでに、歩きながらいろいろと語り合った。「時の大罪」後の自分の経緯や、今までの経験などをいろいろと語り、共に理解しあった。
刃霧にとって、これほど長く話をしたのは、刀を作ってくれたオヤジ以来であったのは間違いなかった。 むろん、夜盗に襲われることもこの数日間の間に、1,2度起き、共に戦った。
刃霧は、既に知ってのとおり無類の強さであったが、入鹿も並より上の強さが見て取れた。 力任せに近い状態ではあったが、自分の巨漢を解っている戦い方であった。 『こいつ、結構やるな。力任せな分、虚を突かれると少し脆さが見えるが、虚を突かれることなどそうはあるまい。 俺にとっては後ろを任せられる逸材ではあるな。良い拾い物をしたな。』 刃霧は、戦いながら、嘲笑し、入鹿への判断を冷静に行っていた。
当の入鹿は、 『強い。無茶苦茶強い。殆どの相手を刃霧が殺っている。儂はお荷物か?』 戦いも終り、夜盗の死体が転がっていた。4,5人の数ではすでに刃霧の相手ではなかった。 入鹿が1人倒す間に刃霧は3人を倒し終え、ほぼあっという間の短い間に、斬り殺されていたのだ。 「さて、行くか?」 「なぁ、こいつらの身包み剥いで行かないのか。懐をさぐれば、いくらか出てくるぞ。」 「俺は物乞いでもなければ、追剥でもない。そんなことに興味はないよ。」 「勿体無ぇなあ。じゃあ、代わりに儂が。」 そういうと、入鹿は沈黙を守った死体の懐をゴソゴソと弄り、金の入った包みを取り出した。
「へへへへ。これで少しは懐も暖かくなった。さて、久しぶりに村に入って、酒と女だな。ひひひひ。」 「生臭坊主が。」 「ほっとけ。」 「村か。名前さえ隠せば何とかなるか。」 「そうだな。刃霧って名乗らなければ、まずは大丈夫だよ。」 「そうだな。」 「それじゃあよ。ここから、西に少し行った所に、いい感じの町があるって噂だ。そこで養生しようぜ。」 「任せる。」 入鹿は、スキップでもするかのように意気揚揚と小走り気味に西を目指し歩き始めた 刃霧は、溜息を一つ漏らすと、それに従った。
ほどなくして、刃霧たちは、一つの町に入った。そこは、艶やかな瓦や壁で作られた色街だったのだ。 「おい、入鹿、何だここは?」 「ああ、やっぱり、いい酒といい女を手に入れるならここだろう。ふふふふ。」 「気持ちが悪い。」 「へへへへへ。どれにしようかな。どこがいいかなぁ。」 入鹿は、にやけた顔をしながらあたりをきょろきょしていた。 それまでに、町の至る所で男女の笑い声や妖艶な匂いが漂い、町一体を敷き詰めていた。
「入鹿、お前の勝手にしろ。俺は、寝床さえあればいい。」 「そっ、そうかぁ。じゃあ、朝、ここに集合ってことで。じゃあな。」 入鹿は、鎖の外された獣のように、喜び勇み、町の奥深くに入っていった。
刃霧は、また、溜息をこぼし、呆れた顔でそれを見送った。
入鹿が見えなくなると、踵を返し、入鹿が向かった方向とは逆の道を行き、宿を探した。 ただ歩いているだけでも、女から勝手に近寄ってきては、呼び込みをかけたり、腕を掴み、店に誘いかけた。 刃霧は、邪魔だとばかりに手を振り払い、その場を離れた。 「なんなんだ。ここは、熾烈を極める争いだな。他に客はいないのか。」 程なくして、そこそこ普通の宿屋が見つかった。宿に入ると、店の主人らしき年をとった婆さんが1人出てきた。
「お泊りですか?」 「ああ、部屋は空いているかな。」 「ええ、もちろん。さぁ、こちらです。どうぞ。」 「女はいらない。ただ、泊めてくれるだけでいい。宿賃は、いくらになる?」 「えっ、ああ。ここは、お安いですよ。1人千2枚です。」
「ふーん、本当に安いな。その金額が本当なら驚きだ。」 「ええ、よく言われます。ほほほほ。」 「あとで、嘘でしたなんてことは止めてくれよ。」 「ええ、それはもう。さっ、こちらになります。お部屋はどうですか?」 「問題ない。それと、食事は出来るかい。料金とは別かな。」
「いえいえ。込みですよ。」 「ほう。ありがたい。では、早速頼む。」 「その前に、お風呂はどうですか?」 「ああ、貰おうかな。」
「では、こちらになっております。ああ、荷物は置いておいて結構ですよ。」 「いや、大事なものが入っているんでね。女将を信用していないわけではないが、身近に置いておきたい。」 「ああ、そうですか。構いませんよ。」 「すまんね。」 刃霧は、女将に連れられて、風呂に行った。マント、甲冑そして服を脱ぎ、風呂に浸かった。 「ふぅー、久しぶりの風呂だな。日頃は、水浴び程度だから、汚れも完全に落ちない。今日ぐらいはきっちり洗っておくか。」 裸になった刃霧の体は至る所に、切り傷・擦り傷があった。 甲冑を身に着けているお陰で大事にいたる傷はあまりないが、それでも数々の修羅場を潜ってきた成果が出ていた。
『先ほどから嫌な空気を感じるのは気のせいかな。誰かに見られているな。 街中で、不穏がよぎるのはあまり無いが用心に越したことはないか。』 風呂に入りながらも、微塵も隙をみせず行動していた。 それでも、久しぶりの風呂に長湯をし、すこしノボセ気味で風呂から出てきた。
「はぁ、気持ちよかった。」 「お食事の用意が出来ています。お部屋に置いてありますので、どうぞお召し上がりください。」
「ああ、ありがとう。時に、つまらぬ事を聞くが、この宿は女将1人なのかい。」 「ええ、そうでございます。小さい宿屋ですから私1人で十分賄えます。なぜそのようなことを。」
「いやぁ、特に他意はない。周りには、若い女が大勢いたからな。ちょっと、不思議に思ったのさ。」 「そうですねぇ。ここには、色気の抜けた婆がいるだけであい、すみません。」 「いやぁ、気にしなくていい。俺はそっちの方が楽だ。」
「ほほほほほ。まぁ、さみしいことで。」 『俺は,25歳ぐらい若返った。この婆さん70か、80だよなぁ。ってことは、前は100ぐらいあったってことか。ある意味凄いな。』 俺は、部屋に入り、腰を降ろし、出された食事の前に座った。 箸を掴み、椀に盛られた汁を飲もうと口をつけた時、椀を持つ手と、顔が止まった。
その後、椀の汁を飲まずそのまま下に置いた。 「ふむ。」 何かを確認すると、椀に盛られた汁や、その他のご飯は、隙を見て、外に捨てた。空になった椀を置き、女将を呼んだ。 「女将、うまかった。ひさしぶりにうまいものが食えた。」 「いえいえ、滅相もございません。」 「ふぁーあ。旅の疲れかな。少し眠くなってきた。」 「それでは、布団の用意を致しましょう。」 「悪いね。」 「いえいえ、お構いなく。」 婆さんは、善を下げ、布団を敷き、おやすみと一言言うと、そのまま部屋を出た。 刃霧は、誰も近くにいないことを悟ると、布団の布を裂き、部屋の隅で、何かをするとそのまま眠りについた。
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