戦州の時代が幕開けてから数ヶ月がたっていた。
刃霧もどうにか、深い山中から脱出して、相変わらずの充ての無い旅をしていた。 刃霧を知らず挑んでくる夜盗や盗賊の相手をしたり、時には海賊の相手をしたり、 刀を抜かない日は無いとばかりに戦いを繰り返していた。
いつの間にか、警邏の指定する賞金首リストもA級からS+級の賞金首に出世していた。 しかし、そんな出世も当の刃霧は全く知らないことだった。
人気の多い所に縁が無いと感じた刃霧は、あまり、村に立ち寄らなかったからである。 そのため、今、この時代に起きている状況も殆ど解らない状況に置かれていた。 もちろん、刃霧はそんなことになっている自分を気にも止めていなかった。
野別暇なく歩いていた。この時代の乗り物としては馬や牛もある。 移動だけならば、歩かなくても方法はいろいろあるが、刃霧は歩いていた。
ある時、試しに一度馬に乗ってみたらしいのだが、馬が怖がってしまい、前に進まなかった。 そのため、刃霧も諦めて、馬から下り、歩いた。馬も本能的に、危険だと感じたのだろう。ある意味、可哀想だ。 もちろん、馬がである。
そんなこんなで、刃霧は山道を歩いていた。 日も夕澄みかかり空がオレンジ色になってきた頃、頂き付近に辿り付いた刃霧は、ふと足を止めた。
「天下の往来に行き倒れか。まぁ、このご時世珍しくはないか。しかし、邪魔だな。」 見ると、そこには、坊主らしき人が、突っ伏したまま倒れていた。刃霧よりも一回り以上大きい背丈だ。 「ふぅー。なぁ、あんた。」 ふいに、刃霧は、倒れている坊主に話し掛けた。
「狸寝入りして楽しいか?死にそうだとか、熟睡しているとかって訳でもないのにそんな事に寝そべられたら通行の邪魔だぜ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 「はぁー、だんまりかよ。構わず行けってことなら行くぜ。」 そういうと、刃霧は足を進めた。坊主の背中と頭を踏みつけると、ふいに、坊主は勢いよく立ち上がった。 「うらぁ。」 坊主は、両手を上げ、威嚇のポーズを取った。坊主は、てっきり、先ほど話し掛けてきた男が倒れていると思い込んだのだが、 男は、坊主の前をスタスタと歩いていた。 「ちょっ、ちょっと、待ちなぁ。」 叫びながら、坊主は、刃霧に向って突進した。
刃霧は、横目でちらっとみると、ひらっと交わし、坊主は勢い余って地面に突っ伏した。 むろん、刃霧は、ただ交わしたわけではない、交わす瞬間、坊主の片方の足を払い、片手で相手の腰を前に押し当てていた。
「はぁ、やれやれだ。これじゃ、さっきと同じ光景じゃないか。デジャビュか?」 坊主は、砂のついた顔を上げ、刃霧を見ると、 「なんで、儂が死んだフリしているって解った。」 「バレバレだろ。その頭が気持ち悪いぐらいに脈打ってるし、動悸が激しいのか、背中で呼吸してるし、理由を上げたらキリねぇよ。」 「なんでだ。今まで失敗した事がないのに。この儂が。」 「そうやって、道行く人間を騙して金でも取っていたのか。」 「騙される方が悪いんだ。」 「まぁ、そうね。だが、何故、お前は、相手を殺さない。殺した方が早いだろ。坊主だからか。」
「はん、この頭に意味は無いね。何でもかんでも殺せばいいなんてのは、間違ってるんだ。」 「相手は騙すのにか。」 「うるせぇ。そういうお前はどうなんだ。その手に持っているものは刀なんだろ。 俺が生きているって解って、何で殺さなかった。俺がこうするのだって解っただろう。」
「なんとなくは。だが、お前には殺気が無かった。俺は自分に牙を剥かないものを殺しはしない。 人を殺したことは腐るほどあるが、誓って俺から仕掛けたことは無い。俺は、自分自身で決めたことがあってな。 刃霧と名乗った時から自分の意義と生き抜くために、向ってくる焔は全力で消し潰す。 だが、自分から焔を焚きつければそれは、俺で無くなる。」
「ちょ、ちょっと待て。今、お前、なんて言った。」 「自分から挑まないって言ったんだ。」 「そこじゃない。名前だ。名前!」
「刃霧って言ったんだが。あっ!しまった。不用意に名前を言わないように努めていたのに、言ってしまったか。 まぁ、仕方ないか。人と喋るのも久しぶりだしな。」
「刃霧。あの刃霧か?神速の刃霧、風の刃霧、残虐非道の刃霧、極悪非道の刃霧、あの刃霧か。」 「おいおい。後ろ二つはなんだ。」 「お前さんを知っているものから聞いた名だ。」
「段々、違う方に流れている。おかしいな。なるべく集落との関わりを絶ったのに、情報が捻じ曲がっている。」
「わはははは、確かにな。お前の言うとおりなら、残虐非道や極悪非道は言いすぎだな。それに、その言葉が真実なら儂はとっくに、死んでいる。」 首を手刀で払った。 「とにかくだ。悪かったな。」 「何故、謝る。謝られることはしていないはずだが。」 「お前さんを後ろから襲った。」 「結果的には、あんたが、地面に突っ伏しただけだ。石に蹴躓いてな。」 「ん。わはははは。お前さん、面白い奴だな。刃霧は、面白い奴だって言うやつは儂ぐらいなものかな。」
「さぁね。」 「さぁて、今日は、収穫も無いし、どこぞで野宿でもするか」 そういうと、男はむくりと起き上がった。完全に立ち上がると、刃霧との身長差がはっきりと見て取れた。 「なぁ、刃霧。あんた、あてはあるのかい。」
「いや、特に無い。全国を放浪しているだけさ。意味もなくな」 「ふぅーん。なぁ、もし良かったら儂もそれに同行していいか?お前さんは、他の奴が言うほど悪い奴じゃないって解った。 むろん、それだけじゃあないが、旅は一緒にした方が何かと便利で楽しいぞ。」 「俺の金目当てか。悪いが、そんなに無いぞ。」
「違う、違う、人聞きが悪いな。」 「ふぅーん、別に構わないさ。唯、一つだけ守ってくれればな。」 「何だ。言ってくれ。」
「俺は、誰にも従わない。誰にも屈さない。これも俺の意義の一つだ。その為に、殺し合いをすることもある。 それに巻き込まれることもあるだろう。恨んでくれて構わない。だが、それでも俺は、この意義を覆さない。 だから、この件に関し、今、俺の心中を語った。二度と言わせるなよ。」 刃霧は、冷たい瞳で、坊主を見据えた。坊主は唾をゴクリと飲み込み、汗が流れるのを感じながら頷いた。刃霧は、瞳をそらし、少し、微笑みながら
「改めて、刃霧だ。よろしく。」 「わ、儂の名前は、入鹿(いるか)だ。」 「入鹿か。面白い名前だな。この時代になって付けた名か。」 「まぁな。わはははははは。じゃぁ、行きますか。」 そういいながら、入鹿は草むらに隠していた棍棒と荷物を手にとり、刃霧の真横を豪快に笑いながら歩いていった。
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