村を出て、数十分立ち、今は、山道を歩いていた。
「しかし、時が立っているのだろうな。山を降りてから随分と戦った。 何度も何度も。いつのまにか、俺の知らない奴らまで俺の名前が知れ渡ってきた。
有名人ってやつだな。昔の俺では思いもよらないことだ。 自分の命を守る術があれば良かった筈なのに、どこかで変ってきたな。
まぁ、いいか。あの「時の大罪」以来俺は生きている実感が欲しかったんだから。 しかし、これではまともに死ねないな。はははは。」 こんなことを呟きながら、刃霧は、山頂まできた。頂きから麓を見下ろした。
「ほぅ。少し大きな町があるな。今日はあそこを寝床にするか。たまには、宿に腰を下ろすのも良いだろう。」 そう言うと、山を少し小走り気味に駆けて行った。
日が少し陰り始めた頃、刃霧は町に辿り付いた。 町は、人通りが多く、活気に溢れ、道行く人も明るい笑顔が多かった。 刃霧は、物珍しそうに、辺りを見回しながら歩いていた。
「さて、どうするかな。路銀があまりあるわけではないし、豪華には無理だからな。布団があればどこでもいいな。」 そういいながら、めぼしい宿屋に行き、宿泊する手筈を整えた。
部屋に招かれ、荷を下ろし、マントと、甲冑を外した。甲冑を外した刃霧は、部屋越しに外を見た。 「なかなか、景気の良さそうな街だな。さて、食事がてら情報の一つも入手するか。」 そういうと、刀を布で巻き、部屋を出た。階段を下り、宿の親父に、酒場に言ってくるとだけ伝え、宿を出た。
町の賑わいに花を咲かせるように、一際華やかに、炎が揺らめいた店に入っていった。 そこには、町の人や、流れ者のような者達がごった返していた。刃霧は、男達をよけつつ、カウンターに座った。 「アルコールゼロのドリンクを一つ。」 刃霧は、カウンター内の男に言うと、辺りをきょろきょろした。
カウンター内の店主らしき人が刃霧にドリンクを渡しながら、口を開いた。 「町の人じゃないね。あんた。何か探し物かい。」 「あん、別に、探し物って程でもないが、路銀が少し乏しいんでね。賞金首の一つでも紹介してもらおうと思ってね。」 「なぁんだ。警邏かい。それなら紹介所に行きな。」 「いやぁ、あいにく、フリーなんでね。あそこには行けんのよ。」 「ほぅ。珍しいな。あんた。フリーで賞金首を追いかけているのかい。」 「追いかけているわけじゃぁない。路銀が少なくなるとやっているだけで、特に他意はないよ。」 「ふぅーん。変っているな。まぁ、いいさ。ほら、これが最近出回っている賞金首リストさ。 後になればなるほど賞金が増えていくがそれ以上に危険も上がっていく。 まぁ、死にたくなかったらそいつが前にいても欲を出さないことだね。」 「なるほどね。」 ドリンクを飲みながら、賞金首リストを見ていた。
「ふぅーん。いろいろいるなぁ。やっぱり、盗賊が多いな。あとは、殺し屋か。 おろっ、この顔は、今日朝方あの村で殺した奴だ。この首持ってけば良かったのか。 しまったぁ。この前大事に首もっていったら二束三文にしかならなかったから止めたのに、今回は、結構な額じゃないか。 失敗したなぁ。俺。こういうクジ運が悪い所は直っていないな。 あれ、なぁ、店主。このリストについている。Dとか、Bとかって何だ?」
「ああ、それか。それは、危険度を示すものだよ。高ければ高いほど極悪だったり強かったりするんだ。 今は、そのS級にいる4人が、最高級の賞金首だ。だが、その4人の賞金首も近いうちに解除されるって話だ。」 「ふぅーん。なんで?」 「聞くところによると、皇(すめらぎ)の大幹部って話だからな。」 「皇?」
「最近、この国で一番権力のあるお方だよ。あの忌まわしい事件の後、勢力を伸ばして国を治めようと考えているお方だ。 もうじき、新しい年号を定めようって話だ。」 「ほう。時は止まっても、いろいろ考える奴はいるものだ。おっ、A級!?」
「ああ、それか。今売り出し中の刃霧って奴さ。俺も見たことは無いんだが、豪胆で、かなり強いらしい。 盗賊殺しだけやってればいいのに、勢いあまって村人まで殺しちまうから賞金首になっちまってる。ある意味、馬鹿な奴だ。」
「余計なお世話だよ。別に勢いあまっているわけじゃない。無駄に挑んでくるから死ぬ目にあうんだ。」 「ははは、何だ。刃霧をよく知っている風だな。」 「本人だからな。」 それを聞き、店主は、後ろに飛びさすった。その拍子に、木で出来たコップが音と共に地面に落ちた。 「は、は、はぎりぃ。」
「それにしても、このリスト全然、俺に似てねぇな。かなり、あてずっぽだな。 このリストを追っているようでは永久に、俺に辿り着けそうもないな。」 「ちょっ、ちょっと。あんた。あの刃霧なのか。」
「そういった。そんなに驚くなよ。周りが見てる。今はただの客だ。取って食おうとは思っていないよ。」 「あっ、ああ。あの刃霧がここに来るなんて。はは。」 しかし、店主の声が大きかったせいか、他の者にまで、刃霧の存在を知らせてしまった。
あるものは、驚き、戸惑い、怖くなり、店を後にしたものもいたが、最高級の賞金首を目の当たりにし、 まして、リストの絵とは似ても似つかない華奢な外見に、店にいた警邏や殺し屋が、いきり立っていた。
ふいに、1人の男が刃霧のそばに寄った。 「なぁ、お前、刃霧って本当か。ふかしだったら承知しねぇぞ。」 「本当だよ。そういっただろ。」
「へぇ。お前が刃霧か。初めて見たが、確かにリストに描かれた人相とは似ても似つかねぇな。噂は充てにならねぇよなぁ。」 「そうだな。」 「S級の4人が近いうちにリストから抹消されるからな。今、最高の賞金首はお前だ。 お前の首を取れば、俺は最高の名誉と金が手に入る。」
「ほー、いいね。じゃあ、その分け前を俺に譲ってくれるのかな。」 刃霧は、背中越しに、男にそういうと、ドリンクを飲み干した。 「後ろ向いていて斬られましたなんていわれても癪だ。こっち向きな。刃霧ぃ!」
「うるさいな。俺は、飲み物を飲みにここに来たんだ。無駄な殺し合いは好きじゃない。 また、今度気が向いた時に相手をしてやるよ。」 「ふざけるなぁ。」 男は、声と共に、持っていた刀を振り下ろした。“ザクッ”と大きな音がした。店主は目をそむけ、床にしゃがんでいた。 しかし、刃霧はそこにいなかった。布に巻かれた刀を手に持ち、刀を振り下ろした男の背後に立っていた。
「そんな遅い動きで、誰を殺すって。」 刃霧は男の背中越しに喋った。舌打ちしながら、テーブルに刺さった刀を勢いよく抜き、振り向いた。 瞬間、首の横に冷たいものを感じた。先ほどまで、刃霧は、刀を抜くそぶりさえ見せていなかった。 だが、男が振り向いた時には、布が解かれ、鞘から刀身が抜かれ、男の首筋に、刀を突きつけられていた。 「い、いつのまに。」 「いつの間に?自分が遅い事を人の責任にするなよ。 運が無かったな。素直に、酒だけ飲んでいればこんなことにはならなかったのに、 一度でも俺に牙を剥いたなら俺は容赦しない。それが、俺が今でも生きていられる理由だ。」
そういうと、少し泣きが入った男に対し、容赦なく刀を横に振り払った。男は断末魔の叫びと共に、地面に突っ伏した。 「たしか、C級だったな。こいつの首の金額は。リストの見た目と違っても刃霧は刃霧だ。 そんなことも解らないからC級なんだよ。賞金首になっている奴の中には警邏に属していた奴もいたな。 所詮、警邏だと言っても趣味で人殺しをする奴らもいるってことさ。 勢いあまって村人を殺すなんてのは、こいつみたいな奴を言うのさ。 さて、こいつ以外にも俺に挑もうってやつがいたよなぁ。どうする。俺も路銀が少ないからな。ここらで、増やさしてもらおうか。」
先ほどまでの刃霧とは様子が違っていた。冷たく研ぎ澄まされた瞳が他のものを睨み付け、黙らせてしまった。 「店主、ドリンク代だ。この首は貰っておく。路銀の足しにはなったしな。 店の修理代は、こいつの懐のものを使わせてもらいな。どうせ、こいつにはもう不要なものだ。」 そういいながら、刀を鞘に収め、布を巻き、斬った男の服をはぎとり、転がった首に巻きつけ手に持ち、店を出た。 刃霧が店を出た後、店の中に残っていた人たちは、先程の光景を目の当たりにしたことを口々に話し始めていた。 「噂どおりだ。神速の刃霧だ。」 「瞬きしている間に事が終わった。風の刃霧という異名も解る話だ。」 「凄いが、怖いな。あいつ。」 自分が挑もうとしていたことを忘れ、同業者達は畏怖と恐れを感じながらも、驚嘆していた。
刃霧は店を出た後、警邏の引換所に行き、首と金を替えると、早々に宿に戻り、眠りについた。 噂の立ちも広まりも早く、刃霧が朝起きた時には、すでに町じゅうの人間の知れ渡るところになっていた。 「やれやれだ。俺はゆくゆく人通りの多いところには無縁らしい。さっさとここを出るか。」 一言ぼやくと、早々に、身支度を済ませ、宿の親父に賃金を渡すと、町人が騒ぎ出す前に町を出た。 「2,3日は、滞留したかったのに。はぁー、今度から滞留する時は身分の一つも隠したほうが良さそうだ。」 後頭部をポリポリと掻きながら町を後にした。
|
|