“キーン” 激しく刀同士が打ち合う音が響いた。それと共に、怒号や悲鳴が飛び交い激しさを増していた。 “ぐしゃ”、“べしゃ”と何かが潰れる音と、崩れ落ちる音がした。
そこは、村の一角。寄り添いながらお互いの体を包み、身を悶えていた者達の横で、一つの戦いに幕を閉じた。 いかにも盗賊風の男は、肩から胴にかけて刀で切られたかのように身が崩れ落ち、断末魔の悲鳴と共に朽ち果てた。 言葉の発しなくなった無数の屍が折り重なるように地面に横たわっていた。
その中で唯一、立っていた男は、刀を鞘に収め、空を見上げ、一息吐き、 「終り。」 と一言漏らした。
村が静かになった事で、傍らで怯えていた村人は、恐る恐る顔を上げた。 村人が視線を向けた先に、先刻まで盗賊と戦っていた男は立っていた。 男の視線も村人に向けられ、視線が噛み合った。
村人は、涙を流し、声もおぼろげながらそれでもはっきりと、 「ありがとうございます。ありがとうございます。」 と泣きじゃくりながら喋った。
それを見た男は、無言で手を差し伸べ、立ち上がろうと腰をあげた。 村人は、男の手を強く握り締め、感謝に泣きじゃくっていた。
男は、握手で返したその手を払いのけた。村人は、立ち上がろうとしていた分、バランスを崩して、地面に転がる形となった。 何が起こったかもよく把握できないまま地面に転んだ状態で男を見た。
男は、少しの表情を変えることなく村人に対し、 「俺は、おまえ達を助けてやった。その見返りを差し出しな。金でも食料でもどちらでもいい。」
村人は唖然とした。間違って聞こえたのでは?という思いで男の顔を見返していた。 男は、浅い溜息を一つ付いた後、少し声を荒げ、 「先程も言った。助けてやった見返りとして金か、食料をよこしな。 無償の奉仕がこの世の中にあると本気で思っている訳では有るまい。さっさと出すもの出しな。」
「そ、そんな。わ、私には、何もありません。与えられるものは何も・・・・。」 「ちっ、お前では話にならんな。この村の代表の所に案内しな。」 鞘に収められた刀の矛先を村人に向けた。村人は怯えた表情のまま立ち上がり、村長の場所まで誘導した。
村の中央付近には、生き残った村の人たちが集まり、 村に起こった夥しい戦いを物語った情景を目の当たりにし生き残ることの出来た事実にお互い安堵していた。
男と村人がその集団に近づくと、集団の一人がそれに気づき、男の方に近づいた。 「あ、あんたか。我らを助けてくれたのは。ほ、本当にありがとう。」 「あんた。強いなぁ。」 「本当に。あれだけの数の盗賊を一人でやっつけてしまうなんて。はははは。」 村人達は、男に対し、助けてくれた礼と、強さを褒め称えた。
男は、全くその話に聞く耳をもたず、無防備に立っていた。 男のそばにいた村人の一人が集団に近づき、男が先ほど言った言葉をそのまま伝えた。 その言葉を聞くと、途端に村人や村長の表情が曇った。
そして、村人の一人が呟くように、 「なんだ、なんだ。結局盗賊と何ら変わりないのかよ。」 「そうだ、そうだ。ふざけんな。」 と、先ほどまで賞賛していた村人達も目の色を変え、男を非難した。村長は、それを制止し、男の前に立った。 「申し訳無い。助けていただいた恩はあれども、ここには蓄えと呼べるべきものはございません。それだけ貧しい村であります。 どうか、ご勘弁願えませんでしょうか。」
「勘弁だと。ふざけるな。誰も蓄えを全て寄越せとはいっていない。 おまえ達が日頃食っている食料を少しでもよこせといっているんだ。 それとも、何も払わないというのかおまえ達は。少し調子が良いのではないか。」
男の言動に、村人達はすこし苛つきを覚え、男を取り囲んだ。 「ふざけんなぁ。こっちが下手に出ていれば、それを食うものを出せだと。俺達を餓死させるつもりか。」 「こいつは正義の味方なんかじゃねぇ。盗賊よりも性質の悪い盗人だ。」 「相手は一人だ、みんなやっちまえ!」 その言葉で、村長の制止もきかず、村人達は男を取り囲んだ。 「いいか、相手は一人だ。一斉に飛び掛れば、あんな長い刀を振り回せずに終わる。」 「叩きのめしてしまえ。」
口々に叫んだ男達は、一斉に男に飛び掛った。 男は、特に慌てることもなく、刀を左に持ち、立っていたが、刀の射程範囲内に入ると、刀を横に構え、右足を前に出し、 少し右肩が下がるのが見えたかと思うと一気に刀を振りぬき、旋回した。
異常なほどの早い動きに戸惑い、村人の動きもピタリと止まった。 少しの砂埃が出たが、それが終わる頃、3,4人の村人が腰から真っ二つに分かれて地面に転がっていた。 その光景に、村人全員に異常な恐怖が漂った。
男は静かに、そして重い口調で喋った。 「調子にのっているのは貴様達だ。10数人いた盗賊を一人で相手にした者を捕まえて一斉にかかれば何とかなると思っているのを調子にのっているというんだ。勘違いするなよ。 唯の一度も自分のことを正義の味方だと言った覚えはない。
何の義理も無く、たまたま立ち寄っただけの人間が盗賊相手に切った張ったをしたというのに、 無償で人助けをすると本気で思っているのか? 無礼な奴らだな。貴様らは。 まぁ、いい。礼儀も尽くせない奴らに遠慮をするつもりもない。俺は、命を永らえたお礼をしろと言った。」 そういうと、刀を再度構え、対峙した。
「助けてくれた事には礼を言う。そなたの名前はなんという。 その名を末代まで永久に残す事を約束し、村の復興と共に礼をさせていただく事で勘弁できないか。」
「ふざけた事を平気で言う。そんな戯言で誰の腹が満たされる。盗賊の代わりにこのままお前ら全員殺すか。 地獄への橋渡しとして俺の名を刻め。俺の名は刃霧。よく覚えておくんだな。」
刃霧の名を聞き、村人中が一斉に、戦慄した。 「刃霧だって。まさかあの刃霧か?」 「刃霧が通る場所には塵一つ残らないというあの刃霧か?」 「やばいぞ。俺達。やばい奴を相手にしているんじゃないか。」 村人から口々に発せられる言葉はどれも刃霧に対しての恐怖への畏怖だった。
取り囲み生きながらえた者たちは、その場で腰が抜けたのか、地面に腰を落としていたが、 なんとか一歩でも遠くに逃げようと上半身の力を使って後ろに下がっているのが見て取れた。
その様子を静かに見ながら、 『ふぅ。気づかぬうちに噂は広がっているものだ。少し誤った情報の気はするが。この場合は、まぁ、いいだろう。』
「それで?どうするんだ。その噂の刃霧を相手にするか?素直に応じれば別に皆殺しにするつもりはない。 助けた分の謝礼をしろと言っている。村人全員で少量の食い物を出し合えば、何とかなるだろう。」 村人は、完全に恐怖に埋め尽くされていた。刃霧の申し出を素直に受け入れ、村長の指示の元、食料を出し合うよう手配をし始めた。
「やれやれだ。初めからこうしていれば、無用の殺生をせずにすんだものを。頭の悪い奴が多すぎる。」 刃霧は独り言を呟いた。
そうこうしている内に、村人から食料が集まった。村長が村を代表し、食料を刃霧に手渡した。 「これが、私どもで出せる精一杯です。どうか、これで勘弁してください。そして、即刻この村から立ち退いてください。 死んでしまった村人の葬儀の準備をしなければなりませんから。」
「他人の責任にするのが好きな奴らが多いな。死んだ者が何で死んだかぐらいは理解できていそうなものを。 早かれ遅かれ、そんな態度しか取れなければ直ぐにでも絶滅するな。この村は。」 そう言うと、刃霧は、食料が入った袋を担ぎ、村を後にした。
− 場所は少し変って、とある大屋敷内大広間。 壁、床、天井の全てが大理石に敷き詰められ、数多くの宝物や黄金が所狭しと飾られていた。 広間の奥に少し小高になったところに、見事な椅子が置かれ、そこに一人男が腰を掛けていた。
椅子に座っている男の眼下には、膝を付け腰低く座った者達が4人いた。3人の男と1人の女のようである。
ふいに、椅子に座った男は、眼下の4人に対し、口を開いた。 「もうすぐだ。私の世になるのはな。財力と力をもって、いろいろと手を回してきたが、これでようやく私の国が出来上がる。 天皇もいない。小汚い政治家もいない。
昔の基盤など何の役にも立たず、先見の目のあった私が、この皇(すめらぎ)帝(みかど)この国の実権を握る日が来るのだ。 お前達もこれまでよく私に尽くしてくれた。そしてこれからも頼むぞ。」 皇帝と名のる男の声に促されるように4人は更に低く頭を垂れた。続けて皇は口を開いた。
「さて、私には、智を司る幹部には、零孔。 そして力を司る幹部にはお前達、広重、戒爪、夜叉、闇撫の4鬼神と素晴らしき人材が揃っている。 だが、ここらでもう1人どうしても欲しい人材がいる。私のこの国を、そして実権をより強固なものにするためにな。」
その言葉に、左端にいた男が口を開いた。 「それは、誰ですか?」
「刃霧。刃霧と名乗る男だ。最近、巷でよく耳にする名だ。」
「刃霧!?」 「知らねぇな。知っているか?広重?」 「噂程度だ。長尺の刀を使う剣士だという話だ。もういくつかの盗賊を倒しているとの話だ。」 「はぁ。長尺の刀ぁ?なんだそりゃ。」 低音の割りに高く響く声の男と皇に、問いただした男が言葉を漏らしていると その2人に割ってはいるかのように、女の声が響いた。
「噂は、尾ひれは付く物です。陛下。 長尺がどれほどのものかも解りませんし、まして刀で名が売れたものなどこの世に我らも含めて数えるほどしかおりません。 その男の真偽はいかがなものかと思われます。 戯れにこのようなものを召抱えても陛下のお遊びが過ぎると部下も笑います。」 鼻で笑わんとばかりに、ほくそ笑みながら言葉を漏らした。
「だよなぁ。今ごろ、刀で噂になるなんてさ。よっぽど金がなくて拳銃が使えなかった奴なんだろうよ。はははは。」 先ほどの高音の声の持ち主は、周囲も気にせずに豪快に笑い声を上げた。
3人の言葉に呼応することも無くただ1人沈黙を守るもの。
皇は、 「なるほど、確かにお前達の言うとおりかもな。噂は噂か。私も遊びが過ぎたようだ。解った。もういいぞ。下がれ。」
そう言い、4人を下がらせた。広間から4人が去った後、皇は、椅子から立ち上がり、 「甘いな。所詮は、力だけの者か。排除することを考えるかと思えば、自らを増長するとは。 あいつらは、所詮捨て駒にしかならんようだな。 しかし、捨てるにしてもそれまでには刃霧を是非私のものに。
私が目にかけたのは、刀一つで噂になっただけではない。やり方だよ。敵対するものに、情けをかけない所だ。 敵となるものに、情けを掛ける必要などない。 それを徹底して出来るものを私の片腕に欲しい。恐らく、刃霧は力だけではない智も優れている。 文武に優れたものが入れば、零孔も、4鬼神も必要ない。まぁ、しばらくは様子を見るか。ふふふ。」
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