入鹿は、刃霧を見ながら、 「ワシも騙されたぞ。見かけによらず酷いなお前。」 「騙される奴が愚かなんだ。それに、あいつは、腐っても4鬼神だ。 多少体を休めたと言っても力を酷使し過ぎた。疲れた体に、あいつとの戦闘は至難だ。 だから、簡単に済む方法で済ませた。」 「酷いな。。。。」
城には、一人も兵士がいなかった。 そのまま中央の部屋に続く道を歩いていった。
中央の部屋にたどり着くと、入鹿と顔を見合わせ意を決したように、扉を開けた。 中央に伸びた長い絨毯の先には、椅子に座った男と、その横に一人男が立っていた。 刃霧は、それを見ると、そのまま足を歩み、椅子に座った男の眼前に立った。
刃霧は、見上げるように男を見、男は椅子に座ったまま刃霧を見た。入鹿は、椅子に座った男を見るや否や、 「あいつが、皇 帝だ。」 その言葉に、刃霧は、 「知っている。」 「えっ、でも、お前見たこと無いって。」 「見たことは無い。だが、皇帝という奴は知っている。何度もその名前は聞いた。」
聞くのと見るのは違うだろうと言いたかった言葉を飲み込み、刃霧を見た。 椅子に座ったままの皇は、おもむろに口を開いた。 「お初にお目にかかる。刃霧殿。私の名前は皇 帝。幾多の試練を乗り越え、よくここまで来た。 まことに素晴らしい。貴君は稀に見る逸材だ。 私は、君を快く歓迎し、手厚く持て成す意思がある。どうかな、私の右腕となり、この世を全て手に入れないか。」
皇の饒舌な話が耳に入っていたが構わず足を前に進め、もう2,3歩で自分の刀の領域に入る距離で立ち止まった。 「それで?」 「この世を全て手に入れた後は、何をやっても許される。刃霧という存在が国の法であり、全てを司る。」
「それで?」 「望むものは全て手に入る。」
「俺の望むものは、今、俺の手を伸ばした所にある。」 「私の首か。そんなものを取って他に何が残る。 考えても見たまえ、確かに、貴君をここに招き入れる為に多少の無茶もしたかもしれない。 しかし、それは、本意で貴君を望んだ結果。仕方がないと考えてはもらえないか。
私が死ねば、時代はまた荒廃する。統治が無くなり、法の無い時代がまた続く、それを貴君は望むのか。 愚かなる民達に救いという手を差し伸べ、神となることが、この国には必要だ。 そして、その神は、選ばれたものにしかなりえない。今の時代、神となれるものは、私のみ。」
「思い上がりか。それとも欺瞞か。」 「思い上がりでも欺瞞でもない。当然のことだ。昔から、神をあがめる人は後を立たない。何故かわかるか?」
「見もしない力に頼り、すがることでしか、生きる道を見出せないものがいるからだ。」 「その通り、自分というものをわからず、限界を己で決め付け、そのありもしない限界を超えれば、あとは人に頼るしかない。 人から得た欲でしか自分を満たせないのが、人間だ。 だから、私は、人々に、神という存在になりその上で人の欲する欲を与えようというのだ。 しかし、神もまた欲を求める。 それは、人が求める欲とは違う。そして、その欲を達せられるのは、私と刃霧、そなたしかおらぬ。」
「何を言って。」 「私と貴君は同類だよ。 人を人と思わず、自身の力に頼る事も出来ず、他人や見もしない神に頼る事でしか出来ない者とは違う。 己だけを信じ、他人の感情に流されぬもの。 余計な感情を持たず、自身の力のみで立ちつづけるもの。そのようなものを求めていた。 私と貴君は、同じ道を歩めるものだ。」
「そのために、罪の無い人間を殺したと。」 「どうでも良い事だ。そう思うだろう。」
「あいにく、俺はお前と同類ではない。世話になったものには恩義も感じるし、その者が困っているならば喜んで力を貸す。 だがそれは、恩義を感じ、そのための返しをする事は、欲を欲した事への忠誠ではない。 まして、俺と関わったことのためだけに、人を死に至らしめた貴様の非人道的行為を笑って済ませられるほど冷酷ではない。
欲という形でしか、相手を従わせる事しか出来ぬものに、お前と俺が同類などと面と向かってほざくな。どの面下げて言っている。」
「ふうん。多少の考えの相違は違えども、似たようなものと思わぬか。」 「お前の作った偽りの平和などに未練などない。 それよりも、お前が作ったと偉そうに言われる事のほうがむかつく。俺だけを標的にしていればよかったんだ。 それを、なんの関係も無い村人達も殺しやがって。ただで済むと思うな。」
「取るに足らん存在だ。気にすることなど無い。」 「取るに足らないだと。貴様は自分を神だと称し、自分に忠誠を誓うものをただの駒と称し、 自分に用が無くなれば関係なく切り捨てる。
それをお前は当たり前だと言い、人が人に欲を与え、それで人を満足させる事でしか出来ない貴様が偉いという。 そのどこに、神と名乗るだけの意義がある。お前に、そんなものはどこにも存在しない。
あるのは、手前勝手な傲慢さだけだ。目に見えぬものは信じない主義だ。 ここに神はいない。神となれる存在もいない。 貴様はただ思い上がりの激しいだけの存在だ。人の作り出した偶像を神という。 貴様は、偶像にもなれぬ存在だ。ただの傲慢な存在だ。」
「馬鹿な事を。それを神だというのだよ。私は。」 「違うね。傲慢な存在は、忌むべき存在だ。この世に必要としない存在だよ。」
「ふふん。面白い。実に面白い。久しく、このように対等に論じ合う事などなかった。実に楽しい時間だ。 零孔、そなたもそう思うだろう。」
横にいた零孔と名の呼ばれた者は、びくびくしながら、ただ頷いたのみだった。 「幾日かの旅で疲れたであろう。しばらくは、ここに逗留するが良い。 汗をぬぐい、酒を酌み交わしながら、世の理について話でもしようか。」 そう言うと、立ち上がり、その場を後にしようとした。 刃霧は、腰にさしたナイフを手に取ると、皇の眼前に向けて投げ、壁に突き刺した。
皇は、眼前のナイフを見た後、刃霧を見た。 刃霧は、 「どこにいく。まだ、会話は終わっていない。それとも、自分を否定されて、悲しくなったか。 自分の部屋で枕でも濡らしにでも行くのか?」
皇は、溜息を一つつき、 「そう焦る事は無い。時間はまだたくさんある。疲れた体を引きずってまで私を殺す意味があるのか?」 「ああ、あるね。お前の存在を1秒でも認めたくないものがここにいるんだ。」
「ふー。余裕の無いものは、時に嫌われるぞ。時の利を見ることはとても重要な事だ。 なに、それらの事は、今から学んでいけばよい。」 「いつまで、優位に立っているつもりだ。まだ、自分の立場のほうが高いと思っているのか? ナイフは外れたわけじゃない。 別に、刀で斬り殺さなくてもいいんだよ。首なんて死んだ後でも切り離せるんだからな。」
「死ぬ事は別に怖くは無い。ここまでの道のり決して楽なものではなかった。死線など幾多も乗り越えた。貴君のような存在も何度も見た。私は、貴君に、恐怖は感じない。私は、貴君の生き方に共感を覚えたのだ。賞金首の刃霧でなく旅人刃霧の生き方にな。わかったかな。」
「だから、どうした。俺が貴様に共感を得られたなどとほざかれて喜びを感じるとでも思ったか。」 「そうは言わん。だが、これから先、私と貴君は同じ道を共に歩むのだ。 私と同じ考えを出来るものに、私の意思を伝える必要がある。」
刃霧は、皇が言葉を言い終えるや否や、二本目のナイフを先ほどの位置より、少し下に向け、同様に壁に突き刺した。
「いつまで、ふざけたことをのたまう。お前は思い上がりというよりも思い込みの激しい。無能なものだな。 それとも、現実逃避による妄想癖でもあるのか。 そのような妄想にいつまでも付き合うほどこちらも暇じゃない。無能なる者よ。自分の位置を確認しな。」
今までどんな刃霧からの罵声も何するものと冷静に返していた皇が、無能という言葉に敏感に反応し、 見る見ると感情を露にした。 「黙れ!たとえ、刃霧と言えど、私を愚弄する言葉を発するな。私を誰だと思っている。」
刃霧は、それを見て軽く微笑むと、 「誰だっけ。ああ、皇という名前だったな。長い間、話をしていて名前が飛んでしまった。 皇 帝 この時代でつけた名前か。こうていという名前か。よくもまぁ、恥ずかしくも無くそのような名前をつけた者だ。 恥ずかしすぎる。妄想による結果という奴か。弱い奴ほど強い名前を付けたがる。」
「黙れと言っている。私は、この国を統治するもの。何人足りとも私の頭上に位置することすら適わぬものだ。」 「ほう。随分と凄い立場だな。お前がそんなに偉いのか。 人を御する事も出来ず、ただ欲というにんじんをぶら下げる事でしか人を使うことが出来ないものが、統治者とでも言うのか。 この国は腐敗しきったな。今が一番、最下層に位置する国のようだ。このような無能なものが、統治者と言うのだからな。」
「なんだと。」 「覚えておけ、統治者というのは、全体を見、その上で個々の人たちの考えをある程度の統率という言葉をもって統治し、 生活を営ませる事を言う。 お前のは統治ではない。まっすぐ走れ、崖があれば、誰かを犠牲にしながらでも飛び越え真っ直ぐ進め、 決して曲がる事は許さぬそういう例えで突き進む事でしか出来ぬ行為だ。 そんなものは統治とは言わない。 結局、自分の感情でしか強さを見せられず、自分の感情しかコントロール出来ず、他人の意思も汲み取れないものだ。」
「我は人は違う存在。他人の感情を汲み取る必要が何処にある。私以外のものは、私だけに従っていれば良いのだ。」 「それを傲慢だといい、思い上がりだと言うのだ。他人の感情すら理解できぬ無能な者と世間では言うんだよ。」 「ぐぅぅ。いい加減にしたまえ。私をも否定するつもりか。貴様は。」
「そんなもの、始めから否定している。俺はただの一度も貴様を認めた覚えは無い。 お前の横にいる男だってとっくに気づいている。 お前は自分の感情もコントロールできない思い込みの激しい無能なものということをな。」
皇は、厳しい顔をして零孔をみた。 零孔は、驚嘆と共に悲痛の顔持ちで首を横に振るだけだった。
しかし、零孔自身も刃霧と同じ考えに行き着くことは何度もあった。 しかし、それを認めてしまうと自分の立場と命の危うさを感じていたので認めたくはなかった。 零孔もまた、欲にかられた人であったからだ。 「ふん、化けの皮が剥がれれば、他愛も無い存在だな。このような者が国の統治者といい、神とまでのたまう。 ただの平凡な民と変わらぬのにな。」 「黙れ、黙れ。お前に何が解る。私を理解できぬものに、用は無い。お前は私の求める刃霧とは偽者だ。」
「ふん、それもまたお前の妄想による生み出されたものだ。刃霧はここにいる。俺が刃霧だ。 お前の求めた刃霧はお前の脳の中でしか存在しない。」
刃霧は、そういうと、刀を鞘からすっと出した。 「お前の断罪すべき罪は死をもって償え。」
「何を言う。お前だって、ここに来るまでに何人の人を殺した。それを罪と言わぬのか。」 「そんなこと俺の知ったことか。俺に刃を向けた以上、殺されて当然。俺を敵対しした時点で、俺の敵だ。 敵は薙ぎ払う。それが、俺の、いや俺が自身で決めた事だ。敵は殺す。それが老若男女誰でもあってだ。」
「ふふふ。人を人と思わぬ行為そのものではないのか。」 「全然違う。人は人だ。俺と共に歩むものか。俺に刃を向けるものか。それは、人の選んだ選択肢の一つに過ぎん。 そして俺はその選んだ人に対し行う行為をしたにすぎん。 共に歩むものには肩を貸し、背を任せる。刃を向けるものに躊躇も容赦も無い。 それは、俺の取るべき行為であり、人と思わないこととは全然違う。」
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