− 長い歩みのときの中 いつしか、刃霧は、目的の地に降り立った。
戦州という名の地。 元は静岡という名であったこの土地は、今や都として栄、多くの人が住み情報の中心であった。 時代の荒廃と共に見る影も失ったが、一人の覇者によって、それは復興の兆しへと向かっていった。
誰よりも早く情報を手にし、誰よりも早く先読みを行い、時代の覇者となった人物がここにはいた。 それは、この時代に生きるものにとってはとても難しく大変なことであった。 しかし、一人の人物がそれを達成していた。そう、皇 帝(すめらぎ みかど)である。
皇は、地を制し人を支配化に置く大いなる存在になっていた。 彼の号令で数万という人物が動き、世を支配していた。
そんな地に、刃霧は降り立った。 町の扉を開け、戦州という名の町に入った。
町に入ると同時に、違和感を感じた。 都と呼ぶほど多大な繁栄をもたらされたこの地が静寂に包まれていた。
話声も、人の行きかう雑踏とした音もなにもかもが消えていた。 刃霧は、刀に手を掛け、扉の前に立った。
「夜叉の時もそうだったが、一々やることが派手だな。」
前方から、馬に騎乗した一人の男が向かってきた。
騎乗した男は、和装の鎧に身を包み、腰には二振りの刀を装着していた。 そのまま、刃霧と会話の出きる場所に来ると馬を止めた。
「刃霧、最初に会ってから随分と絶つ。私のことを覚えているか?」
「ああ、他の奴はともかく、お前のことはよく覚えているよ。広重。身内を裏切り、欲に身を滅ぼした愚かなる者よ。」 「北斎に聞いたか。」 「ああ。」 「あいにくと、滅ぼした覚えは無い。未だ、栄華を手に掴んでいる。」 「それは、勘違いだよ。お前の指と指の間から砂のように零れ落ちている。いつ、お前はそれに気が付くんだ。」
「非道な刃霧から、人の道の説教を聴くとは思わなかったよ。 誰もが思うことだ。大量の金、美味い食い物、いい女。大きな家に住み、なにもかもを手に入れる。 その為に、何を犠牲にして何を得るか。誰もが思うことだ。
そんな者の1人である私をお前は否定する権利がどこにある。」
「他人と同じだから自分の罪を問うのはおかしいと平気で言えるお前の考えが既におかしいんだよ。 そんな些細な事のために、血のつながった者を見捨てていいとは言わない。」 「見捨てたつもりはない。あいつが勝手に離れたのだ。」
「自己欺瞞の強い奴だな。妹に見限られた時点で、自分の愚かな行為に気付け。 人のせいにする前に自分が何故見限られたのか考えろ。 何の支えも無い不安定な橋に立たされている事も自覚出来ないから、未だにお前は馬鹿な者に跪き従っているんだ。」
「黙れ。貴様、私の事ばかりか皇様さえも愚弄するつもりか。」 「当たり前だろう。元の元凶は、その皇だ。 たかだか、俺1人捕まえるのに、町にいる人間を締め出すことに何の意味がある。 俺1人に拘ることに何の意味がある。覇を求めて、それを成したならば、さらなる安寧に尽力しなければならぬのに、 俺を捕まえることに拘る事に意味があると本気で思っているのか? 貴様も忠臣だと思っているのならば、そこに意味が無い事を悟れ。そして、その愚かなモノにちゃんと言い聞かせろ。 そんな些細な事もできぬから、既に足場を失った橋に立っていても自分が落ちていくことも気付かないのだ。」
「黙れ。お前に何が解る。お前が素直に従っていればこうはならなかった。 皇様のご意思を無視して勝手やったお前が偉そうに言うな。」 「馬鹿か。俺は旅人だ。皇に忠誠を誓ったお前らとは根本的に違う。 そんな事を理解できぬほど愚かだとは開いた口がふさがらないとはこの事だ。」
広重は、口論では勝てない事を察した。手前勝手な言い分をお互いに主張していると見た。 そして、それは無駄な時間をただ過ぎ行くものだと実感し、首を左右に数度振ると、空を見上げ、一息、息を吐いた。 再度、刃霧の顔を見ると、穏やかな口調に戻り話始めた。 「ここは、皇様がおわす、戦州の地。 本来は、とても賑やかで、楽しく生活を営む平民達が多く跋扈する土地だ。
しかし、ここで生活する人々には、すべからく退去してもらった。 重要なお客であるお前を招き入れる為に、皇様が自らご命令を下された。
皇様は、お前に最後の選択及び、試練を与えるおつもりだ。 お前が今、立っている場所から、まっすぐこの道を歩けば、皇様のお城に辿り着く。 そこまで来れれば、お前は合格という事だ。」
「合格?」 「皇様は、お前を雇用すると言っているのだ。貴族待遇でな。」
「馬鹿か。先ほどまでの会話をも覚えられないのか。皇に従う気は無い。そう言った。合格不合格なんぞ知るか。 俺は、自分の我を通し、勝手やりすぎた皇の首を取りに来たんだ。手前勝手な言葉をいつまでも吐くな。」
広重は、怒りが再燃しそうだったが、ソレを押し止め、 「言いたいこと、叶えたいこと、欲するモノ。全ては皇帝様が叶えてくださる。城を目指されよ。 ただし、そこまでの道のりは決して平坦なモノではない。得られる待遇に比例した難関があると認識せよ。 貴殿は、今までの試練を乗り越え、ここに来た。そんな貴殿だからこそ、私は待っていると。 それが、我が主、皇帝が示された言葉だ。」
刃霧は、小馬鹿にしたように笑うと、 「なるほど。天下の4鬼神の広重様が、使い走りの伝言係とはな。はいはい。よく解ったよ。 お前に言っても無駄だと言う事と、何の知恵も無い能無しがいつまでもちょろちょろするな。 どーせ、いつもの物量に任せた大量の兵士が来るんだろう。 さっさと始めろよ。」
「う、うるさい。これをみても、まだ、そのような暴言が叩けるか。」 広重がばっと手を上げると、建物という建物から無数の数え切れないほどの武装した者達が出てきた。
「予想通りじゃないか。飽きぬ奴等だ。」 「この者達は、お前を殺せと命令を与えている。ただ、それだけだ。」
刃霧は、あたりを見回すと、兵士とはっきりわかる者から、明らかに一般の民だとわかるものもいた。 「なるほど。兵士の底が尽きたから、徴兵したか。難儀な事だな。それとも、俺が殺せないとでも思っているのか。」 「さぁな。それは、自分に聞けよ。」
「ふん、時間が経ち色あせたか。俺に向かってくるものは誰であろうが容赦しない。皇の前に立つまで止まるつもりはない。」 「そうか。では、館で待っている。お前の首をな。」
「お前は来ないのか。あの3人は向かってきたぞ。自分の死を感じつつな。」 「後で、いくらでも相手をしてやるよ。まぁ、お前が生きていたらな。」 「クビを念入りに洗っておけ。」 広重は、フンと息を吐くと、号令をかけた。その声と共に、無数の数え切れないほどの人が一斉に襲い掛かってきた。
数は、今までの比ではなかった。 刃霧は、向かってくるものよりも早く、相手を一刀の元切り捨てた。 大きく刀を薙ぎ払った。その勢いに体が真っ二つに切り裂かれたものが数人そして、風が立ち、刃霧の周りに少しの間が出来た。
刃霧は、刀を持ちなおし、一息つき、 「欲に溺れたものよ。お前らがいいと言うまで相手をしてやる。時間は無限だよ。ゆっくり行こうか。」 そう言い、刃霧は、刀を肩に置き、ゆっくりと辺りを一望した。一瞬の間と躊躇が、全員に少しの冷静さを生んだ。
「知らない奴がいるならば、最初にはっきりさせておこう。 私は、刃霧。旅人として、この時の止まった時代を気楽にのんびりと生きていこうと決めた者だ。」
刃霧は、そこまで、言うと、刀を担いだまま、一歩を踏み出した。
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