刃霧は数日の間を走り通しだった。 思えば、初めての事だったかしれない。 誰かの為に、身を粉にすることなどは。
色町についたのは、あの村を後にしてから一月経った頃だった。
町近くになったとき、異臭が鼻についた。 それは、血と泥と、火の匂いだった。町の方向からは黒い煙がたなびいているのが見えた。
「くそっ!!」 刃霧は舌打ちと共に、町に向かって走り、焼け落ちた門を潜った。 そこには、おびただしい人の死体が転がっていた。
その町に逗留していた旅人、女中、それらが無残に転がっているのが見えた。 「何と言う事を。」 刃霧は、生存者を確認するべく、あの町長の宿に向かった。
宿を見つけ、土足のまま部屋に入り、一部屋一部屋探し見て回った。 部屋の一角の隅に、背中を3本の切り傷が付けられ倒れた長を見つけた。
しかし、長は、すでに事切れていた。何も語らず黙したまま、冷たくなっていた。 まだ、完全には渇ききっていない血が長の体から流れ、刃霧の手についた。
「遅かったというのか。俺は。」 長を抱きかかえていた時、外から数人の声が聞こえてきていた。
「この町は今までとちょっと違ったな。」 「ああ、今までは刃霧の関係を否定したまま死んでいくものばかりだったが、ここは、刃霧を恩人だと言っていた。」 「なんでだ?」 「知るかよ。だが、その恩人様もこの様子を見たらどう思うかな。」 「さぁな。」 大きな笑い声を上げ、談笑する兵たちを目の当たりに、刃霧はひどく憤慨した。
宿を蹴破り、蹴破った戸は、歩いてた兵に直撃した。 戸を当てられた兵は、戸諸共地面に倒れた。
それを見た兵たちは、一斉に宿の方を見た。そこには、刀を抜き、兵に向かって歩いてきた男を見つけた。
兵は、その男を見るや、 「刃霧!」 「なぜ、ここに。」 兵の驚きを無視し、戸の下敷きになっている一兵を戸ごと刀で突き刺した。
刃霧は、刀を抜くと、神速の速さで、他の兵に向かって行き、次々と切り捨てた。 1人の兵士が、命の尽きる前に持っていた笛を高らかに鳴らし、息を引き取った。
その笛の音を聞きつけ、町にいた兵士達が一斉に音のする場所に向かってきた。 刃霧を取り囲むように、数十の兵と、漆黒の衣を身に纏った冷たい目をした男が立っていた。
男は、口が裂けるんじゃないかと思う程横に伸びた笑いを見せ、 「思った通りだ。お前は、残酷だと世間で言われているが、それは真実じゃない。 お前に関わったものを助けに来ると思っていた。だが、遅かったがな。きゃははは。」 と甲高い声で、叫び笑った。
刃霧は、下唇を噛み、怒りを堪えているような感じだった。 「笑わせてもらったよ。この町はな。 言うに事欠いて、お前を命の恩人だとのたまいやがった。
他の集落の奴らは、お前を恨みながら死んでいったのにな。
せっかくこっちが譲歩して、刃霧への恨みでも言えば生かしてやると言ってやったのに、 長の娘だったか、刃霧に関わった事を損だと思わないって言いやがった。 ちょっとムカついて、特に念入りに殺させてもらったよ。 楽しかったぜ。お前に見せてやりたかったよ。
本当は、お前と一緒にいた入鹿と、北斎だったか。 あいつらの死ぬ姿を見せながらお前と対峙したかったがなー。
まぁ、いいさ。お前の両腕、両足をもぎ取って、それをそいつらに見せても面白いなぁ。ひひひ。」
刃霧は、くぃっと顔を上げ、漆黒の衣をまとった男に視線を向け、殺気を男に向けた。 それは、今まで向けた事の無い程の冷たく、そして戦慄さえ覚えるほどの気配を感じさせた。
直接目を合わせたわけでないのに、その気配の大きさにまわりにいた兵士が敏感に感じ取った。 そして、意味も無く膝が笑い出し、その場に立っていることすら適わないほど体を振るわせた。
「気持ち悪いんだよ、チビ。つまらん事をしやがって、まともに死ねると思うなよ。」 「うるせぇ。死ぬのはお前だ。俺の名は闇撫。二度とチビって言うな。殺すぞ。刃霧ぃ。」
「チビはコンプレックスか。二度とは言わず死ぬまで言ってやるよ。肉体と精神が比例したクソチビ。 子供は子供らしくカァちゃんのおっぱいでもしゃぶってろよ。チビ。」
闇撫は、激昂して、見る見る顔を赤く染めていった。 「殺す。殺す。殺す。」 徐々に声を荒げ、瞬発力高く、刃霧に向かってきた。
刃霧は、闇撫が、向かってくると、蔑むように見た後、闇撫を無視して横に飛んだ。 周りにいた兵士を斬り殺し始めたのである。
目に付いた兵士を何のためらいも無く虐殺し始めた。 闇撫も一瞬、言葉を失った。
あっという間に、刃霧の周りにいた兵たちは、みな屍となって地面に転がった。
刃霧は風塵を横薙ぎし、血を払い、冷たい目のまま、激昂する闇撫を睨んだ。 闇撫事態は、感情的のままで刃霧に噛み付かんとばかりの表情をしていた。
闇撫も身構え、対峙した。感情的になった闇撫が一瞬で激昂した感情を冷め、驚きと共に戦慄を覚える事になった。 闇撫が、まばたきを一度すると、眼前に刃霧が現れたのである。 怒りよりも先に背筋が凍る事を感じた、闇撫は、挑むよりも後方に逃げようと足を下げた。
だが、下がるよりも先に、左腕に冷たい感触が伝わった。 闇撫の左腕は、刃霧によって切り落とされた。激痛と共に、後ろに飛び去り、右手で、左肩を触ると、有るべき腕が無くなっている事と止まらぬ血、激しい痛みを肌で感じた。
刃霧は、冷たい視線のまま、闇撫を見、 「死ねよ。」 一言だけ、そう言うと、闇撫に向かっていった。
闇撫は、先ほどまでの禁句の怒りなぞ既に忘れ、怒りよりも恐れが脳を駆け巡った。 雄たけびというよりも悲鳴に近い奇声を発すると、袖に隠していた毒入り煙幕を地面にたたきつけ、煙が立ち上ると同時にその場を逃げ去った。
刃霧は、刀を横にバッと払うと、煙が、すべて四散した。 冷たい視線のまま刃霧は、闇撫が逃げ去ったであろう方向を見た。 あたりを見回したが、闇撫の気配を全く感じなかった。
刃霧は、唾を地面に吐き捨てると、刀を払い、鞘に収めた。 「逃げたか。」 刃霧は、くるりと踵を返し、長の死体の待つ宿に向かった。
長の死体を担ぎ、宿の玄関先に置いた。 「すまなかった。俺に関わったばかりに、このような事態を招くとは夢にも思わなかった。 恨むこそすれ、恩人といわれる事などあるはずも無いのに。本当にすまなかった。」 刃霧は、そう言うと、宿に火をつけた。 火は、宿中を回り、長の死体諸共燃やした。
刃霧はそれを一通り見ると、沈黙のままその場を離れた。
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