俺の話をしよう。 あの事件以後、俺は、一人考えていた。
状況が変わり、先のこともわからない。時代は進化の道ではなく退化の道を辿ったのだと。 便利になる訳では無いはずである。
ならば、俺のやるべきことは、この時代の中、誰にも屈さず生きていけるだけの力が必要になる。 知識が欠落しようとも、昔の生活を知っているものにとって、今の生活は不便の一言だ。
生活や、生き方を縛る法が無い以上、誰もが勝手をしだす。 今よりもどんどん人の殺し合いは増えていくだろう。人が人を殺す。 あってはならないことかもしれないが、生き抜くということでは必要措置と考えられるだろう。 だが、今の俺では生き抜いていけるだけの武器も実力も何も無い。 だから俺は、生き抜いていけるだけの実力を養おうという決断を自分の中で下した。
実力を養う為の手段も考えなければならないが、その前に、武器が必要だと思った。 俺は、昔聞いた情報を頼りに、山合い深くに立てられた一軒の鍛冶屋に向かった。
時の大罪前の情報である。残っているとは思えなかったのだが頼るべきモノが無いのでその場所に向かった。 山間深く、木造の一軒のあばら家がそこにはあった。
早速、鍛冶屋の中に入り、店主であるオヤジに俺はこう言った。 「オヤジ、刀を作ってくれ。俺には、武器がいる。長く切れ味の良い刀がな。」
店主は怪訝な顔をあげ、 「カタナぁ。はぁ?何言ってんだ。あんた。名を上げたいのか。」 「俺は、これからを生き抜くために必要な武器が欲しいだけさ。」 「生き抜くねぇ。だったら、これはどうだい。なかなかの一品だ。8個の弾丸が装填できて、オートでトリガーが弾ける。 リボルバーもなかなかだぞ。」
「拳銃か。そんなものは、今後に何の役にも立たない。俺達は知識が徐々に欠落しているんだ。 拳銃を作る知識も近い将来潰える。そんなものを後生大事に持っていたって、今後を生き抜く糧にはならない。 俺は、今後を、これからを生き抜いていける力が欲しいんだよ。」
「ほーん。なるほどね。これもすぐにガラクタに変わるか。違ぇねぇ。で、どんなカタナがご所望だい。」
「そうだな。長いカタナがいい。刃先だけで、130cmは越すものが良いな。柄も合わせて2mと言った所かな。」 「おいおい。そんなカタナ振り回せるのか。それにお前、カタナは扱えるのか?見た所、そんな風には見えないがな。」
「確かに、俺は生まれてこの方、カタナなんて使ったことも持ったことも無い。」 「はぁ?そんな奴がこんな長いカタナを作ってどうするつもりだ。カタナを作ったって鞘から出る前に撃ち殺されて終わりだ。」
「今のままではそうなるだろうな。だから、あんたがカタナを作っている間。俺は、それを振り回し、使いこなせるだけの体を作る。 なに、時間はたくさんあるんだ。1秒でも長く生き抜くために今時間を惜しむ必要は無い。」
「ふぅん。まぁ、いいだろう。こんな辺鄙な所まで来てくれたのだからな。カタナは作ってやる。 だが、全く剣の知識が無いのは、わしにとっては情けない話だ。 仕方が無い。わしにも多少なりとも剣技の知識はある。お前さんに基本ぐらいは与えられるだろう。 だが、その前に、強靭な体を作れ。都合の良いことにここは山に囲まれている。1日中走り、体を作るんだ。」
「わかった。オヤジ。頼むぞ。」 オヤジは、忙しくなるぞ。と一言漏らすと、すぐさま頭にタオルを巻き、仕事場に入っていった。
俺は、それを見送ると、鍛冶屋の外に出た。 確かに見渡す限り、山しかなかった。 「真剣を振り回すには、強靭な足腰が必要だ。 そして、長刀を何よりも早く鞘から引き抜くには誰にも負けないほどのスピードが必要だ。」
俺は、鍛冶屋にあった古い鎧を身に着け、それからの毎日は山を走ることだけを一日中行っていた。 鎧は所々錆びて傷んでいたが、重りという意味では十分過ぎるほどの価値があった。
俺は、毎日足腰が立たなくなるほど走った。 来る日も来る日も走り、足腰をより強靭なものに仕立て上げた。
「ふぅ。ここに来て半年か。早いな。月日を数える知識は残っちゃあいるが、実際のところ歳が変わるわけではないか。 足腰はそれなりに強くなっただろう。だが、これに満足してはいけない。スピードか。さて、どうする?」
山の頂で、独り言を呟きながら、斜面に立つ不規則に立つ木々を見ていた。 「駈け下りるスピードに乗りながらあの木々を避け、下まで着けるかな。下手して、木にぶつかったら大怪我だな。死ぬかもね。 さて、どうする。・・・・・・・・・・・・・・・。よし、やるか。多少のリスクを返り見なければ本当に必要なものは手に入らない。 臆する必要は無い。」
俺は、そう言うと、山を駆け下りた。 スピードは徐々にあがり、トップスピードに辿りつくと周りが良く見えない状況にあった。目の前の木を交わすのが精一杯だった。 最初は、3,4本の木を交わすのがやっとだった。精神を酷使し、死の淵にいることの実感を感じることも多々あった。 「たったこれだけのことで、もう臆病風に吹かすか。俺は。情けないな。」 そういうと、これを始めて2ヶ月ほど経っていた自分を見つめなおし、再度挑戦すべく、足を踏み出した。
「目の前のものだけじゃない。周りを見るんだ。風の声を聞き、気配を探れ。木だって生きている。 呼吸をしている。この状況下を冷静に感じろ。」 俺は、この言葉を連呼しながら、木を避けていった。常に、3歩、4歩先を見、感じ、木を避け、走り抜けた。
一山を完全に下りることが出来たのは、更に半年経った後だった。 しかし、その頃には、後になって解るのだが、人並みはずれた強靭かつ洗練された速さをもった体に成長していた。 そんなこんなで、2年という歳月を経て、徐々に、剣士として成長していった。
俺が、鍛冶屋を訪ねて2年後、オヤジはカタナが出来たことを俺に告げた。 「ようやくまたせたな。お前の所望のカタナが出来たぞ。」 「ああ。とうとうか。ありがとう。手間をかけさせたな。」
「水臭いことをいうな。わしもこの2年間は久方ぶりに充実した時間を過ごさせてもらった。 やはりカタナ鍛冶は良いわ。さて、お前も旅立ちのときだな。さぁ、どうする。」 「どうするとは?」
「お前が、このカタナをどう使うのかは知らない。殺戮兵器とするのか、正義の味方をするのかそれはわしの知るところではない。 ただ、これだけは言っておく。簡単には死ぬな。」 「ああ、わかっている。生きていれば、また寄らせてもらうよ。」
「ところで、話は変わるが、お前に是非貰って欲しいものがある。」 「貰う?」
「ああ、実はカタナ自身は、1年ちょっとで出来ておったんじゃ。 カタナだけでは寂しいんで、お前さん用にほら、甲冑を作ってみた。」 そういうと、オヤジから、白銀の肩当、胸当て、そして手甲・足甲が渡された。
「ほう。綺麗だな。ありがたく。貰うよ。」 俺は、手渡された甲冑をその場で着てみせた。 「軽いな。見た目よりずっと。まぁ、今まで着ていた甲冑があれだからな。」 俺は、錆びついた甲冑に目をやった。 「それとな、お前に名前をくれてやろうと思ってな。」 「名前?」
「ああ、今、巷では名前を手前勝手に着けるのが流行っているらしい。 戸籍とか身分の証明するものが意味を無くなったせいもあるがな。」 「ほー。」 「でじゃ。わしなりに考えてみた。お主の名前をの。」
「それで、」 「小次郎じゃ。」 「小次郎ぅ?」
「そうじゃ、ほら昔々いただろう。何とか小次郎という武芸者が、そいつもとても長いカタナをもって、居たというじゃないか。 それにあやかってみたのじゃ。」 「佐々木小次郎のことか。そいつは知っている。だが、縁起が悪すぎる。そいつは、宮本武蔵に負けてるんだ。 敗北者の名前を貰ってもちょっとな。 それに、どうせなら自分の名前ぐらい自分で考える。そうだなぁ。うーん。どこにも無い名前がいい。 覚えやすくて、格好の良いのがいいな。うーん。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 よし、刃霧(ハギリ)としよう。」 「刃霧ぃ?意味は?名前の語源は?」
「思いつきに近いんだ。そんなものは無いよ。 有るとするなら、霧のように全体に散布し、刃のように相手に切りつける。 これからの俺の行き方だ。それを示す名だということさ。」 「なるほどな。」 「ああ、俺の名は、刃霧。」 「わかった。刃霧、じゃあの。生きていたらまた今度な。」
「ああ、生きていたら。」 俺は、そういうと、オヤジから作ってもらった甲冑とカタナを身につけ、鍛冶屋を後にした。 これからの俺は、何もない、いや、これから俺が俺を作っていく。
|
|