女は、悦に入った顔で、火照りすら見えた。
「美しくないわよ。ねぇ、そう思わない?誰を相手にしているか解っているの?お前達。」 1人の兵士の顎をなぞるように指を這わせ、顎を上に押した。 兵士は、強制的に空を見上げる形になり、女に首をキレイに見せる形になった。
女は、キレイにあいた首を見るや、手に持った円環状の刃をそのまま横に一閃薙ぎ払った。 途端、兵士は、断末魔に近い声を上げると、首から血を噴水のように噴出し、二言目も吐き出せずにそのまま地面に倒れた。
「貴方達、私が誰だか解っているの?皇様の配下が1人、夜叉よ。 気高く美しいそして、危険な蜜を体に纏ったこの夜叉様。刃霧を恐れるのは貴方達の勝手。 でもね、私と刃霧とどっちが怖いと思っているの?私から逃げるよりも、刃霧から逃げるほうが怖いっていう判断なの? そうなのね。私、貴方達のような雑魚に、舐められちゃってるのね。ふふふ。」
気だるい表情が妖艶さもかもし出していると思えなくも無いが、 そんな表情をした女が両手に持った円形状の刃を外に向けて投げた。
兵士は、悲鳴と共に、その場を離れようとしたが、いかんせん数が多い。遠くには逃げられない。 闇にまぎれて、叫びとも悲鳴ともとれる声が所々に響いた。
暗がりのお陰で、どうなったのかはよく解らなかったが、 夜叉の周りには、首を斬られたモノや、手、足を斬られたモノなど程度は違うが、苦痛に満ちた声と共に地面に倒れ込んでいた。
「美しくないわ。下手に避けるから中途半端に生きながらえるのよ。 どーせ、生きて至っていいことないんだから、素直に死んでおきなさいよ。」
そういうと、目の前に倒れ、肩から血を噴出している兵士の顔面を滅多刺しにした。 顔の原型をとどめず既に息絶えているのに、それでも刃を突き立てることを辞めなかった。
返り血が顔や体につき、真っ赤に染まった頃、連続した動作を止め、立ち上がり、クルリと刃霧を見た。
「そう思うでしょ?刃霧。」 絶頂にでも達したのかイッた顔をして、涎すら垂らして刃霧を見た。
刃霧は屋根の上で様子をじっと見ていた。見ていたというよりも、体を休めていただけだった。 いい感じに視界から外れたのでこのまま逃げても良かったのだが、相手の得物に興味を持ってしまい、 体を休めながら様子を見ていた。
正直、ドン引きだった。性別女。黙っていれば、大人の色気漂う美しい女性にも関わらず 言動も行動も引く要素しか思いつかない状況だった。溜息が漏れ、 「下品で、気持ちの悪い女だ。ついでに頭も悪い。」
先ほどまで苦痛で叫び声を上げていた兵士達が、見るも無残な状態になった仲間を見たことで 全員、とばっちりを食わないように、口を手で閉ざし、声を出さないようにしていたことで、周りが静寂に包まれていた。 その結果、さして大きな声では無かった刃霧の言動は、はっきりと夜叉の耳に届いた。
「ああん、なんつった。今ぁ!!てめぇ、この私を気持ち悪いだとぉ。 調子に乗ってんじゃねぇぞ。テメェは、グッチョグッチョの細切れにしてやるよ。」
夜叉は手に持った円環状を刃霧に向けて投げた。 刃霧は、その軌道を読みきり、首を少し傾けるだけでそれをよけて見せた。
「ふん、これがお前の武器か。偉そうな事をほざいていた割には質素な獲物だな。」 刃付きの円環物は刃霧の後ろを通り過ぎた後、軌道を変え、再び刃霧向けて向かってきた。 刃霧は前述の言葉を言った後、両頬を通り過ぎる物を感じ次の瞬間には、頬から血が飛び散った。 「なにぃ!!」
円環物は、一直線に夜叉の手元に帰ってきた。夜叉は、にやりと微笑み、円環物を指で回した。
「ふん。私のこの円舞は、どの方向に投げても必ず私の手元に帰ってくる。これで人間の首なんて簡単に落ちる。 さっきは、兵士の首を落として見せたろ。次は貴様の首だよ。刃霧。」
刃霧は、自分の頬に流れた血を親指で拭い、人差し指と親指で血を擦った。 そして、親指に広がった血を舌で舐めとった。 「無抵抗の兵士の首は落とせても俺の首はあいにく落ちんよ。」 「死ねぇ!!」 夜叉は、横に飛びながら、円舞を右方向そして左方向へ投げた。円舞は2枚だけでは無かった続け様に2枚上下に投げた。刃霧は、屋根から飛び降り、それを避け、夜叉に向かっていった。 夜叉に近づくよりも先に円舞が帰ってきたせいで、迂闊には近寄れなかった。
「ちっ、性質が悪いな。貴様にそっくりだよ。」 「ふん、負け惜しみかい。刃霧ぃ。」 「都合のいい耳だな。じゃあ、はっきり言ってやるよ。美しいって思っているのはお前の勘違いだ。 お前以外の全ての人類はお前のことを醜い象徴だと思っている。」
「殺すって言ってるんだよ。」 同じように、円舞を夜叉は投げた。 「2度も3度も通じると思っているのだから目出度い奴だ。お前の脳は!!」
刃霧は、刀で円舞を払った。それも当たるか当たらないかのレベルである。 「せっかくの斬激も空振りではねぇ。それとも毒が頭まで回っておかしくなったかい。」
「めでたい奴だ。お前みたいな奴が、4鬼神なんて呼ばれるとは。どこまでも笑わせてくれる。」
「何ぃ?」 円舞は、一直線に夜叉に帰ってきた。円舞を掴むために指をすっと上げると、 円舞は指を通り過ぎ、夜叉の首と、胸に刺さった。
「ぐっ。何ぃ。」 夜叉はたじろいだ。今迄一度も、円舞が自分の意のままに動かなかった事は無かった。
首と胸に刺さった円舞を抜いた。あいにく、死ぬまでには至らなかった。 「くっそう。お前の仕業か。刃霧ぃ。」
「今頃気づいているようでは、所詮三流だな。そして、これで終わりだ。」
夜叉はが円舞を投げるよりも前に、間合いを詰めた。 「貴様ぁ。」
近接武器として、円舞を持ち構えたが、それよりも早く刃霧は動いた。 「我流、風閃」
夜叉が最後に聞いた言葉だった。 両腕の筋肉を瞬間的に高め、通常よりも何倍ものスピードで、水平に右に薙ぎ払うとほぼ同時に左に薙ぎ払った。 その速さは見るものによっては、一瞬の動きで2方向に水平に薙ぎ払われたようにしか見えず、 あとは、首、胸、下半身と3つにバラバラにされた体だけが残る形だけだった。
夜叉は、言葉を発する事も無く、地面に突っ伏し、息絶えた。
刃霧は、刀を払い、血脂を吹き飛ばし、間髪居れずに残った兵士を一瞥し、 「貴様らの大将は死んだ。こいつと同じ道を歩むか?死にたい奴は来い!死にたくない奴は去れ!」
兵士達は完全に戦意を喪失していた。 武器を手に取ることも忘れ、一刻も早くその場を離れたいとの思いで、撤退していった。
村には、死に絶えた兵士の残骸以外には、誰もいなくなった。
刃霧は、その場に腰を下ろし、深い息を吐いた。 「何とか。生き残ったか。」
刃霧の強気な姿勢とは裏腹に、かなり弱っていた。
毒のせいもある。必要以上に傷を負ったという事もある。
実際、夜叉は結果に比べ強かった。 勝てたのは運が良かったと言わざるを得ない所だった。
「神様を信じる気は毛頭無いが、今日ばっかりは、神の存在を信じたくなるぜ。」 疲弊しきった状態で、そのまま地面に寝転がった。
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