一人旅に戻ってしばらくが過ぎた。
刃霧は、ある集落に着いた。 集落の先には門番が二人立っていた。村に入ろうとするとその門番が刃霧を止めた。 「誰だ?」 「ここは名前を名乗らないと入れてもらえないのか?」
「盗賊が多いからな。身分を証明するものがないと入れる事は出来ない。」 「身分の証明?あいにくとそのようなモノは持ち合わせていない。いつからそんなものが出来たんだ?」 「随分前からある。皇様が施行された。」
「そうなんだ。悪いな。ずっと旅人をやっているんでね。一つの場所に留まった事がないんで持っていない。」 「では、名を名乗れ!」
「刃霧だ」
「何?」 「刃霧だと言ったのだ。」 「刃霧だと?あの刃霧か」 「あのか、どのかは知らんが?」 門番は互いの顔を見ていたが、ふいに一人の門番が門を開けた。
「入っていいぞ。」 「ほう、めずらしいな。普通はこの名前を聞くと大概は締め出しを食らうのだがな。」
「そうかね。まぁ、そこまで有名な名前ならば、身分ははっきりしている。何かあれば、すぐにお前を捕縛するだけだ。」 「なるほどね。解りやすいねそれは。じゃあ、逗留中は大人しくしているよ。」 刃霧はそういうと、門を開けた門番の横を通り過ぎ村に入った。
刃霧が通り過ぎた後、門番は刃霧に聞こえるか聞こえないかの声で、「待っていたよ。」と呟いた。
刃霧は村に入った。 村はそれなりに栄えているように見えた。 「門番がいるだけあって、結構栄えているな。今日はここに泊まるか。」 刃霧はあたりを見回しながら、歩いていると、女の呼子が声をかけてきた。 「お兄さん。泊まっていかない?安くしておくよ。」 「いくらだ。」 と聞くと、女は指を3つにし俺に示した。
「確かに安いな。いいだろう。」 「毎度!、お客さん一人ご案内!!」 呼子は俺の背中を押すようにして、俺を店の中に案内した。
宿の一室に案内されそこに荷を下ろした。一人の割りに広い部屋だった。 窓を開け、窓の珊に腰を下ろした。
村の風景を見るのは嫌いではなかった。 いろいろな風景を見る事によって、その村々の景気も少しはわかる。
刃霧はしばらく村の風景を見ていた。宿の前の通りを行き来する人々、談笑をする集団。 人は笑いがこぼれ、なんともいえない幸せな光景であったように見えた。
刃霧は頬杖をつきながら、 『この村には、妙に女が多いな。その割に子供が少ないような気がする。』
日が沈み、部屋に女中が飯を持って入ってきた。 刃霧は、窓を閉め、女中の持ってきた飯の前に座った。女中は、銚子を刃霧に渡した。 「お酒はいけますか?」 「弱いがな。」 「まぁ、どうぞ。」 女中は、刃霧の持つ杯に酒を並々と注いだ。刃霧はその酒をぐっと一口で飲み干した。 「まぁ、お強いじゃないですか。さぁ、どうぞ。」
更に、酒を注ぎ刃霧に酒をすすめた。 何杯かの酒を飲んだ後、酒を止め飯を食べた。
食事を済ませ、壁にもたれ、少しぼーっとしていたが、何かに気付いたように、再び窓を開けた。
外は、鉄籠に入れられた火が無数に置かれ煌煌と灯っていた。 炎の光に紛れて、はっきりとは移し出されていなかったが武装された兵が見え隠れしていた。
刃霧は、舌打ちを一度すると、武器を取ろうと、壁に立てかけた刀に手を伸ばした。 「んぐっ。」 頭がぐらつき、視点が合わないのを感じた。
「くそっ、毒を盛られた?しかし、飯には何も?・・・・・酒か?くそっ!!」 すぐに口に指を突っ込み嘔吐した。消化がまだ完全でなかったのか、先ほど食べた飲食が吐き出されたが、 全部が出たわけではなかった。
「くそっ、何でもっと早く気づかなかったんだ。日頃、飲み慣れない物を飲むからか。俺の落ち度だ。」 頭がぐらつくのも我慢して、急ぎ甲冑を身につけ、刀を取り、部屋を出ようとした瞬間、襖が開いた。
そこには、数人の男と先程の呼子の女性、そしてもう1人、明らかに毛色の違う派手な身なりの女が立っていた。 女が一歩前に進み、にやりと微笑みと、 「どこにいくの?お客様。夜も始まったばかり、今から盛大な宴が行われるのよ。」
「!」
「くすっ、無敵を誇っていた割に呆気ない事で」 「さぁ、何の事だ。」
「とぼけても無駄。酒には死なない程度に薬を盛ってあるの。 全身麻痺させても良かったんだけど、遊びが足りないのは嫌。 戒爪を殺したって実力ちょっと見せてもらってからジワジワと痛めつけてあげるわ。」
「最初から計算づくということか。俺がこの村に寄ることも。」 「ええ、解っていたわ。予想外と言えば、あなたの側にいた2人の連れがいなかった事だけ、あいつらがいれば、もっと簡単にあなたを生け捕れたのに。残念だわ。」
「くそ、そこをどけ。」 「くす。面白いわ。いつも鼻に触る言動をしているあなたが、今日は冷静を欠いているようで。」 「どけぇ!!」 刃霧は、正面に立つ者たちを睨み付け、叫んだ。その声に男達が一瞬怯んだ。 それを見るや否や、逆の窓から飛び出し、屋根伝いに外に降り立った。 男たちは、すぐに窓に顔を出したが、刃霧を捕らえられなかった。
「何をやっている。すぐに手配をしろ!! 簡単にこの村から出る事は出来ない。 なにせこの村全体が夜叉隊の兵なのだからな。」
「薬で完全でなくてもあの刃霧だ。決して手を抜くな。」 家と家の影に隠れ、刃霧は嘔吐していた。
「くそっ、やはり何も出ないか。何故もっと早く気づかなかった。 門番の声も聞こえていた。待っていた。あれは待ち伏せだったのだ。 この状態は俺に不利だ。体制を整えないと。いや、冷静になれ。まずは心を落ち着けるんだ。」
そういうと躊躇無く小刀を足に突き刺した。 「ぐっ、これで気を失う事も無い・・・・か。仲間がいたら違ったのか? ・・・・・・・・・・、いや入鹿がいたらもっと悲惨な事になっていたな。 ・・・・・・・・・・・・自分を慰めるなんて俺らしくない。 仲間が居なかったから死んだなんてなったら入鹿に何を言われるかわからんな。」
突き刺したナイフを抜き、血止めをして立ち上がった。 ふぅーと深い息を吐き、目を閉じた。 しばらく沈黙し、周りの声や音を聞いた。そして、ゆっくりと目を開けた。 刀を腰に差し、鞘から刀身を抜いた。 「行くぞ!」 そういうと、ゆっくりと大通りに向かって歩いた。 大通りに出るとそこには数十人の男たちが鎧甲冑を身につけ刀を抜いて立っていた。 男たち以外にも同じような人数で女性も武装して立っていた。
「いたぞ!刃霧だ。捕らえろ。命さえあれば腕の一本なくなってもよい。行け!」 一人の女の声に呼応して、男たちが一斉に、刃霧に向かっていった。 「悪いな。死ぬわけには行かないんだよ。お前たち如きに殺されるわけには行かないんだ。」 刃霧は、向かってくる兵士達と戦い始めた。普段の動きとは格段に違っていた。 確実に薬の影響であった。しかし、それでも、ただの兵士ではまるで相手にはならなかった。
向かってくる兵士と1,2度刀が打ち合った後兵士を斬り捨てた。 「見ろ、刃霧をいつものスピードが出ていない。風の刃霧の異名も今日はどこ吹く風だ。もっと一気に行け。」 そういうと、側に居た武装した女達は刃霧に向かっていった。
「噂では、刃霧は女子供にも容赦は無いとあるが、あれは事実ではない。 どんな男でも女には遠慮が入るものだ。たとえ、あいつでも同じ事だよ。ふふふふ。」
男達とは違い、女性兵士は明らかに服装も違っていた。 女性だとはっきり解るように露出が多く、とても自身の体を守るというよりも色香で相手を悩殺させるつもりなのか? と思うような格好で挑んできた。
刃霧は、その姿・格好は視界に入っていたが、全くの躊躇いがなかった。 裸に近い格好をした女であっても、容赦なく斬って捨てた。
女一人の死に様を見て、一瞬向かってきた兵の動きが止まった。 刃霧は、動きの止まった状態を見逃さなかった。そのまま周りに居た男や女の兵士を斬って捨て、 見晴らしの良い場所から路地を周り、裏道に隠れ、息を整えた。
「はぁ、はぁ、はぁ、ふー。くそっ、薬の効果がまだ切れない。このままでは致命傷を受けたら死ぬな。 本意ではないが効能が切れるまで時間を稼ごう。」 刃霧は荒い息を整えながら人の居ない方向に向けて足を運ぼうとすると、どこからか甲高い声が響いた。
「どうした、無敵の刃霧。まさか、このまま逃げるなんていうんじゃないよね。 女を殺したのは褒めてやるよ。 噂にたがわず容赦が無いって事は教えてもらえたよ。
皇様には生きたお前を連れて来いって命令だけど、あんたは殺す。 あんたは皇様の為にならない。逃げるんじゃないわよ。」
「そっちの事情なんぞ、知るか。」 刃霧は去ろうとした足を止め、再び息を整えながら大人しく息を潜めた。
外では、大勢の兵士による怒号に近い声が響く。 刃霧の居場所を突き止めようと、 家の扉や壁を容赦なく壊す音や、外に置かれた箱や樽などを叩き割る音、威嚇するような声 物音一つ立てず、落ち着きを取り戻そうと声を殺す刃霧にとってはかなり迷惑な環境だった。
それでも1秒でも多く回復を待ち、じっとしていた。
「見つけたぞ!!」 大きな声と共に、刃霧を殺そうと大きな斧を脳天に打ち下ろさんとした男が逆に、明後日の方向に吹き飛ばされた。 白煙の先から、腕をだらりと下げ、手には刀を持った刃霧が出てきた。
吹き飛ばされた男は、背中を痛撃したのか、すぐには起きてこなかったが、彼の助けとばかりに 他の兵士が、刃霧に向かってきた。 派手な動きはせずに最小限の動きで敵の斬撃を交わし、相手の急所めがけて一振りで相手を殺す。 極力、毒の周りを抑えた形で迎え撃った。
周りには、戒爪の時と同じくして無数の兵士の死体が折り重なるようになっていった。 あまりに人が増えると返って身動きが取れなくなると思った刃霧は、走り場所を変えた。
同じ形の家が並ぶ集合住宅地の場所まで来ると家を押さえている柱を切り落とした。 それによって、家自体のバランスがくずれ、一気に壁や屋根瓦が崩れ落ちてきた。 被害のあわない上に逃げる刃霧。避けきることが叶わず、下敷きになった無数の兵士。
その酷い光景を上から見下し刃霧は見ていた。 月の光の加減か、まるで刃霧の目が青く光っているようにも見えた。
その容赦の無い行動と光景に、兵士も戦意が失われつつあった。 進めるべき歩みもその場で止まる。下手をすれば、後退していった。
威嚇を続ければ、兵士が退却してくれるかもと踏んだ刃霧は姿勢を崩さず見下していると それとは反した方向で、無数の首が飛ぶのが見えた。
後退をしていた兵士の足が止まった。 そして次には皆一様に青ざめた顔が立ち並んでいる。
顔面が引きつり、悲鳴すらあげさせない状況で立ち尽くす兵士達を小石を蹴飛ばすように無造作に殺して言った。 そして、まるで、障害物の無い大地を歩くかのように、 悠々と女が1人歩いてきた。
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