オヤジから刀を改修し、工房を後にした。 山を降りてすぐ、皇の一派は眼前にいた。 後頭部が長く、長身でありながら腕も異様に長い男を先頭に、武装兵士が以前の3倍はいた。
上背のある男は一歩前に歩み寄ると、声高らかに叫んだ。 「刃霧。武器の強化は終わったか。お前に対しての思いやりもなかなか乙だろう。 武器がヘボかったなんて言い訳は聞きたくないから、作業が終わるまで待ってやった。 さぁ、あの時の続きだ。今度は、俺様が相手だ。この戒爪様がな。」
戒爪と名乗る男は、刃霧に向って叫ぶと、踵を返した。 刃霧は、冷ややかな目でそれを見送りながら、後ろにいた北斎と入鹿に向って、相手に聞こえるか聞こえないかの声で話をした。
「少し、後ろに下がっていろ。」 入鹿は、すぐさま反撃した。 「前に儂が言ったことを忘れたか。足手まといかもしれないが、仲間なんだ。儂も付き合う。」 「お前の力は、今度借りる。今回は俺1人だ。この風塵の力を試したいし。」 刃霧は、新調された刀“風塵”を手に取りつつ入鹿を諭した。
入鹿は、「解った。」と一言漏らすと、北斎と後ろに下がった。 刃霧は、すっと鞘から刀身を抜いた。 「さて、行くか。」 一言呟くと、颯爽と武装兵士に向っていった。
武装兵士も、刃霧の噂は既に聞いていた。それ故に少しの油断も無く切り込んでくる刃霧を待ち構えた。 怒号飛び交う中、刃霧は、兵士を相手にした。 以前の刃霧とどこかが明らかに違っていた。 まるで、風に流れ舞っているかのようにも見えた。
刀自身が短く、軽くなったこともあるだろう。刀がかち合う前に、相手の剣を交わし、兵士を両断していた。 まるで、次に兵士がどのような動きをするかを知っているかのように、相手の予測を超え、相手を一刀の元、葬り去っていた。
100人近くいた兵士も徐々に数が少なくなり、あっという間に半分以下になっていた。 噂以上の刃霧に、兵士達も戸惑いを隠せなかった。 「化け物か。」 刃霧の異常な強さに、口を漏らす兵士もいたが、刃霧は、構わず相手を殺した。 それを見ていた戒爪も、以前とは違う刃霧を見て、鳥肌を立てていた。
「くくく。面白い。面白いな刃霧。お前は、俺の敵にふさわしい。」 叫び声と同時に、兵士達の中に割って入ってきた。強引に入ってきたせいか、近くにいた兵士の首をかき切り刃霧と対峙した。
刃霧は、戒爪によって殺された兵士をちらりと見下ろすと、特に何を言うわけでもなく再び戒爪を見た。 戒爪は、自分で殺した兵士の頭を踏みつけながら、 「残酷か。自分の味方であるこいつを殺した俺を残酷だと思うか。それは違うな。 役に立たない弱い奴は死んで当然だ。生きる資格が無い。そうだろう。違うか。」
刃霧は、鼻でうっすら笑うと、 「お前のお陰で俺の相手が減った。礼を言うべきだな。」 「くくく。面白いよ。お前、最高だ。正義の味方かと思ったらそうじゃねぇ。皇様がお前を気に入った理由がわかるぜ。」 戒爪は、そういいながら、手に付けた鋭い鉤爪を刃霧に向けて突き出した。刀と、鉤爪が交わり、金属がかち合う音が響いた。戒爪は、爪を強く押しつけ、刀を押していると、ふいに、刃霧の腰のあたりに、足が飛んできた。足にも同様に鉤爪がついており、刃霧は、横に飛び、危うく戒爪の爪を交わした。間合いを取り、再度、刀を構えた。 「手癖足癖の悪い男だな。」 「そうかい。」 戒爪は、飛び込みざま手の甲に付けた鉤爪を振り下ろした。刃霧は、脳天に当たる瞬間後ろに一歩下がり、鉤爪を交わした。交わしついでに、振り下ろされた二の腕を掴むとそのまま後ろに引いた。戒爪は、バランスを崩し、片足が一瞬浮いた。 それを刃霧は、見逃さず、横に回ると足払いをし戒爪を倒した。
戒爪は、もんどり打ちながらうつ伏せに倒れた。 刃霧は、戒爪が地面に伏せるのを見た途端、持っていた刀を戒爪の首目掛けて突き立てた。
戒爪は、すんでの所でそれを交わし、転がりながら自分の領地を作るべく肩膝を付き、立ち上がろうとした。 刃霧は、狙いすましたように、立ち上がる瞬間の戒爪目掛け刀を薙ぎ払った。 戒爪は、それを交わすべく後ろに飛びそのまま地面に転がる形になった。
見直してみれば、結局それは、刃霧が先ほど足払いをし、地面に倒した姿と同じだった。 刃霧は、冷たい眼で戒爪を見下ろし、 「満足に立ち上がることも出来ないのか。まるで虫だな。虫は虫らしく地面を這いつくばっていろ。貴様にはそれがお似合いだ。」
戒爪は、舌打ちを一度すると、地面を両手で押し、地面に水平に足を振った。 足についた鉤爪が刃霧の足に当たる瞬間、金属が打ち合う音がされ、鉤爪は、その場で止まった。 刃霧は、鉤爪が当たる瞬間に刀を地面に突き刺し、鉤爪を止めた。
戒爪は、鉤爪が止められる事を最初から予測していたのか、刀に重心を預けると、体を空中に浮かせ、手の甲に装備した爪を刃霧の眼前に向けると、爪を打ち出した。 爪は一直線に刃霧に向かってきた。 「くっ!!」 掴んでいた柄から手を離し、紙一重で爪の軌道から顔を逸らした。 耳と髪の間を爪が通り抜けた。
2発目の爪が打ち出される前に、柄を握ると地面から刀を抜き、間合いを外した。 刃霧は、息を整え、刀を構えなおした。
戒爪は、腰のベルトから予備の爪を甲に嵌めた。 「やるじゃないか。この爪には、猛毒が仕込んである。かすりでもすれば、それで仏様だ。 それを、かすりもせずに交わすとは大したものだよ。」 フンと笑い、甲の爪を刃霧に向けた。
一進一退の光景だった。 しかし、4鬼神の1人である戒爪ですらも決定打を撃つことが出来ない光景を見ていた兵士達が、戒爪の不利を見て取り、 無謀にも刃霧に挑んでいった。
兵士が雪崩れ込む中、当然、戒爪も刃霧に挑んできた。 戒爪は、自分の攻撃の為には、味方である兵士も容赦なかった。
「邪魔だ。」 の言葉と共に、兵士の首を爪で切り落とすと、片方の手で、首を掴むとそのまま刃霧に投げつけた。 刃霧は、首を交わし、目の前の兵士の体を斬り、体が崩れ落ちる前に戒爪に向けて腰辺りを蹴り飛ばした。
兵士にとっては自分を守るものは自分だけであったのは違いない。 気付けば、100に届きそうな兵の数は、一桁まで落ち込んでしまっていた。
戒爪の爪からは血が垂れ流されていた。 傍で見ても肩で息をしているのが解るほどだった。
刃霧は、肩幅よりも少し広めに足を広げ、少し腰を落とし、 視界に入る兵士と正面に立つ戒爪をそれぞれ見回しながら様子を見ていた。 息を一つ吐くと、腰を浮かせ、背筋を伸ばした。くるりと周りに背を向けると、鞘が落ちている場所までスタスタと歩いている。 折り重なる死体の真下に鞘が落ちていたので、足で、死体をどかし、鞘を拾い上げようと、膝を曲げずに上腕を屈め、 手を伸ばした。
隙が出来たと思い込んだ二人の兵士が、刀を振り上げ、背中を向けた刃霧に斬りかかってきた。 刃霧は、拾い上げた鞘を地面に突き刺すと振り払われた刀を刹那、交わした。 下に向けてた刀身を真上に引き上げ、1人の兵士の腰から真一文字に切り裂くと、次のタイミングでは上から真下に刀を振り下ろしもう片方の兵士の首を切り落とした。
刃霧は、血脂を振り払うと刀を鞘に納め、再び、戒爪の正面に体を向けた。
2人の距離は先ほどに比べ少し離れたが、話し声が通らない程の距離ではなかった。 戒爪も自分の武器である鉤爪の血を振り払い、 「どーした。戦いはまだ終わっていないぞ。それとも、降参でもするのか?」
刃霧は、沈黙のまま戒爪に向けて歩き出した。 鞘の端が足に引っかかり、刀を下に落としてしまった。 だが、地面には、兵士の死体が重なるように広がっているので、音も無く刀は倒れた。
刃霧は、上半身を屈め、刀を拾い上げる。 刃霧が刀を落とす程の疲れを感じていると思った戒爪は、構えていた姿勢を崩し、溜息も交え、背筋を伸ばした。
視線を下に向けながら、戒爪が緊張を解いたのを感じ取ると、 刀を拾い上げるよりも前に、地面に横たわった兵士のそばにあった刀を二本手に取ると、 一本を下からすくい上げるように戒爪目掛けて投げた。
不意をつかれながらも投げつけられた一本を手で払いのけた。しかし、それと同時に戒爪は、腕に痛みを感じた。 一本目の刀を払いのけた際に、続けざまに放たれた刀に気付かず、 また自分の腕が死角になり、二本目の刀に気付けなかった。
浅いとはいえ、腕に刀が刺さり、刀を抜く事も後回しと身構えると、成人男性の3,4歩ぐらいの距離を一気に詰め、 眼前に刃霧がいた。
刃霧は、鞘から抜いていない刀の矛先を戒爪の顔面に打ち付けた。 不意をつかれたのと、勢いがつけられたので、戒爪は諸に当たる羽目になった。
顔が仰け反り、顎が空を向いた。 刃霧は、地面に着地すると、地につけた足とは逆の足で、腹の辺りを蹴り飛ばし、戒爪を後方に飛ばした。 虚を付かれた事で、体制を立て直そうと、宙に浮きながらも、身構えようと長い腕を伸ばし、爪を前方に向けようと前に伸ばすと、 両腕から激しい熱と痛みが戒爪を襲った。
両足が地面に着地し、伸ばした筈の腕を見ると肘から先が見当たらず、変わりに腕からは血が噴出していた。 「なっ!!」
戸惑いと共に顔を上げる戒爪。しかし、前方に刃霧の姿は見えなかった。思わず、周りを見渡そうと、左に視線を向けようと 首を動かしたとき、首を始点にして、刀で斬られる感覚に襲われた。
戒爪は、上半身を袈斬りされ、下半身と離され、口からは吐血し、息も絶え絶えな状態で 地面に突っ伏していた。
「はぁ、はぁ、はぁ。倒されたのか。刃霧。強いなぁ、お前。くそっ!任務失敗かよ。 まぁ、楽しかったからいい。。。。や。」
そう言葉を残し、戒爪は息絶えた。
刃霧は、死に絶えた戒爪を確認すると、残った兵士達を一瞥した。 「お偉い、皇様に伝えるんだな。コイツのようになりたくなければ、お前から会いに来いとな。」 兵士は、立ち上がって来ることの無い戒爪を見て取り、自分達では適わないと解ったのだろう。
手に手を取り、その場を退散した。 刃霧は、兵士が全員撤退するのを見てから、刀を鞘に収め、その場に尻餅をついた。
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