「おい、刃霧、は・ぎ・り。」 「ん・・・・、ん。」 刃霧は、声に反応し、起き上がった。
「何やってんだ。お前ら。」 見ると、刃霧の横に北斎と美礼が一緒になって寝ていた。 「おや?」
「珍しいな。美礼が、儂以外にそんなになつく姿を見るのは。」 「?」 「いろいろな客はここに来るが、客相手に顔を出すことは滅多に無い。 まぁ、来る奴は、大体、警邏か、盗賊崩れの奴ばかりだ。過去が過去だから怖がって寄り付きもしない。 それなのに、お前にはほれ、そんな風に懐く事ははないのにな。」 見ると、美礼は、刃霧の服のすそをしっかりと握り締めながら寝ていた。 「さぁ、身に覚えが無い。」
「そういえば、聞いたことがなかったが、お前以前結婚していなかったのか? 40そこそこの年齢ならカミさんの1人もいておかしくないとおもうが。」 「ああ、いたさ。娘も一人いた。」 「どうしたんだ。」
「あの大罪で二人とも死んだ。家族や身内で生き残ったのは俺だけだった。」 「そうか、悪いことを聞いたな。」 「いや、過ぎたことだ。それにあの時は、どうしようもなかったしな。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 オヤジは気まずかったのか黙ってしまった。
「終わったのか?」 刃霧は、作業の終了を確認した。オヤジは、首を横に振り、 「まだだ。意外と刀にもガタが来ていてな。もう少し、修復に手間がかかりそうだ。」 「そうか。」 「なぁに、あと2日も有れば出来あがる。それまでは、疲れた体を休めな。」 「ああ。」 刃霧は、そばにいた美礼の頭を軽く撫でた。
何もしない日というのは時間を持て余す。 刃霧にとって、この時代になってから時間を持て余したことなど無かった。 常に動き、何かをしていた。無駄な時間というのが無かったのだ。 しかし、この2日間は、完全に暇を持て余していた。
オヤジは、一度仕事場に入ると、滅多に出てこない。 北斎は、美礼と一緒に掃除をしたり家事をしたりと忙しそうだった。 手伝おうとすると美礼から、男が台所に立つべきではないと叱責され追い出されてしまった。
仕方が無いので、1日中、山を駆けずりまわっていた。 久しぶりに山を駆けたが前ほどの達成感は無かった。 すでに、修行時代から比べれば格段に敏捷性も高くなっており、 木々の間をすり抜ける荒業も目を閉じていても出来る状態にまで達していた。
山を降り、オヤジの鍛冶場近くを歩きながら、 『気づかぬ内に成長しているものだ。自然の成長は進み、人間の成長は以前止まったままだというのに、肉体的な進化は成長している。なんともおかしなことだな。』 鍛冶場に辿り付くと、けたたましい音が鳴り響くのが聞こえた。 不思議に思い、急ぎ、小庭に行くと、2,3人の男衆と話をしている北斎が見えた。 北斎の後ろには、顔だけ出し、隠れるようにして怯える美礼が立っているのが見えた。
男衆の1人が大きな声で、 「オヤジを出しな。何もとって食おうなんて気はさらさらねぇよ。俺達の武器を作れって言ってんだ。」 「だから、先ほども言ったように、先約があって今、手が離せません。後日来てくださいと申し上げました。」 「なんだと、こんな辺鄙な所にもう1回来いって言うのか、てめぇは。先約ってやつは無視しな。 それよりも俺様の武器を先に作るんだよ。」
「それは、」 「ああん、なんか言ったかこの口は。」 北斎よりも2回りほど大きな男は、北斎の口を抓り上げ、叫んだ。 その時、石が飛んできて北斎の口を抓り上げていた手に、バチッとあたった。 男は、痛みで手を離し、石が飛んできた方向を向いた。見ると、そこに男が1人立っていた。
「なんだ。てめぇは。」 「さっき、そいつが言った先約だよ。」 「はぁーん。」 「あんた達には悪いが、俺は、二日前からここにいる。一度帰って出直しな。」 「ふん、やだね。」 「もう一つ選択肢があるぜ。」 「・・・・・・。」 「お前を殺して、お前の武器を頂戴し、その後で俺の武器も作る。ってなぁ。」 「ほぅ。なかなか素晴らしい選択肢だな。頭の悪い奴が考えそうなことだ。」 「なんだとぉ。」 「無益な争いは好まん。素直に帰りな。今は、女性の前だ、無用な鮮血はお気に召さない。」 「女性だぁあ。このドチビの事か?」 いかつい男は、美礼を指差し叫んだ。 「他にもいるが。」 刃霧はポソッと呟いた。 「あっ?何か言ったか?」 「別に。」
「なぁ、もういいからよ。こいつと話しても埒あかねぇよ。殺しちまおうぜ。 その後、この小娘使って、オヤジに 刀作らせればいいんだよ。」 「そうだな。」 目つきの悪い男は、いかつい男に話し掛け、いかつい男は頷くと、指をポキポキ鳴らし、 手にした武器を抜きながら刃霧に近づいてきた。 北斎も美礼もただ、震えていた。刃霧は、物怖じすることなく男達を迎えた。
「冥土の土産だ。俺達の名前を教えてやる。俺の名は、羆(ひぐま)」 「俺は、猿皇(えんこう)」 「狐裡(こり)だ。」
「別にお前らの名前などどうでもいい。だが、面白いものだ。熊に猿に狐か。なるほど。だから、脳が足りない。 人間様がどれだけ優しくたしなめても畜生故に、理解が悪い。」 「死ぬ間際に、口数が多いな。」
「美礼、怖い目にあったな。しばらく目を瞑っていろ。それまでに終わる。」 狐裡と名乗った男は、「ほざけ!」と叫びながら、手にもった刀を振り回した。 もう片側から、猿皇が、槍で突いて来た。
刃霧は、どちらもに視点を置きながら、刀や槍の軌道を目で追いながら、避けた。 そして、互いにそれぞれ間合いを詰めていった。 互いの武器は、全く刃霧にあたらなかった。段々、苛立ちを覚えながらも刃霧に近づき、 猿皇は、悲鳴に近い叫び声をあげ、渾身の突きを刃霧に向け、狐裡も勢いよく刀を振上げ、刃霧に振りかかった。
刃霧は、互いの武器があたる瞬間、今までの数倍の速さ、狐裡の背後に回ると、狐裡の背中を勢いよく押した。 横並びになった猿皇と狐裡は、互いの武器の勢いにおされ、狐裡は、猿皇の槍に突き刺され、猿皇は、狐裡の刀によって袈裟切りされた。二人の断末魔が山に轟いた。
羆は、3人のやり取りをその場から少し離れて見ていたが、 刃霧の瞬間的に見せた人を凌駕するような素早い動きに流石に戸惑いを隠せなかった。 「なんだと。一体、何が起こった。」 羆の戸惑いと驚きに秘めた言葉に対し、刃霧は少しも感情を出さず、冷たく
「たった今、猿と狐が死んだだけだ。畜生ごときが人間に勝てると本気で思っていたのか?」 「くそう。」 怒りに震えた羆は、持っていた大刀を振り回しながら刃霧に突進してきた。
「学習能力の無い奴だな。二人で勝てなかったものがお前1人で勝てるものか。」 「黙れぇ。儂は、あの二人より強いんだ。」 勢いよく振上げた刀を、振り下ろすと、刀は見事に空を切った。刀が地面にぶつかると砂煙が上がった。 「凄い凄い。力は確かにあの二人よりは上だな。しかし、数が多いのも少ないのも大した問題じゃない。」
刃霧が男に向っていこうとすると、突然、二人の間を割って入るかのように上空から刀が降ってきた。 両者は一瞬、たじろぎその場に対峙した。刃霧は、刀が飛んできた方向に目をやると、
背中を掻きながら、オヤジが立ち、 「今、終わったぞ。刃霧。」 刃霧は、それを見て取ると、すぐさま、地面に突き刺さった刀を抜き取った。 「ほぅ。軽いな。いいね。」
羆はオヤジが口から出した言葉に怯んだ。 「刃霧だと。あの刃霧なのか。」 「感謝しろよ。この刀の試し斬り第一号に選ばれたことを。」 「ま、待て!」 刃霧は、腰をぐっと下ろすと、そのまま真っ直ぐに羆に向っていった。 傍目的には刀の軌跡しか見えなかった。いや正確には、最後に振りぬいた刀の軌跡しか見えなかった。 完全な逃げ腰になっていた羆を躊躇無く刃霧は刀を振り下ろしていた。 「我流、風塵閃」 刃霧は、一言そう漏らした。
地面にちらっと目をやると、無残にも細かくばらばらになった羆の死体が転がっていた。 北斎は、驚いた。全く、なにがどうなってそうなったのか解らなかったのである。 「凄い。」 「オヤジ、なかなかだ。これなら俺の速さがやっとまともに活かせそうだ。」 「何が変わったんですか?」 北斎は疑問に思い、刃霧に向けて問い掛けた。
「刀身を今までのものより短くそして、薄くしている。加えて、刃先に少し手が加わっている。 風の流れに逆らわないようにし、そして少し刻みをつけている。」 「そうすると何が?」
「俺の持ち味は、速さだ。今までの刀身では、動き自身が鈍くなる。 自分が望んだといえ、あれは長すぎだからな。 だから、刀身を少し短くし、敏捷性を追求できる形にした。 しかし、軽さを追求するとどうしても脆くなる。ついでに、殺傷能力も落ちる。 それをこの刻みによって補うといったところだ。」
「へぇ。」 「ご高説は結構だが、美礼が目を瞑っている間に、そこに転がっているゴミをなんとかしてくれないか。」 「ん、わかった。」 刃霧は、そういうと、3つの死体を藪の方に捨てにいった。
藪から戻ってくると、入鹿が、丁度山に着いた頃だった。 「よう。やっと来たか。」 「馬鹿野郎。少しは待っていてやろうという気持ちは無いのか。」 「だからここで、待っていた。」 「くっ。」 「こちらの用は済んだ。もういつでも出て行ける。」 「なにぃ。儂は今着いたばかりだぞ。少しは休ませろ。」 「好きにすればいい。ここには、お前の好きな可愛い女がいるぞ。」
「何。どこに?」 「目の前にいるじゃないか。」 「目の前?」 入鹿は、眼前に目をやると、禿げ頭を好奇心に見ていた女の子が立っていた。
「ばっ、ふざけんな。俺の許容範囲を超えてるよ。」 「贅沢な奴だ。」 オヤジは入鹿とのやり取りを聞きながら、刃霧に近づいた。 「ほれ、鞘だ。」 「ああ、悪いな。」 「なぁに、儂にとってはお前さんがいい仕事をさせてくれる上客だということだけさ。 ところで、この刀には、ワシなりの刻印を刻ませてもらった。気に入ってくれるといいがな。」 「刻印?」
刃霧は、柄から刀身を外し、刻印を見ると“風塵”と彫ってあった。 「その刀の名じゃ。お前さんからあやからせて貰った。」 「いい名前じゃないか。ますます気に入った。ありがたくこの名を貰う。」
「うむ。」 「さぁ、行くか。」 「一晩だけ泊めろ。」 入鹿は、美礼に頭をペチペチ叩かれながら騒いだ。 「やれやれだ。」
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