4鬼神と出会ってから、しばらく経ち、刃霧は、元来た道を戻っていくように足を運んだ。 その間、ただの一度も、相手が仕掛けてくることが無かったのが返って不気味な気がした。
入鹿も北斎も刃霧の歩くスピードに追いつくのが精一杯だった。必然的に、声も発しなくなりただ無言でスタスタと歩いていった。 そんな状態が、1ヶ月程続いた後、 「なぁ、刃霧。少し休もうぜ。儂はともかく、北斎は、無茶だよ。」 刃霧は、それが聞こえたのか、足を止め、後ろを振り返った。少し後ろに入鹿が、その更に後方に、北斎がいた。 北斎は既に、走っていた。そうしなければ、見失ってしまうからだった。
刃霧は、息一つ乱さず、北斎が追いつくの待った。 「はぁ、はぁ、はぁ、すいません。もう大丈夫です。行きましょう。はぁ、はぁ、はぁ。」 「無茶だ。はぁ、はぁ、お前、北斎が女だってわかってやっているのか。はぁ、はぁ。」 「最初に言ったはずだ。あいつらに出会う前に済ませておきたいと。これでも遠慮をしているぐらいだ。」 「マジか。はぁ、はぁ。」 「やれやれだ。これ以上、遅くは出来ない。仕方がないな。」 そういうと、刃霧は、刀を腰にさし、北斎に近寄ると、そのまま抱きかかえた。 「あっ、刃霧さん。」 「何、やってんだ。お前。」 「歩く速さは変えられないといった。それに、お前は大丈夫なんだろ。入鹿!」 そういうと、またスタスタと歩き始めた。さっきと同じ速さで、入鹿は、ヒィと叫びながら刃霧に追いつこうと必死だった。 「私、自分で歩けます。降ろしてください。大丈夫ですから。」 「足手まといだと最初に言えばよかったか。」 刃霧は、冷淡に言うと、北斎を抱きかかえていなかった時と同じ速さで歩いていた。
山の頂きに辿り付くと足を止め,入鹿が追いつくのを待った。 入鹿は息を切らしながら、追いつくと盛んに“死ぬ”を連発していた。 刃霧は溜息混じりに入鹿に話し掛けた。
「前方に2つ山が見えるな。あの山の間を抜けると更に先に、少し小高い山がある。その山を越えたあたりが目的の場所だ。ここからはほぼ一直線に進めば、目的の場所に着く。俺は、先に行く。入鹿、来る機があるのならば、後からのんびりと来い。」 そういうと、北斎を抱きかかえたまま、一気に山を駆け下りていった。 入鹿は、息遣いの荒い状態でただそれを見送るしかなかった。
今までの速さと打って変わって、恐らく本来の刃霧の速さなのであろう。 北斎を抱いていることなど露にもかけず下り、輪をかけて凄い速さで駆け下りていった。
北斎は、流れる光景に目を見張った。 「足手まといか。これじゃあ、追いつける訳ないよね。」 北斎は、1人呟いた。
刃霧は、木を見ていたわけではなかった。 修行時代、何度も試し、何度も死にそうな目にあっている事で、木の気配を感じ、その気配に当らぬよう交わしているだけだった。 あっという間に山を駆け下り、2つの山の間を駆けて行った。 休みなく駆けつづけ、日が沈みかける頃には、目的の場所に辿り付いていた。 刃霧は、鍛冶屋に着くと、北斎を降ろした。
「ここですか?」 「ああ、あの頃と少しも変っていない。俺にとっては懐かしい場所だ。さて、オヤジはいるかな。」 刃霧は、家に近づき、ドアを叩いた。しばらくすると、中から声が聞こえ、扉が開いた。
「はーい。」 刃霧が前を見ると、誰もいなかった。声のする方を向くと、小さい女の子が立っていた。 刃霧は、少々驚いた顔をしたが、オヤジはいるかと尋ねると、女の子は、 「おとーさーん、お客さん。」 とかわいらしい声で叫んだ。
「お父さん!?」 刃霧は、戸惑い気味に女の子を見た。しばらくすると、鍛冶屋のオヤジが出てきた。 「おおー、懐かしい顔だなぁ、生きていたか。刃霧ぃ。」 「オヤジも元気そうだな。」 「まぁな。」
「ところで、その子、なんだ?今、お父さんって言っていたように聞こえたぞ。」 女の子は、オヤジのズボンを掴みながら刃霧を見ていた。 「ああ、この子の父親をやってる。」 「何時の間に、子供が産めるようになったんだ。」 「刃霧さん、男の人は子供は、産まないと思いますよ。」 「ん、ああ。あー、じゃなくって、時の大罪以来、子供は生まれていないんだよ。ただの一度足りとも。 時が止まっているから俺達人間は。」
「あっ、そっちですか。てっきり、刃霧さんボケたのかと。」 「おっ、刃霧、何時の間に恋人を作ったんだ。女と一緒に旅かぁ。いい身分だなぁ。」 「えっ、私、女に見えますか?」 「何言ってんだ。どっから、どーみても女だろ。違うのか?」 「いや、合ってる。」 「この格好で、女性に見られたの刃霧さんの次に2回目です。」 「なんか、事情があるみたいだな。」 「まぁね。それより、頼みがあって来たんだ。いいかい。」
「刀の補修だろ。」 「ああ。」 「お前さんの悪名は、こんな山奥まで知れ渡っているよ。白銀だった甲冑も血に汚れて赤黒くなっている。 ほら、見てやるから、甲冑を脱ぎな。ほら、刀も。」 刃霧は、刀と甲冑をオヤジに渡した。 「美礼(みれ)、儂は、しばらく仕事場に入る。それまでこいつらに遊んでもらえ。」 「うん、いってらっしゃーい。」 「そこのお嬢ーちゃん。美礼の相手を頼めるかい。」 「お嬢ーちゃんって私のこと。」 「他に誰かいるか?」 「はい。任して下さい。」 北斎は、妙に喜びながら、美礼の手を繋ぎ、居間に向った。 オヤジは、それを見送ると刃霧を仕事場に招き入れた。
オヤジは、甲冑の手入れを始めるべく仕事道具を出しながら、話し始めた。 「美礼はな、戦災孤児なんだよ。儂が、たまたま、所用があって村にいったとき、1人片隅で泣いていたんだ。 事情を聞くと、父親も母親も盗賊によって殺されて、行くところがなく食うものもなく路頭に迷っていた。」 「そういうのは、珍しくも無い話だな。」 「まぁな。しかし、何でかなぁ。儂は、美礼を見て、可哀想に思ってな、親心を抱いてしまったんだ。 あのまま飢えで死んでしまうかもしれないと思ったら居た堪れなくなってな。ここに連れてきた。」 「似つかわしくないことをしたものだ。」 「儂もそう思う。だが、悪くない。」 「ふん。そうかい。」 「それより、お前さんも、儂はてっきり一匹狼かと思ったぞ。まさか、連れがいるなんてな。それも女。」 「成り行きだよ。それに、もう1人いる。遅れてくるがな。」 「どういう風の吹き回しだ。」 「あんたと一緒さ。似つかわしくない感情が生まれたんだよ。」 「それにしても、大出世だな。儂の所に来た時のあんたは、今とは似ても似つかわしくないほど頼りなさげだった。 変れば変るものだ。まぁ、それは、これが物語っているがな。」 無数の刀傷の甲冑を持って言った。 「それで、儂の所に来た理由は、これだけではあるまい。」 「察しがいいな。さすがというべきか。」 「伊達に、2年もお前と同じ釜の飯を食うてない。」 「4人だ。」 「?」 「4人、いや4匹の獣に追われている。さすがに、今回は、厳しい戦いになる。 今までとは明らかに違う。自由気ままにしてきたツケが回ってきたようだ。」 「皇 帝か。」 「知っているのか?」
「ああ、有名な話だ。すでに、どの村にも手配書が回っている。 刃霧を見たものは、皇に差し出せとな。 差し出したものには、賞金金額の3倍を出すとあった。刃霧の賞金首は、どの首よりも高い。 その3倍だ。誰でも目の色が変る。」
「随分、手回しがいいな。先手を打たれたか。」 「一体、何をやったんだ。皇のご執心振りがうかがえるぞ。」 「あいにくと、身に覚えが無い。」 「全く、それで、どうするんだ。」
「村の連中が血眼になって俺を追い詰めようとたいした問題じゃない。 問題はあの4匹だ。1:1なら何とでも成る。だが、一斉にこられると流石にな。」
「以前話をしたあれをしろと。」 「ああ。そろそろ俺の我流を表に出す時が来たようだ。」 「フゥー。あまり、お勧めは出来ないな。」 「だが、今のままでは、ちとキツイ。」 「解った。それ用に仕上げよう。」 「ああ、頼む。期待している。」 そういうと、刃霧は、立ち上がり、扉を開け、鍛冶場を離れた。
外に出、一度、背伸びをした。 「久しぶりに、何も持たない俺がいる。ふぅー。入鹿は峠を越えたかな。」 ふと、横を見ると、北斎と美礼が、一緒に遊んでいるのが見えた。 刃霧は、中むつまじく遊ぶ二人を見て微笑ましい光景に思えた。 『こういう光景もいいかな。』と、何気に思っていると、北斎が刃霧を見つけた。 「話、終わったんですか?」 「うん、ああ。後は、オヤジの仕事が終わるのを待つだけだ。」 「そうですか。じゃあ、食事の支度します。美礼ちゃん、手伝ってくれる。」 「私、お兄ちゃんと話する。」 「あっ、そう。じゃあ、私、食事作ってくるね。」 「北斎、そばにいればいい。」 「えっ?」 「オヤジは、1回仕事を始めると、そう簡単に手を休めない。俺達だけ先に食うのは不礼儀だろう。 オヤジが落ち着くまで待とう。」 「わかりました。」
「それで、美礼だったかな。俺に何の話かな。」 「お兄ちゃんが刃霧だよね。」 「ああ、そうだ。」 「お父ちゃんがいつも言ってた。刃霧のお陰で、俺の生きがいが見つかったって。 何のことかよく解らないけど、でもお父ちゃんすごく嬉しそうだった。だから、私、刃霧って人に会いたかった。」 「会ってみてどうかい。」 「想像してた通りの人だった。」 「ほう。」 「とても優しい人。暖かくて、優しい人。でも、優しすぎるから、寂しい人。」 美礼の言葉に北斎は首を傾げた。 「優しすぎるから寂しい人なの。」 「うん。」 「そうか、寂しい人か。美礼は、人を見る目があるな。」 「えへへ。」 と美礼は、恥ずかしそうに頭を掻いた。北斎は、刃霧に近づき、 「独特の感性をもっていますよね。美礼ちゃん。」 「そうか?俺には、正直すぎるほど正直な娘だと思うよ。」 「?」 「まぁ、いいさ。気にする必要は無い。」 美礼は、刃霧に近づき、手を差し伸べた。刃霧は、美礼の手を握ると、美礼も握り返した。その後は、何か解らないが嬉しそうに微笑みながら、刃霧の手を離さなかった。刃霧は、土間の方に歩いていくと、美礼を抱きかかえ、土間に腰を下ろし、膝の上に美礼を置いた。北斎は、刃霧の横に座り、美礼と顔を見合わせる形となった。 「こういうのいいですね。」 「そうか。」 「なんか、微笑ましいです。」 「ふん。」 刃霧は、軽く笑った。美礼を、膝に載せたまま、ゴロンと寝転がった。 「何か動きあったら起こしてくれ。」 そういうと、そのまま眠りにはいった。 「すー、すー、すー。」 「はやーい。もう寝ちゃった。」
|
|