朝、3人は目覚め、軽い食事を済ませ、荷造りをした後、歩き出した。 「さて、どうする?どこに行く。」 「目的は無いんだ。とりあえず、北にでも向えばいいだろう。」 「そうですね。」 3人は北に向って足を進めた。
「しかし、ほんの少し前迄1人だったのに何時の間にか3人か。 この勢いで行くと、半年後には10人ぐらいになっているのか?」 「何言ってんだ。お前?」 「1人でいることが当たり前だったからな。変な気分だということは確かだ。」 「僕は、少しワクワクしています。」 北斎は、楽観的に微笑みながら言った。
「ある意味一番の大物は北斎か。嫌な部分を知らないから言う発言だよ。なぁ、刃霧。」 「お前が言うな。」 戯言を言いながら、3人は、歩いていた。日が昇り、真上に差し掛かるほど歩きつづけた頃、ふいに、刃霧は足を止めた。 「どうした。刃霧、疲れたか?そんな訳ないか。」 刃霧は、辺りを見回しながら、何かを探しているように見えた。 入鹿は、刃霧の表情を見て取り、同じように辺りを見回した。
北斎は、様子もわからず、辺りを見回す二人を交互に見ていた。 入鹿は、周りを良く見たが、探し物は見つからなかったのか、刃霧を見ていた。 刃霧も、既に周りは見ていなかったが、目を瞑り、こめかみに指を抑え何かを考えているようだった。 時間にして、5分ぐらいたったであろう。刃霧はふいに目を開けた。 「行こうか。」 刃霧は、特に理由も言うことなく再び足を動かした。
入鹿は黙ってそれに従い、北斎も何が何やらわからないままそれに従った。 それから、しばらくの間は、刃霧も入鹿も一言も発さなかった。
刃霧は、山の分岐点になるたびに足をとめ、少し周りを見た後、片方の道を選び進んでいった。 日が傾き、夕暮れに差し掛かった頃、2山を越え、3つめに入りかけた。 「今日は、ここで終りにしよう。」 ふいに、刃霧は、足を止め、野宿を進めた。入鹿は黙って頷き、野宿の支度を始めた。 北斎は訳の解らないままそれに従ったが、刃霧がその場を離れたため、そばにいた入鹿に尋ねた。 「あの、どうしたんですか?刃霧さん。昼頃から何か様子がおかしいですよ。」 「ああ、実は、あー言うことはよくある。」 「?」 「修羅場を数多く経験した見返りだろう。近くにいる殺気というのを感じるらしいんだ。 ただ、今日のは、いつものと少し違う。 あれほど注意深く何度も見たのは初めてだ。 もしかしたら、大部隊か、もしくは、とんでもなく強いのが近くにいるかもしれない。」 「!」 「まぁ、気をつけておいたほうがいいな。」
刃霧は、入鹿と北斎の側から離れた。今までに味わったことのない気配が近づいているのを肌で感じていた。 『なんだ、この気配。複数いることは間違いない。4つ今までの中で最高の殺気だ。確実に俺に向いている。嫌な感じだ。』
山の中、乱雑に生えた木々を直進に進んでいるかのように走り抜けながら感じていた。 3人で半時かけて降りた2つ目の山を上りきり頂きに立った。 すると、前方に、4人の人影とその背後に数十の人が立っているのが見えた。
「あいつらか。」 刃霧は、瞬間的に悟った。4人の人影も刃霧を見つけたのか、視界に入る位置まで脚を進めた。 4人と対峙するまでに時間は掛からなかった。 刃霧の正面に4人が立ち、その周りを数十の兵士が固めた。
刃霧は、いつでも刀を抜けるよう手元に置いていた。4人の1人が一歩前に進み、ニコリと微笑み、 「お初にお目にかかる。刃霧殿。私は、皇 帝様の配下で広重と申す。単刀直入に言おう。 皇様が、刃霧殿に是非お会いしたいと仰せでな。我らと共に、戦州都まで来て頂きたい。むろん、客分として丁重に扱う。」
「行く理由が見当たらないな。」 「皇様が会いたいと言ったが。」 「そのスメラギサマっていうのは、俺に何の用があるんだ。」 「皇様の崇高な考えは我らにはわからない。我らは、皇様の意思を忠実に達するものだ。」
「自覚の無い奴らか。忠実な僕さん。その皇って奴の所に行って、俺に何の用かって聞いてきてくれ。 というか、会いたければ俺の所に直接出向きな。それが礼儀だ。」 「ならば、力づくでも」
「出来るものならな。」 「出来ますよ。我らの力を使えば。」 広重は、そういうと、バッと手を上げた。その手と同時に、周りを囲んでいた兵士が一気に刃霧に向ってきた。
「お前達、殺すなよ。刃霧は生かして皇様の元に差し出すのだからな。 だが、抵抗するなら多少の傷をつけても構わない。腕の一本もなくなれば大人しくなろうというものだ。」 不意な戦闘に突入した。
盗賊や夜盗とは明らかに違う。統率された軍の兵士である。今までに体験したどれよりも数が多く強かった。 刃霧は、舌打ちを1回すると、すぐ、刀を抜き、一振りで数人の兵士を殺した。 少しの隙を見つけるとそこから突破口を作った。 刀と相手の武器がかち合う音、斬られた叫び声、血が舞い、悲鳴が轟いた。 4人は、冷静にかつ、笑いながらことの様子を見ていた。
「だらしねぇなぁ。兵士どもは、たった一人に、何をやっている。」 「手間取り過ぎだ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 「所詮は、雑魚ってことでしょ。醜いわねぇ。」
4人がぼやいている間も戦いは続いていた。刃霧は、無駄に結び合うという事はしなかった。 少しでも隙を見つければ、相手を一刀で戦闘不能に陥れていた。 相手の血が舞い、体中にその血を浴びながらも戦いは終わらなかった。 すでに、10人以上の兵士が斬り殺され、地面に倒れていた。 流石の兵士達も、修羅のような強さの刃霧に戸惑いを隠せなかった。
現状の倍いたはずの人数が一気に減らされ、戦意を喪失するものさえ見えた。 刃霧は、全身返り血で真赤になりながら息を正し、刀を構えていた。 そのうち、近くで立っていた4人の1人の女が、溜息を一つフゥーッとつくと。 「私、飽きたから帰るわ。」 そういうと、くるりと踵を返し、立ち去ってしまった。 それに、ならい無言で小柄の男も去っていった。 残った二人の男の内の禿げた男は、兵士達に向って声援を投げかけ、広重と名乗った男はただ黙って事を見ていた。
終わることが無いと感じた兵士達は死に物狂いで刃霧に向っていった。 刃霧は、向ってくる兵士を斬り、結び斬りを繰り返した。そんな時、猛々しい叫びと一緒に、ボカンと鈍い音がした。 刃霧と、兵士は音のする方を見ると坊さんが兵士を棍棒で殴り倒した光景が見えた。 「入鹿!」 刃霧は咄嗟に叫んだ。
入鹿は、近くにいた兵士を同じように殴り倒すと 「帰りが遅いから見にくればこれだ。いいか、刃霧、儂はお前に言いたいことがある。しかし、それも後だ。 まずは、こいつらの掃除が先だ。」 1人でさえ適わないのにもう1人増えたことで兵士達の士気もより下がった。 そうこうしている内に、北斎が追いつきその凄惨なる光景を見るや否や悲鳴をあげずにはおられなかった。 そのかん高い声に広重は、声のする方向に視線を落とすと、 「北斎!」 ふいに名前を呼ばれた北斎は、その声のする方を向くと叫んだ。
「兄さん。」 広重は動揺を隠せなかった。 「何故、お前がここにいる。何故、刃霧と共にいるのか?」 広重の呟きは、北斎には聞こえなかった。
だが、少しの間を置き、 「ええい。撤退だ。全員退け。」 広重は、生き残った兵士に退却の命令を下し、自分もその場を去った。 兵士達も生きた心地がしなかったため誰よりも早くその場を去っていった。
4人の中で、1人残った禿げ頭の男が、にやにやと薄笑いをこぼしながら、刃霧を見、 「なかなか強いなぁ。お前。面白いものを見せてもらったよ。雑魚相手ではそんなものだよなぁ。 まぁいい、次は俺が相手をしてやる。
俺の名は戒爪(かいかい)。覚えておきな。それと、次に会うときまでに後悔の無いよう女をしこたま抱いておきな。」 そういうと、不敵な笑みを残しさっとその場を去った。
刃霧は、ふーっと一息つくと、血脂で汚れた刀をキレイに拭い、鞘に収めた。 入鹿は、ずかずかと近寄ってくると拳を振り上げ、刃霧を殴った。
いや、正確には、刃霧を殴ろうとしたが、拳は空を切った。刃霧は、拳を避け、入鹿の背後に立っていた。 「ん!素直に殴られろ。」 「殴られる理由が無い。」 「有る。お前、儂を馬鹿にしているのか。」 「何のことだ。」 「儂は、お前の足手まといか。と言っているんだ。」 「?」
「そりゃあ、あの4人と対等に戦えるかと聞かれたら、なんとも言えん。しかし、お前の補助ぐらい出来る。 今日だって儂がいれば、あ、いや、儂がいなくても十分・・・かな。いや、儂がいれば、もっと楽に戦えた・・・筈だ。」 「そうだな。」 「本気でそう思っているのか!」 「別に故意で避けたわけじゃない。」 「いや、わかればいいんだ。わかれば。」 刃霧は、血みどろの顔を手で拭いながら、4人が去った方向を見た。
「入鹿、あの4人を知っているのか?」 「ああ、有名だぜ。皇の配下で、確か、4鬼神って呼び名だ。皇が国を興すまでは、あの4人は、最高の賞金首だった。 それが、皇の天下になった途端、貴人待遇だ。」 「なるほどね。広重に、戒爪か、あと二人いたな。女とチビが。」 「確か、女が夜叉。チビの方は闇撫だ。どっちも強いぜ。」 「そうか。」 「なんで、皇の配下と戦うことになったんだ。」
「よくわからん。皇っていうのが、俺に会いたいそうだ。断ったらこのざまだ。」 「なんで?」 「さぁな?ところで、北斎は? 大丈夫か?」 入鹿の顔を見た後、周囲を見渡すと、座り込んだ北斎を見つけ、二人共だって北斎の傍に行き、刃霧が、覗き込む様に北斎の顔を見ると、蒼ざめた顔をしながらも、北斎は、か細い声で、 「私は大丈夫です。刃霧さんは?」 「見てのとおり大丈夫さ。」 「でも血だらけですよ。」 「これは、相手の血。俺は無傷だ。」 「はぁ。」 「しかし、理由はよく解らないが、あいつらとは戦わなくてはいけなくなりそうだな。温存していた奥の手でも使うか。」 「奥の手?そんなものがあるのか?」 「まぁな。ただ、今のままではダメだ。」 「なんだそれ。」 「さぁ。」 それから誰も話をしようとしなかった。黙ったまま、野宿の支度をした場所で、戻っていき、火の周りを囲んだ。
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