奥室では、打ち震えるライラと、茫然自失とするデミトリがいた。 ライラは、気をしっかりもち、デミトリに、 「デミトリ皇子。アルスの戯言に付き合う必要はありません。何としてもザベル様をお救いし、反撃に打って出るのです。」 「でも、ザベル様もライラ様も私を殺すつもりなのでしょう?」 「!、何を言っているのです。それこそアルスの虚言。我らを仲たがいさせようとする企みです。」 「今日は、これで終わりにしましょう。これ以上の話し合いは意味を成しません。」 デミトリはそういうと、俯いたまま部屋を出て行った。 デミトリは、悲壮感を隠し切れなかった。アルスから伝えられた事だけではない。 少しの時間の間に、突然出てきた兄の存在と奪われた王座。 自分の弟は宰相という地位を手にいれ、 奴隷だったシグナスは、親衛隊の隊長という地位を手に入れていた。 王族の皇子といえ、政権に入っていなければ、扱いは低い。 むろん、王族としての権威があるのである程度の高さは示されるが、 政務における実権は何も無い。 仮に1万の軍勢を動かすとしてもキーヴにはその権限があり、 自分の言葉一つでそれを自由に動かすことが出来る。 だが、デミトリには、権限など何も無いので、1万どころか、一人の軍人すら自由が利かないのである。それらの現実が今日はっきりしたことで、明らかなる差を感じ、悲壮感を感じずにはいられないのである。 まして、ザベルの策略の全貌は本人からも聞かされていなかった。ただ、オルバス亡き後は、デミトリが継ぐ、アルス失脚後はデミトリが継ぐ。ただ、それしか聞いていなかった。継ぐ事実はあれども、それが短命な王位である事実には気づきもしなかった。 まして、自分が、ザベルが王位を継ぐための部品の一部でしかないことをデミトリは、どうしてよいのかわからなかった。 「私は、今まで一体、何をしていたのだ。 そして、これから、どうすればよい。私には何も無い。」 とめどなく流れる涙を止める術を、デミトリは持ち合わせていないほど、激しく動揺していた。
中庭からは歓喜なる声が聞こえてきた。 「シグナス親衛隊長の昇進とキーヴ宰相の昇進を祝って、かんぱーい」 親衛隊の一人ルクスが乾杯の音頭を取っていた。かがり火を四方八方に囲い、その中心に陣取るかのように、幾種類かの料理の皿が並べられその周りにアルス、シグナス、キーヴ、ナッシュ、ベルテ、イオ、親衛隊の面子や、数人の官僚が囲いグラスを傾けていた。 満面の笑みが見ることが出来た。 アルスが、グラスを傾けながら、 「シグナス隊長。キーヴ宰相。ああ、なんか言い回しがむかつく。」 「な、なんですか、それは。我らを採用したのは陛下ではありませんか。」 「そうなんだけど、なんか、むかつく。出世したみたいで気に入らんよ。」 「出世したのではないのですか?」 「さぁ?」 「なんだ、そりゃー。」 「わははははは。」 他愛無い話で盛り上がる面々。そして全員が、屈託無い笑顔を向けていた。 デミトリはその様子を見ながら、 「私は、あの中に入ることすら出来ない。あそこまでの距離はひどく遠い。」
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