「何とも後味が悪いですね。」 「デミトリの事か?」 「それもありますが、オルバス王の死から始まったこの一連の騒ぎ。何とも辛い身内騒動に見えて仕方がありません。」 「理想的国家を作るには、理想どおりの人間だけではないという事だ。」 「はい。あの、兄上、いや、デミトリは、どう処分するおつもりですか。せめて、死罪は免除していただけないでしょうか?」 「悪いが、それは出来ない。というよりも、デミトリは、自分の死を決断している。 それに対し、免除してもあいつの為にはならない。」
「え?」
「あいつは、自分が死ぬ事を選んだ。」 「?」
「見るか?」 そう言い、アルスは、書状をキーヴに手渡しした。書状の中身は、デミトリによる告発分だった。 ライラは、ザベルを牢から出し、央国に行く用意がある事。
今尚、磐石なアルス王政に歯向かい、ザベルを王にすると考えている事。 ザベルを牢から出し、央国に行く日時、経路、手配 など 全ての事柄が、細やかに書かれていた。 そして、手紙の最後には、 “我は、これに加担する。皇子としての自覚あれども、政務につく自覚なし。「民を思う」ただ、一つの理を理解できず。” と書かれていた。
「これは。」 「自分というものを持てず、結局、ライラの言いなりになる事でしか、自分を示せなかった。 風の民の報告では、偽の使者が現れた後、ライラは、デミトリに泣いて見せたそうだ。そして、それが、ライラの本心で無い事をデミトリは理解した。そして、結末は、これらの全てを白日の元に晒し、死をもって終結させる事でしかないと、決断したようだった。」
「ならば、尚更。」 「ああ、尚更、死なせてやったほうがいい。今ならまだ、あいつはあいつでいられる。 もし、仮に死罪を免れてもあいつは、後ろ盾を完全に失う。王族としてここにいる意味は無くなる。 そうなれば、糸の切れた人形は壊れてしまう。まだ自分のある内に死なせてやるんだ。」
「なんてことだ。」 「デミトリをああさせてしまったのは、私にも責任がある。私がいなかったから、ライラの寵愛は、デミトリに注がれた。 まして、デミトリの母は、ライラによって殺されている事実があると聞いた。 野心の為に、利用され、圧力をかけられ、それに応えようと必死だったんだろう。
そして、自分が利用されていたという事実を受け止めるには、あまりにも辛かったようだ。 枷がなくなり、羽ばたく自由が出来たのに、その自由を生かす力が無かった。
自分の持ちようが何かを葛藤していたようだ。葛藤して、民を思う。 ただ一つの答えを見つけたのに、それをどう動くべきかも解らない。その現実をあいつは理解した。
この状態で、生にしがみ付けば、あいつは、自分を失う。思えば、奴も被害者だ。」
「しかし、アルス王が不在だったのはアルス王の意思ではなく、前王によるもの。陛下が気に病む事は。」
「ああ。解っている。だが、オルバス全ての責任と言う訳にもいかない。今の王は私だ。 責任の一つも感じなければ、デミトリに申し訳ない。」
「気に病みませんように。」 宰相は、それだけ言うと、頭を一つ下げ部屋を出て行った。
シグナスは、親衛隊員を全員下げさせると、王と2人部屋に残った。静寂が続いた後、王はシグナスを見、 「どうした?何か用があったのではないのか?」 「いえ、特に。何か話されたいことがあるのかと思いまして。」 「ありがとう。シグナス。」 「は?」
「お前の寛容なる思いやりは、痛いほど嬉しい。私は大丈夫だよ。 それに、やっと一つ終わった。 だが、まだ歩き始めたばかりだ。本番はこれからだ。 本当の国盗り。本当の栄華はこれからだ。足は止めない。俺はそう決めたんだ。」 アルスは天井を見上げながら、そう言った。
反乱に関わった今回の全ての者達の公開処刑が行われた。 王ならびに各諸侯たちが居並び、それを囲うように、民達がそれを、いまや遅しと見つめた。
ザベル以下、元貴族達は手枷足枷を付けられ地面に座らされていた。 ザベル達が出てきたと同時に、国民たちからは、怒号が飛び交った。 反逆者の中には、女性の姿もあった。ライラ皇后である。 皇后の姿を初めて見るものも少なくなかった。女性の存在に、誰もが疑問に思い、 そして、前王の后と知り、ザベルとの関係が白日の下に晒された事で、誰もが、怒りを露にした。 王はそれらの姿を神妙な面持ちで見ていた。 そして、全員が並び終わった後、王の合図で公開処刑が始まった。
警務官長が、反逆者達の罪状を述べた。反逆罪から始まり、税の隠匿、王政の無視など多種に渡る罪状が述べられた。
それらの罪状を述べた後、最後に、 「以上を持ち、死罪を言い渡す。」 と述べられた。
執行人が、刀に手をかけ、一斉に罪人の首が落とされた。
王は全てが終わった後、 「ノイエの悪性の元凶たる者達は、これで全て潰えたと思われる。皆には苦労をかけた。 このような王族・貴族のあるまじき行為は、今日をもって全て滅した事を誓う。
そして、我らはこれを一つの戒めとし、悪政を行えば、こうなるという定義とし、今後の政務に勤しむ事を約束する。 今までのことを白紙に戻せとは言わぬ。全てを忘れる事など出来ぬ。 しかし、私は、全ての民達に生活の安定を約束したい。 微力ながら、民達のために、全ての力を振るおう。これからも私についてきて欲しい。」
王の言葉に、民達は、歓喜の声を上げた。アルスは軽く礼をし、その場を後にした。
そして、城中では、もう一つの刑が処せられようとしていた。 デミトリである。 デミトリは、先ほどの公開処刑の場にはいなかった。 デミトリ1人、別の場所で処刑が行われようとしていた。 王と、一部の諸侯のみで執り行われた。
王は、デミトリと面と向かい、 「最後に、何か言う事があれば聞こう。」
デミトリは、 「反逆をしたにも関わらず、王族としての扱いをしていただいた王に深く感謝を。」
アルスは、その言葉を聞いた後、 「ばか者が。なぜ、もっと早く私の元に来なかったのだ。それを、あのような奴に踊らされて。 自分を失うのがそんなに怖かったのか。・・・・お前は最後まで王族として扱う事を約束する。さらばだ。デミトリ。」
デミトリは、静かに目を伏せ、そして、刑は処せられた。 デミトリは、王族として墓を作られ、丁重に奉られた。
ノイエの完全平定を終えた。アルスいや、島木 徹がノイエに来て、5年後の出来事だった。
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