翌日、デミトリは、一人、アルスの前に出廷した。 周りに官僚達が居合わせる中、アルスに目を合わせる事無く平伏した状態で、 「昨日のアルス陛下のお話に、私の路を新たに見つけたと思いました。 アルス陛下の為に、この命賭して仕えたいと考えております。よろしくお願いいたします。」 「ほぅ。私に忠誠を誓うと。それは、結構だ。ライラ皇后の許可は頂いた上での出廷か?」 「ライラ様は、関係ありません。あくまでも私の判断です。」 「ほぅ。それでは、後でお叱りを受けるのではないか?」 「関係ありません。かの者は、私の母ではありません。」 「そうか。わかった。では、デミトリ、役付けになるには、お前はまだ経験が浅すぎる。しばらくは、雑用をこなしてもらう。なに、キーヴも経験している事だ。問題は無い。」 「はい。」 こうして、デミトリは官僚の末席に加わった。 突然の人事であったが、誰も何も言わなかった。
デミトリが末席に座って、しばらく静寂が続いた。 キーヴが、気になり、 「陛下。どうしましたか?先ほどから一言も言葉を発しない。」 「ん。いやー、そういえば、初めてだと思ってな。」 「初めて?何がですか?」 「皇子様が政権に入る事がだよ。」 その言葉に一同が、笑い出した。キーヴは、あわてたように、 「これは、したり、私も皇子です。陛下だって。」 「馬鹿いえ、お前のどこが、皇子だ。放蕩息子だとフェリシス殿から聞いているぞ。 政務に付くまでは、日がな一日馬を駆って帰ってこない。お守役の約束も守らない。 かなりのじゃじゃ馬らしいではないか。それのどこが皇子だ。」 「なっ、陛下だって。即位前は、ただの一日も城にいなかったそうじゃないですか。」 「俺は自覚している。お前は自覚していない。」 「なんなんですかー。一体。」 キーヴは、ヒステリックに叫ぶと、一同がまた笑い出した。 「ここにいるやつらも含め、高貴なる者という言葉が最もふさわしくない奴らの集まりだ。その中に、一人高貴なる者が入ってきたから、異質な感じがするなと思ってな。」 その言葉に、笑いが止み、一斉にデミトリを見た。デミトリは、訳がわからず、照れ笑いをするだけだった。 「では、朝議を始める。」 その言葉に全員が真面目な顔に戻り、小難しい議題が並べられた。
会議の議題の一つ、2,3の木箱に入った土が台の上にドンと置かれた。政務職の一人が、 「ゲルトルバの州候と、ラセツの州候それから、ブダーイルの州候からそれぞれ送られてきた土です。」 「ブダーイルといえば、ザベルのいた城近辺の村ですね。」 「はい。作物の育つ環境下にある土を調べているのですが、どうでしょうか?」 といい、木箱をずずっと、中央に寄せた。土と言われてもただの土ではない。肥やしや土壌がいろいろと含まれているため、ひどい匂いがする。成れていなければ到底耐えられるものではない。 イオは、早速、一つの木箱を手元に寄せ、おもむろに手を突っ込み、こねくり回した。 「これは、ゲルトルバか?だいぶ暖かいな。馬糞でも入っているのか?」 ズボッと手を抜き、手ぬぐいで雑に手を拭くと、違う箱に手を突っ込んだ。 イオに習うかのように他の諸侯たちもそれぞれの木箱に手を突っ込み、感触を確かめた。 それは、キーヴとて同じだった。 さすがに、アルスは見ているだけだったが、全員の官僚が手を突っ込んで土の感触を確認していた。 そしてその木箱は、当然のようにデミトリの所にも来た。 今まで、そんな事をしたことなど一度も無い。まして、家畜の糞の入っている所に手を突っ込むなど有り得ない。ひどく躊躇した。そして、匂いのキツサに、いても立ってもいられず、席を外したかと思うと、そのまま外に出て嘔吐した。 その様子を他の官僚たちも当然見ている。デミトリは、吐ききって空っぽになった胃をさすりながら、部屋に戻ると、先ほどの土に関して、全員が論じ合っていた。 土の感触を確認せず、まして、土の良し悪しでどう作物に影響が出るかも解らないデミトリにとって、その場にいる事さえも苦痛と感じるほど居たたまれない気持ちがよぎっていた。 そんな状況の中、時間が過ぎ、朝議が終了した。 デミトリが席を立とうとすると、アルスが、 「デミトリ、ダモスの持ってきた土を運ぶのを手伝ってやれ。一人で3つの木箱は大変だ。良いな。」 「は、はい。」 デミトリは、ダモスと呼ばれた政務官の所にいくと、土の入った木箱を手渡された。 ダモスは、 「貴重な土です。吐かないようにしてくださいね。」 と軽く皮肉に満ちた言葉を吐くと、二つの木箱を軽々と持ち上げ、スタスタと歩いていった。一つの木箱でも十分に重い。 デミトリは、匂いを我慢しながら、木箱を落とさないように、ヨタヨタしながら運んでいた。 その日一日は、小間使いとして、デミトリは扱われた。
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