いつものように、ベッドから起き、軽装に身を包み、自室を離れると、既にシグナスは待機していた。 「いつも早いな。ちゃんと部屋で寝ているか?」 「は、はい。。」
アルスが王になるまでは、シグナスの部屋を用意されなかった。 アルスは、自室内にベッドを置き、そこで寝かせていた。だが、慣れない環境に戸惑い、 アルスの自室を出て、床で寝ていた。王になり、部屋が用意されたのだが、身辺警護の為と、やはり、自室の前の床で寝ている光景をよく目にした。
「ふん(笑)。」 微笑みながらシグナスを見ると、シグナスより後ろに1人の近衛兵が立っていた。 「あれっ。お前は見た事のある顔だな。誰だっけ?」
近衛兵は立ったまま深々と一礼すると、 「本日より、陛下のお側に仕えさせて頂きます。近衛兵のルクスと申します。よろしくお願い申し上げます。」 「ルクス、ふむ。やはり、聞かない名前だな。新兵か。しかし顔はどこかで見た記憶がある。う〜ん。」 「はっ、先日奴隷解放の折、陛下へのご奉公を認めていただいたものです。」 「あー、あの時のルドの民か。」 「はっ。予定の修練を終え、陛下のお側に仕える事を認めていただきました。」 「そうか、じゃあ、これからよろしく頼む。」 「はっ」 「声が大きいな。あまりはりきると後が疲れるぞ。」 「大丈夫です。体力を持て余してまっす、いえ、持て余しております。」 「ははは。いいね。その口ぶり。変に変える必要はない。そのままで構わんよ。」 アルスは、無邪気に笑い、ルクスの肩をポンと叩くと、そのままシグナスと廊下を歩いていった。
食堂に入り、朝食をとっていた。向かい合わせにシグナスも同じ食事を口にしていた。 食事も終わり、アルスの椀を下げ、女中が茶を持ってきた。
茶碗を置いた後、すっと頭を下げ、 「お初にお目にかかります。セシルと申します。 奴隷解放の折、国王陛下様へのご奉公を認めて頂きました。 こうして、陛下のお側で仕えるご許可を頂きました。末永くよろしくお願いいたします。 アルス様への絶対なる忠誠を。」
「ほう。これは、また随分丁寧な言葉使いだな。さっきのルクスと大分違う。こちらこそ。」 「はい。」 セシルは、嬉しそうに、笑顔を向けた。 その笑顔の可愛らしさに思わず、アルスも微笑んだ。 「ということは、今日はルドの民の初出勤か。記念すべき日だな。」 と呟くと、 「初? あっ、いえ。」 後から部屋に入ってきた女中頭が、左右に手を振り否定した。 否定の意味がわからず、アルスが呆けていると、
「本日より陛下の御前に出せるのはこの2人のみです。あとはまだ修練の最中です。」 「ほう。」
「私がこんなことを本人の前で言いたくないのですが、このセシルとルクス。きわめて優秀かと。 飲み込みの早さはもちろんですが、人並み以上の努力を怠りません。」 「ほう。それはそれは。」 アルスは、セシルの顔を見ると、セシルは、伏し、
「恐れ多い事です。もったいないお言葉身身に余る光栄に存じます。」
「解った。よく面倒をみてくれ。」 それだけ言うと、アルスはシグナスを従えて食堂を出て行った。
玉座の間では既に、イオ、ナッシュ、ベルテ他、それぞの官僚が床に座り、今は遅しと王を待っていた。
壁伝いには近衛兵が均等間隔に立ち、直立不動に構えていた。
ルクスは、アルスを目ざとく見つけると、にこりと笑い、気軽に手を振ってきた。 アルスは、それに気づいたが、特に無反応でそこを通り過ぎ、真っ直ぐ玉座に向かった。
ルクスは横にいる先輩近衛兵に話し掛けた。 「なんか緊張しますね。俺ドキドキしてきました。」 先輩近衛兵は、ギッとルクスを睨み、
「ここでの我々の役目は陛下を始め、官僚の皆様の命を守る事。 ただそれだけだ。一瞬足りとも気を抜くな。」 ルクスはそれを聞き、口を閉ざし、まっすぐ視線を向けた。 アルスは、椅子に座り、一度頬杖を付き、そのあと、顎を腕から離し、
「内紛への素早い対応ご苦労だった。皆の働きには正直驚いている。さて順に報告を聞こう。イオ。」
イオは、景気よく立ち上がり、 「反乱に加わった残党は、悉く死滅。遺体は焼き、処理は終えております。」 「ナッシュ。」 アルスの呼びかけに、イオは、座り、代わりにナッシュが立ち上がった。
「今回、捕縛したものへの尋問を開始しています。 協力者、出資者など計画に関わる全てを吐き出させていますが、 目的の人物の名が出てくるかどうかは、保証できません。」
「ベルテ」 ベルテは立ち上がり、家宅捜索結果を話し始めた。 「今回の中心首謀者達の家捜しをしたところ、明らかな私財の隠匿が発見できました。 実申告に比べゆうに倍はあろうかと思えるほどの私財が保管庫より見つけられております。
ズイセンの屋敷に見つけられた連判によりこの件に荷担したと思われる元貴族も既に、捕らえております。 一両日中には屋敷を捜索し、隠匿していた私財は全て押収いたします。」 「そうか。」
「はっ。」 「私財の隠匿、王への反逆。死罪は妥当だな。」
「はい。あの、ご報告すべきかどうか迷ったのですが。」 「なんだ。申せ。」
「はい。ズイセン達首謀者の屋敷にそれぞれ同じようにあったのですが、 屋敷内にいたであろうルドの民が皆殺しにされていました。」
「なに!」
「恐らく、情報の漏洩を恐れての行為だと思いますが、あまりにも惨たらしい惨劇でして。」
「・・・・・・・、そうか。思わぬところで罪の無いものを死に貶めてしまったようだな。」 「はい、まだ全貌はわかりませんが、もしかしたら・・・」 「他の元貴族の所も同様ということが。」
「はい。」 「解った。ベルテご苦労だった。一つ頼まれて欲しいのだが。」 「はっ、何でも」 「無抵抗に殺されてしまったルドの民達は丁重に埋葬し、墓を作ってやれ。」 「はっ。」 「身よりを探すのは至難か。」 「はい、申し訳ありません。」 「いや、いい。」 「はっ。」
「首謀者達の尋問は続けろ。だが、名前が出ようが出まいが、本日夜半過ぎに、刑を執行しろ。 余計な邪魔が入る前に殺せ。 元官僚達のクビは城下に晒し、民の声を聞け。以上。」
「はっ」 主だった官僚は王の下知に従った。
アルスは部屋を出ると、わき目も振らずに、お気に入りの高台に来ていた。 城下を見下ろすのではなく、空を見上げていた。 シグナスは、肩膝を付き、顔を上げアルスの顔を見ると 「陛下。大丈夫ですか?」 「何が?」 「いえ、お加減が悪いのではないかと。」 「大丈夫だよ。少し、予想外の事が起きただけだ。 誰も殺さないと誓った筈だったのに認識が甘かった。 何の罪も無いものを死に至らしめてしまった。まだまだだ。」
「そうかもしれませんが、先ほどの陛下のご采配で、 亡くなったものは随分と浮かばれたと思います。」 「シグナス。」 「はっ。」 「随分と気休めが上手になったな。」 「はっ?」 「いや、ありがとう。少し楽になった。」 「はっ。」
ズイセン、ワルダ以下反逆を行った者たちは、クビを落とされ、斬られたクビはそのまま城下に晒された。首の横には、立て札が立ち、 『第一級犯罪 王への謀反を企てた者 私財の隠匿 等』 と書かれていた。 城下にいた民達はそれを見るや否や、悪口雑言をいいながら、地面に落ちていた石や泥を掴み投げつけた。
死罪を受けた元貴族達の家は取り壊し、家族の者はすべからく、平民への格下げが命じられた。 ナッシュは、家族の者への通達をする際に、こう伝えた。
「本来ならば連帯責任。王の反逆を止める事の出来なかったものは同様に死罪。 そして罪も無いルドの民を殺したのもまた死罪に値する。 しかし、王の計らいによって死罪を免れた。 それでも尚、王を恨むならば恨むが良い。そのときには、正当にそなたらに死罪を与える。」 その言葉に何も返す事が出来なかったと言っていた。
場所はかわり、ザベルの住む城中
ザベルを中心に数多くの人が群がり、杯を傾けながら話をしている風景が見てとれ。 「ズイセン様、他10余命の貴族の首が王宮下の城下に晒されておりました。」 「アルスの暴虐はいつまで続くというのだ。」 「全く、王家の風上にもおけぬ下品ぶりだ。いつまで神はあのような男をのさばらせておく。」
数々の不平や、悪口雑言をアルスに対し浴びせている男達がいた。 それらを制し、ザベルは、 「諸侯たちの無念、ならびに、言わん事は理解している。 私も今回のことを聞くや否やすぐにズイセン達への寛容なる計らいを行おうと動く前に、 あの男は、首を切って棄てた。 無知なる行動といわざるを得ん。 だが、神はあのような下品極まりなる者をいつまでも許しはしない。必ず鉄槌を下すだろう。
無論、私が神の下、正当なる証をもって、かの者のクビを絶つ。 そして、誠の正当なる名を持つものが王になり、以前の気品に満ちた王家を取り戻す。」 と力強く他の諸侯たちを先導し、言い放った。
ザベルの熱弁に、誰もが大いなる期待と高揚とした面持ちで城から離れていった。 ザベルは、その光景を見ながら、ほくそ笑み、 「ふん、ズイセンのような小物など死んだところで私にとって痛くも痒くもない。
だが、アルスめ、いちいち小賢しい真似を。 奴のお陰で、私の目論見が遠のいたわ。 だが、見ていろ。絶対なモノなど存在しない。
貴様の粗を見つけ出し、必ずや主権を私のものにしてくれる。」
|
|