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作品名:ノイエの風に吹かれて 作者:xin

第5回   第01幕 第04章-[内乱]
奴隷の廃止は違う形で波紋を呼んだ。
民よりも、元貴族や、王族が、最後まで反発をしていた。

「階級社会において奴隷は至極当然のこと。
貴族主義がある以上、奴隷という身の置き場の無いもの達がおり、
それで生計を立てているものを無くすというのはおかしい。」

「人が平等ならば王はどうだ。
我々を上で押さえつけ、不当な行為をしつづけるのは許すまじ。」

「平伏を禁止して、民が我ら高級貴族を軽んじている。
我らあっての民という意識が著しく欠落している。このような体制にしたアルスを許せない。」

とかなりの憤慨振りにアルスを口汚く罵しるものが後を絶たなかった。
奴隷の解放を命じても、不当に奴隷を確保したりと法令無視を続けた。

アルスによって、権威も官位も剥奪された元貴族の怒りは爆発していた。
これらの怒りが結集され、後のノイエの第一次内乱戦に繋がる形になった。

動きは、密かに行われていた。
不当で一方的な解雇を通達されていた貴族達は、今までも示し合わせたように集まり、
酒の肴に王の悪口雑言を常に並べていた。

生活が抑制され、自分達の力が遠く及ばない事実に憤慨し
、堕落な生活を自ら足を踏み入れていてもそれを止める術を持たない者達が増えていっていた。

そんな彼らも今回の奴隷の廃止でとうとう、我慢の限界がきたのか、王を亡き者にしようと考え始めていた。

「王の行為は暴虐だ。我らを軽んじるばかりか、自分に都合の良いものばかりを周りに囲い、
勝手なことばかりする。
良政とは名ばかりだ。自分は神とでも思っているのではないか。」
「全くだ。あの男が王になってから、このノイエは変わった。
階級という重さを実感しない国民が増えすぎた。」
「全くだ。ワシらを見てもひれ伏す事すらしない。
何度斬り捨てようかと思ったぐらいだ。」
「王を殺そう。」
「しかし、大儀はどうする。殺した後、誰が政権を治める。
王の前にはいつも近衛兵や側近が従えているぞ。」

「何、大儀などなんとでもなる。それに我らにはザベル公がいらっしゃる。
アルスを亡き者にし、再びあの栄えあるノイエを復活させるのだ。」

「ああ、やろう。」
名も知らぬ元貴族の言葉が発端となり、王への恨みつらみから暗殺を企てる事となった。

一人の言葉が発端となったとはいえ、無尽蔵に溢れかえる憎悪はどんどん膨らみ、
数10の元貴族によって巧みに練り上げられていった。

反逆を企む彼らの元に一つの吉報が舞い込んできた。

アルス王が、少しの共を連れて、遊行に出るというものだった。
ノイエは、他の国と違って、1年を通して、季節感が非常にある国だった。
夏季は暑いし、冬季は寒い。
このあたりも日本に近い状態で、季節折々の食が取れる良さがあった。

季節は、春季。花舞い散るキレイな新芽を見るための遊行であると言う。
王宮を出ずに執務に明け暮れる王の外出に千載一遇の機会と決行日を決めた。

王の旅路の経路を調べ上げ、その上で、見晴らしが悪く、行動するに有利な場所を調べ上げ、
配下の者に行動を示した。

暗殺の成功と、栄華極めた自らの復活を祈願し、貴族達は宴会に明け暮れた。

報せの通りの日取りに、アルス一行は王宮を出て、旅路に出た。
先頭に兵士が2人。輿が一つ。それを囲うようにさらに兵士が騎乗していた。

遊行目的であったため、誰も鎧、兜など身につけず、
普段着の格好に帯刀するだけの非常に簡素な格好だった。

アルスにとっては、王になって初めての旅行である。
気分も高揚し、兵士達も馬上で、お互いに話しながらと楽しい雰囲気で一行は進んでいた。

一行は、城下を通り過ぎ、避暑地に向かうべく山道を登り進めていた。
山に入ると、風で、木々がざわめき、無数の葉の隙間から太陽の木漏れ日が地面を照らしていた。

山の中腹に来たとき、馬が辺りの匂いに感づいたのか、首を持ち上げ、
”ヒヒン”と一鳴きした。

その時である。ヒュンと風を切るような音がしたかと思うと数本の矢が地面に刺さった。
馬がいななき、騎乗した兵士が乱れた。
輿を背負っていた男達はその場に止まり、あたりを見回していると

雄たけびのような怒号とともに、数十人の兵士が木々の間から輿めがけて突っ込んできた。

その状況に全員が驚き、輿をもっていた男達は、身勝手にも輿から手を離し、あろうことか、
輿を見捨てて逃げ出した。

兵士達は、何事かすぐには理解出来なかったが、向かってくる兵士に対抗すべく刀を抜き、王の命を守らんと懸命に刀を振るった。
だが、自軍に比べ、相手の数が圧倒的に多かった。
一合、二合と結ぶ間も無く兵士達は、胸を切られ、鮮血が迸り、悲鳴を上げ、倒れてしまった。

全ての兵士を倒したのを確か、輿めがけて兵士が雪崩込んだ。

「死ね!!アルス。」
と叫び、輿に勢いよく刀を突き刺さした。

一本刺すと後は、その場の雰囲気で、何本も刺し貫いた。
一本の刀を抜くと刃は真っ赤に染まっていた。

「悲鳴を上げる間もなくという奴だな。無様なモノだ。ようし、後は首を取って城下にさらす。
輿をはげ!アルスのクビを取るぞ。」

にやりと笑い、周りにいた兵士と共に、力任せに輿の扉を剥ぐと、一同は、呆然とした。

輿には、誰もいなかった。
だたあったのは、何本もの刀が突き刺さり、赤く染まった藁だけだった。
「何だ、これは。」
皆が呆然とする中、1人の兵士が言葉を漏らした。

誰もが、状況が理解出来なかった。

「なんとも間抜けなことだ。こうも予定通りに事が運ぶとはな。
俺が利口なのか、貴様らが愚かなのかどちらかな?」

その声に気づき後ろを振り返ると、先ほど斬り殺した筈の兵士達が、立ち上がっていた。
声を発した男を囲うように剣を構えた兵士が立っていた。

「何故、生きている。」
「確かに殺したはずだ。」

「その人形と同じだよ。胸周りに全員それと同じ仕掛けがしてある。
血がついて、雄たけびの一つも上げれば、死んだと錯覚するだろう。

王の首を取ることが目的のお前達だ。
兵達のトドメをさすことよりも一刻も早く王の首を取りたかっただろう。
トドメをささずに兵士が死んだものと決め付けた。

まぁ、そんな馬鹿者達のおかげで、私の大事な兵士が一人足りとも死なずに済んだのは幸いだったな。」

「何だと。」
「もっと王の顔は、正確に把握すべきだな。今から殺す相手を知らないからそうなる。」

「何ぃ。じゃあ、貴様が、アルス。」
「さぁ、どうだろうね。」

鼻で笑うアルスに、剣を改めて構いなおし、ジリジリと詰め寄る者達。
この中で隊長らしき者が、笑みを零し、
「状況は変わってないと思うがな。
いや、自ら名を示した事で貴様の不利が増しただけだ。この状況が理解できているのか。」

「お前もな。」
「何だと?」

アルスは、右手をすっと上げると、一斉に矢の雨がアルスの後ろから飛んできた。
矢は、確実に敵兵達に向かって一直線に飛んでいき、そのままうめき声と共に死んでしまった。

生き残った敵兵士が辺りを見回すと、どこから出てきたのか自分達の3倍はあろうかという数の兵士が自分達を囲っていた。
弓隊は、弓を絞り、敵兵の命を取ろうと狙いを定めていた。

突き進もうと足を踏み込んでいた者達は、徐々に後ずさりし、袋小路に追い詰められた。

「事態の状況も弁えずに挑むからそうなる。形勢はすでに逆転している。愚かな兵達よ。
お前達をここで全滅させる事は容易い。
だが、それよりもやっておく事がある。剣を棄てよ。膝を付き、降伏しろ。」

アルスは一喝し、生き残った全ての兵士を降伏させた。
周りの兵士がすぐに、縄で敵兵を締め上げた。

その様子をじっと見ていると、そばにイオの配下であるレイカが近寄ってきた。
「ご無事で。」
「ああ、大丈夫だ。怪我は無い。」
「全く、無茶をされる。もしものことがあったらどうされるおつもりだったのですか。」

「さてね。」
「影武者を立てろと再三イオ様が申したでしょうに。」
「事の顛末はちゃんと見ておかないとな」
「まったく、あなたという方は。」
「だが、一兵たりとも死んでいない。こんな愚策な内紛で命尽きては浮かばれんしな。」

アルスは、今回の内乱が起きる事実をいち早く察知していた。

時間を作っては城下に行っていた事がこの事実をより早くできたのだ。
王であるお披露目をした後だったので、トールとアルスが同一人物だと知る者も現れたが、
特にそこに気をとめず、変わらず接してくれていた。

都にいる工匠から、剣や鎧を作る仕事を多く貰うという話が出てきた。
別では、商人から馬を多く買っていく貴族がいるとの話が出てきた。

依頼や、商売をしている貴族を洗い出し、そこから、今回の反乱の事実を突き止めたのである。


そのお陰で、最初からアルスが意図的に策略を仕掛けることが出来た。

元々、奴隷の廃止がきっかけで、貴族の内乱が起きる事は想定していた。
そして、その想定が事実になったことが分かった。

だからこそ、はっきりとした形で反逆の意思をした者の芽を摘む必要があると、実行に移したのである。

アルスが王宮を出なければ、いくら多くの兵を徴収したといっても攻める事は、難しい。
それ故に、アルスは、反乱者達を思惑通りに動かす必要があり、嘘の避暑地旅行を計画したのである。

王自らが外に出れば、王を滅したいと思うものが行動を起こすと読んでいた。
事実、そうなったのだが、計画を知っていたものですら、王の策略には驚嘆するほか無かった。

最初は、偽の一団を用意し、敵が襲撃している所を後ろから襲撃するという内容だった。
だが、それを真っ向からアルスが否定した。

「それでは、最初の一団が死ぬ可能性がある。その策は却下だ。
人形を置け、紅の一つも仕込んでおけ、刀に付けば、斬ったと錯覚する。いちいち刀についた血の匂いなど確認はしない。
兵も同じだ。頭を斬るのは容易ではない。胸や背中に、同様に紅を仕込み、斬られたら叫び声でも挙げて倒れれば、
トドメまではささん。奴らにそんな余裕はないだろうしな。」

「それはそれで構いません。しかし、王が自ら一陣に入るのは認めません。
何かあったらどうされるおつもりですか。」

「私にも同様に血糊を仕込む。それで問題無い。」

「大有りです。王が自ら行く必要が全くありません。」
「いや、行く。」

「なりません。」
ナッシュが強く否定した。
「あなたは王なのです。あなたは、一人であり、絶対なるものなのです。
あなたは、後陣でどっしりと構えていて来れれば、良いのです。我ら臣下は、あなたの為にいるのです。
我らは、替えが利く。しかし、王はただ一人。何かあってからでは、遅いのです。」
そんな出だしから始まり、コンコンと説教が始まった。

それは、随分と長く、話ていた。要約すれば、王は後ろの構えてどっしりしていろという者だった。
アルスは、溜息を一つつき、さも降参とばかりに両手を上に上げた。

その言葉に、ナッシュも安堵の息を漏らしたが、
アルスの次の言葉で、手で顔を覆うことになるとは、本人も思いもしなかった。
「わかった。わかった。ナッシュの言うことイチイチ最もだ。全く、二の句も告げれないとはこの事だな。
俺は、後ろでどっしりと構えているんだな。分ったよ。”次からな。”」

「全てが初めてづくしだ。王になった事も。王政をしている事も。そして、内乱になっている事もな。
こんな機会がそうある事じゃない。後世のために今は知る時だ。最初から死ぬために事に臨むわけじゃない。
出るぞ。」

「さて、お前達の今後の策を聞こうか。私の首を取った後、どうするつもりだったのだ?」
一人の男の首筋に剣を向け、アルスは見下し、言った。

「さぁな。俺は一兵卒だ。そこまでは知らないな。お前の首を取って来いと命令されただけだ。」
兵士は吐き棄てるように叫んだ。

「貴様、王に対しその不礼儀、何とかならないのか?」
レイカは刀を抜き、斬ってかかろうとしたが、アルスはそれを制止し、

「話したくなければ話さなくても良い。別の人間に聞く。その代わり、お前はもう必要ない。」
そう言うと、首筋から剣を引くと、首筋をスパッと切り裂いた。

斬られた個所から血が迸る様にあふれてきた。一瞬で死にいたる致命傷ではなかった。
痛みと死にゆく恐怖で、周りも気にすることなく叫びながら転がっていた。

「簡単に死ねないというのは、苦しいよな。不忠義な者にふさわしい死だ。
さて、お前たちはどうする。」

何のためらいも行為に、誰もが旋律すら覚えた。アルスは、刀の刃先を一人の男に向け、
「さて、そなたは、この一団の隊長だな。こちらの覚悟は分かったな。
お前達を殺すことにタメライはない。今後の予定を話せ。貴様もあーいう風に死ぬか?」

その言葉に、完全に恐怖で支配された隊長は、自分の知っている限りを全部露呈した。

全てを知った後、アルスは、
「なかなか、忠義の熱い隊長だな。俺の下にはいらないな。」

隊長の首から剣を下げ、スタスタと歩いて行くと、
虫の息になりながらもかろうじて生きていた兵の首に躊躇なく剣を突き刺した。
断末魔とも呼べるべき小さな声を上げ、絶命した。

剣を抜き、刃に付いた無造作振り払った。その様子を見ていた全ての人間が背中にゾッとする感じがした。
その姿を見て、自分たちも殺されると意識した敵兵は涙やらよだれを垂らしながら助命を懇願した。

アルスは、剣を鞘に治めながら、
「こいつらの鎧をはぎ、主だったものは身に付けさせよ。こいつらは、牢獄にでも放り込んでおけ。」
「はっ」
レイカとその配下は、敵兵士から、鎧を剥ぎ、自分達が身に着けた。
「あのー、陛下。この後はどうされるのですか?」

アルスは、自身も鎧を着ながら、
「決まっている。敵兵の鎧を着ている物は、このまま奴等の合流する場所まで行く。
おそらくそのまま王宮に向かうだろう。
残ったものは、すぐさま、王宮に帰り、この状況をイオ達に報告しろ。あとは、イオ達の判断に任すとな。」

「はっ。ちょ、ちょっと待ってください。陛下はどちらに。その格好。まさか?」
「私も合流地点に行く。」
「駄目です。絶対駄目。そんなの許したら、私はイオ様に叱られます。」
「お前の許可が必要なのか。私は。」
「敵陣のど真ん中ですよ。何かあったら、どうするつもりですか?」

「大丈夫。何も無い。勝ち誇った顔をした元貴族どもの顔を見て、終わりだ。」
「なりません。絶対に駄目です。」

「ダメだ。事の顛末は最後まで見ると言った筈だ。」
「しかし、」
「間抜けた事をいうな。今は戦の最中だ。王は城の中で震えていろとお前は言うつもりか。首謀者の顔はきっちり見ておく。」
「しかし・・」
「いちいちクヨクヨするな。覚悟を決めろ。」
「陛下〜。」
レイカは、悲痛な声を上げ、アルスを見つめた。

そのやり取りに割って入ったのは、シグナスだった。
「レイカ様、陛下の命は私が責任を持ってお守りします。何が何でも。」
「シグナス殿。」
「話しはまとまったな。では、行くぞ。」

アルスは、先程切り落とした首を布に包むと、自らその首を持ち、敵の鎧を着た10名程の兵士と共に、
合流地点に行くべく走り出した。

しばらく走っていると、合流地点である場所に、
煌びやかで派手な宝飾品をつけた豪華な鎧に身を包んだ貴族達一団が見えた。

「品性が無いな。」
「は?」
「あの鎧だ。あんなものを身に付けて俺の配下に絶対に入れたくないな。」
「随分と落ち着いていますね。私は心臓が飛び出そうなのに。」

レイカは、極度の緊張で顔面蒼白になっていた。
「お前に任せなくて正解だったな。」
「面目ございません。」

アルスは、今や遅しと王の首を待っている者達を一通り見ていた。
その中で、一層派手な鎧を付けた銀色の髪と銀色の長い髭を携えた初老の男に目が留まると、

「確か、ズイセンって名前だったな。高級貴族の筆頭だな。
ふん、あいつが首謀者か。他にも見たことのある顔が、いるな。
よし、始めるぞ。」
アルスは、さも今まで走り通しで来たかのように勢いよく元貴族達の前に倒れこむように伏し、

「はぁ、はぁ。ただ今、戻りました。作戦は大成功です。アルスの首を取りました。」
と平然と貴族達に言いのけた。

アルスに遅れ、シグナスやレイカ達も貴族達の顔を見ないように地面に伏し、アルスに習った。

アルスの言葉を聞き、ズイセンは感極まるばかりに喜び、伏したアルスに向かって、
「クビを見せよ。あの愚劣極まる男の無様な醜態を見たい」
とはしゃぎながら、言う言葉に、レイカ以下全員に、緊張が走った。

しかし、アルスは、そんな言葉にも関わらず何の動揺も、見せず

「こちらに来る途中から死臭立ち込めており、なんとも無様な匂いが発せられます。
皆さまのお鼻汚しをされるのはいかがなものかと。」
と落ち着いた声で言うと、

ズイセンは、匂いを嗅いだわけでもなく、自らの鼻を抑え、
「よいよい。では、王宮でそれを開き、匂いにつつまれた無様なアルスの姿を下賤な者達に晒してくれようぞ。
では、いくぞ。向かうは、王宮ぞ。」

その号令に、ズイセンを始めとし、多くの元貴族達が、馬を走らせ、王宮に向かって進撃を始めた。
意気揚々とした歓喜な笑い声が一団に敷き詰められていた。

気分も高揚してか、馬の足がどんどん速くなっていった。
馬が早く走り始めた事により、歩兵は、全力で走らなければ、追いつけない事態になっていた。

ただでさえ重い鎧に加え、武器も手にもっているため、馬の速さに比べれば、その足は遅く、
とても、ついていけるはずも無くどんどん離されていっていた。

元貴族達に仕えていた者達は、追いつけるわけも無く、どんどんと離されていき、
馬が見えなくなっていた。
レイカ達は日頃の軍部鍛錬のお陰で、そこまで酷くはなかったが、馬の後ろにピッタリと走れているわけではなく、
徐々に、馬とも離れ、他の歩兵達ともだいぶ離れ、走っていた。
前も後ろも随分と距離が開く中、アルスは、

「なんか、走るのが馬鹿らしくなってきたな。」
ポツリと呟くように言った。

「はい?」
レイカは、アルスの言葉が聞き取れなかったのか思わず聞き返すと、
「自分の事しか考えていない。歩兵が全く追いついていない事実を理解しているのか?」
「さぁ、どーでしょう。」
「しまったな。」
「は?」
「策をいろいろと朗じたが、敵のことも少しは調べて置く必要があったかもな。」
「はぁ。」
「こんな馬鹿相手に全力でやることも無かったと言ったのだ。」
アルスの言う言葉が理解できないのかレイカは、腑に落ちない顔で
「はい?」
とアルスの顔を見ながら聞き返した。
「今からイオに伝えて、昼寝でもして待てと言えるかな?」
「それはムリかと。」
「だろうな。相手がこれほど馬鹿だと思わなかった。」
「あの、先程から馬鹿だ。馬鹿だと言っていますが、どういうことですか?」
レイカの問いに、アルスは溜息混じりに、
「あいつの大義名分はなんだ?」
「たぶん、手前勝手な王の暴虐かと。」
「それをもって、自分達の正当性を認めさせるものは?」
「王の首ですかね。」
「その王の首は誰が持っている?」
「我々ですね。」
「俺達は馬に乗ってるか?」
「いえ、見ての通り走ってます。」
「あいつらが城に着いたときに、何人の者が側にいる?」
「20名そこそこですかね。」
「あいつらは俺達を待っていると思うか?」
「いえ、」
「王宮内に入って、自らの鬱憤をぶちかまして王のクビを見せる。そういう算段だろう。」
「たぶん」
「そのときに王の首は?」
「ここですね。あっ、なるほど。」
「今ごろ気づくな。」
「すいません。」

「まぁ、イオがうまく立ち回ることを願おう。」
「うまく立ち回るですか。」
「頭固いからなぁ、あいつ。軍事における決断力と判断力は高いんだが、こと、こういう事においての、
応用が利かないんだよなー。まぁ、ナッシュ達がいるからなんとかなるか。」
「そうですね。」
レイカの頷きと共に回りにいた兵士も思わず頷いていた。

ズイセン達は、門番の制止も聞かずそのまま王宮内まで流れ込んでいった。

完全に勝ちを得たと思い込み、そのまま王宮内にずかずかと入っていき、玉座の間にまで来た。
玉座の間では、ナッシュ・ベルテと主だった官僚、そしてイオが普通に話をしていた最中だった。

ナッシュ達は部屋の異変に気づき、鎧に身を包んだ者達に詰め寄った。
「何か?貴君らは何者か?ここは玉座の間。王の認めたもの以外の立入は禁じている場所です。」

ズイセンは、声高らかに、
「王?アルスの事か。あの男は死んだ。私の手によってな。」
「何?」
「何を言っている貴様。」

「事実だ。前国王より仕えてきた我々をないがしろにした挙句、高貴なる貴族の位を剥奪し、果ては、私財の没収。
我らを蔑むだけ蔑み、礼を尽くせぬ所業。
そんなふざけた政治しか行えない者を王と認めることは断じて出来ない。
それゆえに神の名を借り、あの者に天罰を加えたのだ。アルスは、もうこの世にいない。」
ズイセンは、声高らかに、部屋中に響き渡るように言ってのけた。

「馬鹿な。」
部屋に居て、その言葉を聞いたものは、にわかには信じられなかった。

「言葉で信じられなければクビを見せてやろう。そうすれば貴様らも納得できようぞ。おい、クビを持て。」
ズイセンは配下の者に対し手を出した。しかし、どの配下もクビなど持っていなかった。
「おい、クビだ。どうしたクビはどうした。」
「クビは恐らく、歩兵がもっているかと。」
「その歩兵はどうした。なぜここにおらぬ。ここに連れてまいれ。」
「はっ、それがまだ追いついていないかと。」
「なんだと。お前達何をやっていたのだ。」
ズイセンとその配下のやりとりを見つつ、ナッシュは、イオに合図を送った。

「兵を入れてください。この者達を捕らえるのです。」
「しかし」
「このような者達に、アルス陛下が倒されるとは思えません。後は、私が何とかします。」

「了解した。」
イオは合図を送り、主だった兵士を玉座の間に入れ、一網打尽にしてしまった。
ズイセンは訳も判らないまま縄につく羽目になった。
「何をする。貴様何をしているのかわかっているのか。」

「王を殺したのならば大罪にあたる。そのものが自己申告をし自らのクビを差し出したのです。
それを捕らえて何の問題がありましょう。
しかし、王が死んでいなかった場合その行為は未遂です。それでも大罪には変わりない。
王の安否を知った上で、法に基づき裁かせていただく。」

「王は死んだと申しているだろう。今に解る。
そのときの貴様らの落胆振りが目に見えるようだ。」
ナッシュは、すぐに、王の行方を探すよう命じた。

イオは自ら赴くといい、一軍を率いて、馬を走らせた。

その頃、まだアルスは、かすかに見える王宮に向かって、走っていた。
「結構、馬、早いな。やっぱり、人の足では馬には勝てないな。」
「そうですね。今頃、城に着いたでしょうか?」

「そうだな。」
「しかし、陛下。意外と足速いですね。何時の間にそれほどの体力を。陛下だけでなくシグナス殿まで」
「隠れて努力」
「はぁ。」
「見直したろ。」

「それは、もう朝からずっと。」
「ははは。だってよ、シグナス。」
「はっ、レイカ様に認めていただき恐悦至極です。しかし、私よりもレイカ様の方がずっと年上ですし、役位は上です。
呼び捨てで結構です。」
「年は関係ありません。敬称は、尊敬する方への表現方法だと考えています。」

「恐れ入ります。しかし、もう話をするのが疲れてきました。」
「ダメだなぁ。シグナス。努力が足りんよ。」
「すみません。」

「うん、前方に馬。こっちに向かってきてるぞ。なんだ。」
走るを止めて、馬が向かってくるのを見ていた。
兵士達はすぐに、アルスの周りを囲い、守備に徹した。

「あの旗印は、イオ様のです。」

「そうか。」
そういい、アルスは一息いれた。
先頭で馬を走らせていたイオは、アルスを見つけると、見事にその場に、馬を止め、颯爽と下馬すると、

「ご無事で。」
イオの言葉に、アルスは肩で息をしながら返事を少し待つように手の平を前方に向け、
「はぁ、はぁ、ああ。」
イオに続き、他の者達も少し遅れ、馬から下りるとその場に跪き、王を囲うように座った。
イオは、王の無事を確認すると、

「なによりです。ナッシュ殿達が安否を気遣っておりました。」
「はぁ、はぁ、そうか。それで、ズイセン達は。」
「すでに捕らえております。」
「ナッシュの計らいか。」
「はい。」
「流石。はぁ、もう走らなくて良さそうだ。」
深い息を吐きおろし、安堵の息を一つした。
「あっけない幕切れですね。」
レイカは、深い息を吐きながら、安心から言葉を漏らすと、
「まだ終わったわけじゃない。」
とアルスに強く諌められた。

アルスは、イオ達に視線を向け、
「半分は、城に戻り、私の無事を伝えろ。
残りのものは、私達の後ろでまだ走っている歩兵達を全滅させろ。」
「はっ!」

「それから、最初に襲った一団。牢獄に入れろと言ったが、不必要だ。即刻殺せ。
それから、ズイセンの屋敷に入り、家宅をすぐに調べろ。
あいつ1人で考えた事では無い筈だ。多少の貴族はいたが、あれで全員とは思えん。
関わったものが誰か調べ上げ、本日中に、全員捕縛しろ。」

「はっ!」

イオは、アルスの命令を受け入れると、一軍を3つに分け、一つを城下に伝令、一つを歩兵の殲滅。
残った兵はズイセンの屋敷に家宅捜索に向かわせた。

イオは、自ら歩兵の殲滅の指揮をするために、アルス達の後ろをまだ見えぬ王宮目指して走っている兵に向けて馬を走らせた。

「ああ、馬一頭残しておいて。」
「はっ!こちらをお使い下さい。あっそれをお持ちします。」
「すまんな。」
そう言いうとアルスは、兵にクビを渡し、馬に乗り、イオの即座の行動を見送った。

「さすが、大将軍。行動に要する決断は早い。まごまごされるよりは、頼もしく思うよ。」
そういうと、ゆっくりと王宮に向かい馬を進め始めた。

 ゆっくりと馬を歩かせながらこれまたゆっくりと城下に入り、そのまま王宮に入った。
城門では残っていたイオの配下の者達が迎えてくれていた。
「陛下。ご無事で。」
「レイカ様も」
口々にそういいながらアルスを馬から下ろした。

「あいつらは?」
「玉座の間に、ナッシュ様が既に縄にかけております。」
「解った。」

「さて、事の顛末最終章と言ったところか。」
アルスは、兵士達を従え、玉座の間に向かった。

玉座の間に入り、ズイセンの側に寄った。
ズイセンは、先刻見た鎧を見て部下と信じ込み、
「おお来たか待っていたぞ。さぁ、クビだ。クビをあの男に差し出せ。アルスのクビをな。」

「そう、せかすな。ここまでクビを持ってくるのにいささか疲れた。少しは休ませろ。」
「何を言うておる。そなた、誰にモノを言うておるのか解っているのか?」

「お前もな」
「何ぃ。」
ズイセンは改めて鎧の男の顔を見た。それはよく知っている顔だった。

「あ、アルス。アルスお・・・う。生きていたのか。」
「当たり前だ。お前達のような馬鹿者に殺されては。それこそ末代までの恥だ。」

「何故、じゃあ、このクビは?」
乱暴に放り出された包みは、勝手に紐解かれ、ズイセン達の前に、広げられた。
見ると、そこには、アルスのクビを取るよう命じられた兵士の首だった。
「ああ、なんとした事だ。」

ズイセンの悲痛な叫びを背に、ナッシュが無事の安否を気遣ってくれているのを聞き、礼を言いつつ鎧を脱ぎとった。
軽くなった体を、自分の腕で揉みつつ、そのまま玉座に腰を下ろした。

「さて、ズイセン。今日は一日お前の為に大変手間を掛けさせてもらった。
いろいろと策略を練ったにも関わらず最後は貴様の無能ぶりのせいで、後味の悪い結果になった。
どう責任と取るつもりだ。」

「無能だと。」
「お前が無能だから、そのクビを見る前に縄に掛かっているんだ。」

「ぐっ・・・・。」
「付き合わされたほうも溜まったものじゃないな。なぁ、ワルダ。」
「ぐっ・・・・・。」

「私の守役だった割には私の事を理解できていなかったようだ。だから追放されたのにそれすら気づかんとはな。」
「貴様を王に進言しなければ、ここに招き入れなければこんなことには。」

「そうだな。全く持ってそのとおりだ。お前は、これで良い目を見れると思ったんだろ。
私の守役であると言えば出世が、出きると思っていた。
だが、最初の教育係がお前であった事が、俺に、在籍している官僚が無能だという事を教えてくれたよ。
だから、今回のように人事の一掃を計った。俺とお前との認識がつくづく違うんだよ。」
「くそっ!!」

「ちなみに、お前達の歩兵はここにはもう来ない。誰1人としてな。」
「?」
「王への反逆は大罪。それに荷担したものも同類。皆、死罪だ。」
「皆、後悔するだろう。馬鹿な貴族に従えた事をな」

「お前はまだ、これ以上の罪を重ねるか。どれだけ暴虐をすれば気が済むのだ。
ワシなどはほんの一例だ。今に第2第3の者が、王への謀反を企てる。」

「解っているさ。だから今日をもってその半分を一掃する。余計な甘さが招いた俺のミスだ。
もっとも、その甘さは意図的に作ったものだがな。」
「何?」

「お前の家宅を捜索させている。
連盟状の一つも出てくるだろう。今回の件、お前一人の策とは到底思えん。仲間がいるなら全て排除する。」

「そこまで手が回っているのか。」
「俺を誰だと思っている。認識がいちいち甘いと言った。
それに、お前のいう暴虐はお前の道理だ。世間の道理とは異なる。
私利私欲がなしえない事を暴虐とは言わん。

自身の罪を認める時間はくれてやる。他の仲間が捕まるまでの間だがな。
お前達の言い分は何も理解する事はない。己たちが行ってきた所業の数々決して許す事は出来ん。以上だ。」

そう言うと、アルスはその場を去った。

イオ達は、向かってくる疲れ果てた歩兵達を悉く斬り殺し全滅させた。
その後、鎧を剥ぎ、死体はそのまま焼き捨て、土に埋めた。

事が終わるのを確認するとそのまま城に取って返した。

ズイセンの屋敷に行ったもの達は、
途中、合流したベルテと共に、見つけてきた連判を元に、
今回の件に荷担した貴族を捕らえ、ズイセン同様に牢に入れられた。

そこまでの事をたった一日で終わらせた。
疾風の如き速さであった。

事の所業が終わるまでの間、アルスは高台から城下を見ていた。
「ついに、人を殺したか。」
「はっ?」
「いや、今日は人を殺した。」

「あの兵士ですか。」
「ああ、誰よりも早く手を血に染めたかった。これからもっと多くの血が流れる。
俺だけ純真無垢な手ではいられないしな。」
「それで、陛下自ら。」

「ああ。思ったよりもあっけなかった。きっと慣れてしまうんだろうな。こんなことが続くと。」
「そんなことは。。。」

「すまない、席を外してくれ。しばらく一人になりたい。」
「はっ。」

そういうと、シグナスと側女はその場を後にした。アルスは一人になり、
「俺は、ここに来て2年か。随分と変わったな。王様って奴が板についてきた。
もう何も止められない。人も殺した。これから先、まだ殺さなければならない奴もいる。全く。」
呟くように、言い、しばらく黙っていたが、突然、声を張り上げ

「うぁーーーーー。」
声のあらん限り叫んだ。外に出ていたシグナスは何事かと思い、ドアに耳を傾けた。

「自分に誓いを立てたんだ。この国を最高にさせる。王として生き抜くとな。
まだ何も無い。無いんだ。自分に厳しくあるのは当然だ。」
アルスは声の限り叫び、息を撫で下ろした。

「はぁ、たまには酒と女に溺れてみようかな。」
シグナスは、その言葉を聞き、横にいた側女と顔を見合わせた。

シグナスは、恐る恐るドアを開け、薄めで、王の所在を確かめると、
アルスは、ドア越しに、シグナスの正面に立ち、
「冗談だ。冗談。聞こえていたんだろう。シグナス。入ってきていいぞ。」

「あの、何も聞いていません。何も言いません。」

「気にするな。変わってしまうかもしれない自分を戒めただけだ。」
「気休めかもしれませんが、息抜きも重要だと思います。いや、遊びはあんまり、お后がいないのも事実ですし、
やはり世継ぎのことを考えても。」
「今はまだいいさ。他にやることがある。」

そんな会話の後、イオからの連絡は、すぐに来た。


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