アルスは、皆の目の前で、正装を脱ぎ捨てた。 「こんな動きにくいものはもう着ない。シグナス、いつもの服を持って来てくれ。」
アルスの傍若無人なる態度に、列席していたザベルは、怒りの形相に変わったが、何も言う事無くその場を去っていった。
アルスの弟達であるデミトリ、キーヴ、ノリスもアルスの予想以上に意外な行動に、ただ呆然としているだけであったが、 デミトリは、母親である皇后と連れ立ちその場を去り、キーヴとノリスもしばらくアルスの様子を見ていたが、広間を退席した。
その後、アルスの言葉を理解できたものは直ぐに立ち上がり行動した。 アルスはその場で、シグナスが持ってきた服を着ながらそれを見ていた。
「この国に人はいる。なかなかそういうチャンスが無かっただけだ。 国を生かすも殺すも俺次第だ。ここが重要だ。」
先立って行動したものに続き、多くの官僚や士族はすぐに席を立った。 お守り役であったワルダが玉座に近づき、泣きそうな顔で王の顔を見た。 アルスは、ワルダの表情で言いたいことは解ったが口を開くことも許さない勢いで、
「まずは、国政を見る官僚を雇用する。雇用希望のものは、端から端まで並べそのまま縦列に並べさせろ。 一人一人見ている時間は無い。ある程度はまとめてやる。そうだな、政治、財務、軍事は希望させろ。 本人達の希望もそれなりに与えたい。すぐに行え!!」
ワルダは何かを言うことも出来ず、傍にいた近衛兵を連れて官僚が出て行った先に向かった。
広間にいたノイエの官僚たちは、政治、財務、軍事に分かれ座っていた。いろいろな表情を浮かべた者達を見て取れた。 期待するもの、不服をもつもの、恐怖さえ感じているものすらいた。
アルスは、おもむろに玉座から立ち上がり、 「すぐといったのに、随分時間がかかったな。時間が無いといった言葉を理解できていない者が多いようだ。 さて、雇用に辺り、少し話をしておきたい。
俺は、前国王オルバスの実子にて長男であったために、世継ぎとして王になった。 だが、ここにいる殆どの者は、皇子としての俺を見たことは無いだろう。実際、俺もお前達を見たことが無い。
俺はノイエで生まれたがノイエで育ってはいない。ほんの少し前までは別の世界にいた。 事情は側近に聞いたが、実際の所はよく解らん。
ここに戻ってきてからの間、俺はノイエという国をいろいろ見て回った。ノイエを知ろうと思った。 知れば知るほど、この国を好きになった。 こんないい国を俺は見たことが無い。今までの王族や貴族・士族が行ってきた行動の全てに尊敬すらする。 だが、過去に行ってきた事は過去の事。素直に受け入れるにしても、俺の道で進まねば将来は無い。 だから、従来は従来と認め、俺は俺の好きなようにやる。 都合のいいことに王というこの国一番の特権を与えられた。」
これから何が起きるか予測すらしていなかった者達もアルスの言葉に少しの安堵を示した。 高級貴族と称される貴族の中でも一際高い位を配されている貴族達は、アルスの事情を既に知っている。 ここではない別の星から来たものだと言うこと。ノイエの歴史も知らぬ者。貴族国家である事実を知らないなど見聞き知っていた。 そんなモノが王になり、浮ついた心で何かをしようと躍起になるのも解らない話しではないと思い始めていた。 褒め称えて調子に乗らせて贅の限りを味あわせてやればすぐに、こちらの都合どおりに動くと、ほくそ笑みすら始めていた。
「今から、貴君等にいくつかの質問をする。各々は感じたことをそのまま表してくれればよい。いいな。 近衛兵それからシグナスお前達は私の手伝いをしろ。私が指示したものはお帰り頂け。」
近衛兵とシグナスは首を傾け、指示を待った。 「さて、実に簡単な質問をする。それに対し合うと思えば、挙手しろ。 問い一。ノイエは、どの国よりも繁栄を辿っている栄華を極めた国だ。」
それだけの問いだった。
座した官僚たちは何事かと思っていただけに少し面食らったが、数十人は鼻で笑いながら手を上げた。 他にも多くのものが手を上げているのが見えた。
「下ろして良い。問い二 国の財産は、貴族と士族という人である。。。」 全員を対象にした質問は、10項に及んだ。
質問を終えた後、アルスは指を差し、差されたものは出て行くように促された。 指をさされなかったものは、安堵の息を撫で下ろした。
会場から出て行けと指名されたものは近衛兵に捕まえられ部屋から出て行くように促された。
「即位後の行動の素早さに今度の王は一味違うとと思ったが、人を見る目が無いとは見下げた話だ。」 「こんな王では、ノイエの先は無い。」 「国を思うことの出来ない者が王になるなんて馬鹿げている。」
などと、出て行きながら、アルスに向かって、叱咤とも呼べる文句を言う者すら出た。
200以上にも及んだ人数は瞬く間に3分の1が減った。
アルスは改めて玉座に座り、口を開いた。 「さて、出るべき人間は出て行ったようだな。だが、ここに残ったモノ達以外にもまだまだいるんだろうな。 だが、職にも就かずに食っていける貴族もいるというのに、役職についてまで金を得ようと思う人間がいるのだから、更に性質が悪い。全く、嫌になるね。」
溜息交じりの王の言葉に何を言っているのか理解出来ていないものが殆どだった。 アルスは、改めて、部屋に座した貴族達を一望した後、低い声ながらもはっきりとした声で
「お前達ご苦労だった。今日をもって貴様らの官位、及び権力は、全て剥奪する。お前達に貴族を名乗る資格は無い。」
と言い切った。 その言葉に一同は息を呑んだ。まさか、出て行ったものが合格で、残されたものが不合格だとは夢にも思わなかったのである。
実際は、こうである。扉を出てすぐに、近衛兵が、別室に通されていた。 事前に近衛には指示が出ており、指示されたものを別室で待機させるようにとの事である。 それに従い、各々を別室に案内し、別名があるまで待機と言伝を伝え、また部屋の中に戻っていった。 残されたものたちは未だ状況がつかめず唖然としているものも少なくなかった。
「何故、何故、我々がそのような不当な扱いを受けなければならない。 あのようなたかだか少ない質問で、我々の何が解るというのだ。」 「解るように作った。本意で国を理解しているかどうかをな。」 「?」 「あれの全ての答えは、否どの一つにも良いと当てはまるものはない。出て行ったものは全て否と答えたものだけだ。 国の現状を理解しているものがあれだけということだ。己らはもっと自分達を恥じよ。 官位という身分高き立場にいながら、その立場を理解できず果ては国の現状も理解できていない者達ということだ。 お前達と共に国を歩んでいくつもりは無い。不必要なものは、去れ。私の政権には要らぬ存在だ。」
アルスの声に呼応してか、近衛たちは互いに槍を鳴らし威嚇を始めていた。
「しかし、先ほど、王は、貴族・士族が行ってきた行動の全てに尊敬すると言ったではないか。」
「愚かなる者が自分の非も解らずに偉そうに生きていることに尊敬するという意味で言ったのだ。 お前達を認めたわけではない。さっさと目の前から消えろ。」
集まった貴族達の不平不満も聞く耳持たないアルスの態度に、その場を後にせざるを得なかった。。 人によっては口々にアルスに聞こえるように異論の口を唱えるものも少なくなかった。 「そのような傲慢が通るものか。」 「いつか、国は割れる。その時にお前に味方するものなどいると思うか。」 口々に王の悪口を言いながらその場を後にした。 この中には、王の守役であったワルダも入っていた。
「悪い芽は早めに摘む、待機させていた者達をここに呼べ。」 王の命令に近衛は別室で待つ者達を呼びに行った。
別室に連れていかれていた官僚たちを呼び戻し、王座の前に並んだ。
アルスは、先ほどまでの不機嫌な顔と打って変わって、真剣な顔持ちで迎えた。 全員が並びきるのを見たあと、アルスは口を開いた。
「ここに居るものが、以前どの待遇だったから知らない。特に知る必要も無いと思っている。 ここから始める。
さて、始めるにあたり、今から指名するもの前に出ろ。」
アルスは、横に立つシグナスと並ぶ官僚を交互に見ながら指示するとシグナスは、玉座から降り、 アルスが指示したであろう人物の前に立ち、前に誘導した。
指示された者は、3人いた。 どの者も少し初老な感じのする者だった。3人は、玉座の前で平伏し、アルスの言葉を待っていた。
アルスは、見下すように3人を見たあと、 「お前たち。先ほどは部屋から出る時に面白いことをのたまわったな。 なんだったか?人を見る目が無い? ノイエの先が無い。 国を思うことが出来ない者が王になるのは馬鹿げている。 随分な言われようだな。」
言葉を区切り、改めてその3人を見た。3人は、平伏したまま何も言わなかった。 唐突に含み笑いをしたかと思うと、声高らかに笑いだした。
その大きな笑い声に、前に伏した3人はもちろん、そこにいた人間全てが何事かと驚いた。 アルスは、笑いを一区切りすると、微笑みすら浮かべ、
「別に怒っているわけではない。むしろ、感心しているぐらいだ。 あの場でそれが言える者という事を自ら示してくれた。感激しているぐらいだ。 とりあえず、王の権限を持って、お前たちに役職を与える。
お前たちの名前と希望配属先を言え。」
王の言葉に、3人は伏したまま、左から順に名乗り始めた。 「拙の名は、イオ。希望配置は、軍部です。」 「私の名は、ナッシュ。希望配置は、政務です。」 「私の名は、ベルテ。希望配置は、財務です。」
全員を聞いたあと、 「ふむ。綺麗に3つ別れたな。俺は、運がいいと思うべきかな。 では、イオ、ナッシュ、ベルテお前たちにはそれぞれの希望配属先の通りにしてやる。 その希望に属して、配属を許す。 そして、その上で、お前たちは、それぞれの配属先で、最高権威を与える。」
アルスの言葉に、一同が、唖然とした。 そう、誰もが。
たった、あれだけの出来事で、配属先が決まり、役職まで与えられた。 それも最高権威である。
この三人は、前王にも仕えていたが、それほど高い役職を与えられていたわけではなかった。 むしろ、下から数えたほうが早いぐらいに低い役職だった。
今までの官位と比べれば破格の出世ではある。
さすがに、3人も驚きを隠しきれなかった。 戸惑い、伏した顔を上げ、口を開こうとする3人を間髪いれずにアルスが口を開いた。
「否定は許さない。自らの言葉に責任を取れ。お前たちは、その責を果たす言葉を既に口にした。 役を与える代わりにその責に応じた言葉を紡げ。」
少しの休憩の後、国政は、始まった。
今後の国の生き方を皆と討論をし始めた。 王は、討論を始める前に、皆に言い聞かしたことがあった。
「討議を始める前に言って置く事がある。俺は今の法令を認めていない。
"王は絶対なる者で神に近い存在である。"
顔を見る事はおろか、影を踏むことも許さない。
そんな下らない事が法令として定まっている愚かさを認めることなど絶対に出来ない。 故に、今日ここを持って、その法令は抹消する。
神を信じることを許さないとは言わない。縋る者を欲する者を否定する気はない。 だが、神は所詮偶像だ。神に縋った処で、何も解決しない。
解決する事が出来るのは人だ。ここにいる者達だ。
人は、向き合って話をして初めて何かが決まる。一方的な物言いなど強制でしかない。 故に、討議は、全員並列の基で行う。
討議に官位も身分も関係ない。全員が全員の意思で意見を言え。 官位の高さで意見を言い損ねるような奴がいれば、例え優秀なる者であっても、帰ってもらう。」
アルスの言葉に、今までにいない王だと思わざるを得なかった。 そもそも、今まで低い階級だった3人がたった一瞬にして最高権威を与えられたこれだけでも、他と違うことは明白だった。
アルスの元、全員が国の現状、今後に関して如何なき意見を発し、長く長く討議が行われた。
「よいか、まず憂うべきは国民の生活基準を上げる。 私がこの国に来て真っ先に疑問に感じたのは階級の差という奴だ。
むろん、国を動かしているは国王、貴族である。統治国家である以上、それも仕方がない。 商業をするもの工業をするものそれぞれに落差があるのは止むを得ない事ではある。
全てが平等だというわけにもいかんのは承知だ。
しかし、人が人を扱うのに獣以下の扱いをする事は断じて許せん。」
その言葉だけで、誰もが、奴隷の事を言っていると理解した。 ナッシュは、ふむと少し考えた後、 「奴隷の解放ですか。いきなりの難問ですね。奴隷の文化は、それなりに根付いている。 使う者もそして、使われる者も。しかし意味は十二分にあると思います。 私自身かねてより思っていたことがあります。発言しても。」
「かまわん。遠慮なく言え」
「急務なのは国土の安定です。 税収の減額はもちろんですが、治安の回復・水路・交通の便行うべこことはたくさんあります。 その一つ一つを速やかに解決すべきです。」
「ふむ。問題が多いな。この国は。とりあえず、国民が豊かにすることが急務だな。」
「では、まずは、減税ですね。すべての事を並列に行わなければなりませんが、 まずは、税金の問題が一番、大きい。今の国税では国民を憂うどころか強く脅かしてます。 昨日の人員削減で、多くの貴族の権威を剥奪し、禄を徴収したと聞きました。
気休め程度ですが、それを国民に均等に分配。 そして、しばらくの間、減税と共に王族の方々にも暮らしを抑制させていただく。」
「!!」
ナッシュの言葉に他の政務官が驚いた。アルスは、特に驚くことなく、 「しばらくの間とは?」 「少なく見積もって2年」
それを聞いて、財務官長となったベルテが口を挟んだ。 「少なすぎです。恐らく最初の1年は、国の補強工事などで、金がかかります。 国政を考えれば、最低でも3年は必要かと。いや、3年ですら少ない。10年は見るべきです。」
「遅いな。時間がかかりすぎる。やはり2年だな。国の補強工事は半年で終わらせろ!!」
「2年で。無茶ではありませんか。」
「国土補強する為には、水路を新たに作る必要があります。それには多くの人手がかかります。 徴収するにはそれなりの準備というものが」
「人が足りないというならば、誰でも借り出せばいい。イオ!!」
「は!?」
「工事となれば力仕事だ。 軍事再編成をしなければならないお前にとって屈強な兵士は必需ではないか?」
「それは、まぁ。」
「工事は、軍部の人間にやらせろ。工事も進むし、兵士も鍛えられる一石二鳥ではないか?」
「は、はぁ。」
「よいか。お前達の案はそのまま採用する。だが時間は短時間で行え。 必ず守るべき事は、上から命令し、国民を強制するのではなく、 国民が自ら動くように仕向けるのだ。
我々が先頭にたって動く事によって国民は動く意志を示す。 その為ならば、俺だって外に出る。国王は城の中にいればいいというのは古い考えだ。」
「なぜ、そこまで時間に拘れます。 もちろん、早く行えば、それだけ国民の暮らしも豊かになります。 しかし、物事には流れというものがあります。急いては事をし損じます。」
配下の一人の諌めるかの言葉に、アルスは、静かな微笑みを見せたあと、
「俺は、ノイエの安定は第一歩とでしか考えていない。」
唐突に発せられた王の言葉に、一同は誰もが驚嘆し、国王の顔を見た。
「国の安定は先だって行うことで、俺は、全ての国を制覇する。」
「!!!!」 「なんと」
「ノイエの安定などは俺にとっては大事の前の小事だ。 さっさと国交の回復をした後、他国を自国の領土化し、国を統一する。
そのためには、国交の回復は最短で行う。 元々国民の暮らしをよくするのに長く時間をかけるのは無意味だ。
それでは、何も変わらない。尊ぶほど早く行って意味がある。」
「なんという大胆な事をお考えになる王だ。」 「それがまかり通ると思っていらっしゃるのですか?」
「お前達は思っていないのか? 聞くところによると別に他国間で平和協定を結んでいるわけではないそうじゃないか。
別に隣の国に攻め入っても何の問題もないだろう。
ノイエには無い商業や工業に発展した国があるそうじゃないか。
それらの知識や技術をここに取り入れれば新たな発展に繋がる。むろん、他の国にもだ。」
「それは、違います。陛下。確かに平和協定は結んではいません。 しかし、この数百年の間、それを行わないのは央国が睨みを利かせているからです。」
「また央国か。よくよく縁のある国のようだ。 だが、四方を全ての国に囲まれた国がなんでそんなに偉いんだ。」
「詳しくは解りませんが、噂によれば、国一つを簡単に潰せるほどの武器があるとかないとか。」
「ずいぶんといい加減な情報だな。それに踊らされてこの数百年黙っていたのか。」
「このような話があります。ザクトは他国も認める軍事国家です。 あの国は、一度央国に攻め入った記録があると聞いています。 しかし、攻め入る前に、央国の力を見、戦を止めたと聞いています。」
「ほう。そんなに凄い力なのか。」 「はい。噂ですが。」
「なるほど。まぁ、所詮噂は噂だ。事実かどうかもわからん。 なんなら央国は最後にしてもいい。滅ぼすのをな。」
「今の事を聞いても変わりませんか?」
「変える必要など無い。脅しに屈するのもバカらしい。 それに、時間があれば、対抗策を考える事は出来る。」
「どんな力かもわからないのにですか。」
「あいにく俺は、ここの生まれじゃない。 刀や弓を主武装としたこの国以上の兵器と呼ばれるモノなどいろいろ知っている。
むろん、それらとは別の根底にあるモノかもしれん。禁断の術なんて、俺も見知らぬモノもあるぐらいだなしな。
だが、見も知らぬ物に怯え、今を変えることも出来ない状況は許せん。野望は大きくもたんとな。」
アルス王の言葉にこれ以上のツッコミをする気もなく、また、想像すら出来ない話に話の継続は無意味だと悟った。
出来る事はすぐに実施された
減税の布礼は、次の日には発令されていた。
それに伴い、官位を剥奪した貴族から半ば強制的に財産・財宝を押収した。 押収した財産は、財務官達によって、国民に寄与された。
寄与されたといっても、微々たる財だったが、王の計らいに喜んだ。 ちなみにだが、王族達が無駄に持っていた私財も最低限を残し、殆どは国民に配られた。
ほぼ同時に国の復興活動として、田畑に水が均等に行き渡るよう用水路の開発や、 開墾などと殆ど、農民を思わせるようなことをしだした。
最初は、国民達もただ傍観していた。
王の気まぐれで何を始めたのかと怪訝に思い、互いにあらぬ噂が飛び交っていた。
しかし、それらの噂も気にすることなく、軍事を預かるもの達が先頭に立ち鍬や鋤をもって地面を掘り出していた。
「なぁ、俺達兵士だよなぁ。なんでこんなことしてんだ。これするヒマがあったら剣の一本も磨いてた方がマシだよなぁ」 「言うな。イオ大将軍の命令だ。」 「そうだ。そのイオ大将軍だってほら。」
と1人の兵士が指を指すと、その差した方向に、 イオが半身裸になり、汗を拭う暇すらも惜しむように鍬を振り下ろしている姿が見えた。
それを見た兵士達は文句を言っていた口を閉ざし、自らも鍬を振った。
暑いさなかの出来事であったため、容赦なく照りつける太陽に体力もかなり消耗していた。 疲れ果て、地面にしゃがみこんでいるものも少なくなかった。
そんな日が続いたある日、いつものように兵士達が鍬を振っていると、
「よぅ。元気にやってるか。」 と軽い声で挨拶をしてきた者がいた。
「はぁ?これが、元気な姿に見えるか。手前ぇは。」 汗だくになりながら太陽で焼けて肌が浅黒くなって働いていた兵士が、 と怒り口調で顔を上げると、軽装に身を包んだ男が一人立っていた。
「あ、アルス王」 「国王陛下」 アルスを見つけると、すぐ、鍬から手を離し、平伏して頭を下げた。
アルスはその姿を見るや否や、 「何やってんだ。頭下げているヒマがあるなら、鍬を振り下ろせ。 お前達が大変だ。疲れると苦言を聞いてな。そんなに大変なのか実感しに来た。俺も仲間に入るぞ。」 そう言うと、集団の中に入り、鍬を振り下ろそうとすると、
それを見るや否や、四方にいた兵士達がすぐにそれを止め、 「や、止めてください。陛下がやるべき事ではありません。そんな恐れ多い。」 「馬鹿言え、工事は遅れている。思った以上に進まない。もっと人手が欲しいと、イオが呟いていた。 だから来たのだ。」
「し、しかし。」
「気にするな。」 「そんな事言われましても。」
そんなやり取りを見てか見ずか、イオが近づいてきた。
「何をしているお前達。手が止まっているぞ!!」 「イオ様。」 「し、しかし、あの。」
「何だというのだ。・・・・・へ、陛下!!何をして・・・」 「お前が人手欲しいといったのだ。だからこうして来た。 見よ!近衛兵とシグナスそれに、有志で募った城内で働いている者達だ。 これで少しの力を得たわけだ。」
「しかし、陛下が何故。」 「近衛の者達に手伝って来いと命じたのだが、私をおいてここにくるは不忠義だと申してな。 それもまぁ、事実だからこうして一緒に来たのだ。問題はあるまい。」
「問題は大有りです。陛下がこのような事をする必要は。」 「必要はある。だから来たのだ。お前達の苦労を知ることも俺の役目の一つだ。 それは見ただけや話を聞いただけではわからん。何、毎日やるわけではない。明日の朝には戻る。やらせろ。」
返答をしぶるイオにごり押しするアルスに根負けし、図面を見ながら、あの辺りを行ってほしいと願い出た。 アルスは、指示をされた場所に行き、シグナスや近衛兵達と共に鍬を振り下ろし始めた。
イオは、それを見た後、深い深いため息を一つついたあと、兵士達を一喝した。 「貴様らのぼやきが、王を駆り出したのだ。己の発言を恥と思え。それを噛み締め、今日の目標の倍を達成するのだ。」
その言葉に兵士は豪快な叫び声を上げ、疲れを吹き飛ばさんとばかりに動き始めた。
王の出現により、意気盛んになった兵士達は、イオの言葉通り目標の倍以上を達成しその日を締めくくった。 一仕事を終え、汗をぬぐっていると、ナッシュが十数名の女性を連れて兵達の前に現れた。
男だらけの汗まみれの汚い集団に綺麗な女性の出現で、いきり立つ兵士たちを横目に見ながら、 イオが、女性達の前に立つナッシュに声をかけた。 「ナッシュ殿、いかがされました。」
ナッシュは、イオに深々とお辞儀をした後、 「陣中見舞いに来ました。本日も一日お疲れ様でした。 些少のねぎらいとして、少しの食事と酒をお持ちいたしました。どうぞ皆に振る舞ってください。」
「おお、これはかたじけない。痛み入る。」 「いえいえ、本来は私どももこれに参加せねばならぬ身、それを1人涼しげな所で仕事を行い恥ずかしく思っております。」 「そんな、ナッシュ殿が動いているからこそ、我々はこうしてここに入られるのです。」
「いやいや、そのような多分なお気遣いは」 「そうだ、そうだ。ナッシュの言うとおりだ。イオ気を遣いすぎだ。」
その言葉に、イオとナッシュは同時に声のする方向に顔を向けた。 すると半分裸になりながら汗を拭き、女中からもらった茶を飲んでいた。
「へっ陛下!!、城にいないと思ったら、こんなところにいらっしゃったのですか!」 「えっ、ナッシュ殿はご存知でなかったのですか?」
「知りません。午後から、顔を見かけないのでどこにいったのか探したのですよ。 傍にいるものに聞いても知らないの一点張りで、今日の私の苦労をなんだと思って・・・・」
「はははは、無駄な時間を過ごしたな。ナッシュ」 「あなたが無駄な時間を過ごさせたのです。 こちらにくるのは構いませんが、女中達に知らないというように強制するのはおやめください。」
「気づいたか?」 「当たり前です。常に傍にいる者たちまで知らないと言えばわかるでしょうに。」
「まぁ、今日のところは許せ。お陰で貴重な時間が味わえた。明日からは俺が来なくても補充は出来そうだ。」 そう言うと、顎をくぃと左に向けた。
それに促されるように視線を動かすと、近隣の村人達が集まってきていた。
村の代表が、足を進め、 「ワシ等も手伝わせていただけませんでしょうか。 ワシ等の為にやってくれてるのにワシ等が何もしないのは。失礼かと・・・・・」
イオに向かってさも遠慮がちにいう言葉に、アルスはいち早く立ち上がったかと思うと、代表の手を両の手で握りしめ 「何を言う。礼を言うのはこちらの方だ。お前達の力があれば、今の3倍は早く済む。」
「陛下」 イオの思わぬ発言に、村人達は驚き、一斉に地面に座り、低く低く頭を下げた。
アルスは、イオの顔を見、 「馬鹿か、お前は。状況を見て発言しろ。」 「は?」
「ふぅー、全く。お前達頭をあげよ。ここはお前達の領分だ。 それに俺は国王だが、今日は用水路の復興を行ったいわばこいつらと同じだ。 こいつらとお前達の間にどれほどの差がある?差してないだろう。だから頭を上げるんだ。
先ほども言ったように非常に助かる。忙しい時期であるのにこれに力をかけてもらうのだからな。よろしく頼む。」 その言葉に、頭を上げようとしていた村人達は更に頭を下げ、その後も一度も頭を上げる事は無かった。
王が用水路の手伝いをしていたことは直ぐに近隣の村々に触れ回った。
王と直に話をしたものは天にも上る気持ちで盛り上がっていた。
その日を境に、手伝いを申し出る人が後を立たなかった。 中には王見たさに来るものもいたが、人手としては十分だった。
アルスは王宮で、ナッシュやベルテ他数人の官僚達と今後の話をしていた。
話の折に、 「昨日、仕事帰りのイオ様と会いまして、期限以内に工事が終わりそうだと申しておりました。」 「人手は足りたようだな。」
「はっ!全くお人が悪い。陛下は最初からそのおつもりだったのですね。」 「何の事だ。」
「王が自ら鍬を振ることで兵士の奮起を促すだけでなく、村人をも駆り出す算段だったと。」 「馬鹿言え、全くの偶然だ。兵に奮起を起こさせる意味はあったが、村人は、たまたまだ。 それに、村人を動かしたのはまぎれもなく、イオ達の功績だ。毎日、腐ることなく地道な作業を行ったが故に、 村人たちが動いたんだ。」
「なるほど。」
「人はどうしても、警戒心というのを持つ。 草木すら生えぬ所に、稲を育てろと言われても、誰も進んでやろうとはしない。 だが、育つかどうか解らないが、稲を育てようと動いている人間がいれば、そこに加わろうと思うものは出てくる。 それは、1日、2日やったところで出てくる事ではない。毎日の積み重ねが大事なんだ。 強制してやらされるのと、進んでやるのでは大きく意味も違う。
仮に失敗したという結果が出ても、何故失敗したのか、どうすれば成功するのかを考えだす。 自発的にさせるには大きな意味をもつ。」
「だから、民に、見せたと。」
「そうだ。それに、イオにとっても直に嬉しい悲鳴が聞こえるぞ。」 「と、申されますと?」
「あの作業は、思った以上にキツイ。暑さと力仕事で容赦なく体力が奪われる。 最初は、半分しか進まなかった作業が最近は兵士達も倍以上の働きをすると言っていた。 つまり、兵士達にとってつけるべき体力や、耐久力がついてきたという事だ。 これを嬉しい悲鳴と言わずになんと言う。」
「なるほど。」
「イオに伝えておけ、現状に満足するなとな。そう遠くない未来、合戦がある。 その時までに誰にも負けない屈強な兵士を作り上げろとな。」
「遠くない未来?それは、ノイエの内紛ということですか。」
「そうだ。私のやり方を気に食わないと思うものは少なくない。実際、すでにその兆しは見えている。 奴らには奴らなりの言い分と切り札をもっているからな。」
「!、まさか、ザベル様」 「なんだ。お前達もザベルと見ているのか?」
「それは、まぁ。。。かの方の王位への執着は以前より見ていましたから。」 「前の国王の弟。俺を滅して祭り上げるには十分すぎる価値のある者だ。 まぁ、祭り上げるというよりも奴が先導すると言ったほうが確かかな。」 「一波乱あると。」
「それは、あるだろう。奴が俺に組する事は無い。まぁ、奴だけではないが。 同じ王族の中にも俺を気に食わないと思う奴は他にもいるだろう。 この気に全て滅ぼすというのも手だが、今はまだその時ではない。奴らも力はなるべく温存して起きたいだろうからな。」
理解に苦しむ発言をポンポンとするアルスに追いつけていない自分達を押しとどめるようにアルスを見ていたが、 ナッシュが、少し前に進み、アルスに問いかけた。
「陛下、一つ聞いてもよろしいですか。」 「なんだ。」
「陛下は、どこまで先を見ていらっしゃるのですか?」 「俺か、そうだな。ノイエを平定した後、まず最初に攻めるべき国はザクトって所か。」
「!!」 「ノイエの完全平定は既にあると。」 「無論、計算外もあるだろうが。それは嬉しい誤算である事を願う。」 「?」
「ふむ。いい機会だ。本来はイオも交えて話をしたい所だが、あいにく出払っているから、お前達に話しておこう。 俺の中での想定ってものをだ。」 「はっ」
「国交の復活は、ナッシュやベルテ達のおかげで、2年、かかっても2年半だろう。それまでにノイエの5〜6割は憂う。 しかし、その間までに一度、内紛が発生するだろう。
それを治めた後しばらく何もない時期が最低1年は続く。 俺はできればそれを半年にしたいところだが、それは相手次第だからな、何とも言えない。
そしてその後、もう一度内紛がある。それを平定すればノイエは完全に平定する。そしてその後、ザクト侵攻を始める。」
「!」 「あまりに、唐突な話で状況が理解しにくいのですが、一度目の内紛と二度目の内紛は一体?」
「今はまだ、近隣の州候にまで口を出していない。しかし、王宮内の人事を行って、州候は、現状のままなどありえない。 当然、全州の見直しを図る。税収を許可無く上げているような州にはそれなりの罰を受けてもらう。
そして、奴隷の開放。そんなことをしていけば当然、内紛が起きる。 無論、それは、ザベルの関与するところではないだろう。仮に関与したところで恐らく尻尾はださん。 そして、二度目の内紛は、ザベル指揮の元発端する。」
「何故そういい切れるのですか?」 「自分達の私財を傲慢に得てきたもの達は、今回、権威を剥奪され、私財の強制的徴収により、 今までの生活が出来なくなっている。 それに、俺は、全ての財産を没収できたとは思っていない。奴らはまだ、隠し持っている。
強引に取る方法も出来たが、取れば、反乱はすぐに起きる。未熟な軍のままでは、こちらの勝因があがることは無い。 だから、あえてしなかった。
これにより、隠し持った私財で奴らは生きながらえる。 だが、奴らは、普通の人ならば、1ヶ月かけて費やす財産も1週間で費やすような奴らだ。
元々贅の限りを尽くしてきた奴が、自分の領分が無くなったと言え、いきなり生活の抑制など出来るはずも無い。 とすれば、それらの私財の底尽きるのがもって1年早ければ半年にはってところだな。
財産が尽きてくれば、自然に他者に向けられる悪意になる。 贅の限りを尽くしたものが生活への抑制を虐げられた時の我慢の限界と言ったところだな。」
「それが、3年から4年の間ですか。」
「そうだ。そして、その時に乱が起きても、こちらには、イオによって統制された軍が出来ている。迎え撃つのは容易だ。」
「一度目にザベル公が関わらない根拠は?」 「理由が無い。あいつに求められるべきものは、大義名分だ。国民もが納得する大儀がなければただの反乱だ。 国土の回復、奴隷の開放それを目的としている限り、それが王を潰すための大儀には絶対になりえない。 一度目は、ただ、権力を剥奪されたものが自分達の不満をはらすための口実にすぎん内紛だ。」
「そこまでの読みですか。」 「読みではない。当然の理屈だ。だから、3年後までに屈強な兵士を作ってくれという事だ。 この理屈を完璧なものに出来るかどうかは、軍の完成度による所が大きい。」
「は、はぁ。」 「軍に関してはイオに一任してある。それによる行動は、イオに任す。会議は以上で終わりだ。」 そう言うと、アルスは部屋を後にした。 シグナスは官僚達に深い礼をすると、アルスの後ろを追った。
ナッシュとベルテはお互いに顔を見合わせながら、 「なんて方だ。陛下は。」 「ああ、少し恐ろしささえ感じる。」
「はい、全く。今日の出来事はイオ殿にお話した方が、」 「いいでしょうね。」
「では、本日の夜にでも会いにいきます。」 「私も同席しましょう。」
お互いが深い感嘆の溜息を尽き、部屋を後にした。
その日の夜、ナッシュとベルテはイオの屋敷に赴き、昼間のアルスとの話の一部始終を伝えた。
アルスの考えを聞くや否や少しの驚きを明らかに感じていたが、次の時には、真剣な顔つきで、
「王の意向は了解した。時期が来た折に誰にも負けない屈強な兵を作り上げておこう。 そのためには、今のままでは確かにダメだ。明日からは、兵に鎧を身につけさせ鍬を振るようにしよう。」
ナッシュやベルテもアルスの言葉は、 半分冗談と捕らえていただけにイオの言葉の重みにこれからくる事態の大きさを直に感じ始めると共に、 自らの役目を今一度見直す必要があることを感じた。
3人は固く手を握り、アルス王権の最高をこの日に約束した。
翌日から、この3人の働きは、他の官僚と比べても目を見張るものがあった。
国の統治は各州の統治と、すぐに州候の人事を見直した。 首都だけでなく、地方にでもなれば、王の権威は滝のように流れ落ちる。
命令は統一されることなく悪政が当たり前のようにされていた。 法の目を縫ってというわけでなく堂々と行われている。今尚である。
王政から、地方巡視特務隊が作られた。 政務と財務から二人ずつそして軍部から小隊が編成された。 それが、各地方に飛ばされ、地方の州候を順に訪問していった。
訪問とは言え、事前に地方への伝達は行わなかった。ほぼ、急な来訪をして抜き打ち検査を実施していった。 悪政をしている州候は、悉くその場でひっ捕らえられ、あまりに悪行を重ねた州候は、死罪を申し伝えられた。
そして、アルス王の意向を十分に反映できる新しい州候を配置し州の歪みを正した後、 また新しい州に移動するという手間のかかる大変な仕事が行われた。
それらが行われる前に、法の見直しが徹底的に行われた。 貴族主義、王族主義とも言える法令は徹底して取り払われた。
どの世界でも同じなのかもしれないと思ったのだが、 地方に行けば行くほど政治が行き届かない。その分、悪政が行いやすいのだが、人間的には純朴な人が多い。 人を騙してまで金を奪うような真似はあまりしないし、治安的にも悪くない。 だが、首都のような都心部ともなれば、そうもいかない。人が多ければ、それだけ、治安事情も良くない。
その結果、昼間は大丈夫だが、夜になると一人で歩くのは自殺志願だと言われている極めて危険な場所になってしまっていた。
アルスは、街の見取り図を見て、拠点となるべき場所に警邏を設けた。 とりあえずの処置として、警邏は軍部から駆り出された。
昼は、設営された建物にぼぉーっと立っているだけだが、 夜になると、小隊となり、それぞれの役割範囲のエリアを歩いていた。
強盗・犯罪を行う者がいれば、すぐに捕えられた。
”軍部の目が光っている”その事実が都市部で情報が流れ、徐々にだが治安が良くなってきていた。
国政は、州や、治安というものだけでなく、一番の重要とも言える財産が事をなすにおいて重要である。 今までのザルとも言える財政のお陰で、財政難は深刻な問題になっていた。
官位を剥奪した貴族から押収した財産だけでは全然足りなかった
ベルテを始めとした財務官達は、国への復興作業にかかる財をなるべく抑えるよう、 今までに掛かってきた諸経費を徹底的に見直した。
特に見直されたものは、毎月いや、下手をしたら毎週のレベルで催される祭事や神事、それに宴会毎だった。 特に神事は、”神の玉璽”という神の祭壇に礼をするだけの式に、数多くの貴族を呼び、 それらの食事や寝泊りの手配など正直無意味と言わざる得ないものが都度都度行われ、その度に。膨大な出費がされた。
実際、アルスが王権をとってから、その催し物は行われていない。 そもそも、神への信仰心が、限りなく少ない。いや、無いと言ってもよい。 なので、その全ては一切廃止された。
それらで浮いた金の殆どは国民に、違う形で配られた。
面白いところでは、王族の生活にも抑制された。 たとえば、王の食事である。今までは、食べきれないほどの量が食卓に並べられた。 法令の中に、王令というものがあり、王への法律であるのだが、その中には、
”王の食欲を満たす事”というモノがある。
法を作った者の顔が見てみたいものだが、ナッシュ曰く 「食欲を満たすことが出来ない政治をするなという事です。食は、人が生きる上で最も重要な事です。 食糧難が王にまで及べば、国は滅びます。王が立派な政治をしているかどうかの判断材料です。」
「なるほど。っていうか、それは、根本的に間違っているだろう。王の腹を満たすことが、良政の判断なんておかしいし、 そもそも、王を騙す事なんていくらでもできる。 豪勢な食事を毎日並べておけば、正しい政治をしていると思いこませることができるなんてあまりにも馬鹿げている。」
「しかし、決めたのは、過去の人ですので。」 「廃止だ。廃止。馬鹿らしい。」
そんな会話で、食事の量は、食べきれる量を配する事。と定められなおされた。
また、王宮には王だけで、浴室が5つある。 入る入らないに関わらず、必ずそこには水が入れられ、湯が沸かされたそれだけでも光熱の金が大量にかかる。
5つの内どれにはいるか、王が先に言う事を義務付けられ言わない場合は、昨日のものと同じという変わった布令も王宮内に出された。
王族の前皇后や、側室にも同様の布令が出されており、口々に不満をもつものも少なくなかったが、 王の命令には逆らう事が出来ない為、押し黙るしかなかった。
軍事でも同様の事が行われた。
今までの軍はあってないようなものである。 それは、当然と言えば当然である。過去の歴史を遡っても戦らしい戦は無かった。
民の暴動の鎮圧程度はあっても、兵力差は歴然とした戦では、本来の軍事とは明らかに違う。 それ故に、兵士としての力量は、非常に低い。
イオは早急に兵を作る必要があった。それは、アルスの言葉からも十分にこれから来る戦いを実感していた。
すでに役割を与えられた者もいる。
新しく徴兵もしたが、数に反比例した力だった。各々の基準的な力を上げなければいけなかった。 隊を編成しなおし、それぞれの隊の隊長を決めた。
実践に勝る経験なし。だが、肝心の実践がない以上、それは、望めない要望だった。
その為、暇があれば、人里離れた自然豊かな土地で、手には木刀。矢じりには、白粉をつめた袋をつけ、修練に明け暮れた。
アルスも、この練習には参加した。 王だからといっても、元々刀など握ったこともない。
兵士の力量からいえば、一兵士と変わらない。 気を抜けば怪我ぐらいはするが、一応死ぬことはない修練である。 終わるたびに土煙りにドロドロになり、擦り傷も絶えまなかった。
軍部の兵士たちには、屈強な体作りの一貫にと鎖帷子、刀を身にまとった状態での労務を告げることを命じ、 兵もそれに従っていた。
一兵も自らの体作りであることは自分自身で納得できる事態になっていた故、誰も不満を口にするものはいなかった。
王に仕える役職を持ったものは、自分の役割を全員が理解し、理解をした上で役目を果たした。
それゆえに無駄な動きをするものがいなかった分、国が憂う成果が目に見えて出てくるのが分かった。
アルスは、即位後も、時間を作っては、城下に下り、民の話を聞いていた。
どこから来て、どこに帰っていくのか全く分からないこの男に、民も最初は怪訝に思っていたが、 店の手伝いをしてくれたり、困っていれば助けてくれたりとしてくれるので、 徐々にだが心を開いてくれ、今ではすっかり、顔なじみになり、素性の事はどうでもよくなっていた。
「やぁ、商売はどうだい?」 気軽な挨拶の声に、ある商人は、顔を上げると、微笑を返し、 「まぁまぁだね。今日はどうしたんだい?トール。」 「何、なんか、面白いネタは無いかと思ってきてみたんだけど。」 「特に無いね。そーいえば、最近は、夜中でも安心して歩けるせいか、 商連の緊急伝達が早くなったね。」 「ほぅ。良かったな。鉄の価値は変わらずか。」 「ああ。この前、州侯が変わったろ。そのお陰で正規の鉄が流れるようになったから工匠もまた仕事を再開したみたいだ。」 「ほぅ。それは、何よりだな。」 「そーいえば、菓子屋のチョーダイが、トールを探していたよ。」 「え?チョーダイが。また試作品か。実験材料にされるのは、嫌なんだけどね。」 「ははは。まl、そう言わずに一度顔を出してみるといい。」
「解った。行ってみる。」 そういうと、トール(アルス)は、店を出ていった。
街道を歩いていても、顔なじみになっているせいか、道行く人からも気軽に声をかけて来る。 呼び止めれれば立ち止まって話を聞くし、子供から遊び相手になって欲しいとお願いされれば、 時間の許す限り遊んでもあげるという気さく振りだった。
ある日、いつもように、軽装に身を包み、外で談笑をしていると、 1人の民が、街道を小走りに走りながら、 「イオ様の一団が来るぞぉー。」 と叫びながら走り去った。
その言葉を聞くや否や、談笑するのを止め、軒先に一列に並んだかと思うと、 地面に膝を落とし、平伏した。
アルスは、椅子に腰を落としたままそれを見ていると、 1人の民が、 「何してんだい。トール。伏すんだよ。」 「何故?」 「何いってんだい。イオ様の一団のお通りだよ。」 「礼をする必要はあっても、地面に伏す必要は無いんじゃない。それに、平伏は禁止されたはずだ。」 「何いってんだい。さぁ、早く。」 とやり取りをしている間に、
イオがその前に辿り着いてしまった。イオは、そのやり取りをしている二人の内の1人を見ると、小さい声で、 「陛下?、またこんな所で。」 と呟いたが、その後、思い直し、乗馬したまま、2人を見、 「どうした。お前達何をしている?」 と声を投げかけると、国民の1人はすぐに地面に伏し頭を下げた。
アルスはそれを見、イオに顔を向け、 「おかしなことを言っていたんでね。納得できないから、イオ様、あなたに直に聞きたい。」 「何を?」 「イオ様の軍勢がこの場を通り過ぎる事を事前に知っていたわけじゃない。忙しく働いている者が殆どだ。それなのに、その手を止めてまで、この軍隊を送る為だけに、地面にひれ伏す必要はあるのかどうかだ。 まして、平伏を禁止して随分と立つ。 その事実がありながら、何故これを傍観し続けたのか?その点に関しても問いたい。」
「うん、・・・・・・・・・・」
「一軍を送る為だけだったら、ちょっと手を休め、頭を下げるだけでいいんじゃないか。 今から戦いに行くわけでもないんだろう。 是が非を求めているわけじゃない。その上で、最良なる判断を委ねたいのだが。」
トールは、まっすぐにイオを見つめた。イオは、力強い視線に、目を背けたが、すぐに馬を降り、トールの横にいる伏した民に近寄ると、腕を掴み、立ち上がらせた。そして、自ら、衣服についた泥を手ではたき、 「暮らしをしている中で、我らの立ち寄りで迷惑をかけた。法令上、平伏はすでに禁止している。 平伏をやめ、通常の暮らしに戻ってくれ。」 その声を聞いたが、誰もが戸惑っていた。
イオはすぐさま自軍の配下の者達に目の前の国民を立たせるように命じた。 兵達はすぐさま下馬し、国民達を立たせていった。 「すまん。」 イオは再度、民に向かって頭を下げた。
「はっ、はっ、いえ、滅相もございません。」 イオは、トールと向かい合わせになり、深々と頭を下げ、自分の馬に戻った。 「その方、大事な事を私に教えてくれた。礼を言う。名前を教えてもらえないか。」 「トール。」 「トール殿か。礼を言う。」 そう言うと、イオは、馬上ながら、頭を下げた。
その光景を見た国民は誰もが驚いた。イオは頭を上げ、軍を進めるよう手を上げた。 アルスの前を通り過ぎる際、すでにアルスと知っている兵達は、口々に 「騎乗したままで失礼。」 といいながら、馬の上から、頭を下げた。
トールは、椅子に腰をおろし、その一軍を見送った。 イオが去った後、国民達が一斉に、トールの前に、集まり、 「あんた、物凄い事をしたんだよ。解る?それに、イオ様にも気に入られたみたいだし。 出世できるかもね。あんた。」 「そうかな?」 「いやぁ、只者じゃないとは思っていたけど。凄いよ。トール。」 アルスは髪を掻き揚げ、ただ笑っていた。
その日の夜、王宮にアルスとシグナスは戻ると、イオを含め、昼間の部隊が玉座の前で深々と伏していた。 アルスは、ふと足を止め、それを見、シグナスと顔を見合わせた。
シグナスは、「昼間の事では」と小さく呟いた。
アルスは、溜息を一つつくと、玉座に入り、イオたちの前に現れ、 「何をしてるんだ。お前達。」 「陛下。昼間は大変、失礼な事をいたしました。その日中にお詫びしなければと思い、参上した次第で。」 「ここを通ったのはたまたまだ。気づかなかったら夜中中いるつもりだったのか?」 「王に直に合い、失礼を詫びるまでは。」 玉座に足をかけ、溜息を一つ漏らした後、
「馬鹿だろ。お前。全く、軍人って奴はどうしてもこうも頭の固い奴が多いんだ。」 「御意」 イオはアルスの苦言も真摯に受け止めますという意思を表した返事を一言した。
一つの言い訳もしないアルスは、頬杖をつきながら、呆れるように天井を見上げ、 「はぁ、疲れるな。いいか、あの時の俺は、トールという名の一国民だ。 王様としてあそこにいるわけじゃない。お前は国民を前にしても、尚その醜態をさらすのか。」 「仮に、そうだとしても国王に無礼を働いたのはまぎれもない事実。 まして、法令が変わった事実がありながらそれを親身に受け取らず傍観していたこと。 罰の一つもお与えになって頂かなければ、部下に示しが付きません。」
「どんな示しだ?」 「王を軽視していると思われます。」 「事実か?」 「否。」
「お前じゃない。部下に聞いている。レイカ、その方、イオが俺を軽視していると思っているか?」 「いえ、そのようなことは決して。」 「ラシード、お前はどうだ。」 「イオ様に限ってそのようなことは決してありません。」 「だと言っているぞ。もっと部下を信用したらどうだ。イオ。」 「しかし、」
「お前があの場で取った行動は最良だ。それよりも、あの事実に気づきながら、何故今までほうっておいた。 俺はそっちの方がお前に詫びてもらいたいことだ。平伏を禁止として随分の時が経っている。 その事実がありながら、お前達はそれを放置した。
国民がお前達を見て地面に伏せてまで頭を下げる事が当然の事と思っていたのか? いつからそんなに偉くなった? お前達が国民の為に何をした? 地面に頭をこすりつけさせる程のことをしてやったのか?俺にはそんな覚えは無い。」 「御意」
「いいか、イオ。勘違いをするな。お前は軍事最高責任者だ。大将軍という肩書きもある。 軍からみればお前は、最高の人間だ。位も権力もある。だが1人の人間としてみたらどうだ。 イオ!お前は、それ以上でもそれ以下でもない。まして、お前にはまだ何の功績も無い。 そんなお前に法令を無視してまで、国民がひれ伏す必要のある人材か?」
「しかし、恐れながら陛下。イオ様は既に国民のため、率先して、用水路の開発を達成しております。 これは大きなる偉業であり、功績と思いますが?」
「口を慎め、レイカ。」 イオは伏したまま、傍で進言をしたレイカを強く制した。
「イオ、その発言は却下する。部下の発言を止めるな。言いたいことは言え。 レイカ、用水路の開発は見事だった。この短時間の間によく立派なものを作ってくれた。 むろんそれだけではない、国土の復活の為に、田畑の開墾や、防波堤の作成などいろいろとやってくれた。 それには礼を言う。だが、それは、私から見て、何の功績でもなく偉業でもないんだよ。」
「!?」 「イオ。理解しているな?お前から申せ。」
「はっ!!これは、前国王がいや、今までの王政が行ってこなかったツケを我々が代償として行っていることと認識しています。 もっと以前にやらなければならなかったこと。国民の嘆きを聞かず無視してきた悪政を今我々が、 取り戻しているだけの事。これは功績にあらず、ただの恥知らずな行為と考えております。」
「私もそう考えている。国民に用水路を作るから今までの事を許してくれと懇願しているだけの行為だ。 それを私の名をかりてイオがしているだけのこと。国民から礼を言われる所以など、どこにも無いと思っている。 全てが終わったら全国民の前で頭の一つも下げたいぐらいだ。 しかし、私の立場ではそうもいかない。解るか?レイカ。
皆、頑張ってくれている。それには礼を言う。イオの下のもとよく尽くしてくれている。 しかし、我々は、大した事はしていないのだ。それだけは感じて欲しい。 だからこそ、国民に地面に伏させるような行為はして欲しくないのだ。」
その言葉に、イオを含め全ての兵士が一斉に 「御意!!」 と発した。
新しい年を迎えた。 月日の流れは、日本暦と同じだった。それもあってか、馴染むのは早かった。 新年という事なので、王宮を上げての一大祭りが行われる筈だった。 旧年までは、新年から三日間は、王宮内の官僚・首都に住む貴族が王宮に来て、飲めや歌えやの大宴会が繰り広げられ、四日目からは、各州からの州侯が訪れて新年の挨拶並びに、宴会が催される。 下手をすれば、一ヶ月間はこの生活を行わなければならないのである。
だが、今年は、様子が違った。 オルバス王が崩御されたので、死者を弔う意味もあり、厳かに新年を迎えようとして、 そういった行事は一切見送られた。
実の所では、王政が変わったことにより、不必要な財力の使用を禁止したため、それらは全て中止になっていた。更に、本音を言えば、1ヶ月も酒びたりになるのが嫌だという王の発言で、一切の中止がされた。
そうは、言っても新年である。 さすがに、この日まで、死ぬ気で働けと言うつもりは無く、 全員休みとして、家族孝行なり、休養するなり好きにしろとしてあった。
後は、アルスの計らいで、王宮で簡単な食事会を設けるから、気が向いたら来い。としてあった。
さすがに、王からの誘いに断るわけにもいかないと判断した官僚たちは、全員参加となった。 それでも、旧年までの催し物と比較すれば、縛られる時間は圧倒的に少ないので、誰からも不満は無かった。
意外なことに、全員が参加表明をして一番驚いたのは、実はアルス本人だった。 「誰も来ないと思っていたから、シグナスや、近衛達とご飯食べようと思ってたのに、意外だったな。」 とポツリと呟いた。
取り分けて舞姫達が歌や踊りを見せたものもなく、どこかの楽団が演奏してというものもなく、 ただ、同僚となる官僚達と酒を酌み交わし、膳に盛られた食事をしながら来年の抱負をいうだけのとても簡素なものだった。 そんな時に一つの事件が起きた。
近衛兵の1人が、扉の前に立ち、
「申し上げます。ただいま、ザベル前王弟殿下がいらっしゃいました。」 その言葉に重臣達は、一斉に静まり、王の顔を見た。
アルスは、笑顔も消え、一瞬険しい顔になったが、すぐに、 「通せ。」と命じた。
少しの間をおき、ザベルは、前国王の皇后つまり、アルスの母親ライラ、 そして次男のデミトリと共に部屋に入ってきた。
重臣達は平伏し来訪者を迎えた。 ザベルはこれでもかと言うほどの宝飾を身に付けながらの参上だった。
「お久しぶりですな。アルス陛下。新年の挨拶に伺ったのだが、しばらくこない内に随分と貧乏臭くなったな。 この王宮は。 即位の折には祝いの一つも述べさせる事も無く、突然の傍若な態度に随分と寿命が縮まったわ。 王という立場を傘に来て、随分と大層なことをなさっているとか。 昔から王族に忠誠を誓ってくれた数多くの貴族が朕の元に来ては嘆きの話をしてくる。」
「・・・。」
「王になられて、政治に盛んになることは大変結構だが、昔からの貴族をないがしろにすると新年早々、 悲しい事態になるかもしれませんよ。アルス陛下?」 「さて、話の全容がよく掴めんが。」
ザベルは、睨みを利かしたが、特にその凄みに柳のように流した態度をしたアルスに、口惜しさを覚えつつも ふと足元を見ると、臣下達が食べていた膳に目を落とした。 「ん、随分とみすぼらしいものですな?食べ物ですか?是は?」
そういうと、ザベルは下においてあった器を蹴り飛ばした。 器は転がり、器に入っていた食べ物が、地面に散らばった。
煌びやかに光る扇子を口元にあて、 「王は威厳や格式が大事だというのに、 このような犬も食わないものを食べて新年とはずいぶんと荒んだものです。 これが、あの栄華なるノイエかと思うと寒気がする。これでは王宮というよりも牢屋ですな?」
アルスは、ザベルに眼光鋭く見つめると、 「知らなかったな。 食っているもの一つで格式が決まるほど王位とやらはチンケなものらしいな、ノイエの王とやらは。」 「何を?」
その問いを無視して、浅い溜息を一つ付いた後。 「ところで、せっかく来ていただいたのだ。この場で一つお願いがあるのだがいいかな。」
「ほぅ。傲慢なアルス王が、朕に願いとな。何ぞ、聞いてやらぬもないな。」 「何、そう難しいことではない。以前より何度も要請している件だ。 財産の管理を行うので、隠匿しているものも含め財産の申告をしてもらえないか?」
「なぜ、そのような事をせねばならぬ。私は王族だ。前国王の弟だぞ。」 「だから、何だ?前国王の弟だろうが、前の王だろうが、同じ命令を下す。 財産を溜め込んだ結果、民の暮らしに不都合が生じている。 不都合を正すために、王族、貴族は、財産を申告しろと言っている。」
アルスは、ザベルに正論を浴びせた。 その声に反応したのは、本人ではなく横に連れ添った皇后であった。
「失礼であろう。叔父に対し、例え、王だろうと礼を尽くすのは至極当然。 ここまでに至り、一礼すら出来ぬ無礼を私の子とは思えぬ姿だ。」
皇后は金切り声かと思うような高い叫び声をあげた。アルスは、軽く笑った後、 「これは、失礼。相手が礼をしなかったので、する必要がないと思っていました。」 「ザベル様は、後見人ですよ。貴方を補佐する方。例え王であれ、礼を尽くすのは貴方の方です。」 ライラは、顔面を真っ赤にして怒鳴り散らした。
アルスは、先ほどと反して、高らかに声を上げて笑った後、 「確かに。なるほど。後見人でしたな。それは、それは失礼した。 では、私を補佐する立場にあるのならば、是非とも皆の前で見本になって欲しいものですな。 ノイエの王族らしく、皆の見本となるよう、王からの命令には忠実に守って欲しいものです。」
その言葉を聞いて、ライラは、下唇を強く噛み締めた。強すぎたせいで、唇から赤く血が垂れてきていた。
ザベルは、 「なんと、嘆かわしいことだ。人の意見を素直に聞く耳を持たぬ。 王の事を思えばこそ、諌めをして見れば、何とも悲しいことを言われる王だ。 これでは、兄上も天に召されてまでも心休まることが無いというものだ。」 と、袖を目に押さえ、体を震わせた。
アルスは、会話の途中までは、普通に聞いていたが、どんどん笑いが毀れ、床に転がり、笑い出した。 その大笑いの様子を臣下達は黙って見つめ、ザベルやライラは、怒りで顔が歪むほどだった。 やっとの思いで、笑いを止め、笑いすぎて腹が痛くなったのか、腹を押さえ、起き上がろうとしていた。
だが、笑い声と反して、明らかに、アルスの表情には怒りが満ちていた。 「笑いすぎて、腹痛い。まさか、新年に王族による喜劇を見せられるとは思わなかった。 何が諌めだ。 あんたが今までに行ったのは、陳腐な王位を教えてくれた事と、王の命令には従えないとほざいた事。 それに、役にも立たない貴族の被害者面を俺に晒したこと。 諌めというには、誇張過ぎてどれをさしているか皆目解らない。 喜劇というならば、笑って済ませられるというものだ。」
「役に立たぬだと。歴ある貴族の者を。」
「あんな世間知らずな馬鹿者共が、何の役に立つ。大体、代々貴族だからといって、それが何の役に立つ。 そもそも、貴族でいられるには、貴族である為の努力を怠らんとするところにあるんだ。 昔の栄光だけをすがって、何の努力もしない馬鹿者どもは、官位を剥奪されて当然。 人に何の能力もなければ、私財を投げ打ってでも民に尽くせ。それすら出来ぬのならば、死ね。 生きている事にすら価値が無い。」
「ぐっ、なんと、下品な言葉だ。王の言葉とは思えん。貴族あっての王である事を理解しておらぬようじゃ。」
アルスは、鼻で笑うと。 「はん。貴族あっての王?何だそれは、見当違いも甚だしい。 民あっての王だ。王に限らず、貴族だろうが、王族だろうが、ここにいる全員が、民に食わせてもらっているんだ。 民がいなければ、米を作ることはおろか、魚すら満足に取れぬモノ達だ。
民に食わせてもらっているんだ。俺達は。だから、民が、難なく作物が取れる、物流が循環するように、 困っているところがあれば、王や、ここにいる奴らが助けてやるんだ。 そんなコトも解らないから、官位を剥奪させられるんだよ。あの馬鹿どもは。」
「なんと、考え違いも甚だしい。そんなおかしな事しか考えられないから、王位も品性もさがるのだ。 王は絶対なる者だ。民は、尽くして当然。民に媚へつら事が、王の価値ではない。 そういえば、最近は、王は、奴隷の男と仲良くするしているようだな。 だから、気品を忘れドンドン粗暴になっていく。何ともまぁ、嘆かわしいことだ。」 ザベルは、悲しい目をしながらも、ライラと示し合わせたように高らかに笑った。 その笑いを聞いてか、シグナスは、俯いていた頭を更に低く垂れ、押し黙っていた。
アルスは、その場を立ち上がり、 「黙れ。今の言葉を取り消せ。そして、侘びを入れよ。 我が臣下に奴隷などおらぬ。ましてこの世界に、奴隷と呼ぶべきモノもおらぬ。 王族とは思えない暴言だ。とても、笑って許すことは出来ぬ。膝をつき、頭を下げよ。」 激しく、怒りザベルを見据えた。その勢いにさすがのザベルもたじろいだ。
「くっ、叔父に対しての口ぶりとは思えん。ライラ皇后の子とも思えん。なんとも下品な所業だ。 王のこれほどまでの増長振りを見ると、嘆いててきた貴族の思いも解ろうというものだ。今に国は割れるぞ。」
「割りたければ勝手にやれ。今後も、辞めさせた貴族を迎え入れる気は無い。 先に言ったように、我に必要なのは、国や民を思うもの達だけだ。
民に媚びへつらう。考え違いも甚だしい。王が国にあるべき姿を見本として見せるだけだ。 それだけで、黙っていたって、民は王に敬意を払う。 そんあ道理も分らぬから、貴様たちは愚かなのだ。 そんな事よりも、さっさと、頭を地べたにこすりつけ、シグナスに、詫びよ。」 そういい、アルスは、足で地面を叩いた。
「貴様!!私を侮辱するつもりか。」 「貴様ではない。王だ。後見人だろうが何だろうが、いつまでも自分が上だと思っているな。 王に対しての挨拶の仕方も知らぬのか。貴様は。」
ザベルは、口惜しさを満面に顔に出し 「バカバカしい。こんな貧乏くさい所には一時もいたくないわ。」 そう棄て台詞を残すと、ザベルは、皇后、デミトリを引き連れて、その場を後にした。
アルスの怒りに、部屋にいた臣下も女中も全員が黙ってしまっていた。
皆、時が止まったように、誰も一言も発さず、ピクリともしないのを見て、 アルスは、スタスタとザベルによって床に散らばった食べ物の箇所まで行き、膳や食べ物を拾い上げていると 我に返ったシグナスが、アルスの傍に行き、同様に食べ物を拾い上げた。
動き出した女中が、床に落ちた食べ物を手渡すと、アルスが、 「王族の無礼でせっかく作ってくれた料理を粗末にした。すまない。」と謝罪した。
その後も、何とも言い憎い空気に包まれた為、誰もが目の前の食べ物を胃に詰めることに集中し、 食事の終わりと共に、自然消滅のように会が終了した。
式典の後、臣下はいそいそと、帰途についた。 ナッシュ、ベルテ、イオの3人と他数人の官僚達は、先ほどの事態に興奮覚めやらぬようで、 未だ城下に残っていた。
「先ほどは、凄かったですな。」 「あの場で斬りかかるのかと思ったぐらいです。」 「ああ、あのまま引き下がるとは思えないな。陛下と話をするべきではないか。」 「う〜ん。」 「我々は、王を支える臣下です。王が困っていれば助けるべき存在です。 怖いからといって目を瞑って良い問題ではありません。」 とナッシュが強く言うと、皆それに賛同し、 アルスの自室に向かっていったが、あいにくと自室にアルスはいなかった。
どこに行ったかと探しながら歩いていると先ほど食事会を行っていた一室の前で、 シグナスや侍女、近衛兵が数人立っていた。
それにナッシュが気づき、声をかけた。 「シグナス、陛下はどこに?探しているのだが見当たらない。どこにおわすのか?」 その言葉に、シグナスは無言のまま部屋を指差した。
シグナスの異様さに気づきながらも、イオ・ベルテが恐る恐る扉を開け、部屋の中を覗いた。 薄明かりの中で、床に座り、睨み付けるような鋭い眼光で一点を見つめるアルスがいた。
それを見るや、顔を背け、部屋から離れた。 思わずシグナス達を改めてみると、侍女が、重く口を開いた。 「式典が終わった後からずぅっとです。あそこから全く動かず、あのまま何かをお考えのようで、 あの、・・・・怖くて声がかけらないのです。」
「ホント、怖い。。。あんな王を見るのは初めてだ。。。」 「しかし、怖いからと言って、見ぬフリは出来ぬ。」 「確かに。」 そう言うと、意を決したようにナッシュ達は扉を開け、他の者と連れ立ち、アルスの前に座った。
「陛下!」 アルスは黙して語らなかった。イオは再び大きな声で、呼びかけた。
アルスはそれに気づき、視線を上げた。 「どうした、お前達。帰ったのではなかったのか?」 「先ほどの事態に、いてもたっても入られず、再び参内した次第で。」 「そうか。怒りを露にする気は無かったんだがな。笑いを混ぜながら、なんとか紛らわせていたのだが、 アレほど、勝手な事を言ってくるとは思わなかったのだ。」
「ザベル公は、やはり、癖がある御仁のようですね。」 「癖?馬鹿言え、あの男は、俺が邪魔なんだ。機会があれば、排除したいと思うぐらいにな。 何故、そう思うかは解らんが。あの男は、俺がここに来た時から、終始あれだ。」 「そうですか・・・」
アルスは、扉の前で入ろうかどうしようか迷っているシグナス達を見つけ、入ってくるように命じた。 シグナス達は、部屋の中に入り、近衛兵は扉の前で待つといい、扉を閉めた。
シグナスはアルスの側により、一礼をするとアルスの後ろに立った。 侍女は、お茶の用意をし、イオ達に配った。
「今回の事は特に気にすることもないだろう。 ザベルが、俺の意に従う気が無いと言うことを改めて認識した事ぐらいだ。」
「あとは、誰がその意を表しているか?」 「ああ、オルバスの后のライラ皇后、そしてデミトリか。」 「デミトリ皇子は皇后の傀儡という噂もあります。本位かどうか?」
「傀儡であろうがなかろうが、私に対し敵対する意思がある時点で敵と認識する方がいい。 確か他にも弟がいたな、あと2人。そいつらはどーかな?」 「キーヴ皇子と、ノリス皇子ですか。」 「そういう名だったかな。一度、会っておく必要があるな。敵か味方か?それだけは確認しておく。」
「もし、仮に敵対する意思があり、陛下を亡き者にしようと考えているならどうされるおつもりで。」 「当然、死罪だ。消えてもらう。」 「はい。」 「私の判断は厳しいか?」 「いえ、過去にも王位の継承で身内が争った経緯は何度かあります。 さして、過去と変わらぬかと。悲しい話ではあると思いますが。」 「そうか。」
「一つお伺いしたい事が・・・・」 「なんだ?」 「先ほど、怖いほどの形相で考えられていた事は?」 「何、大した事じゃない。」 「お聞かせください。」 ベルテは詰め寄った。アルスは、それを見ると、深く息を吐くと、ベルテ達の顔を見、
「つまらない事だ。何故、あーも勝手なことを平気な顔で言えるのかが到底理解できない。 先に、反するならば死罪をとは言ったが、残すべき道があるならば、残したい。 無闇な殺生を望んでいるわけではない。 だが、ああも見当外れな考え方を持った人間をどう説いてよいのか皆目解らない。 逆に、あんな真顔で言われたら、俺の方が間違っているのではないかとすら思えてくる。 全く、嫌になる。」
「陛下。。。」 「お気持ちお察しします。」 官僚達は、ひれ伏し、シグナスも後ろから頭を低く下げた。
「俺に逆らったことを絶対に後悔させてやる。」 アルスは一言呟き、その日を終えた。
次の日、朝議を終え、玉座から離れようと席を立とうとすると、扉の前で近衛兵が、部屋全体に聞こえる大きな声で、
「アルス国王陛下、皇后様がお見えです。」
その声に、あからさまに嫌そうな顔を見せ、 「ん、また? あいつには逢いたくないのだがな。」
ポツリと呟いた声だったのだが、想像以上に近衛兵の耳が良かったのか、手を左右に振り、 「いえ、側室様です。第3皇子キーヴ様の母君でいらっしゃられるフェリシス様でいらっしゃられます。」
「フェリシス?まぁ、いい。通せ。」 アルスの言葉に、フェリシスを部屋に迎え入れた。 フェリシスは、数人の側女を従え玉座の前に来ると座した後、頭を一度伏し、 「お初にお目にかかります。キーヴの母、フェリシスでございます。」
一人の子を産んだ母親とは思えないぐらい綺麗で上品のある顔だった。 アルスは、それを見つつ 「用件は?」 「はい、昨日、新年のご挨拶に参内するはずだったのですが、急ぎの用事があり、参ること敵いませんでした。 故に、本日まかりこした次第でございます。」
「ほう、王への挨拶を遅らせてでもやらなければならないことがあったと。」 「申し訳ない次第でございます。」
「見え透いた事はいう必要はない。本音が言いづらければ人を下げさせる。」 フェリシスはクスッと一言笑みをこぼすと、王を見、 「噂にたがわぬ御仁ですね。アルス国王は。」 「ほう、そんなに面白い噂でもあるのか、俺には?」
「それは、もう、長く続いた王族の暮らしを一変させた変わり者の王だと。」 「ふん、変わり者ね。いい響きだ。その呼び方は嫌いじゃない。」
「昨日のザベル様との一件をライラ皇后様から伺いました。 皇后様はひどくご立腹でいらっしゃいまして、デミトリ皇子様共々、とても酷い状態でした。」
「それで、」
「はい、昨日中に参内したのでは、陛下もご立腹中ではないかと思い、 日を越せば、昇った血もさがるのと思い、本日参りました。」
欠片一つも悪びれず平然と言ってのけたフェリシス皇后を見て、大きな高笑いをした後、 「なるほど。なかなか、頭の利く御仁のようだな。」
「恐れ入ります。 そして、これより後、陛下は、ノイエ国の平定を考えていると私は考えています。 国の平定を考えるに一番の問題が身内にあるが故に、誰が味方で誰が敵かを知る必要があると考えております。 本日は、それらの状況を考え、新年の挨拶がてら、王にお会いし、お話をしたいと思いまして、こうして参内した訳でございます。」
「ずいぶんとはっきり物をいう御方のようだ。だが、それらの物言い決して悪意無いものと感じる。」 「恐れ入ります。 本来ならば、キーヴも共に連れてくるつもりだったのですが、恥ずかしながら、息子の行方は母である私も存じ上げません。 放蕩息子でして、困り果てている次第です。」
「つまり、フェリシス殿とキーヴ皇子は私に敵対する意思は無いと。」 「私はそのつもりですが、キーヴはどうかわかりません。」
「なるほど。敵対する意思がある場合、 ザベルよりも遥かに梃子摺るから、なんとか味方に引き入れろというアドバイスにも聞こえるな。」 「そうですか?」
「まぁ、いい。キーヴに会う機会があれば、そなたから伝言しておいてくれ。」 「何と?」
「アルス王権をそれなりに形にした。この状況で、仮に優秀なる者だとしても、私から会いに行く事は無い。 敵対する意思が無いならば自分の足で私に会いに来いとな。」
「相手が弟であるからですか?王の誇りが邪魔をする?」 フェリシスは、冷たい表情で失礼だと思える発言をしたので、周りのものが王に視線を注いだ。
「別に、そんなつまらない誇りなど最初から無い。 黙って時を過ごすのを待つ人間か、そうでないものかは、自分で判断しろと言っている。
優秀なる者ならば、取って変わるのも悪くない。そのために敵対するならば敵対すればよい。
だが、そのときには、最大なる敵として迎え撃つ。味方となる意思あるならば、自らの足で王政に付くべく参内しろ。 皇子だから、王ではないから政務を見ないなどふざけた話だ。見る事のできる年齢で、力があるならば積極的に付くべきだ。
それだけの力などいくらでもくれてやる。ただし、それは、自らの足で来た場合のみだ。」
フェリシスは、黙ってそれを聞いた後、頭を深く垂れ、 「陛下のご伝言しかとキーヴに伝えることをお約束します。」
アルスはその後、少しの間、フェリシスと他愛も無い話をした。 会話も一通り終え、フェリシスは去っていった。
アルスの側女がフェリシスの飲んだ器を下げようと作業をしていると、 アルスの笑い声が上から聞こえ、側女は上を見るとさも楽しそうに笑うアルスが見えた。
「面白い御仁だ。あんな方がいたのは幸いだな。前王の見る目も多少あったようだ。ふふふ。」
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