それからしばらくの間、完全休養と称して、表立っては鎧を脱ぎ捨て、のんびりと飯や酒を飲みながら楽しげに談笑をする姿が城から見て取れた。食料が燃えた事により、戦意を失いつつある敵兵のとどめを指すことはそれほど難しい事ではなかったが、あえてアルスはそれをしなかった。 アルス自身2つの狙いはあった。弛みに弛んだ兵士達を見て反撃をすれば追撃をする体制は常に整っていたので、門が開く事を待つという狙い。そしてもう一つは、城内にいる兵士が反旗を翻し、門を開けてもらう狙いだである。策どちらにも、兵士の表立った油断たる光景は有効だった。ザベルの指揮はそれほど風前の灯火だったのである。アルスはそれをじっと待っていた。今回の戦は最初から最後まで演技その一言につきたと言っても良かった。
アルスの時間をかけた策は実り始めた。暗部が一般兵に扮し、心変わりを始めた兵士や、反抗の意思を示す兵士達を集め、城門を開けるよう扇動をした。城の見晴台からその合図はアルス軍に向けて発せられた。 アルス軍の索摘の者はそれを見るとアルスに報告をした。アルスはニヤッと笑うと、イオに一軍を連れ、城内の突入を敢行するよう命じた。 丁度戦が始まって1ヶ月の月日がたった頃であった。
折りしもこの日は、久方ぶりの大雨が降っていた。軍の動きは、雨の音によって消され、誰もが気ずかぬうちに、イオの軍は、城内に突入が出来た。
城内の戦いの声は響き渡るようによく聞こえていた。 半時が過ぎ、声は次第に小さくなっていった。それを聞き取り、アルスは、椅子から立ち上がり、城内に入ることを指示した。 アルス、シグナス、ルクス、そして護衛の者が馬を駆り、開け広げられたザベルの城の門を正面から堂々と入っていった。城には、反抗の意思を表し、無残に切り捨てられた兵士達の死体が転がっていた。緑の綺麗な庭は、人の血によって赤く染められ、まだらな模様が幾重にも広がっていた。 馬を下り、城に入った。城の中も同様に、死体の山が重なるように転がっていた。それを見ながら、アルスは、足を進めた。 大広間らしきところで、足を止めた。見るとそこには、イオを含め主だったアルス軍の将軍達が集まっていた。イオは、アルスを見つけると、片膝を付き、両手を組み、頭を下げた。イオに従うように他の将軍達も同様の格好をした。 立ち位置が変わったことにより、視界が広がったのか、イオ達以外の者が見て取れた。 そこには、ザベル以下、今回の反乱に関わった諸侯たちが縄につき寝そべられていた。 他にも、一般兵らしき者たちが周りを囲うように座り、アルスを見ると低くひれ伏した。ザベルは、アルスを見ると、ギッと鋭い眼光でアルスを睨み付けた。 それを無視し、一般兵達の下に近づいた。 「ご苦労だった。いろいろと手間をかけさせたな。暗部はどこにいる?」 その声に、暗部は恐る恐る顔を上げ、 「こちらに。」 「全員無事か?」 「はい。」 「わかった。こちらは、今回、荷担してくれたものたちだな。」 「はい。近隣の村で強制的に徴収された民達です。ご寛容なお計らいを。」 「当然だ。私の陣に入れ。腹が減っているだろう。飯の用意をさせている。とりあえず腹ごしらえをするんだ。 クリード、民たちを陣に案内してやれ。すまぬが、暗部は残れ。まだ仕事がある。」 「はっ」 クリードと呼ばれた将軍は、村人達を呼びかけ、付いてくるように指示し、先頭を取って陣に戻るように歩き出した。 「とりあえず終わったな。」 アルスがイオに向けて呼びかけると、イオは、低く返事をした。
ザベルは、大きな声で叫ぶように、声を発した。 「貴様、勝ったと思うな。正義はこちらにある。戦に勝ったからといって、玉座がそのまま手中に入ると思うな。」 その声を聞こえているはずであるが、また無視した。 「レイカ、伝令を飛ばし、すぐにベルテをこちらに手配しろ。食料庫は燃やしたが、まだここには、押収していない財宝が眠っているはずだ。それから、早急に、央国との国境の門を潰せ。奴らが容易に入れないようにしておけ。」 「心得ました。」 レイカはそう言うと、一礼をしその場を後にした。 アルスはその後も、将軍達に指示をし、行動に移すよう命じた。20人ほどいた将軍達も結局イオと、暗部を残し誰もいなくなった。 アルスは、ふーっと溜息を一つつくと、 「腹が減ったなイオ。」 イオに問い掛けた。イオも頭を下げたまま。一言ハイ。といった。 「飯でも食うか。」 ザベルは、怒りに声を震わせながら、 「貴様、いい加減にしろ。私の声は聞こえているはずだ。わざと無視し、怒りを誘発し何を考えている。私は、お前の叔父であり、後見人だぞ。それが椅子一つも用意出来ないほど卑下するつもりか。私はお前の過ちを正そうとしたのだ。言葉で言って、解らぬものに武をもってそれをわからせようとした。 神々の誓いによって我らはここにいる。にもかかわらず、それを反し、礼をも尽くせぬモノか、見下げた王だ。」 アルスは、ザベルの側に近づき、顔を足で蹴り上げた。 「ぐふぅ。」 ザベルは、不意をくらったのか諸に足をもらい、口と鼻から血を出した。 アルスは、冷ややかにそれを見て、再度、顔を踏みつけるように蹴った。
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