オルバス王が崩御されたことで、城も慌しかった。 王の弟ザベルは、城の者たちを集め、次の国王の襲名より先に、王の葬儀を進めるべきだと進言し、それに賛同した一同が総出で葬儀の準備を始めた。
広い城にも関わらず多くの人が所狭しと走り回る姿が印象的だった。 貴族は参内者の相手をし、生前の王を偲び泣くものも後を絶たなかった。 葬儀の取り仕切りを王弟のザベルが一切を行っていた。
俺は、その様子を見ながら、 「王の即位よりも先に、前の王の葬式を先に行う?その間の政治は誰が見てるんだ? 疑問が多いなこの国は。」 頭を傾げながらも、王位に付いていない自分には、権限も無く、また、国の事情も何も分からない。 まして、葬儀の間、意図してかせずか自分の役目はまったく無く、完全に邪魔者扱いだった。 その事態を好機と受け取り、この世界の情勢を知るために、城を出ていった。
街に入るまでの街路で、一人、今まで見知った情報を整理しながら、歩いていた。 『俺が今いる国はノイエという名、ノイエのほかに、ソドム、ギャンベル、ザクトという国があり、それぞれの国の中心に央国という国が存在する。世界は、俺がいた地球とも明らかに違っている。
この国には階級がはっきりと存在する。王族、貴族、士族、商族、農族、工族そして奴隷。貧富の差はとても大きい。 イスラム教のような感じかな?
この国は、1人の王が実権を握り、それに仕える貴族達と国政を決め、人々の生活を養っている。 だからこそ、王の存在はとてつもなく大きい。王が国を支え、それに従うもの達がいるという感じか。
なんか、「事実は小説よりも奇なり」だな。これで、魔法があれば、完全にファンタジーだな。 ふむ。考えを戻そう。
ノイエという国を支えた王が死んだ。次の王が立ち、またそこに住む人たちを支え無ければならない。 その支えるべき男が俺、アルスだ。と、判っていても何をどーすればいいのか全然解らない。
しかし、ほんの数時間前迄は、ただの会社員が、眠って起きたら王様かよ。ホントゲームみたいな展開だな。 家庭の事情で、大学に行けずに、就職したが、まさか、就職先が変わって、国を治めることになるなんて思いもしなかったな。 まぁ、好きにやるさ。いいか悪いか解らないが俺の人生だしな。 ただ、やるからには、つまらぬ劣王になるつもりはない。準備を始めるか。』
城下に下りて街に暮らす人々を暫く見ていて気づいたのだが、城の中とは打って変わって民の態度は冷ややかなものだった。 統治国家にもかかわらず民衆は特に変わることの無い毎日を当たり前のように過ごしていた。
「実際、こんなものだな。頂上にいる者が死んでもそれを見ることが出来なければ情など湧くこともない。 現実とはいえ、寂しい限りだ。」 そう思いながら、民の生活水準がどんなものかと興味を持って見ていた。
しばらく歩いていると、街の一角に老齢な男達が群がり、大きな声で話しをしている姿が目に入った。 話の内容に興味が沸き、群がる男達の中に極自然に入り込んだ。
「今日はいつになく貴族達が行き来しているよな。何かあったんか。」 「ばか、知らないのか?王が死んだんだ。」 「そうなのか?」 「ああ、まぁ、だからといって俺たちの暮らしの何が変わるわけでもないがなー。」 「次の王は決まったのか?」 「さぁ?噂によれば、ザベルがなるって話だ。」 「本当かそれは?じゃあ、今以上に暮らしが・・・・。」 「いやいや、央国から派遣されるって話もあるぞ。」 「どちらにしても俺たちの暮らしは絶望的だな。」 アルスは、この会話の意味するところが分からず、思わず話しに割り込んだ。
「聞きたいことがある。ザベルが王になると困るのか?」 「なんだい、あんたは。」 突然話に入ってきた見知らぬ男に明らかに怪訝な顔をする者達だったが、真剣な顔のアルスに真摯に答えてくれた。 「簡単言えば、ザベルが王になったら、この国は遅かれ早かれ滅亡するさ。」 「どういうことだ?」
「今までだって、王の弟というのをいいことに、国の定めた税の上増徴収。国税の隠匿上げだしたらきりがない。」 「そこまでしているのに、何故捕まえない?」
「それが、王族って奴の傲慢だ。王は自分の弟が非道の数々を行っている事実を知らない。 仮に知っていたとしても、見てみぬ振りだ。悪いことを悪いっていってやれる配下もいない。 挙句の果てには、ザベルと同じ事を行っている貴族や士族を生み出しても知らない顔だ。最悪だ。」
「そうそう、それで誰が一番被害を蒙るかって言えば俺たち平民だ。嫌になるぜ。」 「噂によれば、ザベルは央国に繋がりを持っているらしいしな。」
「ん?、央国と繋がっている事が何だ?」
「あんた、何も知らないのか?この国はな、いやぁ、ノイエに限らずどの国もそうだが、央国に逆らったら国として生きていけないんだ。だから否応無しに央国とは仲良くやっていかないといけない。噂では、オルバス王は、1回央国に逆らっているというしな。 しかし、ザベルは央国と仲良くやっている。央国を後見として、ノイエの王に付くことだって十分に考えられる。」
「なるほど。貴重な意見をありがとう。参考にさせてもらう。名乗り忘れた。俺の名はトールだ。 しばらく、この辺りに来るから、またいろいろ聞かせてくれ。情報を貰う代わりに、あんた達の仕事を手伝うからさ。」
そう言葉を残すと、群がりから1人離れ、街の先を進んだ。
後に残った男達は、首を傾げ、答えの返ってこない疑問をぶつけていた。 「?」 「一体、何者だ?」
民から聞いた貴重な情報に1人ほくそ笑みながら歩いていた。 『そうか、央国というのはそういう役割か。全体図を見たときから妙な違和感を感じていたが、なるほどだな。 しかし、ザベルが王の崩御の時に見せた俺へのむかつく視線はどうやら俺の思った通りらしいな。解りやすいと見るべきか。』
ある一軒の店先で、ふと足を止めた。 店の主人が、棍棒を片手に持ち、1人の若い男をしこたま打ちつけている光景が見えた。 周りにたくさんの人たちがいるにも関わらず主人は、そんな状況を無視して、罵声を浴びせながら叩き伏せていた。
アルスは、いてもたってもいられず、主人と男の間に割って入った。 主人の打ち付けていた棒は、勢いを止められずそのままアルスを1度打ち付けた。
「なんだ、お前は?」 驚きを見せつつ、アルスの顔を見て店の主人は叫んだ。
「なんだではない。このような往来でお前は何をしている。」 アルスは何度も殴られ体全体が痣だらけになっている男を庇うようにして立ち上がり、主人を見据えた。 「これは、俺のモノだ。俺が買った奴隷だ。どーしょうか俺の自由だ。そこをどけ。」 「モノだとふざけるな。奴隷だろうがなんだろうが、人である以上、人として扱え!!」
「何だお前は!!どかぬならお前ごと殴るぞ!」
「殴るなら好きにしろ。ただし、それなりに反抗はさせてもらう。俺はお前との関係性は皆無だ。」 「んぐ。」 主人は、身構えたアルスを見て、苦々しい顔をしながら棒を下ろした。
「たとえ、奴隷という身分に属するものでも一人の人間であることは変わらない。 貴様がやっていることは犬畜生にも劣る行為だ。それを認めることは出来ない。この者への開放を命ずる。」 「何様だ。命ずる?俺がお前の命令に従う必要はないな。」
主人が勝ち誇ったかのような顔をしたのを見て、困惑してしまった。 『ぐっ。。確かに・・・俺は今は王じゃないな。どうすしようかな?』
しばらく考えた後、 「わかった。ではこの者を私が買う。あいにく今持ち合わせがこれしかない。足りぬかもしれないが。。。。」 そういうと、袋の包みをそのまま主人に向かって投げた。主人は袋の口を開け、中身を見た。 すると、袋には数枚の金貨が入っていた。主人は、奴隷を買った値段の数倍のものを貰った事を即座に実感し、 アルスの顔を見、一言、「売った!!」と叫んだ。
「納得が言ったのなら下がれ、貴様に用はない。」 主人は、満足げな顔をしながら、そのまま店の中に入っていった。
周りで見ていたモノ達が去っていく姿を傍らで見ながら、アルスは、奴隷の傍に行き、抱きかかえるようにして男を見た。 「すまんな。人買いなんて真似はしたくなかったんだが、状況が状況なだけにこんな方法を取ってしまった。 ところで、叩かれた所は、大丈夫か?」 本当に申し訳無さそうな顔をして、頭を下げ、怪我の様子を見るために、体の節々を見ると、無数の痣と血が数箇所出ていた。
「これでは、大丈夫な訳はなさそうだな。ついてきなさい、怪我の手当てをしよう。歩けるか?歩けなければ背負っていこう。 さぁ、背中に。」 そういってアルスは背中を向けた。だが、奴隷は背中に乗ることも無く、弱々しくも立ち上がりながら、 「新しい主人にそのようなことは出来ません。さぁ、何をすれば良いですか?」
男は弱々しくお辞儀をしながらそう声を発した。
改めて男を見ると、自分と大して変わらない年齢の者に見えた。 改めて、街の周りを見てみると、馬車馬のように働かされている半裸の男や、まるで物を扱うかのように足蹴にされている女性などが所々に目に入ってきた。
アルスは、はぁーと溜息を一つつき、 「随分と問題のある国のようだ。こんな環境がまかりとおるとは。嫌になるね。」
アルスは、すっと立ち上がると、奴隷の腕を強引に掴み背中に背負い上げた。 「金で売り買いしてしまったとはいえ、あいつのような扱いをするつもりは無い。 まずは、お前の怪我を治さなければな。そして、しばらくは私の話し相手になってくれ。」
その言葉に奴隷は、理解できない表情でアルスを見た。
「俺は、この国に来てまだ間もない。知らないことも多い。 だからといって、知らないから放っておくのも性に合わない。知らないことは知る。解らないことは聞く。それが俺の第一歩だ。」
「ところで、名前はなんという?ちなみに、俺の名前は、ト、いや、アルスだ。 実はこの名前も最近知った名前で、どーもまだ慣れていない。」
アルスの理解しにくい内容を聞きなおすわけも無く、聞かれたことだけを答えた。 「名前はありません。」 「嘘?」 「本当です。あの男は、クェンと読んでいました。」
「クェン?ん。ちょっと、言いづらい名前だなー。独特な発音だ。こういう名前は一般的なのか?」 「クェンは、犬という意味です。」
「犬?ふざけた事を名前は変えるぞ。」 「構いません。ご主人の命令は絶対です。」 「はぁ、疲れるな。まずは、その奴隷根性なんとかしないとな。まぁ、それは追々ということで、そーだな・・・シグナスとしよう。」 「シグナス?」 「そう、シグナス。君の名前は今日からシグナス。いいかな。」 「は、はい。」 「決まり。さて、後少しで着くからもうちょっと頑張れよ。」 アルスはそう言いながら王宮に向かって歩いていた。
しばらくして、シグナスは、自分とアルスが王宮に向かっている事実に気づき始めた。 「あ、あの、あなたは一体?どちらに行かれるおつもりですか?」 「?、あれ、そういえば行き先を言ってなかったけ?ごめんごめん。行き先は目の前のアレ。お城ね。」 「あなたは、何者ですか?」 「うーんと、一応、次期国王かな?だから、今は皇子?」 「お、王?」 「そう、何も無ければ、その予定なんだけど。」 聞くや否や、アルスに乗っていた背中から転げるように下り、顔を地面にこすり付けるようにひれ伏した。
シグナスの慌てようを見て、 「な、なんだ?どうした?シグナス?」
「皇子様と知らず、大変無礼な事をいたしました。ここで斬り捨てられても文句はありません。どうぞご容赦の程を。」 アルスは、跪いたシグナスを見て、 「訳がわからん。なんだそりゃ?」 「王は、神の存在。お顔を拝見することは愚か、影さえみてはならぬと法令にあります。 私は、死罪に値する行いをしてしまいました。」
「言っていることが良くわからん。怪我の手当てしてから、いろいろ話をしよう。なっ!」 そういうと、ひれ伏したシグナスを強引に引っ張り上げ、肩に担いだ。
そして、アルスは、 「これは、俺が勝手にやっていること。お前の気を止めるべき要素はどこにも無い。まして、怪我をしているんだ。 安静にしていろ。傷に響くぞ。」 そういうと、王宮に向けて歩き出した。シグナスは、不思議な顔で、アルスを見る形となった。
王宮につくやいなや、当然のごとく門番に止められた。 事情を説明してもなかなか解ってくれない。怪我をした奴隷に、見たことも無い男である。当然の如く不審を露にした。 仕方なく、アルスは、貴族であるワルダを呼ぶこと門番にお願いし、しぶしぶながら門番の1人がワルダを呼びに行った。
ワルダは門番と共に王宮の外まで来ると血相を変えて叫びながら門に向かってきた。 「アルス皇子、一体どこに行っていたのですか。皇子ともあるべき方が不審者として門番に止められるなど前代未聞ですぞ。 一国の王となるべき方が何をなさっているのですか。共もお告げにならず勝手にお城から出て行くなんて。 前国王がお亡くなりになりこうして一同がせわしなく働いているというのに、あなたは?それに、その汚い男はなんですか。 王族たるもの気品を付けなければ、例え王になられる方であっても、他の貴族や王族に舐められますぞ。」
ワルダの鬼気迫る声に真実味が増したのか、目の前にいる奴隷を担ぎ上げたこの男が、皇子であるという事実を認識したのか、門番二人は、顔面蒼白になり、地面にひれ伏していた。 アルスといえば、ワルダの声にも大した驚きも無くそれどころか、溜息すら零し、
「ふぅー、前にも言ったが、俺にとって父であると言われても俺には育てられた記憶がない。 そんな男にこだわる時間は持たない。俺には俺のやるべきことがある。 そんなことより、この男の手当てを至急行ってくれ、手当てが終わったら私の部屋につれて来い。いいな。 それから、この男は私にとって大事な人間だ。丁重に扱えよ。」
アルスは、そういうと、「また後で。」と笑顔でシグナスに向けて言い、ワルダにシグナスを預けて、王宮の中に入って行こうとして ふと立ち止まり、地面にひれ伏した門番に向かって、 「顔を上げろお前達。話がある。」
その言葉がはっきりと聞こえたが、門番は変わらず伏したままだった。 再度同じ事を言ったが変わらず、顔を伏せたままの門番を見て、先ほどのシグナスの言葉を思い出した。
「ふぅ」と浅い溜息を一つこぼした後、 「門番としての役目、ご苦労様。君達の記憶力には、尊敬すら覚える。不審者として門前で止めた君達の行為は正しい。 咎める事などする筈も無い事を覚えていてくれればいい。できれば、明日からは、私の顔とシグナスの顔を見たら、素直に門を通してくれるとありがたい。これからもよろしく。」
アルスの優しい声に伏したままの門番は驚きと意外な出来事に戸惑わずにはいられなかった。 ここに自分達の誰もがいなければ、飛び上がって喜びたいぐらいである。 それを許さない状況を作り出しているワルダは、ブツブツと文句を言いながら門番達にシグナスを運ばせ手当てをするように伝えるとそのまままた宮中に帰っていった。
シグナスは、門番から城にいる女中に渡され、怪我の手当てされた。 手当てが終了するとそのまま女中は衛兵にシグナスを渡し、衛兵はシグナスをアルスの部屋まで連れて行った。
シグナスが部屋に入ると、素で驚嘆を顔に出した。今まで働いていた店よりもはるかに広い部屋に加え、 アルスは、座っているソファは2,3人が寝転がっても有り余るとても大きな物だった。 書物を読んでいた。アルスは、書物を閉じると、 「手当ては終わったか。」 と優しくシグナスに声をかけた。その言葉に、シグナスは無言でうなづいた。
「結構。さぁ、近くに来てくれ。いろいろと話をしたい。さっきも言ったが、俺はまだこの国に来て間もない。 知らないことも多い。いろいろと俺に教えてくれないか。」
その後、シグナスとアルスは長い時間部屋の中でいろいろと話をした。 国のこと。生活のこと、奴隷のこと、国のことは貴族に聞くよりも最も詳しく確実な情報が聞き出せた。 シグナスはその間、アルスと間を置き、低い姿勢で話をしていた。 最初の内は、何度も椅子に座るよう勧めたが、跪いた姿勢を崩すことがないので、アルス自身が椅子から立ち、 シグナスの傍で、あぐらをかいた。
シグナスは、その後アルスの側近とし常に傍に仕え、一生を王に捧げる忠臣として名を馳せる事になるがそれはまだ先の話である。
葬式が決行される日取りが決まったが、特にそこに関心は無く、時間が出来れば、さっさと城を出て街を散策しに行った。 門番もアルスがシグナスと共に城を出て行く姿を何度も見ているせいか、徐々にその光景に慣れてきていた。
今までに城にいるどの王族とも違うことを感覚的に理解している風だった。 王族、貴族は、位で人を見る。平民のような存在は、道に転がる小石と変わらぬ認識である。
だが、アルスは、そのどれもと明らかに違っていた。 遠くからでも門番と目が会えば気軽に声をかけてきて、世間話の一つも始めてしまう。
跪こうものならば強引に立ち上がらせ、膝についた土を払ってくれるような気安さがそこにはあった。 常にそばにいるシグナスがそれを真っ先に感じ取っていたが、主従の関係である以上、それについて何かを言う事は無かった。
街に入れば、皇子という身分を隠し、トールという名の平民として、街の人間に溶け込みつつあった。 最初は警戒心を露にしていた民達も、何度も足を運び、会話を行っていくたびに、民の輪の中に入り、果てには、 アルスが来ることによって輪が自然と出来るようになっていった。 会話をしていくことで、農民や商人達の苦労や、困っていることなど多種な情報を手に入れていていった。
もちろん、ただで情報を貰う訳にはいかないと、それぞれの仕事を手伝うのだが、例えどんな仕事であっても喜んでやっていた。 付き従うシグナスも当然一緒に手伝うのだが、数多くの仕事を経験してきたシグナスの方が効率よくこなす姿を見て 最後には、 「また来てくれ。他愛の無い会話でこんな手伝いしてくれてありがとよ。 でも、トールより、シグナスの方が良い働きをするな。はははは。」 と終わる形が多かった。
葬儀当日
王が崩御してから、随分と時間が経ったが、アルスにとってやっとの思いで、葬式は行われる事になった。 とても、死者を静かに厳かに弔うという感じは微塵も感じなかった。
金銀あまたの宝飾が部屋に散りばめられ、煌びやかに、そして派手に彩られていた。 喪主であるザベル仕切りの中、数十人の僧侶が数多の花に囲われた棺の前に座っている。 棺を正面として右手に、王族の面々。左側には、ノイエに古くからいる貴族の面々
そして、周りを囲うように、中級・低級の貴族が鎮座していた。 死んでから時間が経ちすぎたせいか、それとも、最初から悲しみを覚えている者などいないのか、誰も泣くものすらおらず、 談笑している姿すら見えるほど和やかな雰囲気の中、葬儀は行われた。
当のアルスは、王族であり、加えて後継ぎであるにも関わらず、王族の並びの中にも入れず、なぜか、 低級貴族の更に後ろに配されていた。 さすがのシグナスもこの部屋に入ることは許されず、部屋を囲うようにして守る兵達と一緒に立っていた。
「何、この差別的な配置。後継ぎである俺が、なぜ、一番後ろ。こういう待遇が許されるのか。この国は。 父親以外の家族をまだ見たことも無いんだけど。。。まぁ、いいか。どのみち、死んだものに用は無いし、興味も無い。 様子を見て、去るか。」
アルスは、こっそりと、誰も気づかぬ内に部屋を出て、部屋の前にいたシグナスと合流するとそのままその日は城に戻らなかった。 アルスが不在である事を誰も気づかぬまま、葬式は行われていった。
− アルスは、部屋にいて今までに見知った情報を整理していた。
ノイエは、この星にある5国の中でも優雅で煌びやかな国と称されている。 実際、何日もかけて国を回り様々な個所を見て回った。確かにその雰囲気はあるようには見える。
しかし、実の所では、一日の暮らしにも満足に過ごせているものは少なく。 官位に物を言わせたものが跋扈する時世ではどーしても貧富の差が出てしまう。
それはある意味では仕方が無いことではあるかもしれないがその差の大きさにどうしてもギャップを感じてしまう。 この国は荒れ果てている。そう感じる程だ。
城に戻ってもそれは、同じだ。城という一つの空間の中にも非常に貧富の差、官位の差を感じさせられる。
城の中で働くものにも官位を持つもの士族、貴族もいれば、女中、給仕といった雑用をこなすもどさまざまだ。 女中や給仕は、奴隷扱いと変わらない。ここまで人に差をつけることに意味があるとは到底思えない。
官位を持つものが目の前を過ぎよう物ならば仕事の手を止め、跪き頭を垂れ、官職者が通り過ぎるまで頭を挙げることは無い。王族ならばどこにいても廊下に出、同様に跪き頭を垂れ、見えなくなるまで頭を挙げることはない。 同じ城の中にいながら、王の顔をまともに見る事さえ許されない。人が人と共に暮らしている世界で、なぜこのような事が当たり前のように起きているのか。これは、なんとかすべきだな。
と、物思いに更けながらじっとそんな事を考えていると
部屋の扉を叩く音が聞こえた。 部屋の中にいたシグナスが、扉を開けると、官職者の1人が、深々とお辞儀をし、 王位継承の式典の日取りが決まったことを伝えた。
俺は、その時には、既にある覚悟を決めていた。
王位継承
前国王崩御のように朝から城中の人が堰をきったように騒々しく動き回っていた。 国中の来訪者が新王への挨拶とばかりに城に訪れていた。
城中ごった返したような賑わいを見せていた。
今回は俺も関係ないとは言っていられない。なにせ、当事者だからだ。 数人の侍女が俺の周りに集まって正装を身に付けさせていた。 動くのも難儀をしそうな程ごちゃごちゃしたものが服の周りについていた。
身支度が済むと、宮官が呼びに来るまで部屋で待つようにと指示を受けたため大人しく待っていた。 その間に、大広間に集められた官僚達や貴族達は今や遅しと次期国王の登場を待っていた。 しばらくして、宮官が俺を呼びにきた。宮官は、正装時の作法と王冠の受け渡しについての作法を俺に教えた。 それらを素直に聞き、俺自身も始まりを待った。 王位継承の儀が始まりを表す大きな銅鑼の音が城中に響いた。 宮官に従い、俺は広間の中央までシズシズと歩み寄った。 広間の中央には道なりに階段があり、王の座るべき椅子があった。
そこに行き着くまでの経路に、黄金の冠が載った台が置かれていた。 俺は宮官に教えられたとおりその王冠の前に立った。
向かい合わせるかのように神官が俺の前に来た。神官は跪き頭を地面にこするぐらいに下げると、立ち上がり、
「古より伝わりし方により、ここに新王即位の儀を執り行います。一同の方、式礼を。」
その言葉に、周りにいた全ての人が跪き王に向かい、礼をした。
「四方を守りし神々達と、国を憂えた尊き王達の霊に万物の者の代理として我、丁重にご挨拶せしめし。 ここに、次なる新王を迎え、宝冠を受け渡すなり。」 神官は、玉座に一礼をし、宝冠を俺の頭の上に載せた。
もしも地球でこんな事が行われたら、ここでカメラのフラッシュが煌々と照らされたであろう。 だが、この星にそんなものがあるわけでもなく静かなる歓喜の中で宝冠を受け取った。
神官は、俺に向かって、 「清き政治を勤め、国民への信頼を得、国を憂う事 誓えますか。」 「むろん。」 「37代目国王アルス様に神々のご加護を。」 神官は、最後に両手を天に上げ、叫ぶように言葉を放った。
俺はその様子をほくそ笑みながら見ていた。 「ふん、神々の加護があったからどうだというのだ、どの世界もくだらん世迷言を言っているものだな。 まぁ、いい。貰う物は貰った。ここからは俺の時間だ。」 俺は小さく声を発したあと、立ち上がり、そのまま、玉座に向かっていった。
神官は、上げていた手を下ろし王に対し、声を掛けようとしたが、王はそのまま玉座に座した。 通例の式ならば、両手を上げていた神官に対し、王は片膝を付き一礼をしなければならなかった。 だが、それを無視しての行為であった。式儀を知っているものならば誰もが怪訝に思ったであろう。 しかし、アルスは間違えたことを悪びれる様子も無く玉座に腰を下ろしていた。
神官は、王のそばにより、 「アルス王。まだ式の途中で、」 アルスは神官を一度見、その後は言葉を遮り、 「今日ここに、ノイエの王、私アルスが即位した。 遠くからいらっしゃられた皆々様には大変深く感謝する。 また、このノイエに長く仕えし、貴族、士族の皆々様にも感謝の意を表す。
私はこの国を今までの全ての王に類しないほどの最高の国にしたいと思っている。 国民の1人1人が心から幸せだと思えるような国にしたい。それこそ身を粉にして王としての責任を果たすつもりだ。
その為には、今までの国王も、神々も必要ない。 私とこの国にいながらその才能を埋もれる事しか出来ない優秀な者と共にこの国を繁栄させる。これをもって国王の訓示とする。」
アルスは、毅然とした態度ではっきりとした言葉で皆々に言い放った。
「さて、訓示も終わったことだし、国王になったからには、 私と共にこれからを歩んでくれる官僚を雇用していきたいと思っている。 新王即位と共に、全ての役職の見直しを図る。 新王の政権に旧来の官職者は必要ないと判断した。 故に、今までの官位は本日をもって全て剥奪する。」 王の突然の挨拶にも驚いたが、官位の剥奪には全ての者達が驚いた。
「な、何を言っているんだ新王は?」 「剥奪?何を。」 「私は、百年以上も続いた名誉有る貴族だぞ。そのような無礼がまかり通るものか。」 ざわついた広間にいた者たちの発言を無視し、アルスは言葉を続けた。
「私の雇用条件は単純だ。種族も生まれも関係ない。 優秀で、国を思うものを雇用する。 身分の違いなど、糞食らえだ。名門だろうが、奴隷だろうが関係ない。 俺が欲しいのは国を思う者。この一点だ。 中には一時官位が無くなる物も有れば、そのまま永久的に無くなるのも出てくるかもしれない事を先に述べておく。」
神官は、血相を変え、王の前に立つと、 「王、無礼ではありませんか、神々の前への式に対しこのような不埒な態度。前代未聞ですぞ。 このような無礼な王に神のご加護があると思うてか。」
「無礼なのは貴様だ。いつまでここにいる俺の頭に宝冠が載った時点で式は終わりだ。国の王は決まった。 後は国政をするべく動くだけだ。そもそも、前の国王が死んでから、いや実際は前王が倒れてからの間、誰が政治を見ていた? 誰の判断で国を動かしていた?中途半端な者が中途半端に国を動かしても国民は幸せにならん。
まして、神の加護?そんなものが何になる。貴様は神とやらを見たことがあるのか? 神の言葉を聞いた事があるのか? 俺は生まれて一度もない。そしてこれからも無い。 目に見えないものにすがる事に意味など無い。国民を助けてやれるのは死んだ王でもなければ神でもない。 生きている我々だ。
そんなことも解らずに目に見えない神とやらに誓いを立てることに何の意味がある。無礼を働くことがどれほどのものか!!」
アルスは、神官と周りにいた来訪者に向かって言い放った。
「さぁ、国政の始まりだ。一両日中に政治、財務、軍事の頭を決め、それぞれの官僚を決める。 時間は、少しでも惜しい。我の言葉を理解できたものはすぐに準備を始めろ。」
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