国の作りかえが進みに連れて、国民の不満もかなり高まりだした。 そしてついには、暴動にまで発展した。
多くの民が城に押し寄せ、罵声や怒声を城の中枢に聞こえるように浴びせかけているのが聞こえていた。
アルスは、その様子を城壁の上に立つ警備兵の傍で見ていた。 そばには、シグナスはもちろんキーヴ率いる親衛隊も鎮座していた。
「大丈夫ですか?陛下。」 キーヴが気を使うように、アルスに声をかけると、さほど気にも留めた様子もないアルスが 「何が?」 と聞いてきた為、キーヴは、 「あのような状況は、陛下の望むべき姿では無いので、心痛めているのではないかと。」
その言葉にアルスは、頭を伏せているキーヴの肩をポンポンと叩いたかと思うと 「俺の知らないことをお前が知っているのは、少々気に食わないが、それが策だというのならばあえて何も言わない。 だが、この程度の策では、ツメが甘すぎるとナッシュにでも伝えておけ。」
「は、はい。分かりました。」 キーヴは思わず、了解の旨の返事をしてしまい、はっと我に返り、 顔を上げると満面の笑みの微笑みをしたアルスと目があった。
「その程度の引っ掛けに騙されるようではまだまだだ。精進しろよ。キーヴ。」
そういうと、アルスは、その場を離れた。 シグナスは、親衛隊の面々に深々と頭を下げるとそのままアルスの後ろについていった。
キーヴは、深く長い溜息を一つつき、 「酷いよな。あんな事言われたら、既に全て知っていると思うようなぁ。」 「そうですね。」 「しかし、いつの間に、知ったんだろう。」 キーヴの当然の疑問に、親衛隊の面々も思い思いに考えていたが、ラシードが、気づいたかのように 「そういえば、以前、陛下が、ルドの民は一体何人いるのか?とあのような姿を見て言った覚えがあります。」 「どういう意味だ?」 「さぁ?」 「その発言をされたときの状況をもう少し詳しく話せ。」
「は、はい。あれは、今日の様に、暴動のあった日でした。 キーヴ隊長は、確か使いの為に、イオ様の所に行っている最中で、その場にはいなかったのですが、 暴動の様を、ずぅっと見ていて、その後、シグナス様の腕をご覧になり、暴動の民達の腕をしげしげと見ていたような。 何度も、シグナス様の腕と民達を見ていたと思います。」 「腕?」 「はい。何でしょう?」 キーヴは、ラシードの言葉を聞き、 少しの間俯き考えていたが、ハッと閃いたのか、顔を上げ、 「焼印か?ルドの民には、腕に焼印がある。奴隷として売り買いさせられていた際につけられたモノだ。 死ぬまで消えぬ忌まわしい刻印だ。ん。ちょっと確認してくる。」
そういうと、何を思ったのか、足早に城壁の階段を下り、城の正面の門に急いだ。 ラシードも何事かと思い、キーヴの後を追った。 門を抜け、門番と、暴動中の民の前に出向いた。 門番達は、各々の槍を交差させ、金属の高い音を何度も出し、民は、その場で強く足踏みをしながら、叫び声と時折、泥を投げていた。
門番の一人が、キーヴの存在に気づいた。 「キーヴ皇子。何故?こんな所に。」 その門番の声に、正面にいた民達が、何ともいえない声を上げた。 「皇子。皇子様。キーヴ様といえば、アルス陛下に継ぐ、天才児」 歓喜なる声をあげ、興奮が連鎖され、叫び声は一層大きくなった。 キーヴは、それらの声を打ち消すかのように、 「火急の用件だ。誰でもいい、腕を見せてくれ。頼む。」 その言葉が聞こえたのか、民達は全員、揃って、腕を出した。 見ると、腕には、皆揃いの刻印が付けられていた。 「これは?」 「この刻印は、国づくりで働いている奴らには皆ついている。ここに数字があるだろう?この数字は、一人一つ。 全員管理されている。州官に言えば、素性を教えてくれる。どこに、密偵がいるかも分からない。だから、こうして管理すれば、すぐにわかる。」 「刻印といっても、刺青では無いか。何故。女、子供もか。」 「もちろんだ。」 「焼印で無いにしろ、ルドの民と同じ刻印?」 「無茶な事を。何故、このような事をしたのだ。」 キーヴは近くにいた男の襟を掴み、ひどく立腹した形で詰め寄った。 キーヴの怒りを見た民達は、口を揃えて 「王への忠誠の証だ。」
「忠誠の証だと。そんなものの為に、体を傷つけてよいモノではない。 何故、このような事を。誰の命令だ?誰の指示でこのような事を。」 「これは、どんなことがあっても変わらない王への信頼と忠誠を誓った王への証だ。」
「王はオラ達の暮らしを今以上に豊かにすることを望んで実行されている。 その為に、ナッシュ様や他の官僚様達が、わざわざオラ達の所まで来て説明してくれた。 こんなオラ達に頭まで下げられた。 オラ達に不信を持てという。だが、オラ達は不信の演技をしても実まで不信には感じない。 それがこの証だ。それに元奴隷だったモノには死ぬまで消えない印がある。 差別をしないと決めても、忌まわしい刻印だ。 だから、皆で決めた。ルドの民が、安心して、暮らせるように国の民全員が同じ刻印をすれば、安心して暮らせる。 オラ達だって差別はしたくない。だから、全員に刺青をした。 ルドの民達が味わった屈辱をオラ達も味わった。これで皆同じだ。」
「そのために、女子供にもか。」 「それは、誰もが同じだ。」 「なんと言う事を。」 「密偵には、覚悟が無い。だから、刻印なんか、付けれない。 オラ達には、どんな痛みも耐えられる覚悟がある。これが、その証明だ。」
そういい、腕を突き出した。キーヴは、歯をギュッと噛み締め、深々と頭を下げた。
「貴君らの覚悟、王に代わり受け止めた。そして、深く、深く感謝する。」 自分が皇子であるという立場も忘れ、民に対して頭を下げた。 国民も、門番も、ラシードもその姿を見て、唖然としてしまった。 その後、やいやいと騒いでいたが、規定の時間が過ぎたのか、国民は静かに帰っていった。
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