食事も終わり、出されたデザートと紅茶を飲みながら、奈津は、先ほどの問いを再度する。 食事に満足したのか、満面の笑みで紅茶をすすっていた伸也は、質問の答えを話し出した。
「いくつか気になる所はあります。 そもそも、今回の誘拐は、無計画なのか?それとも、計画的か? 何故、こんな場所で誘拐をしたのか? どうやってこの情報を手に入れたのか? 犯人の目的はなんでしょうか?などなどいくつか気になる事があります。
指摘ついでに、刑事の行っている聞き込みにも意味を感じませんね。」 「どういうこと?」 「先ほど、由里さんのお父さんも言っていたでは有りませんか。
向かいの人がどこの誰かは知らないと。仮に、目の前の道路を歩いていても、 その人の名前は愚か、どこの別荘に住んでいるのかなんて知るわけも無い。 まして、別荘の住人か、ただの観光客かを特定するのも難しい。
ここは、いつも住んでいるご近所とは明らかに違うんです。 その状態で、事情を聞いたところで、全く意味を成しません。」
「なるほど。」と孝仁が呟く。
「仮に無計画で、誰でも良かったとするならば、身代金だけ貰ってこの事件は終わりです。 ですが、計画的だとすると、少し問題が多い。 下手をしたら殺人事件にまで発展するかもしれない。」
含みでもあるかの伸也の言葉に、皆寒気を感じた。 奈津は、1人、話を聞きながらも他とは別の事を感じていた。 それは、こんな短時間の間且つ、事件に一切の興味を示さなかった目の前の能天気にしか見えないこの男が どこまでいろいろと考えているのかに、少しの感動すら覚えていた。 だが、殺人事件の言葉に、さすがに驚いたのか、すぐに疑問をぶつけた。
「簡単ですよ。知人が知人への誘拐を考えるのは、純粋な金目的ではない形が多いというだけです。 ただの金目的だけだとしても知っている人間を誘拐するのは、リスクが大きい。 成功しても失敗しても、知人の関係性は崩れます。 まして、誘拐された人間が、誘拐した人間を見れば、特定できますからね。 結果として失敗する形が多いということです。」
「そうか。だから、もし金を手にしても、自分が捕まることを恐れて、誘拐した人を殺すと。」 大介は、冷静に伸也に合いの手を入れた。
「まぁ、そうですね。それ以外は、怨恨とかです。陥れたい。不幸にさせたい。 まぁ、悪意を持つ感情は人それぞれですが、その場合は、お金が前提ではありません。」
「殺人が前提?」 拓也がポツリと言った一言に、伸也はこれまた冷静な声で 「その通りです。拓也君。」
その冷たいとすら感じる一言に、悲鳴に近い声が漏れたのは当然の結果である。
「解っていることは、現時点で警察には何の目星もついていないという事です。 由里さんのお父君のように、近所づきあいをさほどしていない人たちの集まりです。 お互いのことなど知る由も無い。 そんなことは、警察だってわかっているでしょう。 ですが、藁をも掴まなくては犯人を捕まえれないとでも判断したのでしょうね。 結果が見えていても、聞き込みの必要があったということです。」
「だから、皆が玄関で騒いでいる時も、警察の聞き込みにも、興味を示さなかったんだ?」 と奈津が1人感心していた。
「しかし、そうは言っても、疑問が多いのは確かです。 向かいの人がどういう人かぐらいは、調べてみましょうか。」 といい、携帯電話を取り出すと、どこかに電話する。
「もしもし、安原伸也です。どうも。 ところで、■県の××市で誘拐事件が起きたようですね。 被害者の身元が知りたいので教えてもらえませんか? え?何で知っているかって? 事件が起きた家の向かいに今いるんです。遊びで来ているんですよ。 じゃあ、情報よろしく。」 といい、電話を切った。
「どこに電話したの?」と聞くので、 「刑事に知り合いがいまして、頭はよくありませんが、便利なのでよく利用しています。」と答える。 「便利って・・・・」
しばらくして、伸也の携帯が鳴る。 受話器を取り、話をする伸也。10分後、電話を切る。
「向かいの方の身元が解りました。内藤高志さん。 ITベンチャーで30歳前半だというのに、 年収は億を超える最近でも景気の良い会社の社長であるそうです。 本人・奥さん、娘の3人家族で、通常は都心に住んでいるらしく、 休みを利用して別荘のある避暑地に遊びに来たようです。 せっかくのお休みに、誘拐事件なんて目に会うとは。何とも不幸ですね。
ちなみに、今の所ですが、交友関係及び業務関連で大きなトラブルは無し。 暴力団との関係も無く、借金も無しの順風満帆らしいですよ。」
皆への説明が終わった頃、再度訪問客が別荘に来た。 先ほど聞き込みにきた刑事が来訪。 「こちらに、安原伸也さんがいらっしゃると聞いたのですが。。。」 来訪目的は、伸也に捜査協力の申し出だった。
孝仁に呼ばれ、伸也が刑事の前に立つと 伸也と面識の無い刑事だったせいか、戸惑いを隠せず、 「子供。。。」 「こんな子供に捜査協力。。。」 呟きに近い言葉が聞こえた。
伸也は、子供っぽい微笑を見せた後、 「誰の差し金かわかりませんが、皆さんもこんな子供の手を煩わせたいとは思っていないでしょ? それに、捜査のプロである皆さんに協力する事があるとは思っていません。 子供の力に頼らずととも皆さんで十分解決できると思います。」 と丁重にお断りしたように見えたが、伸也の性格を知るモノならば、多少の嫌味と皮肉が篭っていることは十分に理解できたが、 誰も、合いの手を要れずに、黙って、帰ってもらった。
居間に戻ると、 心配そうな顔をする由里。 「大丈夫ですか?手伝ったほうがいいのでは?」 にっこりと笑い、大丈夫です。と答える伸也。付け加えるように、 「本気で要請するなら、僕が電話した相手が自らの足でココにきます。 それまでは、無視してもいいでしょう。」と。
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