伸也の言ったとおり、部屋に明かりがついた頃、待ち構えていたかのように警察が訪れた。 スーツ姿の男が2名。
丁寧に頭を下げた後、 向かいの家で、誘拐事件が起きたこと。 誘拐された対象は、別荘にいた6歳になったばかりの女の子(娘) 誘拐された場所は、家の近く。目撃者はいないとの事。
娘の傍らには、専属家事手伝いがいたのだが、 ちょっと目を離した隙にいなくなってしまったという事だった。 今日の昼ごろ、どこにいたかなど基本的なアリバイを聞いてきた。
玄関で対応する孝仁。 玄関脇で、警察から見えない位置に並んで立ち、 好奇心旺盛に、事情を聞くユキ・大介・拓也・奈津・由里
居間に残った郁美と伸也。 郁美は、自分に降りかかった災いでもないのに、1人心配そうにオロオロとしている。 反して、伸也は、刑事の同行に一切の興味も無く、 リビングの椅子に座り、湯気が立ちこめた夕食のオカズをジッと眺めていた。
「美味しそうですね。早く食べたいですね。皆さんは、まだ戻らないのですかね?」 刑事の訪問よりも、目の前のおかずに目を奪われていた。
一通りの質問が終わったのか、刑事達は元の場所に帰っていった。 本物の刑事のやり取りに興奮冷めないまま、居間に戻ってくる一同
事情を聞いた大介達が、頼んでもいないのに、勝手に話し出す。 食事が始まっても、止まらない話。 そんな話を聞いているのかいないのか、目の前のおかずに手を付け、「美味しい。」を連呼する伸也
奈津は、大介達と一線を外した伸也の行動に、苛立ちよりも不思議な違和感を示していた。 「こんな身近に、誘拐事件が起きたんですよ。それも、幼い子供を誘拐なんて悪質な事件です。 そんな話をしているのに、興味ないんですか?」 とついつい言葉に出して伸也に問いかけた。
伸也は、お代わりをしたばかりの茶碗を握り締め、 僅かの時間であるにも関わらず名残を惜しむかのように、オカズから視線を外し、奈津の顔を見、 「どれも、とても美味しいです。こんなに美味しいモノは、実に久しぶりに食べます。 せっかく、時間をかけて作ってくれたモノですし、今、その話をしなければいけませんか?」 とだけ言うと、少しの視線を外したことによって無くなる筈も無いのに、 また料理に目を奪われ、満面の笑みを浮かべ、食事に集中する伸也。
「やっぱり、変な人。」と思う奈津。
大介も、伸也の意図する事が解ったのか自主的に話をやめると、 ご飯に集中するかのように食べ始め、いつしか、事件の話は、食事中はうやむやになった。
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