ベッドから体を起こすと酒を飲んだわけでもないのに少しの気だるさを感じた。 背中を掻きながら、ベッドの横に置いてある備え付きのアナログ時計を見ると、すでに10時を回っていた。 「寝すぎかな。」そんな呟きをしながら、伸也はベッドから降りた。
服を着替え、1階に下りると、食堂の扉は、既に開いていた。 食堂に入ると、すでに、数人が食堂の椅子に腰掛け談笑しているのが見えた。
「寝たのが早かったせいか、腹減ったなー。」と拓也。 「ご飯にしたいけど、黒田さんがまだ起きてきてないんだよねぇ」と大介 「こんだけ、面子がいるのに、飯作れるのが、1人だけってどーよ?」と拓也 「悪かったわね」とユキ。
そんな軽口な言い合いをしていると、頼みの綱の黒田が登場。 大きなあくびをしなながら、「お腹へったね。とりあえず、ご飯作るよ。」の言葉に、 食堂にいた子達は、大歓声。
そのまま、食堂を通り抜け、台所に直行し、朝食を作り始めた。 黒田が朝食を作っている間に、徐々に寝ていた子も起き出して、皆食堂に集まっていた。
黒田は、寝起きにも関わらず手際よく簡単に摘める様卵やハムをはさんだサンドイッチを作り、お皿に並べた。 サンドイッチのお供に、伸也が入れた特製ブレンドコーヒーが振舞われた。 全ての皿を並べ終わり、食べ始めようと、全員が、昨日と同じ場所に座ると、木下がまだ起きて来ていない事が解った。
「起こしに行ってくるよ。」と同じ学校の和田努が、席を離れ、木下を呼びに食堂を出て行った。
少しして、内庭の窓ガラスが、ガタガタと小刻みに揺れた。 窓ガラスの揺れに全員、振り返るように、内庭を見たが、特に何か変わった様子は無かった。 さして気も止める事なく、テーブルに向き直り、談笑を続けていたが、 伸也は、微震程度に続く窓ガラスの揺れをずっと見ながら、 「何かあったかもしれませんね。」とポツリ言った。
伸也の言葉が聞こえたのか大介は理由を尋ねると、
「今、窓ガラスが振動しましたが、この建物の内庭は、外から完全に遮断されています。 風に揺れて窓ガラスが振動する事は無いでしょう。今の振動は、別の理由です。例えば、音とか、声。 木下君か、もしくは和田君が、大きな音や声を出したのではありませんか?」と言う。
その言葉に、不信に思った大介は、拓也と伸也を連れて、木下を呼びに行った和田の所に行くことに。 3人が動いたことで、好奇心に駆られたほかの人も後をついていく。
食堂を抜け、男子側の廊下に出ると、木下の部屋の位置と扉の間で、和田が体全体を震わせながら尻もちをついている姿を目視できた。 腰を浮かせることも出来ず、完全に血の気が引いて真っ青になっている和田を見たことで、大介や拓也は嫌な感じがよぎった。 半年前に起きたあの忌まわしい殺人事件が思い起こされたのである。
思わず進める足を止め、前に進むことを躊躇ってしまった。 そんな2人の意思を汲み取ってか無視してか、誰よりも早く伸也は、部屋の中に入った。
そこには、裸でベッドに横たわり、数箇所に渡ってナイフによる殺傷痕を残した木下雅夫の無残な姿が見えた。 目は見開かれ、恐怖と戦慄に満ちた顔のまま絶命していた。 異様さを煽ったのは、刺し傷の多さではなく、股間の男性器を切られ、口に咥えられていた事だった。
拓也達の後を追った他の子達は、和田の腰を抜かして、震えている姿を見て更に好奇心が湧いたのか次々に部屋に入ってきた。 だが、ベッドを見つめる伸也に気づき、その視線の先にある木下の無残な遺体を見るや否や 声にならない悲鳴が部屋や廊下中に響き渡り、窓ガラスを揺らしていた。
木下のむごたらしい姿に、その場で、河北由里は意識を失い、それ以外の男性・女性は食事前だというのに、 その場で嘔吐するものも少なくなかった。
追いついてきた拓也や大介が不安が的中してしまった残念さを感じながら伸也の横に立ち呆けていると、 「ふーむ。また、殺人に出くわしてしまいました。僕は死神ですかね?」 笑えない伸也の発言に、大介と拓也は少し顔を引きつらせた。
拓也と大介は、殺人現場を見た経験から今回は意外に平然としていた。 意識を失った河北や気分の悪くなった他の子達の肩を貸しながら食堂に運びいれていた。 その間、伸也は、木下の傍まで行き、遺体の状況を確認していた。
一通りの検分を終えて、伸也は食堂に戻ると、 誰もが青白い顔に包まれ、一言も言葉を発する事無く寒気に体を震わせていた。 拓也は、大介と共に、伸也を食堂の外に連れ出し、 「どうだ?何か解ったか?」と伸也に詰め寄った。
伸也は、 「専門家ではないので、具体的な所ははっきりとはしませんが、 死後硬直の状況から見て、昨夜の1時〜2時に殺されたと思われます。 木下君が逃げないように手足をベッドに括り付けられていました 出血多量によるショック死か、出血死、ナイフの傷による内蔵破裂か、死因は何とも言えませんが、その辺りでしょうね。 それから、残念ですが、犯人は、外部犯人という事は無いでしょう。この中にいると思われます。」
「この9人の中に犯人がいるってことか?」 「そうなります。まぁ、個人的な意見を言わせて貰えば、拓也君、大介君、ユキさん、そして僕は、 対象から外していいでしょうから、残りの5人となりますね。」 「そんな軽率な判断でいいのか?知っている人だから犯人じゃないなんて事は無いんだろう。」 と大介は、意見を言うと 「軽率でしょうか?別に知人だからというだけが判断材料ではないのですが。 まぁ、大介君の言葉も一理あるので、それに従いましょう。 では、以前と同様に、警察が簡単に来れる環境では無いので、こちらでなんとかした方が良いのでしょうね。 順番に1人ずつアリバイを聞いていきましょう。お二人は手伝ってくださいね。」
伸也、大介、拓也は食堂にいた全員のアリバイを聞いて回った。 だが、対象の時間は、全員が熟睡していて、全く記憶にすら留めていない状態だった。 部屋隣にいた和田に聞いてもそれは同じであった。
そもそも、夜中は、食堂の鍵は締められている。 就寝前に男性陣側の食堂の扉の内鍵を締め、女性陣側の外鍵を締めたのは、河北由里。 それに付き添った黒田。
各自の部屋の鍵は、各自が持ち、それ以外の鍵である食堂の鍵とマスターキーは、河北が持っていた。 食堂が締められている状況から見て、 河北由里以外の女性や、二階にいた伸也が、左側の一番隅にいる木下雅夫の部屋に行くのは物理的に不可能だった。
昨晩の状況から見ると、犯人は、男性側にいた須藤、和田、大介、拓也の4人である。 そして、伸也の言葉を信用すれば、大介と拓也は外れるため、須藤か、和田のどちらかとなる。
「あの二人のどちらかって事か?和田は、同じ学校だし、友達だろう。可能性はあるよな。」 「でも、須藤だって、もしかしたら知り合いかも。それに、昨日、何かがあって、殺意に至ったって事だって考えれる。」 「そもそも、木下は裸だったんだろう?女が部屋にいたってことは無いのか?」 「女性陣は皆部屋に戻ったことは河北さんが確認している。」 「じゃあ、一番可能性が高いマスタキーをもっているあの姫ちゃんか?」 拓也と大介は、口々に、いろんなの可能性を指摘したが、 伸也は、、ただ首を横に振り 「解りません。現状では解らないことが多すぎます。 何かを見落としている、もしくは見逃しているという感じもします。」と言った。
その後、食堂でいまだうな垂れて押し黙る和田に発見した時の様子を改めて聞いた。 部屋には、最初から鍵がかけられていない状態だった。実際、鍵はベッドの横においてあった。 声をかけても一向に返事が返って来ないだから、ドアを開けようとノブを回したら普通に開いたので中に入ったら 死体を見て思わず叫んでしまったとの事である。
和田自体の話に違和感は無く、いなくなった時間的に見ても和田が殺した線は考えにくかった。 さしあたっての情報も入手できず手詰まりになってしまい、次にどう動くべきか悩んでいると 伸也が、 「せっかく作ってくれた食事ですので、残すのは良くありませんね。」とテーブルに置かれたサンドイッチを食べだした。 誰もが空腹であったが、木下の無残な遺体を見た直後では食事をする気力も無く、1人、また1人と食堂をあとにした。
伸也は唯1人、サンドイッチのお供に自分のいれたコーヒーを飲み、美味い美味いと黙々と食べ進めた。 食事も終えると改めて、伸也は事件現場に足を運んだ。
「手足をロープで縛るのは逃げない為でしょうか、それともSMでもしていたんでしょうか?あまりいい趣味ではありませんね。 昔、そんな映画がありましたね。タイトル名はなんだったかな。」 その後、ベッドの周りを歩きながら、飛び散った血の形跡を見ていると、ベッドの足元に意外に血が散っていない状況を発見した。 「なるほど。犯人は、馬乗り状態で、刺し殺したようですね。 しかし、この状態ならば、犯人は木下君の返り血をたくさん浴びたことになる筈で、 そのまま自分の部屋に帰れば、その血痕を少なくとも廊下や各箇所に残す事になる。」
伸也は、部屋の扉を開け、廊下や、各部屋、及び食堂とに続く廊下を這い蹲るような姿勢で丹念に探したが何も見つからなかった。
「ふーむ。何も見つかりませんね。部屋を出る前に、風呂場で洗い流した。ということになるのでしょうか。」 再度、木下の部屋に戻り、風呂場を這い蹲るように、証拠が無いかと探していると、髪の毛が一本見つかった。 黒い長い髪の毛である。
「随分と長い髪の毛ですね。それも黒い。木下君は茶色の髪の毛でしたし、彼本人のものではなさそうです。 黒い長い髪の毛に該当されるのは、ユキさんと、河北さんそして、藤沢さんですか。 ユキさんであるとは思えませんので、河北さんか、藤沢さんですか。ふーむ。。。。」
風呂場から出て、俯き考えていると、ドアのノック音が聞こえた。 扉を開け、部屋から廊下を覗き込むと部屋の中が見えないように立つ河北と黒田がいた。 伸也は、遺体が見えないように部屋を出てそのまま扉を閉めた。 「意識が戻りましたか?河北さん。」 「・・・・・はい。」 「そうですか。良かったです。」 「あの。。。。何か手伝えますか?こうなってしまったのには、私にも責任があるし。。」 か細い声ながらもはっきりと話す河北に、黒田は、河北の両肩を庇うように、 「大丈夫だよ。姫のせいじゃないよ。そうでしょ?安原君。」 「ええ。河北さんに責任はありませんよ。しかし、手伝っていただけるのは大変ありがたいので、お言葉に甘えます。」 「でも、その、この部屋に入るのはちょっと。。。」 「大丈夫ですよ。そうですね。。。では、私以外の誰も食事をとっていないので、スープでも作って皆に配ってください。」 「それ、作るの私だよね。」 「そうですね。黒田さんになってしまいますね。ご迷惑ですか?」 「別にいいけど。」 「では、お願いします。そういえば、サンドイッチ大変美味しかったです。夕べのステーキもそうですが、料理上手ですね。 ある素材からあのような美味しい料理が作れるのは非常にうらやましい。良いお嫁さんになれますね。」 伸也は、素直に料理の美味しさを褒め称えたが、黒田は、微妙な顔つきだった。 「11人分のサンドイッチを全部食べるなんて思いもしなかったけど。あなたが全部食べなければスープ以外も配れたのに。」 「すいません。はははは。」 「笑い事じゃないし。」 小言にも似た文句を言いながらも河北を連れて台所に向かう黒田。 早速とスープを作り始め、作った後は、河北、ユキ、大介、拓也が各自の部屋を周り、スープを配った。
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