伸也は、寄り道をすると言って、俺達と別れ、俺は大介と共に倉庫に入った。
顔に布が置かれた遺体は、すでに冷たくなって随分経つ。 天然の冷蔵庫のように冷え切った倉庫が、遺体の腐食を遅らせているようだった。
「何回見ても、ひどいよな。殺した奴はどういう気分だったんだろう。」 俺は、直視できない遺体を見て、呟く様に言った。 その言葉が聞こえたのか、大介は 「さぁ、それは分からないよ。 でも、さっきの伸也の言葉じゃないけど、自分の思いを受け入れてくれない友子に苛立ちを覚えて殺したとしたら、酷い話だよな。 殆どストーカーだ。」 「そんなの独りよがりな考えじゃないか。」 「全然、相手のことを思っていない。」 「つまり、そういうタイプって事だろう。殺した犯人は。」 「一体、誰なんだよ。」 「拓也でも、典弘でも、和彦でもない。もちろん、俺でもない。昨日出逢ったばかりの伸也や根津や、亮介さんは問題外。 当然、従業員でもない。女は違う。全員違うじゃないか。」 「何か見落としているってことか。」 「うーむ。」 二人で考え込んだが、検討もつかなかった。 そこに、伸也が倉庫に入ってきた。 「進んでますか?」 「いや、全然だ。」 「そうですか。」
「どこに行ってたんだ?それにその手に持っているものは?」 「これは、宿泊帳です。従業員以外に初見の客は倉庫の存在を知らないということは、 ここに何度も来たことがある人が怪しいです。 過去のモノを全部貰ってきましたので、後で見てみましょう。」
「なるほど。そこに名前が何度もあれば、複数回来た事のあるって証明になり、倉庫の事を知っていてもおかしくないってことだ。」 「はい。」 大介は、すぐに理解した。一を聞いて十を知る。大介にぴったりとはまる言葉だった。 だが、俺は、 「ちょっと待って。たぶん、誰もいないと思うぞ。」 「何で?」 「だって、このツアー決めたのかなり偶然だし。」 「偶然?そもそも、今回のこのツアーを決めたのは誰ですか?」 その問いに、俺は、自分を指差し、 「俺。俺が言いだしっぺ。」 「拓也君が。。。」 伸也は、口に手を当てて、考え込んでいた。そして、また伸也は、 「ツアーといってもいろいろなツアーがあったと思います。なぜ、これを。ここと決めたのは誰ですか?」 その問いに、俺は、また自分を指差し、 「俺。。。。なんだよ。さっきからその質問は。 そりゃあさ、スキーツアーをしたいって思っていて、亮兄ぃに相談はしたよ。」 「亮介さんに?」 「大学生だし、いろいろ知っているかなって思って。それで、スキーツアーと名のあるツアーを5,6個用意してもらって、 その中からこれを選んだのは俺だよ。」 「5,6個もあったんですか?」 「ああ、他の所は、ホテルとか旅館とか、 なんか、格式とか要式とかありそうな所ばっかりで肩こりそうだったけど、 ここは、なんか、そういうの無さそうで、いいかなって思ったんだよね。」 「なるほど。良いセンスですね。」
「亮兄ぃに、このペンションに決めるときに、泊まったことがあるか聞いたけど、一度も無いって言ってたし。 だから、その宿泊帳には名前は誰もないと思うぜ。」 「なるほど。でも、念のために、確認をしてみましょう。何か見つかるかもしれませんし。 その間、僕が遺体を確認します。」
倉庫内で、分業のように、俺と大介は、宿泊帳を眺め、伸也は、遺体を見ていた。
小一時間見ていただろうか、古いものから順番に宿泊帳を見たが、俺達の知っている名前を見つけることが出来なかった。 「なぁ、伸也、いないぜ。やっぱり。今までに一度だってここを利用した奴はいないよ。」 伸也は、遺体から顔を上げ、 「そうですか。」とだけ言った。
「そちらは、何か見つかったか?」 「ええ、興味深いものを見つけました。」
「え?何?」 伸也の言葉に興味を示し、俺と大介は、宿泊帳をその場に置き、遺体に近寄った。 「これを。」 そういい、足の辺りを指差した。 俺も大介も指を指された足を見たが、どこに興味をそそったのか全く解らなかった。 「わかりませんか?ココです。踝(くるぶし)のあたりです。」 「踝?」 それを言われ、しげしげとその辺りを見ると、うっすらと、小さな穴を発見した。 「なんだ?この穴?」
「注射の跡です。」 「注射?」 「はい。」 「なんで、注射なんか。」 「それが、直接の死因かもしれません。」 「え?どういうことだ?」 「この見た目に解る死因は、偽装されたもの。まぁ、怨恨の割合の方が強いかもしれませんが、実際の死因は、別にあって それを隠すために、行われた行為とすると、少し納得が出来ます。」
「死因って、空気注射でも打たれたのかよ?」 「まぁ、そんな所でしょうか。」
「何ぃ。。。。」
「そうなると、俄然状況が変わります。まず、死んだ時間が変わります。 死んだ時間は、1時よりも更に前。11時半から12時半頃と仮定するのがいいでしょう。 そうなると、その時間ならば、まだ起きている人も多い。皆のアリバイも崩れます。」
「そんな。。。ちょっ、ちょっと待てよ。事態が飲み込めない。どうすればいいんだ。」 「そういえば、宿泊帳には、名前が無かったんですね。」
「あ、ああ。」 「そうですか。フム。。。そういえば、」
「ん?何だ?」 「昼ご飯食べてませんよね?僕達。」 「なっ!!こんなときに何言ってるんだ。」 「いやぁ、お腹がすいたと思いまして。。。」
伸也の言葉に、緊張が抜け、その場にへたり込んだが、大介も少し笑いながら、 「確かに、ちょっと休憩しよう。いろいろ解ったのは事実だし。アリバイも崩れ、証拠となるモノも見つけないといけない。 後でまた動くとして、先にご飯を食べよう。」
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